第10話 メイド三姉妹・長女
――九世界 第一層 妖精界――
パヒュン、と木に向かって矢が飛んだ。矢はサクッと綺麗に刺さり、見ると、木の裏と表を貫通していた。
「ナイスショット!流石お姉ちゃん」
妹の適当な歓声を受け、ヒトミは周りぐるっと見渡す。すると、他の木々にも同じ様に矢が刺さっており、若干痛々しい。
刺さった矢を一本一本回収し、当然ながら、その木にはどれもぽっかりと穴が開いていた。
幾ら何でも、これだけの木に穴を開けてしまっても良いのかと疑うかもしれないが、ここは想像の世界。ご都合主義の修正により、気づくと勝手に穴は塞がれる物なのだ。
故に、的としては最適なのである。
「さあ、次は貴女の番よ」
「は~い」
やる気は無さそうに、しかし真面目な表情で、フミナは手にした二丁のボウガンを構える。
パンパンパンパン!と間髪入れずに矢を放ち、射った内の七割程命中した。
本来なら、ボウガンは毎回矢を装填するため、二丁での使用には無理があるのだが、魔法によって矢が収納されているため、銃と同じ感覚で使える仕様となっている。
フミナの放った矢は、ヒトミの物と違って消滅し、再び彼女のボウガン内に収納される仕組みとなっている。
「七十七点。という所かしらね。もうちょっと真面目に射ったら?出鱈目に射っても、いざという時当たらないわよ」
「いいの、いいの。どんな風に射とうが、当たればそれで良いじゃん」
「逆に当たんなきゃ意味無いじゃん」
「それ言ったら終わりでしょうが!」
気だるげに言い返した姉に、ミツバは適格な突っ込みを入れてやった。
「てか、お姉ちゃん。流石にやること無くない?私、暇でしょうがないんだけど」
一応は、彼女達はハルキのメイドでもあるのだが、都合だけは良いこの世界では、やる事が限られてしまう。ある程度、掃除や洗濯もするが、それでも暇潰し程度だ。
たまにハルキや他の人にお茶を出す事だってある。しかし、ここは無駄に広いがために誰が何処にいるのか、知ってるのは主であるハルキだけだろう。
おまけに先日の仕事でファミリアのメンバーは全員何処かで休んでいる。そういう時こそ、世話をするのがメイドの役目なのだが、流石に皆バラバラで生活しているようなものなので、手分すにも三人では手が足りず、誰が何処にいるのかも分からない。
そのため、午前中だけで仕事をある程度終わらせた三姉妹は、こうして体を動かしていた訳だ。
「そうね…。それじゃあ、ダンナ様のご許可を貰って、久しぶりに外に出ましょうか」
「さんせーい!」
「やったあ!」
三人共、退屈で仕方なかったのだろう。ニコニコと笑顔を絶やさないよう、彼女達は主人であるハルキの元へと向かった。
――第一層 神界《神城》――
九世界内で共通して使用できる《門》を通り、城の内部に直接転移した三人は、すぐに彼の元へ向かう。
「城」といっても、一部を除いて一つ一つの部屋は至って普通だ。とはいえ、確かに豪華なご自宅という印象は抜けない。
ベランダのある二回のリビングは小さめキッチンとセットになっており、複数ある小部屋はベッドと小さな机がある程度で、意外と庶民的な作りだ。
他の空間でも、似たような造りの建物があり、皆そこで自由に寝泊まりしている、といった感じだ。
ただ、建物や部屋の数・広さに、利用人数が比例していないため、何処に行っても寂しい雰囲気がどうしても抜けないのが、九世界大きな欠点だろう。
肝心のハルキだが、どうやら彼は今の今まで眠っていたらしい。食事は既に済ませたので、結局ヒトミ達にやれることは何も無いようだ。
コンコンと、ドアがノックされる。「失礼します」という声の後にドアが開き、ヒトミがリビングへと入る。姉に続き、フミナとミツバも、部屋へと入って行く。
「ん?どうした、三人共揃って」
疑問の表情を浮かべるハルキに対し、ヒトミは直ぐ様その質問に答えた。
「はい。その、これから、外に買い出し行こうと思うのですが、ついでに私達だけで依頼でも受けようかと。何分、体も生ってしまいすし」
なんだそんなことか、とハルキは快くオーケーした。
「助かるよ。昨日の件で、みんな疲れてるだろうし、多分誰も外に出ないだろうから」
