第15話 仮面の少女 ―中編―
――ミスタリレ王国 最東端:弾薬の荒地――
街のゴロツキ達の中の青年、グレイ・ゴロッツ。
小さな村の生まれで、村を出て冒険者になったのは良いもののロクに稼げもせず、気がつけば仲間と吊るんで不良冒険者の一員になっていた。
彼はそんなロクでもない人生を歩む、ただの人間だ。
それが気が付けば何故か捕らわれに身になっていた。それが我ながらロマンチックとも思わないが、どうしてこうなってしまったのだろうか。
目の前には仮面を着けた少女と緑の衣を纏った青年が何やら話し込んでいるようだった。
青年に関しては全く知らない人物だが、あの少女には危機感すら覚えてしまう。
何故なら、彼女は恐ろしい竜種を使役しているからだ。
あの時――自分達が追いかけたエルフの女の攻撃にやられてしばらく経った後――意識が回復しかけた所にこの少女がやってきた。
体は動かなかったが、グレイはその時には既に意識が明確になり、それからはずっと気絶した振りを続けていた。
「それじゃそこでブルブルと震えているあなたとも、お話しようかしら?」
不意に少女がこちらに視線を――仮面の下でよく分からないが――向けた。
―――しまった、バレた。ふ、震えが止まらねぇ…!
実際、グレイの体は恐怖の為か痙攣していた。そして気絶する振りも忘れて、冷や汗を垂らし眼も大きく見開いている。
「アンタ、ずっと起きてたでしょ。気づいてたヨ、最初から」
「えっ―――」
「あらあら、オメメ丸くしちゃって。そんなのだから、時々視線送ってる事に気づかれちゃうのよ」
グレイはただただ唖然としていた。
盗賊職を持つ彼には狸寝入りでやり過ごせる自信があった。
彼女らの話を窺う内に死の恐怖から演技がばれてしまったのだとばかり思っていたが、最初から看破されていたとなると話は別だ。
この女は始めから自分達を殺すつもりで連れて来たんだ…。あの化物のエサにするためにっ……!
グレイは必死に身構えようとするも、蔦に縛られて思うように動けない。
やがて死神はそれを楽しむかのように笑みをこぼして。
「うふふ…あはは…足掻いても無駄よ。大丈夫、今はまだ殺さないから。でも、それも夜明けまで、ね」
相変わらず仮面の下で本当に笑っているのかは定かではないが、それでもこの女からは紛れもない狂気が感じて取れる。
―――俺、これからどうなっちまうんだ…?
――ミスタリレ王国 東部:ライム村――
昼間の会議から結局一夜が明け、次の日の早朝。まだ日が明けて間もない頃。
眠っていたハルキの意識にアキラの声が轟いた。
―――ご主人様!例の死神、見つかりました!
「ほんとか!?」
借りていた部屋のベッドから飛び起き、ハルキは自分の手に声を向ける。
―――ああ、いえっ!まだその可能性があるってだけです。
「そんなのはどうでもいい。で、状況は?」
―――はい。徹夜で眷属使ってたんですけど、荒れ地に突然森が現れて。恐らくは結界魔法かと。
「…なるほど。ミクはどうしてる?」
話しつつ、ハルキは着替えを始める。
―――それが、もう突っ込む気満々で。今マオが止めてます
「そうか。みんなは先に現地へ行ってくれ。《門》を使うんだ、すぐにそっちへ行くさ」
―――わかりました!ほら、早くいくわよ。
アキラは元気よく返事を返すと、そこにいただろう他のメンバーを促して交信を終了した。
「さて、と」
着替え終えたハルキは紋章を通じて別の人物へ己の意識を飛ばす。
「レイコ、サナエ、聞いたな」
交信先はレイコとサナエ――《吸血狼》の二人――だ。
「眷属はそのまま出しておいてくれ。このまま囮や兵として使わせてもらう」
―――了解しました。それとご主人様、ご報告したい事が。
「ん?何だ」
―――死神の捜索中、荒れ地の外れに小さな小屋を発見しまして。そこに例のボギー・クライマという人物を確認しました。
「それ、マオ達には伝えたのか?」
―――いえ、まだ。ですが、行動が不審に思えたので、まずは報告すべきかと判断致しました。
「…そうか。監視は?」
―――既に。こちらに感ずかれたとしても、追跡する手立ては整っております。ですが、私達も実際に対面した事のある人物ではありませんから、飽くまでマオ達から聞いた特徴を総合しての判断です。
「なら、その件は後にしよう。今は死神の件が最優先だからな」
