第11話 ゲームスタート・次女
――ミスタリレ王国東部 ライム村――
ここは国の東部に属す少し大きな村。今回の依頼の依頼主がこの村の村長らしい。
ただ、自分達が来た事が無いため、直接《門》を開く事は出来ない。近くまでなら開く事が出来たので、そこからは歩きだ。
村に到着した三姉妹は、早速依頼主である村長に話を聞きに行く事にした。
「へえ~思ったより大きい村だね」と、妹が辺りを見渡して言う。
「そうね。ここは、牛や羊を使った畜産業を営んでいるらしいわよ。より多くの家畜を放すために、大きくなったんでしょうね」
姉の言う通りだろう。この村で家畜の放牧による畜産を稼ぎとしている話は自分も聞いたことがある。今回の討伐対象でもあるロック鳥も、そういった家畜の一種だ。
ロック鳥の卵は大きい割に質が良く、シンプルな目玉焼きやオムレツにしても美味しいという。そのため街ではいい値段で置いてあるのをたまに見たことがある。
「ええ、その通りでございます。冒険者様」
聞こえたのは若干歳老いた男の声。その声の方向を向くと、推定四十代前後の男性と女性だった。
話を聞くと、その男性―――ダイゴ・パスクムはこの村の村長らしい。隣にいた女性は妻のモカ・パスクムと言うそうだ。
―――あれ?パスクムって、どっかで聞いたことがあるような?
と、フミナは心の中で呟いた。妹も同じ事を思ったのか、首をかしげている。
「申し遅れました。私はギルド『モンスター・ファミリア』に所属します、半人半精のヒトミ・クラブスと申します」
相変わらず律儀な姉だ。相手が敬語を使おうと、彼女は礼儀を忘れない。まあ、メイドであるのだから、当然と言えば当然だが。
「こちらが妹の―――」と、姉がフミナ達の紹介をしようとしたその時。
「モンスター…ファミリア…?もしかして、あの『モンスター・ファミリア』なのですか!?」
突然、妻であるモカが声を大にして聞いてきた。
「え?ええ、そうですが…」
あのと言われても、うちのギルドは一つしかないんですけど…
流石の姉もこれには戸惑った。確かに、自分の主のギルドはかなり高い名声を持つ。そのため、こういった反応をされるのは不思議な事ではないのだが。
「マオナは!?マオナは元気でやってるんですか!?」
「マオナ」と聞かれて三姉妹は思考した。
マオナ…パスクム…何処がで聞き覚えが――あ!思い出した。
マオナ・パスクム。これはマオの本名だ。そう、あり得ない程の豊かなブツと怪力の持ち主である、あのマオだ。
ということは、ここはマオの故郷の村という事になる。同時に、彼女の幼なじみであるミクとサヤも。
確かに、彼女はギルド加入前は牧場生活を送っていたと、聴いた事はあった。まさか王国内の村だとは思わなかった。
あれ?それならそれで、普通に《門》で来れたんじゃ…いや、それは考えないでおこう。
それよりも、自分達が『ファミリア』と分かった途端、村中が「『モンスター・ファミリア』だって⁉」「あの方が来てくださったの⁉」と、大騒ぎになっている事に驚いた。一体、あの人は何をしたんだろうか。
三姉妹はダイゴに案内され、彼の家へと入らせてもらう。
そこで依頼内容を改めて聞くと、そのロック鳥というのは村で貯めた資金で最近購入したものらしい。
もちろん、ロック鳥の扱いは始めてだった為に購入した五羽の内の三羽が逃げ出してしまったという訳だ。
「成る程。状況は分かりました。そういう事でしたら討伐ではなく、捕獲にいたしましょうか?」
「本当ですか!?」
「はい。その方が村のためにもなるでしょう」
ダイゴは驚きを隠せない様子だった。ロック鳥はその卵が高値で取引されるだけでなく、牛や馬と同じように移動手段としても重宝する家畜だ。その分力が強い為、自然界に存在する彼らを手懐けるのは至難の技だろう。
当然それは討伐対象としてもだ。今回の依頼の難度は冒険者のランク二十五相当。一~百あるレベルの中で、これはそこそこに高い事を意味している。
因みに、『モンスター・ファミリア』全体の冒険者レベルは平均して七十。フミナ達三姉妹はちょうどそのレベル七十である。
