拷問
一発の銃声が雪奈の耳に鳴り響くようにして聞こえた。
目の前に嬉々として迫った黒羽を生やした妖魔『悪魔』の一種であると思われる存在は黒煙と化して霧散する。その光景を呆然として見ていれば足音が聞こえてくる。
緊張感を抱いて腰鞘の刀に手を添えた。
足音の正体が知人のモノであると知る緊張は失せ、腰鞘から手を離した。
「助けた恩人にずいぶんと鋭い殺気をぶつけるわね」
「なぜ、君がここにいる?」
視線の先には足音の正体である九条彩音が拳銃を手にしてそこに姿を現していた。
どうやら、手にした拳銃で妖魔を倒したと目算で確認できる。
「任務よ。この辺で複数の妖魔の反応を検知したと本部から報告を受けて偵察に来たのよ。そうしたら、あなたが襲われているからびっくりしたわよ」
「なるほど」
結社でこの区画で『妖魔』を感知したとするのならばあながち自分の危険予測は外れてはいなかったのだと自覚した。
それならば、急がねばならない。
何しろ、その原因となるある人物を見失っている。
「それよりも、あなたこそ護衛の任務は――ってちょっとどこ行くのよ!」
「すまないが話している暇はない。彼が危ない!」
「彼って――まさかっ!」
『彼』という一言で誰を指すのか想像できたのは素晴らしい感性の良さなのか、それとも彼女の偉大な彼に注がれる愛情故なのか。
ともかく『結社』への信頼もあるがために自分が行わなければならないのは彼のことを守ることであるのに彼を死なせれば自らも『結社』に殺されかねないので急がないといけない。
だが、どこにいるのか。
いくら反応を辿っても彼の気配が辿れない。
まるで、熟練の傭兵のように気配を押し殺しているようだ。
ゆっくりと後ろを見てみれば一緒に追いかけるようにして後をついてきている九条彩音に今聞いてみるべきかもしれない。
「一つ聞く。彼、九条勇気は聖剣の契約者って以外は普通の高校生なのだろうな?」
「突然何?」
「いや、実はここには彼がいるはずなのだが、まるで反応を探ることができない。熟練の傭兵でもない限りここまで反応が探れないなんてことはありえない」
だいぶ間を開けて口を一文字に押し黙る。
その反応はどういう意味をした態度なのであろうか。
「……その話本当なの? 本当にここの一帯にゆっくんがいるの?」
「私は彼を追跡してきたのだ。そうしたら、妖魔に襲われた」
「そう……。だから、妖魔が集まっているのだとしたら危険ね」
「それよりも、先ほどの質問に答えろ」
「……私が知る限りでは彼は普通だと思っているわ」
「私が知る限りだというのはどういうことだ?」
「そう。ゆっくんは知っていると思うけど妖魔の家系に生まれて育った。そして、目の前で悪魔に両親を殺されている」
「っ!」
何とも因果なものか。
それは自分とよく似た過去を持っているような経験者である。
目の前で両親を殺されて、流れるように『結社』の人間の養子として引き取られて普通の子供として育てられてきたか。
「その話がどうかしたのか?」
「その時に彼は両親の膨大な妖魔に関する資料を目にしているのよ」
「なに?」
つまりはあの男、九条勇気は別に妖魔のことを知らなかったわけではないということになる。
でも、最初に初めてであったときや妖魔の話をしたときの反応は明らかに初めて聞いていたような態度でを認識させた。
もしも、あれが演技だとしたならば彼は役者になれるだろう。
「しばらくは両親を殺した存在が人間じゃないってことを訴えていた時期もあった。だけど、ある時期からそんなことを言わなくなってね」
彼女の説明を聞いていると九条勇気という存在が表面上だけでは何も知らない無害な青年に見えていたがその実は別の本性が潜んでいるのではないかという恐怖を感じさせてくる。
