異界への闇
いつものように何不自由ない平穏な環境下で行われていく授業に耳を傾けていく。
まるで、昨日の話が嘘のような平和な光景。
(本当に学校の中に妖魔がいるっていうのかよ)
その事実を話した当の本人は普通の学生を装い授業を受けていた。
対して勇気は気が気でなく、周囲に目を凝らして観察してしまっている。
昨日の一件があっては落ち着きがなく、誰もが妖魔なんではないかと疑ってしまう。
特にクラスのムードメーカーでもあった男が妖魔だったのだからなおさらだ。
さらには学園のアイドルまでもそうであった。
今日はそのクラスのムードメーカーは休みであった。あの怪我と勇気に会いたくはないという思いから欠席したのか。
一ノ瀬卓也の気持ちそのものは理解できないがもしも、彼が登校してくればそれは妖魔、『大悪魔』につながるヒントになることだろう。
今日は彼は来る気配すらない。
あの無遅刻無欠席の皆勤賞の男が今日は欠席でクラスの空気も少しばかりは悪い。
全員は落ち着いて平穏に授業を受けてはいてもどこかつまらなそうだ。
それほどに、彼の影響力があったということだろうか。
おもわず、勇気もあくびが出れば――
「九条勇気、てめぇいい度胸だなぁ?」
ついぞ、忘れてしまっていた。
今受けている授業が、学内一恐ろしい教師で知られている如月先生の英語の時間であることを。
彼女の鬼のような形相がロックオンしていた。
「そんなにアタシの授業は退屈ってか?」
「あー、いや、そんなんじゃないっすよ」
「ほう、なら、この問題を答えてみろ。しっかりと退屈じゃなかったなら聞いてたよな?」
これはやばった。
考え事をしていたほか、妖魔のことを探すことに集中していて授業など全くもって聞いていない。
黒板に書かれた英文法もなんと書かれているのか理解できなかった。
「おい、黙ってないで和訳しろ」
困り顔をしていると隣の席に座る綾蔵雪奈が一枚のメモをこっそりと机の上に滑らせてみてきた。
目線を下にしながら、その日本語訳を読む。
「私は馬鹿ですからわかりません……ってこれ違う!?」
「てめぇは何ひらきなおってやがる!」
「ギャァアア!」
教育委員会に訴えれば勝訴間違いない、チョークによる投擲攻撃が眉間へあたり轟沈した。
答えられなかった自分の代わりに平然と隣に座っていた、事を仕掛けた犯人は答えを回答し教師から褒められていた。
「何してくれてるんだ綾蔵さん!」
「師匠と呼べ。君が自業自得な振る舞いをとっていたから師匠として弟子を指導したまでだ。いい教訓になっただろう」
「何がいい教訓だ!」
遠回しに彼女は勇気へ授業を聞くことへの大切さを学ばせたかったのだろうがただ怪我をしただけでしかない。
大切さというよりも恐怖を学んだ。
「おい、九条! てめぇは後で生徒指導室へ来い!」
なぜだか、勇気だけが被害を被る。
教師への、それも如月先生からのお呼び出しはかなりきつく精神的に恐怖そのもので押しつぶされそうだ。
うぅぅ、理不尽だ。
*******
昼休み。
授業中の失態で呼び出しを受けていたために生徒指導室に来ていた。
中に入れば、如月先生が待っていた。
険しい顔をしながら、椅子に座るように促す。
「九条、今日はどうした?」
開口一番、如月先生は普段と勇気が違うということを示唆するように質問してきた。
「えっと、どうしたというのは?」
「今日のお前はずいぶんと落ち着きがなかった。学校で仲良かった一ノ瀬と狭間がいないことと関係あるのか?」
「いや、別に一ノ瀬君とも狭間君とも仲いいわけではないですよ」
「そうか? 普段からお前に話をかけていたのはあの二人だっただろう」
「そうですけど……別にあの二人は何も関係ないですよ」
「じゃあ、今日はどうしてそんなに落ち着きがない。確かに普段から素行態度は悪いが授業はそれなりに聞いているお前が今日は全くと言っていいほど聞いていない」
「今日はちょっと疲れていただけですよ」
「疲れていた? 何かあったのか?」
「あー」
逆に説明しづらい方向へどんどんと自分から話を進めて行ってしまっている。
話の流れを修正しなくてはと考え込んでいれば部屋の戸がノックされた。
「誰だ」
「先生、綾蔵です。ちょっと、お話がありまして」
「急ぎの用か?」
「はい」
「わかった。ちょっと待っていろ。九条、お前はここにいろ。ちょっと狭間の件でまだ話がある」
「え」
如月先生は部屋の外で呼び出しを受けて出ていく。
なぜ、狭間の一件で話を受けなくてはいけないのかと疑問に思い始めた。
そして、しばらくしても如月先生は戻ってこなかった。
勇気は怪訝に思いながら廊下に出た時、そこは不気味なほどに暗い景色に変わっていた。
「は?」
いつの間にか夜になっている。
そんなに自分は生徒指導室にいたのかと錯覚を感じてしまう。
おかしい。
そんなはずはない。ずっと、起きて待っていたのだ。
慌てて、携帯電話を立ち上げて電話をかけた。
「あ、もしもし、綾蔵――」
電話越しに聞こえてきたのは彼女の声ではなくより不気味な悲鳴にも似た絶叫。
おもわず、携帯を投げ落とした。
廊下の奥からひたひたとした足音が聞こえてくる。
それは後ろや前、あらゆる箇所からだった。
頬へ何かが落ちてくる。
手で触れてみればそれは真っ赤な血液だ。
ゆっくりと上を向いたときそこには赤い目をした長い黒髪のやせ細った骸骨のような怪物の女がいた。
勇気はあの恐怖の惨劇以来の絶叫をあげた――




