第8話 男の正体
―魔法と特技―
この世界に置いて、魔法と特技というものに、大きな違いはない。一般的に同一視されるものである。
理由としては、魔法も特技も、使用者の使い方次第で、個人差があるからだ。
ハルキの固有能力。あれがいい例だ。彼が強く想像する事によってそれが具現化する様に、魔法と特技も、その人の概念によって形になる。
魔法と特技を合わせた物や、特技として使われる物が魔法として存在する物。逆に本来魔法としてある物が特技として存在する事もある。
いわば、ハルキの固有能力が、その頂点に立っていると言っていい。
ただ、確かな違いがあるとするなら、特技は職業によって使える物に限りがあり、魔法は、概念によって変わってくるという所だ。
――ミスタリレ王国 南部 スランドール森林 最奥――
「《火球》!」
片足を上げ、大きく振りかぶったアキラは、その手に握りしめた火の玉を土塊人形にぶつけた。
頭は砕けたが、それでもなお動き続いている。
「あちゃー、頭に当たっちゃったか~」
土塊人形の胸部には必ず核が埋め込まれており、そこを破壊しない限り再生し続ける能力を持つ。現に、先程頭を砕かれた土塊人形が時間を巻き戻す様に元に戻っている。
他にも土塊人形を倒す方法はあるのだが、それは彼女には出来ない技だ。
「アキラさんは魔法より殴った方が早いんじゃ…」
「うっさいわね!そんなの気分よ気分」
「ええ…」
ミサの言う事を全く聞かないアキラだが、殴った方が早いというのは事実だ。
土塊人形はその頑丈さ故、斬撃・刺突による攻撃よりも、威力のある殴打武器による攻撃の方がダメージが通りやすい。
もちろん魔法も効果的だが、魔力を消費して戦うよりも、殴る方が手っ取り早い。
今のアキラは、自身の種族を通常のコア・スライムから炎・スライムにチェンジさせ、職業も格闘家に変わっている。
身につけた鎧も、水晶の如く青い輝きから真っ赤な炎の色へと変わっており、右手には腕より一回り大きい焦熱籠手を装備している。
「何が気分よ。無駄な事してる暇があったらさっさと片付けろっての。ただでさえ無尽蔵に出てくるんだから」
「全く、主戦力が遊んでどうすんのよ」
何体かの土塊人形を仕留めながら、ミクといつの間にか兜をアキに返していたユウカが話に割って入った。
彼女達が使う槍とレイピアは特殊な素材に魔法で強化された物なので、生半可な固さで刃がかける事すらない。
ミクやユウカに限らず、アキラ以外の全員の武器は魔法強化が施されている。そのため、ちょっとやそっとで壊れる物では無いのだ。
「ただの準備運動よ。ずっとビンの中入って、体がガチガチなのよ」
「アキラさんスライムだから体関係ないんじゃ…」
「だから気分の問題だって言ってんでしょうが!」
「あ…はい…」
大分ご立腹のアキラに、ミサが小さくなっていく。ビンに閉じ込められていたのが相当不満だったらしい。
「うるさいわね、耳元で」
次第にユウカの機嫌も悪くなってきた。
「あんたは耳がでかいだけでしょうが」
「その分よく聞こえるんだから大声出すんじゃないわよ!」
「いいから、いつまでもしゃべってないで、アキラはその辺の土塊人形潰しといたら?」
ミクがこの場を一旦止めようと、口を挟むが―――
「黙れ豚足。私に命令して良いのはご主人様だけよ」
「豚足言うな!っていうか、こんな時だけなに忠実主張してんの!」
ミサがどんどん小さくなっていく。ただでさえ性格が似てる三人が喧嘩しあってどうするというのか。――自分も似たような性格ではあるが―――
そんな四人の周りを、その倍以上の数の土塊人形が取り囲んでいた。
「え?あれ?いつの間に!?」
驚くミサだが、流石にこんな大声で喧嘩していたら、注目を集めるのは道理だろう。
「ちょ、ちょっとアキラさん、ミク、ユウカも!囲まれてるって!」
それをチャンスと見たか否か、土塊人形達が一斉に攻撃を仕掛けていた。
