第14話 仮面の少女 ―前編―
――ミスタリレ王国 東部:ライム村――
フミナを連れ、パスクム家へと戻ったハルキはファミリアに呼び掛けた。
「さてと。皆、そろそろ作戦会議を始めよう」
食事を食べ終えていた一同は、揃ってハルキを見据える。
「では、我々は席を外すとしましょうか」
ダイゴとモカはハルキに気を遣いながら食卓を後にし、彼のパーティーメンバーだけが残った。
「まずは現状確認からだけど。大体の事はさっきヒトミから聞いたから良しとして―――」
言いながら、ハルキはコップに残ったお茶を飲み干す。
「今はレイコとサヤ、それとアキラの眷属が捜索に当たっている」
夜になればサナエも動き出すと、ハルキは説明した。
「その前に見つかると良いんだけどね」
コップを置いたハルキは顔をしかめる。
捜索に関しては鼻の効く豚亜人や集団行動の得意な小鬼でも良いが、こんな荒れ地なら空から探せる人面鳥や素早く動ける白牙狼の方が効率が良い。アキラのスライムは擬態や保護色があるため、対象の監視にも使えるはずだ。
「とはいえ、死神に関しては情報が全くありませんからね。下手に動いても逃げられだけるかも」
「無いなら集めるしかない。…現状じゃ難しいけど」
アキラもミオも眉間を寄せる中、そうだな、とハルキは応えた。
とはいえ、死神については謎に包まれ過ぎているのは事実だった。仮面を被った暗殺者というだけで、それ以外の情報が全くない。裏での情報通であるレイコやサナエにも、死神に関する事情は全く掴めていないとの事だ。
「まあ、現状の捜索は眷属たちに任せるしかないだろう」
「じゃあ、途中経過で眷族達の様子でも見てみますね」
そう言うと、アキラは意識を集中させ始めた。
「丁度いいや。サヤ、お前もやってみてくれ」
「はーい」
召喚術に於いて、眷族や使い魔は召喚者との意志疎通の他にある程度の意識の共有が行える。それは術者の能力値が高い程、より鮮明に脳内に――アキラに脳はないが――映し出される。しかし、元々産み出すことに長けているハルキの《創造》を共有している為、《モンスター・ファミリア》のメンバーは、術を覚えるだけで使役したモンスターとの意識共有が必ず鮮明になるのだ。
「―――やっぱり直ぐには見つかりそうにありませんね。この分だと何処かに結界魔法を張って隠れているのかも…」
「そうか。そっちはどうだ?」
「こっちもダメェ。ぜんっぜん見つからないよー」
収穫は無し。少し経ってからレイコ達にも聞いてみよう、とハルキは呟いた。
「…あ、あのっ!」
アキラとサヤが意識の共有を解いた頃、フミナが勇気を振り絞ったような声を漏らしながら手を挙げた。
全員が彼女に顔を向ける。
「あの、えっと…グレイさん―――人質の人間たちはどうするんですか?」
周囲の視線からか、発言に緊張が混じる。
「人質か…そうだな。助けられるなら助けて…」
「あんな人間、助ける必要ありますか?」
「……!」
スパッと話を割ったのはヒトミだった。
普段、世話焼きで人の心配は人一倍、いや妖精一倍だった彼女が、なんの感情も見せずただただ冷酷に言葉を告げていた。
「フミナ。よく考えて頂戴。あの人間達を助けてどうするの?」
「そ、それは……だって、私の所為であの人たちは―――」
「どうせ、評判の悪いギルドの連中でしょ?いきなりナンパして、こっちを付けてきてたんだから。ああなって当然でしょ」
ヒトミに続いて、ミツバも無情に応える。
当然だろう。フミナも含めこのハーフエルフの姉妹は人間対し恨みを持つ節がある。それでも彼女が非常に成れないのは、白フミが善心の象徴として存在しているからだ。
―――だから言っただろ。あんな人間、助ける余地なんて端からねーんだよ。私達の今やんなきゃいけねえのは、ダンナに従うことだ。お前の私情なんざどうでも良いんだよ。
そうやって、胸の奥から黒フミの声が聞こえた。周りからの目線が冷たい。
ご主人様はなんて言うんだろう。実際、人質は助けに行っても邪魔になるだけ。それはわかってる。だけど、目の前で――ましてや自分の所為で――無抵抗に人が死ぬのは見たくなかった。
―――よく言うぜ。「無抵抗に人が死ぬのは見たくない」って、そうさせたのはお前なのによ。大体、それならもっと後先を考えて……
バタン!と大きな音を立てて扉が開いた。ダイゴとモカの居る隣の居間からだ。
「こ、これっ、邪魔をしてはいかん!」
ダイゴが誰かを制止する声が聞こえるが、それよりも先に無邪気な台詞が食卓に響く。
「お姉ちゃん、帰ってる!」
