魔剣
(一体何が起こった……っ)
かすむ視線の先には獰猛に笑う一ノ瀬卓也。
ソイツの手には黒く光る刀身をした一振りの刀が握られていた。
その刀の切っ先は腹を貫き、ドクドクと刀身に血が滴り流れていく。
刀は血を吸うかのように脈動しているように光が明滅しているように見えた。
腹部に激痛が加速して回っていく。
「ぐがぁあああ!」
一ノ瀬卓也が刀身を抜きはらい、血を暗がりの教室に飛び散らせた。
悪逆非道なことに穴の開いた腹部を踏みにじる。
もはや、意識が一瞬揺らいで気を失いかける。
「ようやく、あの時の恨みを返せたって感じだよね」
踏みにじる足を掴んで決死の抵抗を試みるが手に力は入らず簡単に相手に素手を蹴り飛ばされた。
「汚い手で僕に触れるなよ」
一ノ瀬卓也がおもむろに顔を寄せてくる。
懐をまさぐって、何かを探している。
そんなの分かっている。
「お、あった」
ようやく目的のモノを見つけたというように取り出す。
黄金に輝く短剣。『聖剣』である。
「コイツがあれば怖いものなしだね。これは結社でさえ危険視する代物だ。これを手にした僕は今日で最強ってわけだ。アハ」
嬉しそうに短剣と刀を振り回す彼に何かが突然として襲いかかる。
それは勇気を最初に追いかけてきていたあの化け物女だ。
「邪魔なんだよ!」
刀で女の胴体を突き刺して首を聖剣で斬り飛ばす。
その首は床へ転がって煙のようになって消えていった。
胴体も同様に消えていく。
「おい、まだ隠れているんだろう。コイツは僕のだ。欲しければ来なよ。相手になるよ!」
誰かに挑発するような言葉を吐く一ノ瀬卓也へ勇気は怪訝な視線を送った。
その挑発的な言葉が誰に対して言ったものか次の時理解する。
無数の妖魔たちが彼目掛けて四方八方から現れて強襲にかかった。
一体どこに今まで隠れていたのか。
すべての妖魔を一ノ瀬卓也は悠然とした態度で次々と斬り伏せていく。
中には勇気に向かって飛び掛かる存在もいたがそれも一ノ瀬卓也は見切っていたように斬り伏せた。
「弱すぎるね。君たちじゃあ狭間修の足元にも及ばないよ。インキュバスの彼以下って君たち相当やばいよ」
傲慢な態度での周囲への挑発。
妖魔たちは怒りを露にして再び襲いかかる。
妖魔たちの二度目の襲撃は少し違う。
各々が身体から何かを放出している。それぞれが持つ特殊能力なのだろう。
鎌や風、黒霧など。
だけれど、それらを一ノ瀬は嘲笑うように一蹴して一凪で斬り消した。
妖魔たちは後退していく。
「ま、今の僕は大悪魔様に期待された妖魔さ。僕に今敵う妖魔はいないって見えるよね。この魔剣と聖剣を手にした僕にかなう妖魔がいたらそれこそ見てみたい! 今の僕は大悪魔に告ぐ最強の妖魔!」
「ならば、妖魔ではないならどうだ?」
「あ?」
一発の銃声がどこからか聞こえた。
一ノ瀬卓也の身体が傾き、その場に膝をついた。
「だ、誰だ?」
暗がりの教室の中に3人の足音が響く。
彼らの身体には妖魔の血と思われるものが付着していてここに来るまでに多くの妖魔を殺したのだろうとうかがえる姿をしていた。
何よりも、彼らは厳重な警察の特殊急襲部隊のような装備をしており、さらには手には拳銃を装備していた。
その彼らのうちの一人を勇気は良く知っていた。
「親父……」
彼らの一人は勇気の義父、九条武蔵である。
「俺の子供たちを返してもらおうか、悪魔」
「結社か。こうも早く学園の次元の穴の入り口にたどり着くとはね。君たちは学園には入れないようにしているとボスの話だと聞いているんだけどな」