「ありがとうございます。では、早速これから支度をして、行って参りますので」
「うん、行ってらっしゃい」
ヒトミはペコリとお辞儀をし、妹二人は慌てて姉に合わせると、そのまま三人は部屋を退出した。
――ミスタリレ王国 城下町アラン 王国ギルド市役所――
支度を済ませ、《門》を通り、城下町に出た三人は、直ぐに依頼を受けるため、ギルド市役所へと向かった。
町に出た三姉妹の格好というのは、メイドという身でありながらも、冒険者としてはかなり様になっている。
長女のヒトミは全身を緑の衣に包み、その背中は大きな弓と矢筒を背負っている。メイドという事を意識してか、頭にはホワイトブリム、スカートにはエプロンのようなレースが取り付けられていた。いづれも、魔法を編み込まれた防具であり、ただの布製の服ではない。
次女のフミナは革鎧を装着。腰には先程も使った二丁のボウガンをこしらえ、今の彼女はメイドいうより、狩人な印象を受ける。
三女のミツバは、これまた緑の衣装に身を包み、ふりふりのリボン付きスカートは俗に言う、魔法少女というものを意識しているのだろう。
ただ、三人とも耳が尖っており、人間ではなくエルフであるのが分かる。ヒトミは兎も角、フミナやミツバまでエルフ耳なのは、三人が元々ハーフエルフの姉妹だからだ。
ハーフエルフというのは、人間と森妖精の混血の事だ。人間から人外へと変わった者しかいない「モンスター・ファミリア」だが、彼女達は例外的な存在と言えるだろう。
ギィ、と木の扉を開け、三人は中に入る。すると、彼女達をしつこく見つめる視線を感じた。相手はしたくないので、気づかない振りをしてスルーする。
彼女達自身、買い物以外にあまり町に出る事が少ないため、役所に来ることは滅多にない。
ハーフエルフという事もあってか、物珍しさに注目を受けるのは珍しい話でもないだろう。
「で、何受けるの?」
「そうね、出来れば手頃なのが良いのだけれど…」
掲示板には、何枚かの羊皮紙が貼られており、その一枚一枚には依頼者の名前と大きく書かれた見出しに、細かい依頼内容が記載されていた。
「おいおい、姉ちゃん達、お困りかい?」
頭を悩ませる彼女達に、一人の男の声がかかる。
「「「……」」」
三人は、何も言わず、ただ掲示板を見つめていた。
「おい、聞いてンのかよ!」
「「「……」」」
「無視してんじゃネェぞコラ!」
男はヒトミの肩を掴み、体を無理やり振り向かせた。
相手の数はこちらと同じ三人。顔を見ると、思ったよりも若い青年達らしい。歳としては、主人よりも、年下くらいか。しかし、柄の悪い目付きと態度は、あの人とは正反対だ。
全員統一して革装備を着けているが、フミナやミオの物とは違い、その辺の安物だろう。
振り返ると同時、ヒトミは鋭い目付きでその男を睨みかえしてやった。
「お、おう、なんだよ、やるってのか?」
怖気づいた様子で、男は言う。
「なんなのですか、貴方方は?何か、私達にご用でも?」
「へへっそうなんだ、ちょいと姉ちゃん達に用が…」
「でしたら、まずはお名前を名乗るのが礼儀という物ではありませんか?」
右端にいた、茶髪混じりの男の言葉を遮り、ヒトミは更に押して行く。
「ああ…えっと、お、俺の名前は、グレイ。グレイ・ゴロッツだ」
「おい、何正直に名乗ってんだよ。どうでも良いだろそんなもンはよお!」
「別にいいだろ、名前くらい。初対面だし」
「バカかお前は。初対面の奴にいちいち名乗ってられるか!」
目の前で喧嘩をし始めた二人を見て、ヒトミはため息を一つ。
「そちらの方は良いとして、貴方は少々マナーを学ぶべきですね。ここは公共の場ですよ」
「あ?ンだとコラ。あんま調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「それはこちらの台詞です。貴方方はもう少し人との接し方や初対面の方への礼儀という物をわきまえてください」
説教を始めるヒトミに、男は遠慮なくガンを飛ばす。
「良いでしょう。先程、貴方方の内一人に名前を教えてもらったので、こちらも名乗らせて頂きます」
