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事件と黒髪の美女 改稿版

 市街地の一角にある私立の学園『戸澗学園(とかんがくえん)』。

 本日は日曜の休日であるというのにも関わらず、学園は大賑わいの様相をしていた。

 文化祭や体育祭などではない。

 その賑わいはもっと別だ。

 多くの見物客がいて、その多くは女子だ。

 女子生徒たちは「せんぱーい!」「きゃぁああ!」と黄色い声援を送っている。

 彼女たちが見ている先は学校のサッカーグラウンド場である。

 サッカーグランウドでは本日他校との練習試合が行われていた。

 今日は、サッカーの練習試合、兄弟校である同士のサッカー試合が行われているのだ。

 『戸澗学園』VS『楯宮学園』のサッカー試合。

 どちらの学園のサッカー部も街では有名な部活動。

 特に部員のメンツの一人には目立つ存在が各学園にそれぞれいた。

 その中でひときわ目立つのは茶髪に長身に端正な美貌をした男子。

 FWを務める彼は軽やかに相手の猛攻を潜り抜けてドライブを決めていく。

 そして、一人の選手が彼に対抗するべく前に出た。

 黒髪、長身、寝ぼけ眼で起きているのか定かじゃない死んだ魚のような目をした男子。

 傍から見たら運動なんてしなさそうな雰囲気だ。

 だが、その男子に期待を寄せる者たちがいた。


「おら! 勇気! イケメンを止めちまえ!」

「イケメンを殺せぇえ!」


(あーめんどくせぇー)

 憎悪に満ちた言葉は声援とはいえない。

 勝手すぎる戸澗学園男子の声援よりも彼が望むのは女性の声援だ。

 やる気がない割には彼は堂々と彼に猛攻撃を仕掛ける。

 お金をもらっているから給料分は働かなければいけないための行動だ。

 お金、黒髪の青年には事情があってこの試合に参加している。

 黒髪の青年、勇気は所属するサッカー部のために相手選手のイケメン選手、狭間修をどうにか食い止めるように足技を駆使し、ボールの取り合いを始める。

 傍から見れば一つの餌を猛獣同士が奪い合うようなものである。

 見事に相手からボールを奪いクリアーする。

 勇気は心の中でガッツポーズをしながら進行をしようと心持を強くし活躍を夢見た。

 しかし、同時に相手選手のイケメンがわざと転ぶ。それは傍から見れば勇気が押し倒したようにみえなくもなかった。このイケメンはわざと転んだのは勇気に対してルール違反を引き起こさせるための作戦だ。

