第7話 死人返り
――スランドール森林 魔石採掘場――
洞窟の中、ハルキとミサは足音を立てずに歩いていく。
下半身が蛇であるミサはともかく、洞窟の中でハルキが静かに歩けるのは、ミオの力を借りている為だ。
ミオの職業は暗殺者。物音ひとつ出さずに動き、標的を抹殺する隠密職だ。一方、ミサは盗賊。暗殺者ほどではないが、一応、隠密能力を持っている。無いよりはましというものだ。
現在のハルキの装備としては、袖のない黒いベストに、忍者を彷彿とさせる真っ黒なズボン、首にはマフラーをかけている。ついでに猫人となった証として、頭に耳、下半身からは尻尾がはえていた。
腰には猫の形を象った折り畳み式のナイフに、何かが入った瓶を下げていた。
「まさか、こんなとこがアジトになってたとはな」
「さすがに、こんなとこに並みの冒険が来ることはまずないですからね」
ハルキ達が現在潜入しているこの魔石採掘場。ここがお尋ね者して名を馳せている錬金術師、レン・ニグル・ノーレッジのアジトだ。
ここは多くの魔石が採れる採掘場だが、そんな場所ほど、強いモンスター、あるいは大量の小型モンスターが湧きやすいとされている。モンスター達が魔石に秘める力を求め、洞窟内を徘徊しているからだ。
さらに、モンスターは魔石から人工的に生み出せることがとある錬金術師によって証明されている。
つまりは、自然に発生することも十分にありえるということだ。
そのため、魔石採掘には冒険者、もしくは腕のたつ兵士の護衛が必須なのだ。
しかも、この洞窟は森の深いところにあり、さらに、こんな状況で洞窟に入ろうという者は少ないだろう。
まさに隠れ家には最適な場所ということだ。
「情報どおり、あれ全部使役してるってのは本当っぽいですね」
「だな。僕がいうのもあれだけど、なんて魔力の持ち主だ」
〈あの~〉
ハルキの腰のあたりから、アキラの声が聞こえた。
〈ご主人様~狭いです~〉
アキラの声は、ビンの中からだった。
「しょうがないじゃないですか。アキラさん隠密行動、苦手ですよね?」
〈私だって盗賊の職業持ってるわよ!〉
〈だとしても、大勢での行動はなるべく避けるべき。人影を減らせる方法があるなら、それをした方が都合がいい〉
ナイフから響くように声が聞こえた。ミオの声だ。
「そうだな。ちょっとの間だから、な?我慢してくれ」
〈まあ、ご主人様が言うなら、このままでもいいですけど…〉
ハルキの説得に、アキラは渋々従った。ビンの中からぶつぶつと聞こえる気がするが、気にしないほうがいいだろう。
アキラがビンのなかに入れられているのは、先程ミオが言ったとおり、見かけの人数を減らすためだ。
スライムであるアキラは、どんな隙間にでも入りこむことができる。ただし、核があるため、つっかえってしまうと入ることは出来ない。
その能力を活かし、ビンの中に詰めて持っていこうということになったのだ。
そうすることで、この場に二人しかいないと見せかけ、実は四人いるというトリックの完成だ。
やがて歩いていると、先頭でニョロニョロと歩いていたミサが足を止めた。
「どうした?」
「見てください」
ハルキは物陰から、顔を覗かせると、そこには人狼とは違う犬の獣人種、コボルトだった。
コボルトは、洞窟や坑道に住まう獣人であり、他の小型モンスターと同じで集団行動を行う。
ゴブリンは棍棒、レッドキャップはピッケルやシャベルなどの道具なのに対し、コボルトはしっかりとした刃物を使う事が彼らの大きな特徴だ。
「コボルトか」
〈どうします?〉
「面倒くさいんだよな、あいつら」
犬の特徴を持つ彼らは、下手に近づくと、レベルの高い暗殺者でも見つかる場合がある。
〈ここは一本道。ほかに隠れる場所はない〉
となれば方法は一つしかない。ハルキは即座に答えをだした。
「よし!突っ切ろう!」
――スランドール森林 魔石採掘場 外部――
