第9話 帰還
――ミスタリレ王国南部 スランドール森林――
「これ、全部剥ぎ取るのか」
ハルキ目の前にあったのは、大量の死体の山だった。
ゴブリン、コボルト、レッドキャップ、ハーピー、一角兎、トロール、一目巨人、そして人面獣。
今回の一件で始末した魔物の死体を全てかき集め、まとめて置いた結果がこれである。
「うへ~、めんどくさ~い!」
サヤが悲鳴を上げる。
「っていっても、これだけ放っといたらアンデッド化するしね」
「うーん」
しばしハルキは頭を抱えるが、後片付けはしっかりやろう。と、仕方ないので、やりきる事を決めた。
「はーい、誰かお腹空いてる人ー!」
「「「はーい!」」」
アキラ、マオ、サヤの三人が元気良く手を挙げる。
「アキラは腹減らないだろ。スライムなんだから」
「いいじゃないですか!気分ですよ、き・ぶ・ん!」
「あ、はい。分かった、分かったから。頼むから素材はなるべく残しておいてよ…」
「分かってますって♪」
心配だ…。とアキラを見て、ハルキは顔をしかめた。そんな彼を慰めるように、ミクが声をかけた。
「アキラの事は任せて下さい。バカども二人も居るわけですし、面倒は見ときますよ」
「ありがとう、助かるよ。お前は良いのか?一緒になっても良いんだぞ」
「私は遠慮します。どうせ、バカの相手するだけで暇がないだろうし」
「あー、うん。なるほどね」
お互いの苦労を分かち合い、二人はため息をひとつ。
「じゃあ、僕はこれからミオ達とあの洞窟の探索に行ってくる。皆の事は頼んだよ」
「はーい。任されました」
「ユウちゃんは食べないの?
ハルキとミクのやり取りを聞いていたアキが、からかい半分で尋ねた。
「食べないわよ。せっかく落ち着いてきたんだから。それに、一目巨人の目玉とか、トロールの皮膚とかは、良い薬の材料になるわ」
「…なんかユウちゃん、魔女みたいな事言うね」
「あら、薬作りも、錬金術の一環よ」
ユウカは元々、錬金術師の卵として学んでいた時期があった。成績も優秀であり、将来は有望だとも言われていた。しかし、とある事件に巻き込まれ、その道を断念。その後、ハルキの元へと落ち着いたという形だ。
「「「いただきまーす」」」
元気の良い三人の声が、大きな耳の彼女に届いた。いや、間違いなくアキにも聞こえているだろう。
「あっちはあっちで元気ね。見た目ただの地獄絵図だけど」
「だね~…」
こちら三人は、死体の山で夜食タイム。とはいえ、長い時間戦闘が続いていた為、直ぐに日が昇ってくるだろう。
マオとサヤは、山からなるべく綺麗な形の物を選んでいるのに対し、アキラは躊躇なくホイホイと口に入れいている――いや、取り込んでいる。
「アキラさんはよくそんなに食べれますよね」
「まあね。口?体?に入れたら、すぐ消化しちゃうから」
「へも、やっはり…ごっくん。お腹は空かないんだよね?」
サヤはコボルトの腕を口に咥え、呑みこみながら話をした。
「何よ、今さらね。食欲と睡眠欲は、無い事ぐらい知ってるでしょ。まあ、有るとしたら―――性欲くらい?」
「「うわぁ…」」
頬を赤らめるように発言するアキラには、流石の二人もドン引きだった。
その傍ら、監視をしていたミクもまた、一歩引いていた。
――洞窟内部――
素材や道具の回収をアキラ達を任せたハルキは、ミオ、ミサ、サナエ、レイコを連れ、洞窟内部の探索に出ていた。
外で倒れている錬金術師の他に、レンの洗脳を受けた者はまだ残っているはずだ。
その救出、あるいは、レンと共に脱出している場合は、その追跡調査を目的に、彼女達を護衛に洞窟に入ったのだ。
「この先に、彼らが働いていた魔石の実験場があるはずです」
「洗脳は多分、解けてると、思います。でも、逃げられていたら分かんない、です」