 審判の目はごまかせなかったようでカードを出さなかった。

 狭間修はすぐに立ち上がって試合を再開。

 狭間修にはそれでさえよかった。

 彼は含み笑いを浮かべて、勇気を嘲笑する。

 表情から読み取れる彼という悪なる性格の本性。

 だが、周囲はそんな彼の本性を認識はしていない。

 その周囲とはもちろん、彼についているファンである女性陣。

 彼女たちは不満を口にしてブーイングの嵐。


「うっわ! 根暗野郎! なに修様を弾き飛ばしてんだ! おら、審判イエローカード出せや!」

「さいっていよ! 死ね根暗野郎!」


 言われえぬ、ひどい罵詈雑言に心を痛める。

 イケメンと不細工の格差社会。

 泣けてくる勇気の心。

 狭間修は女性陣へ手を振ると大丈夫アピール。


「ざまぁ」


 修が勇気へボソッと嘲笑う一言。

 イラッとくる。

 正直彼のスペックは評価しているので文句もなく、怒りをこらえて、再びキックオフが始まる。

 怒りをプレイスタイルに出さぬように冷静にボールの動きを観察する。

 現在、勇気の所属するチームから先攻が始まる。

 パスをうまく回し、ドリブルを決めてゴールまで突き進む。

 だが、そこで相手からのクロス。

 狭間修にボールが回り、ドリブルでこちらに攻めてきた。

 またしてもFWのイケメン相手に守りに徹する役目だ。

 それがDFである自分の役目なんだからしょうがないわけである。

 相手の猛攻を懸命に食い止め、ボールを奪取し、仲間選手にパス。

 狭間修が吠えて周囲の仲間に荒ぶる感情をあらわにして命令を出していたが周囲はあきらめきっている様子で本腰を入れてうまく指示通りに動くことをしなかった。

 それが敗因となった。

 勇気たち、戸澗学園サッカー部の仲間選手がどんどんとパスを回し最後にゴールを決めてホイッスルは鳴った。

 狭間修の悔しさの遠吠えが聞こえる。


「ナイスDFだったぞ勇気!」

「マジで助かった!」


 同じチームとして戦った『戸澗学園の選手』から褒めたたえられる。

 それはうれしい賞賛の言葉であるが同時に痛く胸を苦しめられる視線も感じていた。

 それは勇気を遠目に侮蔑な眼差しを送る楯宮の女子たち。

 その女子たちの中心ではイケメンの男子である狭間修の存在があった。

 彼女たちはいくら彼が負けようと彼のファンであるので彼を讃えることをやめない。

 彼女たちは陶酔しているのだ。


「くそっ! ほんと雌豚どもがあんな男のどこかがいいんだっての」

「顔だけだぞあいつ」


 女子たちにちやほやされながらにこやかなスマイルを送る彼。

 正直に言って男連中には彼の本性を知っているのでウザがられている。

 さきほどの試合で勇気を嘲笑ったような性格が彼の本性だ。

 戸澗学園のみならず彼は同学園のチームメイトにも憎まれている。

 素知らぬ顔を貫き通す彼には心底敬服する。


「修様、今日一緒に帰ってくださーい。近頃物騒じゃないですかぁー」

「そうそう、最近、通り魔がいるみたいだし―。修様に守ってもらいたーい。キャッ!」


 女子たちの誘い文句にイケメン男は大手を振って同意する。

 それは見慣れた光景だ。

 イケメンの狭間修(はざましゅう)はこの辺じゃ有名な選手であり、女を侍らせてるのも年がら年中。

 今日もまた彼は女性たちと一緒に帰宅するのだろう。

 呆然と、女子たちを見ていると一瞬だけ狭間修と目が合う。

 まるで、こちらを小ばかにした笑みを浮かべる。

 そして、彼は女子たちとそのまま去っていく。

 勇気は彼の後姿を見送る。


「おい、勇気、お前着替えねぇのか」

「あ、わるい。着替えるよ」

「ユニフォーム、マネージャーに明日でもいいから渡しておいてくれ。それから、わざわざサンキューな。敵校の生徒だっていうのにボランティアで協力してもらってさ」

「いや、いいさ。戸澗とウチの楯宮は近い。それに兄弟校であるんだ。それに俺はあくまでお金稼ぎで助っ人してるわけで金さえもらえればなんだってする」

「あはは、あいかわらずさっぱりしてんな。そんじゃ、また何かあったら頼むよ」

「ああ」


 勇気はここの学園生徒ではない。

 戸澗学園のユニフォームを着たサッカー部員が言ったように勇気の本来の所属する学園は相手チームであった狭間修と同じ学園所属の楯宮学園だ。

 本日は他校の学園のサッカー部に助っ人として参戦したのである。

 私情によってバイトができない身分からこういったボランティア活動を行い資金を稼ぐために。

 今日は運悪く、自分の母校と他校の試合だった。

 だからこそ、母校のあのイケメンを勇気は良く知っている。

 勇気の学園は数キロほど離れた場所が母校であり、この戸澗学園の人も勇気を含めて狭間修は良く知られている存在だ。

 勇気の場合は『ボランティアで活動している何でもできるただの凡人生徒』たいして狭間の場合は『イケメンで実力ある文武両道の秀才』。

 この両極端な存在は地元ではだれもが知っている有名な二人。

 勇気はそれを自覚してはいるが、やはり狭間のように女にちやほやされるようなことは妄想することもあった。

 でも、世の中どれだけ功績を重ねていようと顔面偏差値がモノを言うのが現実であった。

 勇気は心底その現実にがっかりと落胆する気分で女たちの様子を眺めていた。


(はぁー、羨ましいな。マジで)