「アカリちゃーん!!」
あたりにナナミの声が響いた。
アカリの額にはぽっかりと穴が開いていた。
打ち抜いたのはサナエだった。その手に持つライフル銃:VPR-29のスコープ部分から、赤い眼光が見えている。
「そんな、アカリ……」
返事はない。
息もない。
死んでいる。
それを認めまいと、チサとナナミは嘆き悲しむ―――と、思いきや―――
「サナエ!打つタイミング悪いんとちゃうか!?」
「そうだよ!いくらアカリちゃんが中二臭くて鬱陶しいからって、今のは酷いよ!」
全然平気だった。
「ええ…」
さすがにサナエは言葉を失う。
「ええで、さっさと降りてこーい!」
「降りてこーい」
チサに怒鳴りにナナミが続いた。
「もう、わかったよ」
敵であるはずの者と、かなり親しい会話をしている。にもかかわらず、誰も反応しないのは、意志を持つ者がいない証拠か。
シュタッと降り立ったサナエは、その銃を錬金術師達に向けた。
その行動に、催眠状態にある彼らは初めて彼女を敵だと認識ようだ。
彼らが攻撃を再開しようとしたその時、敵3人より更に前方におぞましい程の魔力を感じた。
「うぅ…おぁぁ…」
死んでいた少女は、眼帯を外し、ギクシャクとした動きで立ち上がった。
その額には弾で撃ち抜かれた跡がある。にもかかわらず、少女は立ち上がる。
「お、始まった始まった」
「ほな、後は任せるで~」
同時に死んだはずのレッドキャップ達も同じように立ち上がった。
「ウァァ…」
「ハァァ…」
体中に風穴が開いている者。頭が大きくへこんでいる者。腕や脚、首がなくなっている者。
いずれも紫と黒のオーラが溢れている。
《死者気迫》
自分の体から、死者としての魔力を放出し、周りの死体にも影響を与えるアカリの特技だ。
彼女の眼帯を外した右目は、放出する魔力と同じ、紫と黒が入り混じった色をしていた。
そう、彼女はゾンビだったのだ。つまりは、「最初から死んでいた」ということになる。
その存在に、驚愕を隠せない錬金術師達。それは彼らに意志がなくとも、恐怖心はしっかりとあるのだろう。
まだ殺されていない、生があるレッドキャップ達も同様に、一歩、また一歩と後退している。
しかし、一体の勇気あるレッドキャップが、アカリに飛び掛かたった。
同時に、他のレッドキャップ達も一斉に攻撃を開始した。
――魔石採掘場 内部――
「ウォォォォォォォォ!」
獣の咆哮が洞窟内に木霊し、剣が振り下ろされる。
ハルキは軽やかにステップを刻むようにかわし、すぐさま反撃。音もなく振るうナイフが、コボルトの首を飛ばした。
ミサは長い体を活かし、三体のコボルトを縛り付けていた。さらに、蛇の長い舌を伸ばし、コボルトの首筋を舐める。
「うふふ…」
遊んでいる。
モンスターの首筋を舐めるなど、趣味が悪いと言えばそれまでだが、彼女達もモンスターなのだ。故に人の感覚など、とっくの昔に捨てている。
特に蛇人の様な種族の場合、弱者を弄びたいという衝動に駆られることがあるのだ。
シャァァと喉から声を出し、締めつけを強くした。
やがて圧力に耐え切れなくなったコボルトの体が血飛沫をあげ、潰れた。
そして身体中から血をながし、三つの肉塊となってその場に倒れる。
「《高速移動》」
音速で駆けるハルキについてこれず、コボルトの群れは無残に首を跳ねられいく。
〈ご主人さま~そろそろ出して下さいよ~〉
ビンの中からアキラの悲痛の叫びが聞こえた。
「もう少し中に入ってろ」
〈え~〉
体の原型がないためどんな表情をしているか分からないが、本人は頬をプックリと膨らませているつもりなのだろう。
「この辺で片付けるぞ」
〈了解〉
ハルキとミオは、互いの心を共鳴させた。
その手に持つナイフ――C・ナイフと名付けられた――に風が宿り、緑に発光。同時にハルキ自身にも風を纏うと口にナイフを咥えた手を地面につけ、ハルキは心の中で叫んだ。
《音速疾風斬》!