この国の冒険者達のレベルは平均して十五。命の掛け合いであるこの仕事は、たった一のランク差がものをいう。更に言えば、彼女達は人間――半人半精ので、半分は違うが――を捨てた事により、人知を超える力を発揮できる。冒険者としてのレベルはとうに超えている。
「ところで、どうして最初から捕獲依頼を出さなかったんですか?」
質問したのはミツバだ。
今回の依頼はロック鳥の討伐という割にレベルが少し高い。普通なら、レベル十ぐらいでも問題はないはずだ。
とはいえ、自分達のレベルが高いため、あまり気にしてはいなかった。
「…実は、最近付近のモンスターの行動が活発になっておりまして。ロック鳥は天敵に敏感な生き物です。恐らく逃げた三羽は何かしらの危険を感じたのだと思います」
「そのモンスターというのは?」
「人喰い鬼と亜人種型のオークです。数も多く、ロック鳥を捕獲しようにも逃げられた上に乱戦になっては捕獲する余裕は出来ない、とギルドからも言われまして…。それに、近頃は謎のモンスターも出てくると、村の人間も噂していましたから」
ダイゴは村付近の状況を細かく教えてくれた。確かに、レベルが高いとそれを冒険者が受ける確率も減るというものだ。
その後の話を聞く限り、苦戦するようなモンスターは居ないそうだった。
元々すぐに終わらせるつもりがあったという事もあり、一通り話を聞き終えた後は出発の準備に取りかかる。
「では、私どもはこれで」
「はい、よろしくお願いします。どうか、お怪我の無いよう…」
「気遣いは無用です。それと、私どもはメイドです。お客様に敬意を払われる立場では誤差いませんよ」
――ミスタリレ王国最東端 弾薬の荒地――
この場所は、ミスタリレ王国とアダマス帝国の間に位置する荒野だ。同時に、かつての両国の戦争の場でもある。長い争いの末に和解したのは最早誰でも知っている話だ。この土地の名前もその戦争に由来している。
現在でも、戦場の跡が残っており、戦死した兵士が時々アンデッドとなって徘徊しているらしい。
「で、まずはどうやって探すの?」
フミナの問いに、ヒトミは一瞬考え込んだ。目的地に到着したのなら、次は仕事をどうこなすかだ。
「とりあえず、三人で手分けしましょうか。丁度三羽なら、一人一羽で済むでしょう」
妥当な案だ。その方が手っ取り早い。邪魔が入ったとしても、そんなにレベルは高くないから問題無いだろう。
「じゃ、おっ先~」とミツバが飛行魔法を発動させて飛んで行った。本来、ミツバは悪戯妖精なのでそんな魔法は使わなくて良いのだが、今はちょっとした事情がある。だから、あえて羽根を使わなかったのだ。
「ったく、あいつ行動力だけは立派なんだから」
「やっぱりちょっと心配ね。あの子一人で大丈夫かしら」
「大丈夫、大丈夫。あいつドジはやっても失敗はしないから」
「貴女ねぇ、ドジと失敗は同義でしょう。それが心配なのよ」
「そういう細かいトコ気にするからダメなんじゃん。ゲームは楽しんでこそだよ」
フミナの意味の分からない言葉に呆れて、ヒトミは一つ息を吐いた。
「はあ、もういいわ。早く終わらせましょう。私は先に行くから、後は任せたわよ」
「え!?私がやるの?うっわ、めんどくさ~」
フミナがそう言ってうずくまった。その隙にヒトミは《空中跳躍》の魔法を発動し、気づくと近くの崖のほうへと消えていった。
「あっ!ちょっ…はあ……」
姉のように息を吐いて、フミナは立ち上がった。
「仕方ない。こういう時のザコ戦はよくある事だしね」
満更でもない笑みを浮かべた彼女は、その場で大声を出して言った。
「さあ、出てきなさい。最初から知ってたからね!」
彼女の声に答えるように、物陰から無駄に屈強そうな男が三人現れた。先程、姉が追い返した不良どもだ。
「ちっ、んだよ面白くねぇ」
どうやら彼らは、三姉妹が町を出た辺りから跡をつけていたらしい。彼らの中には盗賊の特技を持つ者がいたのだろう。しかし、人間や他種族よりもレベルの高い彼女達には、尾行は筒抜けだったのだ。それを知っていたからこそ、ミツバはあえて悪戯妖精の力を開放せずに飛んで行った訳だ。
「で、目的は何?そんなにお姉ちゃんが気に入らなかった?」
