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モンスター&ライフ  作者: 仮ノ一樹
序章(プロローグ)
1/15

第一話 始まりは悲劇から

※この作品は、現在再編集中です。後のストーリーとの齟齬にご注意下さい。



 やあ、傍観者諸君。新しく産まれたこの異世界にようこそ。君達がこの世界に足を踏み入れるのは初めてかな? それとも二回目以降だろうか? ああ、それとも()()()()()()()()()を見てきた後かな。どちらにせよ僕は君達を歓迎しよう。

 え? お前は誰だ、気安く話しかけるな、だって?

 まあまあ、そう言わずに。僕はしがないただの語り部(ナレーター)さ。この物語を君達傍観者諸君に伝える為だけに此処に居る存在だよ。

 そういう意味では、僕も君達と同じ傍観者、ということになるね。どうだろう。親近感が少しは湧いてくれたかな?

 え、ウザイ? 御託は良いからさっさと話を進めろ? そんなー。

 仕方がない。そこまで言うのなら、さっそくこの本のページを捲ろうじゃないか。


――アダマス帝国 西部方面――


 見晴らしの良い、広々とした平野。星と月明かりに照らされた街道を一台の馬車が走っていた。

 馬車の周囲には護衛の兵士が三人程囲む様に配置され、常に一定の距離を保ちながら馬に跨っている。馬車の中には男が一人、女が一人、そして無垢な少女が一人。御者席には執事と思わしき者が一人手綱を握っており、馬二頭によって車を引かせていた。


「お母さま! お母さま! 見てください。今宵もお星さまが綺麗ですよ。まるで宝石みたいですわ!」

「あら、本当ね。とっても綺麗な星空だわ。アキラ」


 馬車の中では、少女が窓に手を当て、食いつくように星空を眺めていた。オレンジ掛かった栗毛の下にあるその瞳をキラキラと輝かせ、美しい夜空にすっかり魅入られている。もし彼女に尻尾があったなら、全力で左右に振っていたことだろう。

 名をアキラ・ルシアン。帝国の辺境に領地を持つ家に産まれ、今年三歳になったばかりの無垢な少女である。


「ああ、確かに綺麗だ。しかし、宝石の様と言うのであれば君達の瞳に勝るものは無いと思うがね」

「まあ、マーシャル様ったら。ご冗談がお上手ですわ」


 マーシャル・ルシアンとフローラ・ルシアン。

 アキラの両親であり、国ではそれなりに名の通った貴族だ。尤もそれは、軍事国家である帝国の中で、唯一平和主義者の旗を掲げた変わり者、という意味であるが。

 アダマス帝国は軍事国家であり、これまで数々の小国や他勢力を武力で制圧してきた国だ。圧制も行い、領地によっては住民が搾取されるだけの場所もあると聞く。

 そんな帝国において非の打ち所の無い善良な貴族、というのはかなり珍しいと言えるだろう。それに故に、周囲からの視線も自然と痛いものとなる。

 さらには、ルシアン家の領地は隣接する王国に比較的近い所――帝国の東側――に土地を構えている。それも相俟ってなのか“辺境の臆病者”と揶揄されることも。

 しかし、そんな周囲からの視線など一切咎めず、彼ら家族は確かに幸せに暮らしていたのである。


 この日、彼らは帝国に隣接するミスタリレ王国にお忍びで視察―――いや、家族旅行に出かけていたのである。


 この世界の歴史に於いて、この大陸で独自に繁栄と発展を続けていたのは王国と帝国だ。他は取るに足らない小国や、獣人ワービースト、亜人といった人外達が作り出した集落や村々が点在していた。

 それらを軒並み踏み潰してきたのが帝国である。そうして領土を広げていく内、やがて王国と帝国がぶつかり合う時が来てしまった。

 しかし、王国は帝国と違って戦争を好まない国であった為、真っ先に降伏したのである。結果、一人の犠牲者を出すこともなく王国は滅亡を免れたが、代わりに大きな枷をつける事になってしまった。