彼の義理の姉をしてきた彼女もまたそれを気付いていたが義姉としては知らぬふりを通してきたのだろう。
「もしかしたら、彼は密かに何かを行っているんじゃないかって思うこともあったけど……ありえないわよね。気配を感じないってのも偶然じゃないの? あなたの力が足りていないだけでしょ」
彼女の罵りの言葉はいらだちを募らせてくるが、正直それさえもどうでもよく思わせる彼という存在の新たな一面を感じさせる説明であった。
もしも、妖魔という存在を知っている彼がその対処法も実は知っていた。
さらには今回の一件であらゆることに気付いたとするのならばどんなことを引き起こすのか。
嫌な想像がどんどんと加速化していく。
その時である男性の悲鳴が聞こえた。
「今の悲鳴は!」
「こっちだな!」
「ちょっと!」
悲鳴の聞こえた方角へ急いで向かった。
あまり、暴走行動を起こしているなよと彼へ思いながら。
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手を血みどろにさせながら勇気は切り取った指を指ではじいて捨てた。
目の前の男を見れば切り取った箇所の指がまた不気味に生えてくる。
それが彼が異形の存在だと証明でもあるかのような姿だった。
ついに近づけたのだと笑いが止まらなかった。
自分がまんまと部下を使って勇気をおびき寄せる仕掛けを施したつもりが実は罠にはまったのは自分だと知らぬ間抜けさがさらに笑いをそそった。
だが、目的は違う。
聞かないといけないのはここにまで自分を招いた方法ではない。
「両親を殺したやつは誰だ!」
「う、うるせぇ……知らねぇよ!」
ぎゃあぎゃあと喚く一ノ瀬卓也の腹部へナイフを突き刺す。
どうせ、三度再生するのならば何度差したところで変わらない。
特に彼は害悪な存在でしかないのならばこれくらいをしたところで神は許しをしてくれるだろう。
「ぐぐっ! 俺をいたぶって楽しいか!」
「楽しい? 楽しいわけないだろう。オレは聞きたいことがあるんだよ! 何度も聞く! 俺の両親を殺したやつは誰だ!」
「……悪魔だよ……君の両親を殺したのは大悪魔だ」
「大悪魔?」
「そうだ」
「そいつはどこにいる!」
「それは知らないね」
また答えをはぐらかした彼に容赦なくその胸元を突き刺した。
猿轡でもすれば喚かずに済むのだが、それでは彼はしゃべれなくなってしまうのでできなかった。
自分が目的とするのは自分の両親を殺した存在を探し出すことだ。
そのためにずっと長い間に両親の遺産ともいえるあらゆる書物を解読してきたのだから。
「まだ、はぐらかすか!」
「はぐらかしてなどいないさ! 彼がどこにいるのかは本当に見当がつかない。ただ、僕は君を監視するように最近言い渡されたばかりだ。最初はここが結社の本部で餌も豊富だったからという理由で侵入しただけだった! だが、つい数日前に君が聖剣の保有者で貴重な存在だから監視せよって命令を受けたんだよ! その争いで狭間修とはいざこざがあったけどさ」
痛みも限界に来たのか自分の事情をようやく話をした。
その内容に噓偽りはないように聞こえた。
話の内容性には辻褄はあう。
「その話しぶりから察するにお前たちの中でも俺を狙うのに協力関係はないのか?」
「はあ? 何言ってんだよ。僕たちはある意味でこれも商売さ。協力なんかない。こっちは苦労しているんだよ」
商売、つまりは彼らは仕事のために自分の命を狙っているというわけだ。
特にこの一ノ瀬卓也は最近、狭間修も同じくらいの時期なのだろうか。
ともかく、彼らもまた必死であったのだろう。