《高速移動》と《風刃》を合わせたそれは、文字通り、疾風の如く――いやそれ以上の速さで――飛んだ。
瞬きする間もなく一瞬のうちにコボルトを肉塊へと変えると、ハルキは口からナイフを外した。
「あれ?終わっちゃったの?」
キョトンとした顔でミサはこちらを見た。どうやらまた遊んでいたらしい。
〈あんたねえ、遊びすぎなのよ!〉
「アキラさん何もしてないじゃないですか!」
〈何もできなかったのよ!〉
とぐろを巻いて敵を拘束したまま蛇人とビンの中のスライムが喧嘩するというのは中々シュールなものだ。
「ああっ、ちょっ逃げないでよ」
見ると、ミサに捕まったコボルトが逃げようとしているが、もちろん彼女から逃れることは出来ない。
「それ、早く片付けろよ」
「はーい」
ミサは少し名残惜しそうに答えた。
「もうちょっと遊びたかったけど、ま、しょうがないか」
カブッとコボルトに噛みついた。その瞬間、毒が回り、彼は小さな悲鳴を上げた。
「ふう」
ミサがため息を上げると、地面が揺れ始めた。
「な、なんだ!?」
すると地面の中から土塊人形が現れ、さらに、土塊人形の間を縫うように、巨大な金色の刃が飛んできた。
「ぐう――――っ!」
ガキィン‼と大きな音を立て、ハルキはミオでそれを受け止める。
しかし流石のハルキもこの大きさと、ものすごい回転速度を前に、小さなナイフ一本では受け止めきれなかった。
「があっ!」
大きく飛ばされはしたが、猫の特性かすぐさま体制を整えると綺麗に着地した。
〈ご主人様!〉
「大丈夫ですか⁉」
ミサはハルキを中心にとぐろを巻き、盾を構えて立ちはだかった。
「お久しぶりですねご主人様」
銀色の鎧、銀色の髪、そして整った顔立ちに、半月を模したような巨大な金色の刃。おまけに狼の耳と尻尾をつけた彼女は―――
「レイコ…!」
ハルキは、裏社会で有名な二人の暗殺者のうち、目の前にいる一人の名前を出した。
「ナイフ一本で私と戦うのは、いささか力不足なのでは?」
〈そんなことない。十分〉
刃の奥からまるで鏡に映ったようにミオの顔が映しだされた。
それを見たのか、レイコは自身の自慢の武器、半月刃を構え、美貌に似合わぬ笑みを浮かべた。
(あれ演技なのかなあ、すげぇ顔怖いんだけど、まさか本当に裏切ったりはしてないよね)
そう思いながら、自分を囲んでいるミサに指示を出した。
「こっちはいいから、お前達は土塊人形を頼む」
「分かりました」
「ほら、お前の出番だぞ」
ハルキは腰に手を当てビンの蓋を開け、中のアキラが勢い良く飛び出した。
「ふう、やっと出れたーっと」
さーて、いくわよ!と自身を激励し、土塊人形の集団に突っ込んでいった。
「久しぶりってほどじゃないと思ったけどなあ、ま、今はどうでもいいか」
双方は武器を構え、互いに攻撃を仕掛けたそのとき―――
壁が砕け、巨大な人面獣が現れた。その横には、一人の男の姿があった。入口にいた錬金術師達とは全く違う装飾をした黒ローブを被っているため、顔か確認しづらかったが、彼が顔を上げたときその顔がはっきりと分かった。
思ったよりも若い顔立ちだ。年齢はハルキとくらべてもそこまで差はないだろう。
つり上がった眼に、若干の口髭が生えており、人面獣を側に控えているからか、不適な笑みを浮かべている。
その笑いに、ミサも引いていた。
「なんの真似だ。レン・ニグルノーレッジ」
レイコの冷ややかな声に、男は答えた。
「それはこちらの台詞だ。君の仲間が敵と仲良くしていたのを見させてもらった」
それを聞き、レイコは舌打ちした。
「まあ、最初からこうするつもりだったのだが。最初から信用はしていなかったからな…やれ」
――魔石採掘場 外部――
あの後はまさに地獄絵図だった。
いくら魔法を打たれても、死者は留まることを知らず、例え首を切られてもその歩みを止めることは無かった。
恐れ故に攻撃を仕掛けるレッドキャップ達も、逆に返り討ちに合い、ゾンビはどんどん増殖していった。
ゆっくりと進み続けるアカリを見て、意志を持てずにいるはずの五人の錬金術師も魔法をがむしゃらに放った。案の定、水や雷は効果はなく、火がついてもすぐに振り払う。光の魔法は彼女を包むオーラに喰われ、闇魔法は逆に勢いを与えた。
途中、魔法の攻撃を浴び続けたために、バキボキと骨が悲鳴を上げるも、彼女はギクシャクとした動きのまま、歩みをつづけた。
やがて、双方が目と鼻の先になると、錬金術師達は悲鳴を上げた。
「あら、もう終わってたんですか?」
モンスターの群れを倒し切り、マオ達も合流を果たしていた。
「うん、後はご主人様を待つだけだよ」
見ると、そこには気絶した錬金術師の男たちが横たわっていた。