 現在の王国は帝国と幾つか協定を結ぶことでギリギリ国家を保ち、半ば属国という形で存続している。とはいえ、両国の関係は細かい事情を除けばある程度良好であり、此度の旅行も叶ったというわけだ。

 今はその帰路。色々と見回った結果、すっかり遅くなってしまった夜道のことである。


「もうすぐフェレシオン家の領地に入るな。本当は帰りに土産を渡したかったが、これでは明日にした方が良さそうだ」


 マーシャルが馬車の外を覗き、星の数を見て今がすっかり夜中である事を確かめた。


「ところで二人共、王国に行ってみた感想はあるかい? 楽しかったかい?」

「ええ、ええ。とても有意義な時間でしたわ。流石は王都スイルヴァーン。帝国にはないもの沢山ありましたから、わたくし、お土産はどれにしようか迷ってしまいましたわ」

「そうか、それは良かった。アキラはどうだい? 何か面白いものはあったかな?」


 父親の問いも聞かずに、少女はただひたすら星空を見つめていた。その瞳は正しく星のようにキラキラと輝いており、何人たりともその輝きを邪魔することはできなかった。


「あらあら、アキラったら。星空に夢中だなんて」

「むう……話を無視されてしまうのは父親として辛いが、まあいか。こんな時間になってしまって、退屈するかと思っていたが、楽しんでいるのなら良しとしよう」


 ほんの少しだけ寂しさを感じつつも、それをはっはっは、と笑い飛ばしたマーシャル。横ではフローラも上品に笑っていた。

 その間も少女は流れゆく景色と星空を眺め続けていた。

 ふと、少女はそれまで見ていた景色に違和感を覚える。眺めていた空の星が一つ、異様に輝き続けているのである。いや、星が輝くのは当たり前だ。しかしその星は時間が経つ程に輝きを増し、同時にその大きさを肥大化させている。


「お父さま、お母さま。あのお星さまはなんなのでしょう? とっても眩しいですわ」


 娘に言われ、マーシャルはもう一度星空に眼を向ける。そしてその異様な光景に、現在自分達が置かれている状況を理解した。


「いかん! 伏せろ!」


 青ざめた表情でマーシャルは車中に響き渡るほど大きな声で叫んだ。しかし時は既に遅し。彼が声を上げた次の瞬間、馬車の後方が爆発し、地面が大きく揺れを起こした。謎の火の球が馬車を狙ったかのように飛来してきたのである。

 否、狙ったかの様に、ではない。狙っているのだ。火の球は確実にこの馬車を狙っている。


 ―――襲撃だ。


 愛する家族が悲鳴を上げる。先程まで馬車の中を満たしていた笑顔がまるで夢のように消え去ってしまう。

 この馬車は襲撃を受けている。一体何者による犯行か、誰の差し金なのか。マーシャルは立場上、思い当たる節が無いわけではなかった。


 常に領民と家族の幸せを望む彼にとって、帝国の圧政による支配は決して心地良いものではない。

 なんとかして民を安心して過ごせてやれないかと検討したマーシャルは、ある日、王国に領地を移動させることを思いついた。


 王国では帝国のような圧制政治が行われておらず、他種族の移住にも寛容だと聞く。実際、帝国との戦争に負けた一部の他種族が王国に逃げ込んだという話もあるくらいだ。

 また、現状帝国と王国とでは、権力は圧倒的に帝国の方が上であり、ほぼほぼ王国を支配したも同然と言っても過言ではない。

 プライドの高い帝国民として、格下の国に移り住むなど不届き千万だろうが、平和主義を謳う彼の家は他の貴族からすれば邪魔者扱いされることも少なくない。であれば、左遷される様な形で移住できるかもしれない。そこに目を付けたのである。