「お互い必死だったわけだな。だけど、残念なことにお前は罠にはまった」
「アハハハ、みたいだね。参考までに聞かせてよ。どうして僕がここに来るとわかっていたのか」
「来るのがわかっていたんじゃない。ここは妖魔を引き寄せるための術式が組み込まれていたんだ。だから、一ノ瀬は無意識でここを罠に選んだ。俺の罠が一ノ瀬を嵌めたんだよ」
「ククッ、アハハハハハ! そりゃぁ、すごい。さすがだよ、さすがは安生家の息子か」
「さあ、吐け! 両親を殺し奴はどこにいる!」
「だから本当にっそれだけは知らな――ぐぎゃぁああああ!」
容赦なく肩口を挿し込んで強引に切り刻んでいく。
そして、光をまき散らす聖剣は骨を断ち切り、肩口から先を切り落とした。
ついには意識を失くして一ノ瀬卓也はしゃべらなくなった。
「やりすぎたか」
沈黙している間にべつの拷問を方法を試す手段を考える。
もってきていたもの中にある『聖水』を試すことを思考した。
ただ、一ノ瀬卓也がどんな妖魔かというのも理解していないのでそれが効くかは怪しい。
「でも、試す価値はあるよな」
「それは効果ねぇよ」
「っ!」
咄嗟に聖水の小瓶を投げた時、腕を掴まれていた。
小瓶は地面へ落下して割れて床に水が浸った。
コンクリートの床が湿って黒くなっていく。
首に伸びる手が締め上げてくる。
「あぐぅ……」
「ああ、よくもいたぶってくれたなぁ! 畜生が、右肩から先がなくなっちまった」
「お前どうやって魔封じから抜け出して……」
「ああ、これか。それは僕くらいのレベルになると簡単なんだよ」
腹部に入る彼の膝。
衝撃が肺からこみ上げて「カハァ」と漏れた。
そのまま、視界が暗転と同時に頭部に来る衝撃的激痛。
一ノ瀬卓也によって地面に頭から叩きつけられたのだとわかった。
意識はだんだんと薄れゆく。
仰向けに倒れた自分の腹に全体重をのっけて足で押し込んでくる。
あばらが悲鳴を上げて喀血する。
「さっきの痛みはまだこんなもんじゃねぇぞ。魔封じを解くのにも力を失っているんだ。だから、そのお礼も返上しねぇとな。ああ、あとてめぇが呼んだ仲間にもお礼をしねぇとなぁ」
「なか……ま?」
「んだ? 知らねぇって顔だな」
「ここは……誰にも……教えていない……」
「なに? なら、僕の部下を殺したのは君の仲間じゃないのかい?」
「部下? 近くに仲間もいたのか」
では、一体その彼の仲間を殺したのは誰なのか。
ある予想した人物の顔が浮かんだ。
「まさか」
その予想は的中するようにこのフロアにかけてくる足音が二つほどあった。
「ゆっくん!」
「勇気!」
「ほら、やっぱり仲間がいるんじゃねぇか」
フロアに入ってきたのは九条彩音と綾蔵雪奈の二人であった。
彼女たちはこちらの様相を見るや怒りに顔をゆがめ始める。
さっそうと、義姉が拳銃を手にして連射する。
だが、一ノ瀬卓也は軽やかな動きでそれらを交わすと肩を抑えながら廃墟の割れた窓枠の冊子に足をかけた。
「今日はだいぶ体も傷んだでんだ。また、会おうか。アハハハ」
そういって彼は空中から身を踊りだしてその姿を消した。
勇気へ近づく二人。
「ゆっくん平気!」
「姉ちゃん……」
勇気を心配する彩音に勇気はキマヅイ思いを抱いていた。
なぜなら、今この場所には勇気がずっと隠してきた痕跡の山が刻まれているのだ。
その痕跡の山を眺めながら一人の少女が鋭い眼光でおんぼろの机の上に置かれた一冊の本をもって近づいてくる。
「どういうことか、全部説明をしろ、九条勇気。君はその義務があるはずだ」
そう言われて勇気はただ、黙りながら頷くしかなかった。
もう、ここまでかという気持ちを胸にして。