「「「邪魔!!!」」」
ついさっきまで言い合いをしていたのが嘘のように、三人は飛び掛かってきた土塊人形を蹴散らした。
「なにしてんだ。あいつら」
〈さあ?〉
全身を深い緑のフルプレートで包んだハルキは、三人、いや四人で漫才しながら戦うアキラ達をみて、牛の頭を象ったその兜越しでため息をついた。
「ったく余裕だな」
「ご主人様!」
ミオの声が届き、瞬間雄叫びが聞こえる。
「グオオオオオオオオ!」
四足の獅子の足を動かし、人面獣が、ハルキに向かって突進して来た。
「…っ!うおおおおおおお!」
ハルキはその頭を手で掴み、突進する獣を押し止める。
それと同時に人面獣は尻尾の針で刺そうとするが、その前に怪力でねじ伏せられてしまう。
マオの最大の特徴、それは大きく盛り上がった胸――――ではなく、生まれ持った体質であるその怪力だ。
それが固有能力ではないのが彼女の不思議だ。
「くっ!」
レンは倒れた人面獣を見て口を噛み締める。
「モンスターを使役し、同化する。厄介な能力だ」
〈あら、褒めてもらって嬉しいですね。ご主人様〉
「あんま褒められたくない相手だけどな」
言葉ともに、ハルキはレンに向かって跳躍。人面獣が起き上がってそれを阻もうとするが、ミオが《風刃》を放ち、これを阻止。
「うおりゃああああ!」
大声をあげ振るった斧の刃は、レンの頭上で止まった。
「くっ!防御結界か!」
力を込めるも、結界が破れる様子は無い。
「《土塊創造》」
ハルキの足元から押し出す形で二体の土塊人形が現れた。
攻撃に力を入れすぎ、咄嗟の対応が出来なかったが、マオのサポートがあり、直ぐに体制を整えることに成功した。
「チッ面倒な」
そう吐き捨てたハルキに、レンは嘲る様に「土塊人形は錬金術の基本だろう?」 と言う。
土塊人形の後ろに悠々と立つレンを睨み付け、もう一度斧を構えるハルキの頭上を、人面獣が飛び越えて立ちはだかった。
「どうする?ご主人様」
「……どうしよう」
顔を引き吊らせながら、ハルキは答えた。ここまで来て何にも考えてないと、そんな顔で。
「だめじゃん」
「いやだって、その時になったらいい案が浮かんでくるかな~と、その、えっと、思いまして…」
ミオは無言で、ただジーっとハルキの事を見つめていた。
当の本人は汗がたらたらと出てきそうで、必死で頭を働かした。
〈ここはやっぱり力押しで――――〉
「「それはだめ」」
マオの意見に、二人は即答した。
「いやいやいや。下手に突っ込めないから、これ」
「相手の手の内が分からない以上、力任せに動いくのは良くない。それをするのはただのバカ」
〈でも、さっきは攻撃したじゃないですかー〉
「それは、向こうの防御策がどのくらいか試しただけだから。大体、まともに喰らわせるならもっと殺すつもりで―――」
「こら!貴様ら!いつまでお喋りを続けるつもりだっ!」
流石に堪忍袋の緒が切れたか、レンは目の前で堂々と相談を始めたハルキ達に怒声を浴びせた。
〈「「な、なんかスミマセン…」」〉
それに気圧され、三人とも気付けば謝っていた。
それをどう思ったのか、レンは軽く笑っている。嘲笑の笑みには到底見えなかった。
何か、懐かしい物を思い出した、そんな父親のような笑みだった。
「何が可笑しいんですか…?」
敬語口調でハルキは問う。しかし、レンは何も答えたなかった。代わりに――――
「まあ、貴様らはここまで、下級とはいえあの数のモンスター達を突破してきたのだろう?」
満足じみた顔でレンは続ける。
「ならば、その強さに免じ、ここは引いてやるとしよう」
「…どういうつもり?」
ミオの問いかけにもやはり答えず、レンは魔法を発動させていた。
「まてっ!」
ハルキとミオは逃亡を阻止しようと地面を蹴った。が、人面獣と土塊人形に阻まれてしまう。
「そうそう、後始末は君達に任せたよ」