見かねたヒトミは、事を直ぐにでも終わらせるべく、自身の名と、所属を伝える事にした。トップギルドの名を出せば、彼らも怯えて去っていくだろう。
「私はヒトミ。ギルド『モンスター・ファミリア』でメイド兼弓兵を勤めさせて貰っております」
「なっ…」
男達に驚愕の表情が浮かんでいる。流石は、自らの主人が高めた名声だ。彼らだけでなく、周囲の冒険者達にも影響を与えたようだ。
「マジかよ、モンスター・ファミリアって、あのトップギルドだぞ…」
「この前の森の事件を解決したのも、そのギルドだよな」
「そんなとこの女をナンパするのは不味いだろ…」
周りからの視線が、突き刺さるように、三人組に向けられる。
「こちらも暇ではないので、そろそろお引き取り願いたいのですが」
そして追い討ちをかけるように、ヒトミはその鋭い目を男に向けた。
「お、おい、行こうぜ」
「…ちっ!」
大きく舌打ちし、彼らはようやく去っていった。
「やっと居なくなったね」
「全く、これだからエルフの体は嫌なのよ」
「はいはい。文句言ってないで、仕事は見つけたの?」
出ていく男達を見送った姉が、パンパンと手を叩いて、こちらに戻ってきた。
「うん。取り敢えず、テキトーにね」
そう言って、フミナは掲示板から剥がした羊皮紙を姉に差し出した。
「えーっと、なになに…?『逃げ出したロック鳥が野生化して困っている。至急討伐を求む。討伐対象:ロック鳥3体』難易度はランク二十五相当ね」
「どう?暇潰しには丁度良いレベルじゃない?」
「そうね。これなら、一日で終わるかしら」
「そうと決まれば早速しゅっぱーつ!」
無邪気な三女は姉から羊皮紙を奪うと、受付のカウンターへ持っていってしまった。
「まったく、あの子はまだ子供ね」
「良いんじゃない?あれはあれで」
――オルハニア大国 首都オロス・カルコス――
他国や、東洋などの他の地方との貿易により、ウェスタル地方では最先端の技術を持つ先進国。それがここ、オルハニア大国。
この国では、ある事件の発生により、夜――特に月が雲に隠れる時間帯――には出歩く人はほとんど居なくなってしまっていた。
そんな物騒な街の中、一人の兵士が夜間の見回りに来ていた。
彼は槍とランタンを片手にそれぞれ持ち、その明かりを頼りに街道を歩いていた。
彼は一般の兵士であり、主に窃盗などの小さな事件を起こされないよう、配属された存在だ。
そんな自分が、こんな街中で、最近話題の犯人に襲われるなど思うはずが無いだろう。
――しかし、運命とは残酷なものだった――
夜間警備と言っても退屈なものである。何もなければ、ただの夜の散歩だ。
「ふあぁ」
その退屈さ故に、思わず欠伸が出てしまう。
スタスタスタスタ…
「ん?」
人気を感じ振り返るが、そこには誰もいない。
気のせいだと思い、兵士は踵を返して先を進んだ。
スタスタスタスタ………
兵士は足を止め、もう一度振り返った。
しかし、やはりそこには誰もいない。
兵士は気味が悪くなり、少し歩みを速めた。
スタスタスタスタススタスタ―――
獲物の歩みに合わせ、彼女の歩みも速くなる。
そして獲物は恐怖に駆られ、さらに足を速め、走り出す。
スタスタスタスタスタスタスタスタ―――――――――
「だ、誰だっ!」
獲物は三再び振り返り、今度は槍を向けてきた。
「ど…どこにいる…?」
震える声で、獲物は武器を振り回す。勿論の事、既に後ろを取った彼女に当たるはずがない。
「や、やっぱり、気のせい…だよな」
そう呟いて、獲物はこちらを振り向いた――その時――
彼女の足元には、兵士の首が転がっていた。
「…チッ。ンだよ、しけてやがんな」
死体から金目のものを探るが、やはりただの一般兵では、財布の中身も高が知れている。
「おい、お前。こんな真夜中に何してる」
背後から聞こえた女の声。振り返ると、そこに居たのは、黒い鎧を着たガタイの良い女と、その傍らに二人の少女だった。
「なあ、お前。その力、アタシのアニキのために役立てる気はないか?」
「はあ?アンタ何言ってんだ、殺すぞ」
彼女はその手に握りしめたナイフを目の前の女に向ける。先程兵士の首を取ったものだ。
そして彼女は静かに、しかしその裏に殺気を込めて、言った。
「お前の心臓、貰うぞ」