「帰ってる!おかえり~!」
現れたのは元気な双子だった。男女の兄妹のようで、そのふっくらとした顔立ちは誰かに似ている。
「ユウ!メイ!」
ミクが立ち上がり、双子の名を叫んだ。
この双子こそ、三年前の死神事件で生き残ったミクの姉弟、その末にあたる双子の兄妹だ。
名前はユウ·ポクルとメイ·ポクル。顔は二人とも良く似ているが、ちゃんとした男女の違いがあった。
年は十歳程で、姉よりも丁度九~十歳程下だ。最も今のミクは歳は取れないので、現在の年齢差はあまり関係無いのだが。
「ねえねえ、お姉ちゃん遊ぼ~」
「遊ぼ~」
双子は姉にしがみつき、無邪気な笑顔を見せる。ミクも久々に肉親に会えたのだから、相手をしてあげたいのも山々だろう。
しかし今は妥当死神の為の作戦会議中だ。この子たちの為にもなるゆえここを離れる訳にもいかない。
それでも双子は、同じく久しい姉に「遊ぼう」とせがみ続けている。
「ごめんね。今、お姉ちゃん忙しいから。後で遊ぼう、ね?」
「ええ~嫌だ!今遊ぶ」
「遊ぶ遊ぶ~」
ミクはなんとか口実を作ろうとするが、彼らに引く様子はない。するとヒトミがメガネをキラリと光らせて立ち上がった。
「ミク様。でしたら私がお相手しましょうか?」
「…?お姉ちゃん、この人だれ?」
「あっ私知ってる!メイドさんだ!すっごーい!」
「はい。ダンナ様の下でメイドをやらせていただいております。ヒトミと申します」
ヒトミは首を傾げる双子を目の前に深々と一礼した。
「良いのか?ヒトミ」
「はい。私、子供は好きですから」
と、先程とは打って変わってヒトミは主に向かい満更でもない顔を浮かべた。
「では、行きましょうか」
「「うん、遊ぼ!おばさん」」
「なっ!?」
『なっ!?』
一同は一瞬だけ騒然とし、その後しんと静かになった。
「お、おば…さん…」
数秒の間の後、ヒトミは崩れ落ちた。
「あ、あの…ヒトミさん?」
ハルキが声をかけるも、応答がない。ただ、手と足がプルプルと震えている。それ以外に言うならば、双子の後ろでは村長夫妻が必死にジェスチャーを送り謝罪を述べていた。
更に間が空くと、ヒトミはゆっくりと立ち上がり。
「さあ、お姉さんと遊びましょうか」
と、何事も無かった様にに満面の笑みを浮かべ、双子を外へ連れ出していった。
「大丈夫かな、あれ」
「後で謝っとこう」
今度はミクとハルキが苦笑を浮かべていた。
「そういえばミツバ。アンタ達の受けてた依頼は終わったの?確か…ロック鳥探し、だったわよね?」
「え?ああー、あれですかー」
しらけてしまった場を取り戻そうと、不意にアキラがミツバに話題を持ちかけた。すると、彼女は頬杖をついて答える。
「村に戻ってから知ったんだけど。結局、お姉ちゃんが一人で全部見つけて、捕まえた後に《門》使って連れ帰っちゃったんだって。それから私達の様子見に来たらあの鬼と亜人鬼の人達を見つけて加勢に来てくれたんだって」
ちなみに、その鬼のマスルと連れの亜人鬼達だが、死神に何らかの呪いの様なものを受けたらしく、現在も恐怖による硬直状態が続いている。
そのため、ヒトミの魔法で一時的に眠らせ様子を見ることに。今は村の小屋を借りて彼らを匿っている状態だ。
「あの、ダイゴさん。ロック鳥を手入れた経緯についてうかがっても?」
「ええ、わかりました。まず、ロック鳥の購入や飼育を行っていたのは、ボギーという村の者です」
「あ、やっぱりボギーさんなんだ」
“ボギー”という名を聞いて、(元)村娘三人が、何か納得したようだった。
ダイゴによると、ボギー・クライマという住人は、村で採れた農作物や畜産物をアランまで売りに行っている商人で、ここでは結構有名らしい。
マオ、ミク、サヤの三人の事も幼少の時からよく知っており、日帰りでアランに連れていった事もあるのだとか。
そのため、村長であるダイゴからは勿論、村全体からの信頼も厚い人間だ。
アランでの出稼ぎによって顔も多少広く、ロック鳥の仕入れも知り合いとの交渉の末であるらしい。
しかし、ここ数日は彼を見ていないという。逃げたロック鳥を追うと言ってそのまま出ていった切りだと言う。つまりは行方不明だ。
「「「ええーー!?ボギーさんが行方不明ーー!?」」」
三人はその事実に驚嘆する。
「ちょっとお父さん!そういう事はもっと早く言ってください!」
「逃げたした家畜なんかよりよっぽど重要じゃない!?」
「す、すまん!彼の事だから、てっきりすぐ帰ってくると…」
「「「もう!村長なんだからしっかりして(ください)‼」」」
