逆襲
綾蔵雪奈は件の情報をもとに『楯宮学園』に登校をしてきたが、おかしなことに『楯宮学園』の生徒一人一人がもう下校をしていた。
時間は11時前後で雪奈は遅刻を覚悟で今投稿をしてきたというのに拍子抜けをする光景である。
雪菜が呆然と立ち尽くしながらいれば、周囲の目が彼女へ突き刺さる。
すると、一人の男子生徒が慌てて学園から飛び出してくるのが見えた。
その男子生徒は雪奈もよく知っている生徒。雪奈が弟子にしたばかりの男だ。
こちらに気付かない彼は一目散に目的地を目指して視線は目の前を向いている。
走りこんでくる彼に向かい雪奈は声を掛けてみることはしない。
彼、九条勇気が通り過ぎるのを見て慌ててそのあとを追跡した。
(様子が変だな)
直感で彼が何かに追い立てられているような感じで焦っているのがわかった。
どこを目指しているんだ。
その疑問を解消してくれるには追跡あるのみであり、彼が向かう先をついていくほかない。
彼程度の脚力ならば容易に足をあわせておくことも造作もないと考えたが驚いたことに彼に追いつけない自分がいた。
「な、なにっ!?」
朝練で見せたあの弱く、足が遅かった勇気ではない。
今の勇気は雪奈の知らない彼そのものであった。
「あ、あの男本当の実力を隠していたのか」
そう気づいたときには彼を見失い、雪奈は悔しさに吠えた。
周囲の人たちが怪訝な面持ちで雪奈のほうを一瞬だけ見てから見て見ぬふりをして遠ざかるように逃げていく。
誰もが関わりたくないとでも言うように。
いくら美人ともいえどもキチガイな行動は目に余る行動であるからこその普通の態度であった。
雪奈も冷静になって、落ち着いて深呼吸をする。
一度、自分がどこに来たのかを把握し始めた。
この自分たちが住まう町の中でも中心地でもある駅周辺繁華街の一画であった。
いろんな店が軒並みを連ねて密集する場所なのだが、その中でも異質で暗い。
いわゆる、やばい系の店が密集している隔離された裏の町とも表現しうるのが正しい場所であった。
生徒でもここは時折ホテルがあるので通る生徒も少なからずはいれど、目的もなく来るものはいない。
大人の店が多く並ぶ中の通りを歩き、彼の存在を探した。
雪奈が彼へ執着しているのは弟子にしたから師心からの優しさなどではない。
ただ、彼に死なれては困るし彼が敵の手に渡れば災いが起きかねないからだ。
そもそも、彼を弟子にしたのはそこが大きな理由である。
もしもの時に彼が敵に襲撃を受け、殺されるあるいは存在自体が彼らに渡れば『聖剣』を使い、とんでもないことを計画しかねない。
できうるならば雪奈も彼という最強の存在を手元に置いておきたくあり、いざという時の戦力法として彼を利用したいがための道具でしかない。
やはり、道具を奪われるのは心苦しい。
あの道具が自分へ何も報告せずに行動を起こしているのが何よりも許しがたいこと。
さらにはその実力も隠していたという事実がムカついてくる。
「その辺に関して後で追及せねばなるまいな」
彼に対する鬱憤を口にして、今自分が置かれている状況に気付く。
周囲から浴びせられる殺気。
あきらかに好意的とは言えぬ気配。
数人ほどが自分の周囲を取り囲んでいるのが分かった。
「どうやら、嫌な予感は当たっているようだ。出てこい! そこにいるのはわかっている」
ゆっくりと、敵たちがその姿をさらし始めていく。
どこかで見覚えのある目鼻立ちをしている女性と見知らぬ女性の構成でされた数人。
だが、着用しているものは皆が共通していた。
彼女たちが来ているものは学生服、それも『楯宮学園』のであった。
見覚えのある女性はおおよそ、自分と同じクラスの生徒であるのはすぐに理解した。