「何の話をしているかわからぬが普通に歓迎されたがな」
「ちっ! あの女裏切ったのか?」
「女? なるほど。やはり来ていたか彼女は。彼女はいったい誰だ? 正体を明かせば手荒な真似をしないでおこう」
「はっ! 君たちを僕たち妖魔が信用するはずないだろう。そうやって情報を吐かせた後で始末するのが木たちのやり方だってわかってるんだよ!」
一ノ瀬卓也が地を蹴って飛び込んでいく。
弾丸の雨が襲いかかるが手にした二振りの刀と聖剣で弾丸を切り落としていく。
数発の弾丸が身体を貫いて喀血するが鬼神のごとく彼は猛威を止めず突き進む。
その挙動に3人は瞠目する。
「あめぇ!」
結社の一人を斬り伏せる。
「海道! ちっ! 銀、グレネードだ!」
「了解!」
「遅いよ!」
銀と呼ばれた男に向かい急接近して、その男の手にしたグレネードが床に叩きつけられるよりも早くその男の胴体へ刀を刺し込んだ。
「ぐふっ」
「銀! なんて速さだ! 普通の中級悪魔ではない! 上級悪魔クラスか!」
あっという間に一ノ瀬卓也は二人の結社を倒したが力がつきかけていた。
さすがに弾丸のダメージは思ったより深刻で体中のエネルギーを蝕むように根こそぎ奪っていく。
最後の一振りで結社の男の最後を仕留めようと首へ向けて刀を振り下ろしかけたがその手は止まった。
身体は限界をきたし硬直する。
いや、それだけではなかった。
「甘かったな。ようやく罠にかかってくれて安心したぞ」
九条武蔵の足場には魔封じの術式が描かれていた。
九条武蔵はわざとおびき寄せていたのだ。
「部下の二人の命を無駄にせぬためにも貴様には洗いざらい情報を効かせてもらう」
「アハハハハハ、そっか。そういうことだったか。あまりにも簡単に斬り殺されるはずないよなぁ。うん、アハハハ」
九条武蔵の手にした小瓶の中身が彼へ吹きかけられた。
その液体は一ノ瀬卓也の身体を焼き付くように煙を上げる。
「あがぁああああ」
「聖水だ。さぁ、もがき苦しめ悪魔! 大悪魔アスモデウスの情報を吐いてもらうぞ!」
「ヘヘッ、そんな奴しら……ぐぎゃぁああああ!」
さらに聖水を浴びせられる。
九条武蔵は彼の腕を弾丸で撃ち抜き、聖剣と魔剣を奪い取る。
これではどちらが悪魔かさえわからぬような地獄絵図。
その光景を勇気は見て、自らもあのようなことを行っていたのだと思い知り怖気が走った。
(こんなの奴らと変わらない)
義父の容赦なく奪い取った刀と聖剣で斬りつけていく様を見続けながら勇気は自分でもよくわからず叫んでしまう。
「親父、もういい! もうやめてくれ!」
「ゆ、ゆうき?」
どうしてか。
義父が変わってしまうさまが急に怖く感じてしまった。
「すまない。すっかり、お前のことを忘れていた。今助けてやるからな」
義父が近づいて勇気のことを気にかけて持ってきていたカバンの中から救急セットを取り出した。
「ひどい傷だ。治療術でどうにかなるだろうか」
「親父、もうあんな悪魔は放っておいて帰ろう」
「急になんだ? お前はもう知ったんだろう。妖魔や自らのことを。だったら、そうはできないことくらいわかるだろう! 奴は唯一のお前の両親を殺した手掛かりだぞ」
「だからってあいつらと同じような怪物に変わることない」
「何を言ってるんだ?」
自分でもよくわからないと理解していたが義父が悪魔の一ノ瀬卓也を斬りつけているさまは怪物に見えてしまう。
そうどこまでも闇に落ちていく。
「勇気はここにいろ」
勇気の周囲に魔法陣を描いた彼がすぐに九条彩音、本当の実の娘の亡骸を見ていた。
勇気も忘れていたが愛していた義姉は死んだのだ。