 事実、領地の移動を許可する申請書を提出してみれば、帝国貴族としての爵位の剥奪、現在ルシアン家が所有する土地及び帝国軍兵士の譲渡、そして王国側からの許可証の提示を条件にすんなりと事が運んだ。


 そんなわけで、今回の旅行は領民の移住と移住先の土地の手続きと視察を兼ねてのものであったわけだが、剥奪される前提とはいえ王国はマーシャルを帝国貴族として手厚く歓迎し、彼の融通もある程度通してくれるそうだ。


 後は吉報を領地へ持ち帰り、書類を帝都に提出するだけだったのだが、今にして思えば全てがスムーズに運び過ぎていたのかもしれない。

 大方、情報を横流しされたか、或いは初めから嵌めれられていたのだろう。上手くはいかないものだ、とマーシャルは己の愚かさを痛感する。


「旦那様! 如何いたしましょう!?」

「このまま馬を飛ばしてくれ! 駆け抜けて領地に戻るしかない!」


 しかし、こうして何者かに狙われてしまった以上は逃げて生き延びる以外の道は無い。

 領地に戻る事さえできれば、敵は暗殺に失敗したことになるはずだ。領民の目があれば迂闊に手が出せなくなるだろうし、こんな見晴らしの良い所よりも遥かに安全だ。何より帝国の貴族には軍から兵の一部の指揮を任されている。その為、たとえ無理矢理攻め込まれたとしても迎撃が可能だ。今護衛させている兵士もその中の一部である。


 それを信じたマーシャルの言葉に従い、執事は手綱を握る手に力を込める。馬はいななきを上げ、車輪は回転速度を上げるが、その途中で火の球が護衛の兵士に直撃した。悲痛なまでの悲鳴が直ぐ隣で聞こえたのだ。


「ぐあああっ!?」

「ぎゃあああっ!?」


 また一人、兵士が脱落する。あの火の球は恐らく魔法によるものだろう。いや、それしか考えられない。となると何処かに魔術師が潜んでいるはずだ。しかし、何処から狙っているのが解らない。

 魔法というのは便利なもので、腕の立つ魔術師であれば長距離からでも標的にこのような火球をぶつけることなど造作も無い。帝国の軍にもそういった魔術師は山程いる。


「お父さま……お母さま……」

「大丈夫よ、アキラ。何も心配しなくても良いわ」


 娘も妻も怯え切っているが、今のマーシャルに彼女らを安心させる手立ては無い。できることと言えば、当然家族を守るために最大限尽くすことのみである。

 貴族であり、領主であり、また帝国の一戦士でもあるマーシャルは自分と家族が助かるための道を模索した。


 ―――どうする? このまま馬車を捨てて隠れるか? いや、敵が魔術師だけとは限らん。ならば、やはりこのまま走り続けるしかないか……火球が車体に直撃しなければいいのだが。


 当然、そんな都合の良い考えが実現する筈も無かった。夜空より降り注ぐ火球が馬車を引く馬に直撃し、馬車は制御を失って道を外し、岩に激突して横転した。

 執事は御者席から振り落とされ、生き残った兵士が領主夫妻と令嬢の安否の確認に向かう。


「マーシャル様! ご無事ですか!?」

「あ、ああ。私は大丈夫だ。それよりも、妻と娘を―――なっ……」


 倒れた馬車から這い出たマーシャルの目の前で、最後の兵士の首が飛ぶ。切り口から血が噴き出し、飛び散った血液で周囲が赤く染まった。

 倒れる兵士の亡骸の影から現れたのは、フードで顔を隠した人間だった。その手には血のついた短剣を握り、次はお前だと刃を構える。


 ―――暗殺者アサシンだ。


 殺しを生業とし、影に隠れて命を刈り取る者達。それが何処からともなく、何も無い空間から突如現れたのである。


「くっ、転移魔法か! 敵は相当の手練れだな、一体誰の差し金だ……?」


 敵は既に三人。護衛の兵士は全て排除され、この場で彼を守るものは誰も居ない。ならば、とマーシャルは護身用の剣を腰の鞘から引き抜いた。


 何度も言うが、帝国は軍事国家だ。それ故、地位的に上位に立つ貴族達には必ず剣や弓、槍などの戦う術を幼少期から叩き込まれている。戦争の際、帝国貴族が指揮官として戦場に赴き、成果を上げなければならないからだ。