「うわあ、なによもうゾンビばっかじゃない。」
兜ごしの声が聞こえるが、それはアキから兜を借りたユウカの声だった。
「ユウちゃん、ガマンだよ」
「なによ、さっきまであんな偉そうなこと言ったくせに」
今の彼女は血や肉の匂いを嗅ぎ続けると、「暴走」を起こしてしまう可能性が高い。そのため、兜をマスク代りに被っているのだ。
「うー…あー…」
「お前なぁ、いつまでうーうーあーあーうなっとんねん!うっとうしいわ!」
チサがガツンと殴り、はっと気づいたアカリは慌てて眼帯をはめた。
「ゴメンゴメン、久しぶりでついっ」
「ええでじっとしとき、今その傷治したるさかい《回復》」
アカリの体がほんのりと緑色に光ると、額に出来た穴と折れたために変な方向に曲がった腕が修復されていった。
壁役兼回復職の支援守護者は、文字通り回復魔法が使える。しかし―――――
「ありがと。魔法かけてくれないと怪我治んないからな、私の場合」
「アンデッドが魔法で回復するとか普通聞かれへんけどな」
そう、アンデッドモンスターは僧侶などによる回復魔法はその身の浄化に繋がるというのが世間の常識だ。
その理由はただひとつ。彼女も元々人間であったことに他ならない。その名残が、ゾンビとなった体が回復魔法を受付けてくれるのだろう。
痛みを感じず、回復は出来るし浄化も受付けない。実はアカリがファミリア中最強なのではないだろうか。
「あれれー」
洞窟の奥を見据えながら、ナナミは素っ頓狂な声をだした。
「どうしたん?」
「いやぁ、なんか飛んで来てるような…」
一瞬、何が言いたいのかさっぱりだったが、それはすぐに解消される事となった。
「伏せろーーーーっ!」
ユウカが大声で叫ぶと、チサとナナミはそれぞれ左右に飛んだ。
「え―――――――――?」
しかし反応が遅れたアカリはそのまま綺麗に吹っ飛ばされて行った。飛んできた「何か」にぶつかる寸前、何故か本人にはスローモーションに見えた気がした。
飛んで来たのは土塊人形 だった。
「お、重い~誰か~ヘルプミ~」
「な、なんで土塊人形が!?」
アカリの声を無視し、全員が飛んで来た方向に向き直ると同時、大きな土煙とともにハルキが現れた。
「ご主人様!?」
「くっ!やられた!」
ハルキは肩を抑え、手から血が漏れていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっとかすっただけ――じゃすまないかな」
今、ハルキが受けた傷は人面獣の尻尾による傷だ。
人面獣のもつ蠍の尻尾には、毒があるのは明白だ。少しでもかすれば、数分で毒が廻る可能性が高い。
「ミサ、頼む!」
「分かりました。《状態回復》!」
かぶりっとミサがハルキの腕に噛みついた。
《状態回復》は、魔法として存在するのだが、ミサの場合「毒を持って毒を制す」をイメージして作りだした特技として使用している。
これにより、ハルキに掛かった毒は解毒され、危険にさらされる心配なくなった。
「なんであんたがやるのよ!」
アキラが急に怒鳴り始めた。怒鳴る理由はないはずなのだが――
「解毒なら、私がやりたかったのに~!」
なるほど、そういう事か。しかし、今はこんな茶番劇をしている暇はないので、あまり触れないでおこう。
「アキラ、それより他の皆と土塊人形を頼む」
「え?あ、はい!分かりました」
「ミオ。囮、また頼めるか?」
〈了解〉
ミオは短く、端的に答えると、武装状態を解除した。
「マオ!来い!」
マオの胸元にある紋章が光りだし、その模様は牛と斧を合わせた形をしていた。
牛の鳴き声と共にマオの体が光へと変わっていき、その光がハルキと重なる。
同時に牛人斧が形を変え――決して変形などではない――二枚刃のバトルアックスとなった。
深緑の鎧を纏ったハルキは斧を担ぎ、言った。
「んじゃ、猛烈にぶっと飛ばすぜ!」
キャラ紹介
アカリ 種族:アンデッド(ゾンビ)
右目に眼帯を着けた厨二病。「死」という言葉に異様にこだわる。実際、彼女はアンデッドとなる事で、死を乗り越えた存在とも言える。眼帯の下は瞳孔が紫色になっており、そこを中心に〈死者気迫〉を発動する。
チサ 種族:大地小人
小さいながらも、体の二倍以上あるハンマーを軽々と振り回す腕力の持ち主。大地小人は四大精霊の一種族であるため、魔力に特化し、支援守護者としての能力を存分に発揮できる。関西弁のツッコミ担当。
ナナミ 種族:人魚
人魚になるという夢を持ち、その夢を見事叶えた少女。作中ではまだその能力を披露していないが、水の無い所に水を作り出し、得意の水中戦に持ち込む事ができる。人魚である以上、下半身が魚なのは間違い無いがそこがどう見ても金魚に見えるのが彼女の悩み。