「そっか。まあ、その時はその時だ。深く考えるのはやめよう」
おどおどが止まらないサナエに対し、ハルキは優しく声をかける。
「…!」
しばらく歩いた後、そこには、十人程の錬金術師達が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄ったハルキの声に答えは無い。ただ、息はあるようだ。
それを確認し、ハルキは安堵の息を漏らす。
「大丈夫。洗脳系の魔法が解けて、一時的に気を失ってるだけ」
「みたいだね。みんな、この人達を運び出してくれ」
了解。と、彼女達は頷いた。
「レイコ。この人達だけで全員?」
「はい。人数は間違いありません―――っ!ご主人様、上を!」
突然レイコが叫びだし、全員が頭上に注目した。するとそこには―――――
「ぎゃああああああああ!」
顔を真っ青にして叫んだのはハルキだ。
「蜘蛛ー!でっかい蜘蛛ーっ!」
それは、推定4メートル以上はある真っ黒な大蜘蛛だった。
「暗蜘蛛!?なんでこんな…」
「まさか、奥の魔石を喰ったのか!」
ここは元々、魔石の実験場だ。何処かに大量の魔石が保管されていても可笑しくはない。
そもそも、この蜘蛛は何処から沸いてきたのだろう。
レンの実験の残党か、自然に生れた物か、それとも、元々ここに住み着いていたのか。何れにせよ、この場で退治する必要はありそうだ。
「ご主人様は下がって、ここは私達が」
さっと、ミオが前に出て身構える。
「状況、開始」
「シャー!」
洞窟の天井に引っ付いたままの暗蜘蛛は、前足を上げて威嚇をかますと、尻から糸を飛ばしてきた。
「《風刃》」
風の刃が糸を容易く切り裂き、貫通して大蜘蛛に迫る。が、寸前に天井から飛び降りて、これを回避。
「はあっ!」
レイコが半月刃で斬りかかるが、その硬い外郭に阻まれる。
「くっ!サナエ!」
紅い弾丸が、レイコの脇を綺麗に通り抜け、蜘蛛の頭に直撃。
「キィィィィィ」
苦痛の叫びなのか、大蜘蛛は古びた扉のような声をあげた。しかし、まだまだ平気そうだ。
ただ、ダメージは確実に入っている。このまま押して行けば、勝利は確実だろう。
「こんの~《盾殴打》!」
続けざまミサが飛び上がり、盾で蜘蛛の脳天を強打。強い衝撃に、流石の大蜘蛛も一歩退けぞった。
「キシャー!」
今度は蜘蛛が、前足をふり上げ、その足でミサに反撃。
ミサは綺麗に防いではいるが、盾を両手で押さえ、なんとか耐えている状態だ。
「《影分身》」
「むぎゅっ!」
ミサを踏み台に飛び上がったミオが、四人に分身。四つのナイフが、暗蜘蛛に突き刺さった。
「キュウウウウ!」
大蜘蛛は悲鳴を上げ、絶命。
ミオは分身を消し、直ぐに一人なったところで呟いた。
「状況終了」
「いってて…いきなり何するんですかミオさん!なんで踏むんですか!」
頭を抑え、ミサが怒鳴った。
これは、完全なデジャブだ。
「お前、アキラの真似したろ」
こくり。とミオは無言で頷いた。
「そのうちやりたいと思ってた。面白いから」
「なんの話ですか。ていうか、私をおもちゃ扱いしないでくださいよ!」
「いや、そんなつもりはない。からかってるだけ」
「どっちにしろやめてください!」
――ミスタリレ王国南部 スランドール森林――
「よし、みんな、あらかた片付いたか?」
「はい。後は、この人達を連れて行くだけですね」
洞窟の前には十五人程、錬金術師達が寝かせてある。全員意識を失っているが、このままここで寝かせたままにするわけにもいかない。
「それじゃあこっちの方は、えーっと、マオとアキの班に任せるよ」
「は~い。わかりました」
「え~、やだ~。帰って寝たい~」
「はいはい、残業は残さずやりましょうね~」