「いいや、姉ちゃん達いい体してるからなぁ。へへっ、特にあんたは」
「げ、ドコ見てんのよヘンタイ!!」
男―――あの時グレイと名乗っていた青年がフミナの豊かな部分を見つめて笑っている。
うえ、気持ち悪い。本当ならとっと殺って終わらせるんだけど、今は手加減と。
フミナは足に提げているボウガンに手を伸ばす―――わけではなく、腰にある小さな槍に手を伸ばした。
「あん?なんだそれ、そんな小っさいので勝てると思ってんのか?」
槍といってもかなり小さい。なにせ、彼女の腰に納まる程だ。これでは槍というよりナイフに近い。さらに、柄より上には小さな穴が空いている。それは音を奏でるための穴。そう、フルートだ。
「そういう偏見は良くないわよ。こういう武器こそ、警戒はすべきだから」
フミナは槍の穴、その先端にあるものに口を当て、息を吹いた。
《曲想・恐怖》
辺りにこの上ない程に高く、悲鳴にも似た「音」が響き渡った。
「…あ…あぁ…」
「なん…だよ…これ…」
「ひ、ひざ…が…」
三人共が、同時に膝をついた。恐怖により体が痙攣し、その場にいるだけでやっとの状態だ。
フミナの有する種族は《山羊人》という半人半山羊の獣人種だ。一説では神の末裔とも言われる種族で、人々の前で笛を吹く事で有名だ。
そんな彼女の職業は吟遊詩人。奏でる音楽で時に仲間を助け、時に自信も戦い、時に人を惑わす万能職だ。
「分かった?私とあなた達じゃ、レベルが全然違うのよ。ザコはザコらしく、そこでうずくまってなさい」
最早、彼らが戦闘不能なのを確認したフミナの耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「ぎゃあああああああ!!」
―――――!この悲鳴は⁉
それは間違いなくミツバのものだった。フミナは緊急事態を悟り、半人半精態を解いて山羊人の形態に変身した。
頭には山羊の角が生え、上半身は人間、下半身は山羊のそれへと変貌している。
本来なら人前では行えないが、今は急を要する。それに彼らは今、恐怖のあまりに周りを見ていない。ただ地面にうつ向いて震えているだけだ。すぐに立ち去れば見られる事は無いだろう。
山羊の足を活かし、ひょいひょいと近くの岩壁を登る。高台からミツバの位置を確認するつもりだ。
壁を登りきり、辺りを見回しても誰もいない。
(そこまで遠くには行っていないはずだけど―――もしかして上?)
ミツバは魔法で飛んで行った。なら、声は上空からの物だろうかと思い、フミナは上を見上げる。
はたしてそこに、妹はいた。しかも、既に半人半精態は解除して、悪戯妖精の形態となっている。
その後ろには、今まで見たこともない巨大な魔物がいた。
ナマズのような顔に、トカゲに似たヌメヌメとした体。その背中にはコウモリの羽を着けた怪物。
「あ、あれってジャバウォック!?」
それは、童話「鏡の国のアリス」にも登場するドラゴンだ。姿も、聞いていたものと合致する。しかし、あれは森に住んでいるはずの怪物で、こんな荒地にいるものではない。
「たーーすけてーーー!お姉ちゃーーーん!」
仕方ない。ちょっと本気を出すか。
フミナは手に持った《牧神の木笛》を仕舞、今度こそ二丁のボウガン―――《黒ミサの十字弓》を構えた。
すると、フミナの体を黒い魔力が彼女を包みこみ、角が大きく、そして黒く変色し始めた。同時に背中からはカラスのような翼が生え、装備も一新。質素な革鎧が黒革のコートに変わり、その姿は完全に悪魔だ。
フミナは翼を羽ばたかせ、ミツバの元へ直行。構えたボウガンから矢を乱射した。
「オラオラオラオラオラ!!」
「うわああ!ちょっ、お姉ちゃん危ない!」
「うるせえ!だったら退いてろ!」
先程のフミナが、まるで別人のような口調で言葉を発している。
射った矢はいくつか当たってはいるが、向こうにも知性はあるらしく、致命傷には至っていない。
「チッ。デケェくせして避けんじゃねえよ」
「と、とにかくありがとう、お姉ちゃん」
「うるせえ!何ヘマしてんだ!ブッ殺すぞ!」
「えぇ…」
妹に怒鳴りつけたフミナは、空中でまた矢をつがえた。
「さあ、ゲームスタートだ!」