―――はっ。では眷属達を宜しくお願いします。
――ミスタリレ王国 最東端:弾薬の荒地――
「大きいわね」
荒れ地が突然息を吹き返したかのように、そこには巨大な森林が聳え立っていた。
アキラ達はハルキの到着を待つと同時にその森を見据えていた。
やがて《門》が開かれ、中からハルキが現れた。
「あっ、ご主人様~」
ハルキが出てくるや否や、まるで犬のようにアキラが飛び掛かる。
「うおっ、コラッ!顔に張り付くなっ」
「ええ~良いじゃないですか~」
べちょっと張り付くアキラを必死で剥がそうとするハルキだが、粘着質に引っ付くために全く剥がれない。
「アキラ様、お戯れも程々に!」
「は~が~れ~な~い~」
ヒトミとミツバも引き剥がそうとするが、やはり剥がれない。
「何やってる。こうすれば、いい!」
ミオがアキラの液体に腕を突っ込み、核を引っ張り出した。
「「「―――あ」」」
核が排出された瞬間、カラダが崩壊し、ビシャビシャと地面に落ちて行く。
「ちょっと、何すんのよミオ!私のカラダ崩れちゃったじゃない」
「アキラが悪い。いきなりご主人様に飛び付いて」
「私スライムよ。このくらい愛情表現の内じゃない」
「顔に引っ付いてご主人様を窒息させるのが愛情表現?」
「窒息なんてさせる気ないわよ。私はただご主人様の顔面を私で満たしていただけよ!」
「……意味が解らない」
手に持ったアキラを今にも握り潰そうなミオと、核のまま彼女を睨み付けるアキラ。
「はあ、いいから戻してやれ。ミオ」
「……」
腕を組みため息をつくハルキを見て、ミオは無言でアキラを解放した。
コロコロと転がりながら散らばったカラダを引き寄せて集めると、数秒も経たない内に元に戻った。
「ふーんだ」
カラダが元に戻るや否や、アキラは不貞腐れて口を尖らせた。
「全く…そういやミク。お前はお前で自棄に冷静だな。少しは落ち着いたか?」
「別に、そんなわけ…!」
そういって、ミクはギリギリと歯ぎしりした。よっぽど死神の事が気になるのだろう。
隣でフミナも決心を固めているようだった。
―――まあ、それも当然か。
ハルキは無言で彼女らに踵を返し、目の前の巨大な森へと視線を向ける。
「さて、そろそろ茶番は終わりだ。皆、いくよ!」
ハルキの掛け声に八人が了解の意を示した。同時に彼を筆頭に結界へと足を踏み入れていく。
全体が樹木で覆われているため、結界の中は視界が悪くなる程ではないが薄暗い。自分達の足音でガサガサと物音を立てるだけでも気味が悪い程だ。
「ご主人様~なんか怖いよお」
「い、如何にも何か出てきそうですよね…」
サヤとマオが震えながらハルキに身を寄せる。
「不吉な事言うなよ。あと近い」
後ろから痛い視線を感じ、さりげなく二人を引き剥がそうとするが、がっちり彼の腕を掴んでいるので簡単には離れない。案外柔らかい感触を楽しんでいるかと思いきや、サヤはまだしもマオは全身を鎧で覆っているため、しがみつかれると結構痛い。
しかし、幾ら見渡しても辺りは樹、樹、樹。こうも樹木が連なっていると方向感覚を見失ってしまいそうだ。
―――ここはレイコ達の眷属を使って探索を…いや、結界魔法の中じゃいくら使い魔を出しても意味がないか。だったら…
「このまま歩いていても仕方がない。ここは手分けして術者を探そう」
その指示に、アキラとミオ、ハルキと(元)村娘三人、メイド三姉妹の三つのチームに別れた。そのときだ。
「おっと、その術者ってのはボクのことかイ?」
木の上から声が聞こえ、見上げた先には「緑」の一言に尽きる青年がいた。
『―――‼』
全員が上を見上げ、緑の青年を視認する。
「アンタ、誰?まさか《死神》の仮面の下なんて言わないわよね」
試しにアキラが尋ねると…
「ボクが?まさか。ボクはアル・キース。そうだネェ、訳あって死神サンと協力している者ダ。一応、この結界を創ったのもボクだヨ」
ご親切に自己紹介をするとアルは木の上から降り、クスりと嗤った。
そして手を翳すと同時、木陰からコボルトや小鬼が現れた。
「錬成した魔石から産み出したモンスター達ダ。前哨戦にはもってこいダロ?」
全員武器を抜き、敵モンスターの群れを相手に身構える。
普段ならこういう時は人間態で戦うのだが、死神やジャバウォックとの戦闘を危惧して常に角や耳等を露出していた。そのため今更人間態にもならないが、そもそも青年からは気配を感じなかった。見てくれは人間種だが、恐らく上級の気配遮断特技を使っていたのだろう。