 一瞥した後、更衣室へたどり着き、中に入ると噂をすれば狭間修がいた。

 他校用の更衣室であればいるのも無理はない。それに母校のサッカー部全員がいた。


「おいおい、裏切者の登場だぜ」

「勇気さんよぉー、いくらボランティアとはいえ他校の協力はいかがなもんかねぇ?」


 さっそく、勇気の前にイチャモンをつけてガンを飛ばすサッカー部の先輩方。

 サッカーをしているからか長身で大柄な体格もしている。

 勇気の行く手を阻む巨体の二人を勇気はため息を零しながら――


「先輩方、邪魔っす」


 威圧など全く気にした素振りもせず、突っ返す。

 勇気にしてみればそのくらいはどうってことのないことだった。

 勇気はこんな威圧よりもっと怖いのを知っている。

 簡単にもあっけらかんとため口を飛ばす勇気に先輩二人は怒りを滲ませて勇気の胸ぐらをつかみ上げた。

 先輩たちの後ろから声がかかる。


「おい、先輩。そいつもさっさと着替えたいようだし、どいてあげたらどうですか? ちなみに俺も早く帰りたいんで」


 先輩たちの後ろに狭間修が立っていた。

 彼の鋭い眼光に気圧されて、先輩たちは下がって道を譲る。

 この楯宮のサッカー部において狭間修は実力を表明しているうえに一番の実力ある人物であるからこそ、上下関係でいえば彼のほうが上であった。先輩であろうはずの彼らは従えずに苦渋を忍んでいる。

 言われるがままに彼に従い道を譲ったのだ。

 狭間修は勇気の横を通り、その肩を叩いた。


「今日は楽しませてもらったよ。だが、あまり舐めたことすると今度その頭蹴り飛ばすから」


 殺害予告に近い挑発を一言かけ、彼は更衣室から出ていった。

 最後に勇気は更衣室で先輩たちと目が合う。


「ちっ、さっさと着替えてお前も帰れ」

「クソッ! てめぇといい、狭間といいイケすかねぇ後輩が」


 勇気は先輩の愚痴を聞き流しながらロッカーを一つ開けて、着替えを始める。

 扉に備え付けてある鏡に映る自らの裸体。

 自らの身体を嫌悪する。

 過酷な試練を受けたという証の身体。

 それは恐怖に感じいてしまうおぞましいものだと自分で卑下に思い込んでしまう。

 