 その点でいえばマーシャルは剣の才能に恵まれていた。男性であるのにも関わらず舞を舞うような剣さばきは見るものを圧倒し、“辺境の臆病者”もその点だけは美しいと評価もされている。

 だが、相手は暗殺者アサシンが三人。剣士相手に正攻法で戦うはずも無く、これが全員とも限らない。とすれば、彼にできることは一つしかないだろう。


「だ、旦那様!」

「私の事はいい! それよりも、お前は妻と娘を連れて逃げよ! ここまで来れば、フェレシオン家の屋敷が近い。そこに行って兵を呼ぶのだ!」

「し、承知いたしました!」


 主の命に従い、執事は倒れた馬車の中からフローラとアキラを引き上げる。火球が車体に命中せずに、三人とも五体満足無事だったのは不幸中の幸いだろう。そうして、執事は彼女らを先導しつつ、駆け足で目的地へ向かった。

 母親と手を繋ぐと同時、少女は振り返る。愛する家族を逃がすため、一人暗殺者達と刃を交える父の背中がそこにあった。

 

「お父さま……」


 静かに呟く。本当は大声で叫びたかった。一緒に逃げよう、と声を掛けたかった。だが、それはできないだろうと彼女の直感が告げ、気付けば声も届かない程その背中が遠のいていった。