そう言って、レンは発動した《門》の奥へと消えて行った。
「ちっ、逃げられたか」
周りを見ると、土塊人形達に囲まれていた。目の前には人面獣もいる。
やはり数の暴力とは偉大だ。何度でもこういった戦術がとれる。
「《炎壁》!!」
頭上から、アキラが拳を構えて落ちてきた。着地と同時に地面を叩き、炎の壁を周囲に展開。何体かの土塊人形を巻き込み、魔法による高熱で核もろとも焼き払う。
「怪我はありませんか?ご主人様!」
「ああ。せっかくで悪いけど、炎を消してくれ」
「それはいいですけど、敵は?」
「…逃げられた。後片付けを任されたよ」
アキラは燃え盛る炎の先を睨み付けた。
「アキラはここから離れて、魔力を貯めてスタンバっててくれ」
「はい!」
アキラは炎を消すと、直ぐに飛び上がり、サナエが銃を構えていた崖の上へ登る。
いや、飛び上がっただけでない。片手が異様な程に伸び、そのまま上に上がったのだ。
安全な位置取りを済ませ、アキラは右手の平を目の前に掲げ、魔法詠唱を開始。
「ミク、サヤはこっちを手伝え!他の奴は土塊人形をできるだけ一ヶ所に集めろ!」
全員が頷き、一斉に行動を開始。
「さーて、じゃあどう料理しようかしら」
「やっぱ、数には数でしょ」
アキが指をピンと立てた。
「また単純な…」
「私は別に良いよ。レイコちゃんは?」
「私もかまわない。面白そうだしな」
「オッケー、前菜は多めね」
「はあ。全く、あんた達は…。しょーがないから付き合うわ」
ユウカ、ミサ、サナエ、レイコが一列に並んだ。
「《召喚・一角兎》」
「《召喚・毒蛇》」
「《召喚・吸血蝙蝠》」
「《召喚・白牙狼》」
それぞれが自身の使い魔を召喚する魔法陣を展開。
そこから何体ものモンスター達が姿を表し、一斉に土塊人形に襲いかかった。
「チーちゃん、でっかいの頼むよ」
「任せとき。ドでかい大穴作ったるわ!」
チサは大きくハンマーを振りかぶり、勢いよく叩いた。
「《落穴》!」
ハンマーを振り下ろした先に、巨大な穴を生成された。
「みんなー!ここに全部放り込んどいてー」
「いっくよー!《水縄》」
ナナミが竿を投げると同時、足元から涌き出た水な鞭のようにしなり、土塊人形を絡め取った。
リールを巻き、竿を引くと、一斉に土塊人形を大穴へと放り込む。
「大漁、大漁!どんどんいくよー!」
「《影分身》」
ミオの影が暗闇から伸び、三つに分裂すると、影が分身となった。
「「「《妖精吐息》」」」
優しく吹いた吐息が強い風となり、土塊人形を次々と吹き飛ばして、見事に穴へ飛ばす。
「私も負けないよ!」
アキは身動きの取れない土塊人形を端から順番に後ろ足で蹴り飛ばしていく。
召喚されたモンスターに気を取られていた土塊人形達は呆気なく次々と穴へと放り込まれていった。
やがて、穴一杯に土塊人形が溜まっていき、穴から出ようと足掻いている。が、全員が出ようともがいているため、互いにが互いに足を取られて余計に出られなくなっている。
「アキラさ~ん!準備いいですかー!」
崖の上に向かって、ミサが叫んだ。
「もうとっくに出来てるわよ!」
アキラが立ち上がると同時、土塊人形達がもがいて最早気持ち悪い穴の上に、魔方陣が出現した。
「《爆撃》!」
パチン!と、指を鳴らした。瞬間、穴を中心に大爆発が起こり、土塊人形を一掃、粉砕した。
「お、やってる、やってる」
モンスターを召喚し、土塊人形の動きを止めている少女達に、ハルキは感心の意を送った。
〈来ます!〉
マオの言う通り、よそ見をしたハルキに人面獣が再度突進してきた。
「《重撃》」
ズガン!という一際鈍い音がなり、人面獣が一瞬にして吹き飛ばされる。
「《雷光》!」
「《風刃》乱れ打ち~!」
槍を伝って放たれる稲妻と、連続で繰り出される風の刃が魔獣に追い討ちをかけた。
「まだまだ行くよー!」
「あっ!バカっ!」
「グルル…」