「前哨戦、ねえ。随分とこちらを知っているような口振りじゃあ…っていない!?」
「かっこつけたのに、空振り」
「やかあしい!」
ミオの適切な突っ込みに恥ずかしさでいっぱいになるハルキ。
「と、取り敢えず…。各自、当初のチームに別れて散開!後で合流ってことで」
彼の指示に少女達は了解の意を示し、直ぐに散らばっていった。
「ミク、いくぞ」
「…ええ。いつでも準備はできてるわ」
「《武装・豚亜人》」
ハルキの手の《紋章》が輝き、それに呼応してミクの右腕の《紋章》も輝き出す。
それは猪をモチーフにしたロゴのようなもので、猪突猛進の様が描かれていた。
二人に意識が同調すると、互いの紋章の輝きが増した。
豚の鳴き声のような魔法的効果音と共にミクの体が自身のオーラに包まれ、同化が始まった。
同じようにハルキもミクのオーラに包まれ、彼女の装備が引き継がれる。
簡素な革鎧に所々鉄鋼が編まれた動きやすい服に槍を手にすると、同化した証として槍にミクの意識が宿り赤い布が結びつけられる。
同化が終了すると槍を構え、主はこう言い放つ。
「ブタだからってバカにすんなよっ!」
そして槍の先端を輝かせると背後に牛人と妖鳥を従え、敵の中へと突っ込んで行った。
――弾薬の荒地 結界内中枢部――
あれから何時間経っただろう。
結局、昨晩は一睡も出来なかった。体の震えこそ止まったものの、未だ内なる恐怖は消えていない。
いつ殺されるかもわからない不安に苛まれる中、ふと姿を消していた緑の男が戻ってきた。
「あら、お帰りなさい。で、どうだったの?来たの?」
「おうとモ。お客様のご到着ダゼ。ついでにお待ちかねの遊戯も、もう始まってるゼ」
「ええ~!だったら先にいいなさいよ~。こっちは退屈で死にそうだってのに、もう!」
―――何言ってんだ!こっちはいつ殺されるかわっかんねえんだぞ!
と、全くシャレにならないボケにグレイは心の中で突っ込んだ。
その直後、ズシン…ズシン…と大きな足音が結界の奥から聴こえてきた。
その音にたらたらと冷や汗が落ちる。
音はゆっくりと大きくなっていき、こちらに近づいてくるのが分かる。
やがて彼らの横を巨大な影が通りすぎていった。
その影の主は、鯰のような顔とヌメヌメとした体表に大きな翼を持ち、四つん這いの前足には岩も切り裂くだろう大きく鋭利な鉤爪が付いていた。
そう、これは彼らを拐いここまで運んだ張本人のモンスター、ジャバウォックという怪物である。
「ひっ―――!」
グレイは喘いだ。落ち着いていた恐怖心が再び高揚し、近づく「死」にまたも震えが止まらなくなる。
そんな彼の声に応えるように、仲間二人が目を覚ました。
「ん?なんだ、ここ…。うわっ!なんだよコレ、動けねえっ!」
「お、俺達、まさかつかまってるのか!?ヒィッいやだ、死にたく―――ゴハァ!?」
騒ぎだした仲間の一人が急に苦しんだかと思うと、彼の胸に死神が魔石を突っ込んでいた。
いや、体内に入れたとでも言うべきか。魔石と死神の腕は彼の胸に食い込む所か完全に通り抜けているように見える。
「貴方、うるさいわね。そんなに死にたいなら良いわ。貴方から実験動物にしてあげる」
死神が仲間の体内から手を抜くと、そこにはもう魔石は存在していなかった。
そして彼の体が小刻みに震え始め、それが段々と大きくなってゆく。
「ウウゥ…アアァ―――ガアアアアアァァアアア‼」
次第に彼の体が闇のような漆黒の毛に覆われていき、顔面の形も変わってゆく。
それを見て仮面の少女は満足そうに頷いていた。
「あら、黒妖犬じゃない。中々上等なのが出来たわね」
「そりゃあ、そうでショ。なんせ今の魔石は他との質が違う。《組織》から貰ったモノだからネェ。案外関係あったりして。あんときの実験の成果ですワナ」
グレイは何があったかまるで理解できていなかった。突然知り合いが真っ黒な獣のモンスターに変貌しだのだから無理もない。
「おいで、ワンちゃん。可愛がってあげる」
その言葉に反応し、黒妖犬と呼ばれた彼は自力で蔓を解くと少女の元へ駆け寄った。
すでに人が変わったグレイの仲間は少女の為すがまま、頭を撫でられ顎を摩られ、まるでペットの犬のようになっていた。
「うふふ…意外と可愛いわね。―――さて、次は誰にしようかしら?」