 息を切らしながらも、三人は走った。逃げる事も隠れる事も出来ず、ただ走り続けた。

 しかし、運の悪いことに必死に走る少女の足に丈の長いスカートが絡まってしまった。


「きゃっ!」


 アキラは勢いのまま倒れこみ、土に膝が擦れて擦りむいてしまう。

 強い子であったため、泣きじゃくる事は無かったが、その様子に慌ててフローラと執事が駆け寄って来た。

 アキラは母親の手を取って立ち上がり、傷口や服についた土を払っていると、父親が稼ぐ時間も虚しくその間に追手がやって来てしまった。

 三人はあっという間に取り囲まれ、とうとう逃げ場を失ってしまう。

 そして間髪入れることもなく、無慈悲に、残酷に、暗殺者は毒のついたナイフをフローラに向かって放り投げた。


「……ぁ」


 ―――パタリ。

 フローラは小さな呻き声を上げ、娘から手を放して地に付した。


「お母……さま? お母さま、お母さま!?」

「あ……き、ら……にげ…な、さい……せめて…あな、た…だけ、でも―――」


 母親は死の間際、娘に振れようと手を伸ばすが、その願いは叶わず途中で腕がすとん、と地面に落ちてしまう。

 少女は瞳に涙を浮かべながら、既に息絶えた母親の身体を必死に揺すった。


「いけない! お嬢様っ!」


 泣きじゃくる少女の背後で刃が冷たく光る。無防備になったその背中を仕留めようと、血塗られた暗殺者の腕が振り下ろされた。


「ぐああっ!」


 少女を庇い、執事の背中に短剣が突き刺さる。黒いスーツに赤い血が滲み、色白な髪も赤く染まった。


「あ……あ……」


 少女は声にならない悲鳴を上げる。暗殺者は彼女を見下ろし、ゆっくりと歩み寄ると、何故か血の滴る短剣を懐に仕舞った。


「がっ……」


 直後、少女の腹部に強烈な蹴りを入れ、彼女を後方に大きく吹き飛ばした。

 戦士でもない、年端も行かないただの幼い少女がろくに受け身などできるはずもなく、そのまま頭から地面に激突。その衝撃で、彼女の意識は瞬く間に失われてしまった。



―アダマス帝国 西部方面:フェレシオン家領―


 少女が目覚めたのは見知った天井の下だった。窓から朝の陽射しが顔に差し込み、重い瞼を持ち上げる。


「―――ここ、は……?」


 起き上がってふと目をやると、彼女の膝元辺りには突っ伏して眠っているもう一人の少女の姿があった。黒い髪を短く切りそろえ、瑠璃色のドレスに身を包む細身の女の子だ。


「ミオ……?」


 姿勢はそのままに、アキラは目の前の少女の名を読んだ。

 その呼ぶ声に反応してか、黒髪の少女もまた瞼をゆっくりと持ち上げた。


「……ふぇ?」


 寝起きで呆けた、間の抜けた第一声。

 黒髪の少女はふわあ~、と大きな欠伸をしながら体をぐっと伸ばした。それでもまだ眠いのか、丸めた手で目を擦る仕草はさながら猫を思わせる。

 まだうとうととする意識の中、黒髪の少女は声の主を探してゆっくりと顔を持ち上げると、起き上がっていたアキラの顔を見て、少女はその黒く愛らしい瞳を大きく見開いた。


「アキラ! よかったぁ、目が覚めたんだね!」


 黒髪の少女は、うわあ~ん、と泣きそうな目で彼女に飛びついた。華奢な身体から細い腕が伸び、ぐるりと一周するように彼女に巻き付いてぎゅうぎゅうと抱きしめた。


 黒髪の少女の名はミオ・フェレシオン。

 アキラとは母型の血を引く従姉妹の関係にあり、性格はマイペースかつ甘えん坊、歳は三つで彼女とは同い歳になり、互いに良き遊び相手でもある。


 そんな彼女が心底ほっとしたように胸を撫で下ろすと、待ってて、と一言言い残して部屋を出ていってしまった。

 ベッドの上に一人取り残されたアキラは状況が掴めず、キョロキョロと周りを見渡す。


「ここ、叔父さまの家だ、でも、なんでここに……?」


 そこは、彼女の家の隣領地にある屋敷の部屋だった。眠る前の記憶が曖昧な所為で何故ここに居るのか皆目見当もつかなかったが、とりあえず彼女はミオが戻ってくるまではそこに動かないことにした。


 そうして、しばらく呆然とベッドの上に留まっていると、ガチャリと部屋の扉が開く。入って来たのはミオともう一人。同じく黒髪を生やした美形の少年だった。ただ、ミオと比べると少し長髪寄りで、身長も年齢も明らかに上だ。


「ほらほら、お兄様早くしてください! アキラが目覚めたのですよ!」

「わかった、わかった。嬉しいのは分かるけど、少し静かにしなさい。ミオ」


 少年を兄と呼んだミオは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね、少年はそんな彼女を落ち着かせようと制止する。

 そしてベッドの上の彼女に向き直ると、優しく語りかけた。


「おはよう、アキラちゃん。無事に目覚めてくれて本当に良かった。安心したよ。……ああ、僕のこと、分かるかい?」

「えっと、カイト、さま……?」


 戸惑いながらも、アキラは目の前の少年の名を口にした。


 ミオの実兄、カイト・フェレシオン。

 齢九つ程にしてフェレシオン家の次期当主を期待されたご子息様だ。領地が帝都と離れてしまっているため、勉強は家庭教師の下で指導されているが、成績は良好で将来は有望。整った顔立ちや人に優しい性格も相まって、いずれ帝都に出た時には彼一人に惚れる令嬢はきっと多い事だろう。事実、屋敷の女性使用人からの評判は高い。


「あの、私、どうしてここに……?」


 少女は内に秘める不安からか、胸に手を当てて素直な疑問をカイトにぶつけた。

 しかし、彼はそれに答えようとして一度口を開いたかと思えば、急に顔をしかめて閉じてしまう。何度か躊躇う仕草を見せ、どこか落ち着きがなく挙動不審だ。

 その後少しばかり間が開き、悩んだ末今一度口を開こうとすると―――

 