それを考えると涙が流れだしていた。
「くくっ、その女を殺したのは僕だ。ざまぁ、なかったよ。最後までゆっくんゆっくんとか言ってたっけ?」
勇気は奥場を噛み締めながらこぶしを握り締める。
義父が一ノ瀬卓也に近づいていく。
「おいおい、なんだ? 拷問再開か?」
「ああ。そうだな。情報とかもうどうでもよくなった」
「んあ?」
九条武蔵は刀を手にしてそれを振り上げる。
一ノ瀬卓也の肩口に斬りこむ黒い刀の刀身。
それは光を発して明滅し悪魔の血液さえも啜っているように脈動している。
「このやろぉおおお!」
「死ね、悪魔がぁあああ!」
止めとばかりに二撃目を頭頂部へ振り下ろした。
一ノ瀬卓也は絶命し動かなくなる。
「お、親父……」
その時の九条武蔵の顔はどこか澱んだ瞳をしながら獰猛に笑っていた。
まるで、別人のように。
死体と化した一ノ瀬卓也のことを何度も何度も斬り伏せていく。
彼の手にした刀の黒色は彼の腕にまで広がっている用の黒色化させていた。
「お、親父その刀を手放せ!」
「あ? ユウキ、おもしろいぞ。この刀どんどん力が沸き上がってくるんだ。なんだか、とっても……タノシイゾ」
そのまま武蔵は死体になった一ノ瀬卓也に口を近づけてその肉へ食らいついていく。
「嘘だろ……」
勇気は思考回路が停止してしまう。
別人になった親父に似た怪物。
(そうじゃない。親父は怪物に変わったんだ。原因は――)
真っ先に目につくのはあの一ノ瀬卓也から奪い取った刀である。
どんな代物にしてもおぞましい武器だ。
唯一その刀に対抗できうる手段を見つけた。
そう、彼が右とは逆に手にした左手の短剣。
元は勇気が所持していた『聖剣』である。
身体にどんどん広がる黒色化だが、あの左側だけその黒色が広がってはいない。
(どんな魔も打ち消す力か。そういえば、刀は一ノ瀬卓也は魔剣とか言ってたよな)
つまりは唯一対抗できるのはあの聖剣だけの可能性が浮上した。
勇気は痛む傷口を抑える。
足元に魔法陣のようなものが描き出されていたのを思い出す。
近くに親父が残している本が目に見えた。
本を手に取ろうとした矢先、殺気を感じ手をひっこめた。
「おいおい、ムスコ、ヨケルナ、キラセロ」
完全に刀に支配されたであろう武蔵の存在。
(どうして一ノ瀬卓也は魔剣に支配されていなかった? いや、もう支配下にあったのか? それにしては普通だったように見えた。何がどうなってる?)
混乱する勇気に牙をむく武蔵の振るう刃。
勇気の腕をわずかに掠めると武蔵は嬉しそうに吠えた。
「アヒャヒャヒャ! サイコウ!」
「畜生がぁああああ!」
もはや、狂いきった男は義父ではない怪物と理解を改め突進する。
聖剣さえ奪い取れれば勝機はある。
しかし――
「ぐふぅ!」
穴の開いた腹に抉りこむように武蔵の拳がめり込んでいた。
腹の中を掻き混ぜるようにしてうごめく感触。
痛みや気持ち悪さが混同して自らの身体を支配する。
血を吐き続けながら霞む視界で勇気は義父を呼ぶ。
彼は答えない。
頬に触れた手は滑り落ちて意識は途絶えようとしたとき、一泊の声が聞こえた。
「生をあきらめるな! 九条勇気!」
一泊の声に続けて聞こえる武蔵の悲鳴。
彼の魔剣を握った腕は絶たれて地面に落ちていた。
その彼の背後に一人の制服姿の女性の存在。
「あれは……っ! そういうことか! 悪魔が苛立つような真似をしてくれる!」
綾蔵雪奈は刀に侵され、猛追してくる武蔵の胴体に向けて自らの手にした武器を彼へ振り下ろした。
彼女の静かな声が響く。
「静かな眠りを」