ミクは《門》を開くと、サヤを引きずって入っていった。彼らを連れていく前に、ギルドに調査報告をしに行くのだろう。
「では、ご主人様。行ってきます」
「うん、後はよろしく」
行儀よくお辞儀をした後、二人に続いてマオも《門》に入っていった。
「それじゃ、私達は見張りでもしよっか。留守中にこの連中が襲われないようにね」
「うん、オッケー」
アキとユウカの方針も決まったようだ。
「それじゃ、行こうか《門》」
ハルキが手をかざした先に、神々しい光の門がその場に現れた。九世界第一層、《神界》へ繋がる扉だ。
門が開くと、ハルキはこの上ないばかりに笑顔を浮かべた。
「なんか嬉しそうですね。ご主人様」
「え?ああ。うん。逃げられたとはいえ、誰も人を殺めずに済んだから、なんだか嬉しくなって。行方不明になってた人も、こうして助けられたし」
と、気持ちの良い笑顔をまた一つ浮かべる。
(お~い)
「なんだそんなことですか~ご主人様の実力あってこそじゃないですか~」
言ったのはナナミだった。
(ねえ、ちょっと誰か~)
「ちょっとナナミ!それ私の台詞!」
「え~、いいじゃん。どうせいつも言うこと決まってるし」
(たーすーけーてー)
「決まってるって何?私は思った事をそのまんま伝えてるだけよ」
「それがわかり易いんだって、アキラは」
(ねえ、みんな聞いてる?)
言い合う二人を見ている内に、ハルキは突然何か足りないものがある。そんな気がしていた。
「あれ?なんか忘れてるような…?」
首を傾げるハルキにミオが問いかけた。
「何が?」
「いやなんか、ナナミ見てたらさ、誰か居ないような気がしたんだけど」
(忘れてますよー、ここにいますよー)
「気のせいじゃないですか?」
「そうかなぁ、ま、いっか」
(ええ~!?)
そういって、ハルキ達は開きっぱなしの《門》の中へと消えていった。
「で、あれどうする?」
「さあ?そのうち誰か気づくんじゃない?」
残った二人の視線にいるのは、未だ土塊人形の下敷きになっていたアカリであった。
――九世界 第一層 妖精界――
――翌日――
木の程よい香りが、朝明けと共に鼻に注がれてきた。
その香りが、彼女を目覚めさせ、メイドとしての一日が今日も始まると告げている。
彼女はベッドから起きると、眼鏡を掛け、着替えると朝の弱い二人の妹をお越しに隣の部屋に行く。
「ほら、貴女達、朝よ起きなさい」
一人は、自分と同じように尖った耳と、黄土色の髪には山羊の角があり、上半身は人間で下半身は山羊の山羊人という種族だ。
もう一人は姿こそ人間だか、こっちの耳も尖っており、背中には綺麗で透明な羽が生えているのが分かる。
「ムニャ…もうちょっと…」
「うへへ…」
よだれすら垂らして寝ている妹を目の当たりにし、姉として情けなく思えてしまう。
そこで彼女は、大きく息を吸った。
「起きなさーい!」
二人は飛び起き、目の前に居たのは、姉の姿だった。長い黒髪の下にある尖った耳に、メイド服を着ている。
「あ…お、お姉ちゃん、おはよう」
「お、おはよう」
流石に寝すぎたかと、二人は後悔し、硬直してしまった。
「早く着替えなさい。今日も忙しいわよ」
キャラ紹介
ヒトミ 種族:森妖精
メイド三姉妹長女。元々、この姉妹は半妖精であったが、彼女はその影響を強く受け、完全なエルフとなった。真面目な性格で、仕事熱心。
フミナ 種族:山羊人
メイド三姉妹次女。二重人格者で、戦闘になると性格が変わることがある。ただ、根は優しく、面倒みの良い性格が基本。山羊人という種族上、笛を吹く事を生業とする。
ミツバ 種族:悪戯妖精
メイド三姉妹三女。小柄で、少しイタズラ好きな少女。妖精や小動物など、小さいもの・可愛いものをこよなく愛する。姉のフミナとも性格が似ており、よくヒトミに説教を受ける事が多い。