サヤが踏み込んだ瞬間、人面獣の尻尾にある毒針が射出して彼女に襲いかかった。
「ひっ…!」
「《鋼化》」
サヤに迫る毒針をハルキが身を呈して守った。
防御魔法を発動していたため、毒針は彼の体に刺さらず地面に音を立てて落ちた。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
抜群のタイミングの登場により、サヤの目はキラキラと輝いていた。
「このトリ頭!何勝手に突っ走ってんの!」
「うるさい!うるさい!だってあんなの飛ばして来るとは思わなかったんだもん!」
「考え無しに突っ込むから悪いんでしょうが!」
「ミクちゃんだって何でもかんでも突っ込んでくるじゃん!」
「あんたと違って何も考えてないわけじゃ――――あたっ」
「いてっ」
「やかましい」
ハルキはポカッポカッと二人の頭を軽く叩く。
「さっさと終わらせて帰るよ…と?」
背後から爆発音と強い爆風が押し寄せて来た。
「派手にやったなぁ」
〈ですね。私達も早く終わらせちゃいましょう〉
人面獣はもう既に立ち上がっており、またもこちらに突進を仕掛けてくる。ワンパターンではあるが、実際、獣なのだからそれしかする事もないのだろう。
「サヤ!魔法詠唱」
「うう…ふぁい」
まだ頭に痛みは残るが、それでも言われた通り、上位魔法の発動準備を行う。
「ミク」
「…了解しました。人使いあらいなあ、もう。《雷撃効果》!」
槍に稲妻を纏わせ、そのまま突撃。
単身で突っ込んでくる獲物に、人面獣はその爪と牙、毒針を打ち込んでくる。
それに対し、ミクは慣れた手つきで槍を回しながらそれを防ぎ、かわす。また、的確に雷の籠った刃を繰りだして、獣の体力的を少しずつ削って行く。
「サヤ、そろそろいいか?」
「準備万端!いつでもオッケー!です!」
それを聞いたミクは一旦距離を置き、槍を投擲。人面獣の背中に刺さった瞬間、空から落雷が直撃した。
「グギャアアアアアアア!」
〈「《肉体超強化》!」〉
ハルキはマオの持つ上級特技を解放し、その怪力で人面獣を空高く放り投げる。
「《竜巻》!」
人面獣が宙に浮くと同時、サヤがその場で回転。暴風ともに人面獣を巻き上げる。
ハルキもその風に乗り、打ち込むのは必殺技の一撃!
〈「《猛牛・螺旋斬》!!」〉
《竜巻》の風も相まってか、螺旋を描く回転はどんどん速くなり、斧が牡牛の唸りをあげる。
その勢いのまま空中に浮いた人面獣を一閃。
首と頭二つに分けられ、絶命した。
――???――
薄暗く、陰気な気配しかしない部屋。様々な魔術、錬金術の本と機材か置かれ、そこが研究室であることを主張している。
と、明かりも無いのに一筋の光が生まれ、その中から男が現れた。
「ふふ、ははは。あっはははははは!」
先程まで堪えていた笑いが込み上げ、我慢出来なくなる。
「まさか、あそこまで強くなっていたとはな。しばらく見ない内に、成長したもんだ」
自分の甥の成長ぶりを振り返り、レンはまたも嬉しさが溢れて来た。しかしそんな感情も、この先の事を考えると、悲しく思えてしまう。
「悲しいなあ。自分の甥と、救うべき自分の娘が最大の敵になろうとは。まるで何処かの神話のようだ」
レンの顔が徐々に形を変えて行く。《偽顔》と呼ばれる、上位の幻惑魔法、もしくは盗賊の魔力消費系スキルだ。
その顔は五十代後半の老け顔で、先の若々しい顔からは想像できない。
レン・ニグル・ノーレッジと言うのは、彼の偽名だ。ニグルは自身の父親の名から、ノーレッジは今は亡き妻の旧姓だ。
本名はレイン・ブラット。ハルキの実の叔父であり、彼の父:ハールス・ブラットの兄だ。
「アキラちゃんとミオちゃんも、相変わらず、ハルキにぞっこんしてるみたいだな」
レンは被っていた黒と装飾にまみれたフードを外し、部屋の入り口にある帽子掛けに掛けた。
「すまないな、ハルキ。もう、途中で投げ出す事は出来ないんだ…」