娘三人に説教される姿はなんとも哀れで、横で見ていたモカは手を額に当てていた。
――ミスタリレ王国 東部:弾薬の荒地――
時間は既に黄昏時。あの世とこの世が交わると言われるこの時間帯に、荒野には白牙狼やスライムが徘徊していた。先程まで空には人面鳥が飛び回っていたのだが、暗くなるに連れて数が減り、今は一匹も居なくなっている。
しかし、それと入れ替わるようにして夕空には吸血蝙蝠が徘徊し始めていた。単純な透明化魔法なら彼らの超音波で位置が看破される可能性があるが彼女にはその心配は無い。
「うふふ…探してる探してる」
仮面の下で笑顔を浮かべ、満足したように微笑んだ。
彼女の身につける装備は《見知らぬ顔》と《黒霊布》、そして武器の鎌の四つだ。
前者の仮面には透明化・不可視化等の効果を高め、意図的な認識阻害を起こしす事が可能。例え顔を知られても印象に残るのはこの仮面のみに留める事が出来る。
一方、ローブには装着者を任意で不可視化・半霊化させる効果があり、仮面と相まってこの状況でも誰も彼女を見つけ出す事は出来ない。
安全を確認し――素より発見される筈がないが――仮面の少女はその場から姿を完全に消す。いや、背後に聳える結界の中に入ったのだ。
その結界というのも術者の魔力で隠蔽されている。平たく言えば、あの魔物達がどれだけ探してもここを見つける事も入る事も出来ないのだ。
中は鬱蒼とした森が続き、昼でも夜でも暗がりだらけの場所だ。
無数に存在する木々には蔓や茸が生い茂っており、多少なり花も咲いてものも伺える。
しかし ここは飽くまで結界の中だ。造り出された幻想の空間に過ぎない。
花もとても綺麗な花弁のそれとは言えず、どの植物もロクな物が無い。
そんな気味が悪い結界を暫く歩いて、全身緑の衣を着た青年の元へたどり着く。
「おう、お疲れサン。どうだい?敵サンの様子は」
「ええ、張り切って探してるわよ。最も、ここを見つけるなんて無理そうだけど。ええ、特別に誉めてあげるわ」
「ヘイヘイ。そりゃどうも」
この結界《迷いの森》は、この青年、アル・キースが作ったものだ。
一度入ったら最後、その暗闇と木々の多さから方向感覚を失い、術者の案内無しに出ることは困難極まる。
また、生えている植物も思うように操作出来る為、侵入者はここから出る事は叶わない。捕まえた人間も木に蔓を巻き付けさせて動けないようにしてある。
「それにしても、ここはジャバウォックにとって最適な空間ね。傷もみるみる癒えていくわ。起きたら、すぐに食事の時間よ」
「ハア~、悪趣味だネェ。逆にそこで寝ている人達が聞いたらなんて言うのやら」
現在、彼女が愛する怪物は、この結界の奥で傷を癒している。大抵の人間なら、魔法で障壁を張っても口から吐く瘴気に侵されるはずなのだが、何の症状も無いという事はそれだけ相手が強かったという事だ。
「あら、人間の絶望仕切った顔を見るのは楽しいものよ」
「マ、不良共は兎も角。あんまりあの坊っちゃんのトコで遊ぶと先生に怒られるゼ」
「ええ~別にいいじゃない。あのハーフエルフ達、噂の《モンスター・ファミリア》なんでしょう?」
「マァ、そのはずですケド。多分、アンタが絡んでるとわかりゃぁ、坊っちゃんも出てくると思いますヨ?」
「でしょ?それに、《雇い主》があれだけ慕っている人間がどれ程のものか……うふふ。遊び心が刺激されるわ」
この勝負を持ちかけたのも、単にあのハーフエルフ達が《モンスター・ファミリア》だと聞いて自身の興が刺激されただけに過ぎない。
彼女は自身の欲に忠実であり、興味を持ったもの、欲しいと思ったもの、そしてそれらを全て得る為には手段を選ばない性格だ。
「それに後にも先にも障害になるなら、貴方にも悪くない話だと思うんだけど?」
少し間が空き、考え込んだかと思うと、アルは立ち上がってこう言った。
「――――マ、確かにその通りですわナ」
すると彼女は仮面の下で微笑み。
「でしょ?だから、貴方にも協力してもらわないと」
と、あざとい口調でアルに言い寄った。
「ヘイヘイ。わかりましたヨっと。確かにあの坊っちゃんは、せんせにとっちゃ一番の障害だ。アンタの言うことには一理あるネ」
そう言って、アルはチラリと人質の方を見た。そしてそれに続くようにして死神が。
「そう。それじゃそこでブルブルと震えているあなたとも、お話しようかしら?」
死神の仮面が向けた先には、いつから目覚めていたのだろう捕まえた不良達の一人、グレイ・ゴロッツがガクガクと震えていた。