「あいかわらずすげぇ―体してんな」

「てめぇ、何してんだマジ」


 後ろでは先輩の怪訝な言葉を聞きながらも着替えをすまし終えて扉を閉め、カバンの中へユニフォームを入れた。

 ユニフォームは明日戸澗学園のマネージャーに渡すために持って帰る必要がある。

 他校の生徒ということもあるから自分で洗濯する必要があった。

 それくらいはボランティア費用には含まれていない。

 着替えを終えた勇気は先輩方のほうへ顔を向けて挨拶する。


「じゃあ、先輩方お疲れさまでした」


 彼らへ答えることを拒否するように更衣室から出ていった。

 そう、これ以上は自分のことには干渉をしてほしくないからであった。


*******


 深夜の市街地の一画。

 古びれた家屋が多く軒並みを連ねて、中には大人のお店や闇の商業を行っていそうな事務所が軒並みを連ねている歓楽街の中の一棟の廃墟に男の荒い息遣いが聞こえてくる。

 上半身を裸にして月夜の光に照らされたその肉体は痛々しいまでの傷が刻まれている。

 それは古傷ではあるが一体その男、勇気の過去に何がったのかと他人が見ればそう思うことだろう。

 本日もまたサッカー部の先輩にそう思われたのも無理はない。

 筋肉質な身体を廃墟の中で鍛える訓練を終えて、勇気は汗をぬぐって制服を着なおす。

 普段のように壁に本日の功績を刻みつけて棒線を引いた。

 そして、制服の胸ポケットからナイフを取り出すとおもむろに掌を切り刻み血を地面へ垂らすと回るようにして歩く。

 その工程をひと段落すると、傷ついた素手を縛ってカバンを背負い廃墟から出ていく。

 もう、時間は遅く夜中にほど近い時間だ。

 あちこちから学生の自分を窺いみている周囲の人たち。

 中には女性が声を掛けてくるが勇気は無視を貫き通して歩いていく。

 無愛想な彼の対応に勧誘をしてくる女性はやはりいい顔はしない。

 そのようなことなど構わず突き進んで望んでもいない人物と遭遇し、失敗したというように苦渋に顔を顰めた。


「チッ、勇気かよ」

「狭間……おまえか」


 勇気は近くに聳え立つホテルを見上げた。

 あきらかにラブホテルという店構え。

 狭間修はイケメンで、性格は悪くヤリ〇ンで有名なのは誰もが知っている。

 いわゆる、テンプレ的な腹黒いくずイケメンが彼である。

 女を道具としか思っていない考え方には勇気は同意しかねるので正直に勇気は狭間は心底嫌いである。 

 また、狭間も勇気のようなお金さえあれば誰彼構わずに優しく振舞おうとする偽善ぶりな態度が気に食わなかった。 

 つまりは両者ともにお互いを嫌っている。

 しばらく、無言で続き、狭間は先陣を切って無言で自分の帰宅する道へと歩いて進んでいった。

 勇気は同じ方向であるが彼と肩を並べて歩きたくない気持ちが勝ち、彼がしばらくいなくなるのを見越していた。

 先を歩いていく彼の背中を見つめていれば、携帯のバイブレーションが鳴ったのに気付いた。

 画面にはメールが一件。


「義父さんからか」


 今日もまた夕飯はいらないということが書かれていた。

 それはいつものことである内容文に呆れが出てきてため息がこぼれた。


「またか……」


 かわらぬ『養父』からの連絡にどうでもよく、思い始めているとき――


「ぎゃぁああああ!」


 突然に耳朶を打つ、悲鳴が聞こえた。

 周囲の人々も悲鳴に騒めいた。

 勇気は思わず駆け出した。

 悲鳴の出どころは近い。

 裏通りの道を進んで、さらに曲がった門。

 人気も通らない細道で住宅街へつながる近道となる脇道。

 そこに一人の男性の死体が横たわっていた。

 無残に四肢をもがれて、首も千切れて、腸を引きずり出されてしまっている無残な姿。

 ――『狭間修』の首は近くにあったゴミ袋の山にあった。


「なんだよこれ……」


 信じられない光景を目にして激しく動揺する。

 その気持ち悪い絵面が勇気の記憶にあるおぞましい過去をよみがえらせた。

 それは愛する両親を殺されたあの惨劇だった。

 まさか、そんなことがあるのだろうか。

 吐き気が込み上げてと吐しゃ物を吐き散らした。

 グッと、嚥下してようやく落ち着いた胃腸。

 息を整えて顔を上げる。

 ――数十メートル先に人影を見つける。

 勇気の体は動いていた。

 愛する両親を奪われたことへの怒り。

 もしかすれば、今回の事件が両親の事件とは全く関連性は見出されていないにもかかわらず死体の状況が類似性を見てその人影に対してあられもない怒りが湧いていた。

 復讐という怒りの炎。

 今それで勇気を行動させる炎は決めつけで動いている。

 見えた人影が犯人だと思い、追いかけ続ける。

 後ろ姿から女性に見えた。


「待て!」


 夜の住宅街へ入って住宅街の中の歩道を彼女と鬼ごっこしていく。

 彼女は地理を把握しているのか、入り組んだ道をうまく活用していた。

 だが、こちらも負けじと追いかけるために塀を上り、塀の上を疾走する。

 バランス感覚を鍛えているからこそ、できる芸当だ。

 まるで猫のように素早い動きで彼女を追い、ついに彼女へ向かいダイビングアタックする。


「捕まえたぞ! おとなしくしろ!」


 彼女の腕をつかんだかと思えばその手に絶妙に柔らかな触感が伝わった。

 そう、勇気がつかんだのは彼女の腕ではなく彼女の豊満に膨らんだその胸だった。

 マシュマロのような極上の柔らかさに至福を感じた。


「あ、これは……」


 目の前の彼女の顔が一瞬だけ街灯に照らされて見える。

 まるで美の女神に愛されたとでも表現すべき綺麗な美貌をしていた。

 特徴的なのはその切れ長の鋭い瞳。まるで威圧するかのようなクールな瞳に勇気は目を奪われた。

 魅了された勇気の股間に痛撃が走った。

 彼女の蹴り上げた足が勇気の股間を強打した。

 勇気は悶絶しその場にうずくまる。

 そのまま、黒髪の美女が走り去る後ろ姿をただ手を伸ばして――


「待って……」


 と言い残すしかできなかった。

 

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