ほか数人はここ数日に調査で判明している失踪している女子生徒であろうことも理解した。
おおよそ、相手の敵陣営の能力か何かにより操られているのだと思われた。
「かわいそうなものたちだ。だが、私が君たちの魂を救ってやる」
雪奈は静かに言葉を紡いだ。
それは呪文。
または祝詞ともいわれる霊験あらたかな神聖なる詠唱だ。
その祝詞によって周囲に風が芽吹き始め、彼女の手に光が収束していき、一つの刀剣を形作る。
彼女はそれを手にして振り上げる。
一瞬にして煌めきの一閃が周囲を両断する。
彼女たちが一迅のもとに吹き飛び転倒する。
倒れてはいないものもいた。
背後から襲い掛かる気配に反応をして刀の鞘頭で背後の女性の腹部を小突いて意識を刈り取る。
続けて、左右同時からの奇襲。
すばやく、しゃがみ込み剣を抜かずに鞘に納めた状態で振るう。。
左右の女性も転倒した。
「おわりか」
その安心が余計な隙を生み出してしまった。
陰りが差し込み、雪奈は頭上を見上げた。
そこには二つの翼を生やした人の形をした獣が飛び掛かろうとしていた。
「ま、まさか、そんな――」
雪奈はその怪物の正体に気付いたが遅く、怪物の研ぎ澄まされた爪が雪奈へと迫った。
*******
勇気がやってきたのは駅の周辺の歓楽街にある一画で裏町とも言われている一つの廃ビルの中であった。
勇気はそこでは普段は自らの身体を痛めつけるようにして訓練を行うことを主にしているが今日は訓練を目的に来たわけではない。
先刻に学園でもらい受けた予告状を元にしてきたのだ。
予告上を元に来た廃ビルのワンフロアに義姉が猿轡をされて下着姿で椅子に固定されているのを確認して慌てて彼女の元に走り寄った。
「姉ちゃん!」
義姉へ近づく次の瞬間、足首に何かが絡まり宙に打ち上げられた。
急な衝撃に驚嘆する。
宙づりとなった勇気へと不気味な笑い声が聞こえてきた。
それもすぐそばである。
「まさか、こんな簡単に引っかかってくれるとは思わなかったよ。九条勇気、いいや、安生勇気というべきかい」
笑いの出どころは目の前の義姉だった。
彼女は簡単に椅子から立ち上がると痛々しくも顔の皮膚に爪を突き立てて血を流しながらその皮を剥ぎ取った。勇気は絶句するがその皮はまるでスライムのようでいて気色悪い軟体生物のような物体。
義姉の皮をかぶった存在は勇気のクラスメイトの男子、一ノ瀬卓也であった。
「い、一ノ瀬……っ?」
「ああ、そうさ。僕だ。一ノ瀬卓也だ。どうだい? 驚いたかい?」
「お前……一体これは……」
「これが何かって? それは君が一緒に来てくれなかったからだよ……っ!」
椅子から女性の下着姿で立ち上がる彼は勇気の腹部に蹴りを加えた。
腹部からの衝撃が肺を痛めつけて喀血する。
その勇気をいたぶるのを嗜好と楽しむ彼はもう二度三度と殴りつけた。
勇気も宙づりにされた状態からで血を流し続けてだんだんと意識が薄れゆく。
「こんなものだね」
「……な、なんで……こんなことを……」
「なんで? そりゃぁ、僕は君が嫌いだからさ」
「は?」
「まったく、君という人間は勝手すぎる。クラスメイトである僕たちのことを優遇もせず他校の生徒ばかりにいい顔をしていく態度。さらには僕たちに対する敬いが足りない。あの女を僕に渡しておけばいいものの君という男は独占をした。さらには今日の僕への誘いを断ったっ!」
彼の拳が勇気の顔面を直撃した。
彼の言葉など拳の直撃で耳には入ってこない。
一ノ瀬卓也の憎しみだけが伝わってくる重い拳である。
「何故に君のような存在が僕へ逆らうことを許可したんだい! いいかい? 君は僕の犬だ。クラスメイトは全員僕の犬だろう? なのに、君という人間はつくづく批判的態度を繰り返す。だけど、おもしろいことも判明したけどね」
彼が雰囲気をがらりと変えると勇気へ近づき、気色悪いことに勇気の頬を舐める。
おもわず、背筋が凍り付き、鳥肌が全身に際立った。
「あはは! あのクズなインキュバスにあげるのはやはりもったいないと思ったのは正解だったか!」
気色悪さが一気に吹き飛ぶような言葉を聞いた気がした。
今、彼は『インキュバス』と言った。
それは最近どこかで聞いた言葉と同じ。
そう、綾蔵と義姉の3人で事件の話をしていた時だ。
「ま、まさか……狭間修を殺したのは……」
「うん? ああ、そうか。君はもう妖魔狩り士の存在を認識しているのだったか。ならば、インキュバスであった狭間修のことも認識済みで僕が妖魔であることも容易に認識できるってわけだね」
「それより、今の発言はどういうことだ! 狭間修を殺したのはお前なのか!」
「そうさ。僕が犯人だ。そして、彼の活躍により僕は聖剣の在処を知ることができた。長年ずっといろんな人を食って探し続けて見つけた」
突然に足の拘束していたヒモが切れて勇気は地上へ叩きつけられるように落下する。
勇気の上に彼が飛び乗った。
「ぐふっ!」
伸し掛か荒れた衝撃が酸素を求めるように苦悶の声として口から出てしまう。
その口を彼が手でふさぎ、勇気を床に張り付け状態にしたように身動きを封じ込めた。
そのまま勇気の肩口に彼は牙を立てて噛みついた。
骨や肉が引きちぎられ砕かれるような音が響くと、彼が口を血まみれにして口を動かして嚥下する。
勇気は肩の激痛に喚き散らすが口をふさがれて、腹に伸し掛かられて動かぬように封じられてはじたばたする以外ない。
「うまい! うまいぞ! これこそが聖剣の契約者の味! アハハハ! クラスメイトに美食が眠っていたとはねぇ! まさに森の中に眠る極上の木の実の存在だよ!」
さらに咀嚼を始めようと彼が口を寄せて勇気の肩に食いつこうとしたその時、勇気の仲に眠る獅子が奮起する。
勇気は握りこぶしを作って相手の横っ面を叩いた。
怯んだところへ、勇気は言葉を紡ぐ。
一気に、彼の身体に火が上がる。
「ぐぎゃぁあああああ!」
勇気は肩を抑えながら懐から聖剣を取り出してそれを構えた。
さらに、目の前の一ノ瀬も火を振り払い怒りの闘志を燃やしてこちらを睥睨する。
「ゆ、ゆうきぃいいっ! てめぇ、この俺の顔をよくもぉおお!」
一ノ瀬卓也は顔を抑えながらも勇気にとびかかろうとしたがその身が動けなかった。
「な……に……?」
「ずっと……ずっと……待っていたんだよ……」
勇気はさっきまでの弱弱しい雰囲気から一変してどす黒い闇を抱えた瞳をしだした。
その雰囲気の様変わりに妖魔で人間よりも強い存在のはずの彼、一ノ瀬卓也は背筋も凍り付く。
「お、おまえ……何をした……」
「一ノ瀬、お前はミスをしたんだよ。この場所は俺が懇意に使用しているある訓練の施設だった。ここにはあらゆる父と母から受け継いだ術式を彫り刻んだ罠が仕掛けられているんだよ」
勇気が上に指をさした。
彼もつられて頭上を見上げるとそこには奇妙な幾何学模様が描かれていた。
そう、それを妖魔の彼は知っている。
「魔封じ!」
「ずっと、俺は復讐のために好みを費やして生きてきた。そして、ようやくその正体が表に出てきて何かがわかりたどり着いたんだ。この好機を逃さない。僕は異論やつを利用して騙して貴様らから両親を殺した存在の奴らを聞き出してやるんだ!」
勇気の手には光る刀身の短剣が握られていた。
その廃ビルの中で一ノ瀬卓也の絶叫が響き渡った。