「それなら私が教えよう」

 

 聞こえたのは明らかに若い少年のそれではない、低い男の声だった。

 兄妹が声の聞こえた方を向くと、先程その二人が入ってきた扉の前に髭の目立つふくよかな体躯の男性の姿があった。

 名をボブ・フェレシオン。現在のフェレシオン家当主、すなわちカイトとミオの父親にして、アキラにとっては叔父に当たる人物だ。


「―――父上。おはようございます」


 自らの父に対しカイト少年は深く頭を下げ、隣に立つ妹も同様に「お父さま」と付け加えて頭を下げる。


「騒がしいと思って駆けつけてみれば、そうかアキラが目覚めていたのだな」

「申し訳ありません。私も今妹から聞いたばかりだったので、連絡が遅れてしまいました」

「気にすることはない。その分ならまだ目覚めたばかりなのだろう? なら、二人は下がっていなさい。後は私が彼女に説明しよう」

「……はい」

 

 父の言いつけに従い、兄妹は部屋を後にする。しかし、その顔には酷く暗い表情が浮かんでいた。

 息子達が部屋から出ていく所を見送ると、ボブは寝床のそばにあった椅子にゆっくりと腰を下ろした。


「さて、どこから話そうか。まずは、君の最後の記憶を教えてくれるかな?」

「は、はい。えっと……」


 少女は叔父に昨日までの出来事―――特に何という事もない、王都へ家族旅行に出かけた思い出話を語った。


 最初に語ったのは王都までの旅路についてだった。まず、領地から一番近い街まで朝早くから丸一日かけて馬車で赴き、そこから列車で約五、六時間かけて王都へと辿りついたのだそうだ。

 まだ幼い少女にとって、このような長旅には心躍るものがあったのだろう。大はしゃぎで馬車や初めて見る列車に乗り込み、道中の景色を堪能し、疲れていつの間にか眠ってしまったことも多々あったという。

 

 その後、王都に到着してからは夜までの少しの間、王都を観光したそうだ。初めての都会にもう一度はしゃぐ彼女だったが、またすぐに疲れて結局眠りこけてしまったそうな。

 王都の宿で一泊した次の日。父は用事があるからと出かけてしまったため、午前中はずっと母と土産を選んでいた。もちろん、従姉妹のミオへのものだ。午後からは帰って来た父を交えてまた家族三人――とはいえ、執事や護衛の者も居たが――で観光を楽しみ、翌日の朝の列車に乗って帝国領へ戻ってきたのだが、街に着くと父も母も流石に疲れてしまったようで、宿を借りて一泊。結局、帰宅へ向けて馬車を走らせたのは出かけてから五日目の朝だった。

 初日とは違い、早朝からの出発ではなかったため、領地に近づく頃にはもうすっかり月が昇った真夜中になってしまったが、その時馬車の中で見た星々がとても綺麗だった。


 ―――と、そこまで話して、彼女の口が突然動かなくなった。その先にあったはずの記憶がすっぽり抜け落ちているのである。

 なんとかして思い出そうとすると、酷い違和感が彼女を襲った。

 そもそも、何故自分が叔父の家に居るのか、初めにもっと考えるべきだったのかもしれない。いや、それ以前に、居ないではないか。ここまで語ってきた中、共に彼女と旅を楽しんだ家族が。

 ここまでずっと無邪気に笑い、思い出語りをしていたはずが、不意に感情が抜け落ちて、悪寒が彼女の背中を駆け巡った。


「あの、叔父さま。お父さまとお母さまは何処に……?」


 彼女の両親。マーシャルとフローラ。彼女にとって最も身近な存在で、最も大切な人達。

 叔父の答えを待つ間、アキラは胸の布をぎゅっと握った。かつてない不安と悪寒が彼女を襲う。

 しかし、ボブは答える前に小さく顔を逸らした。

 少女は叔父のその行動が理解できず、思わず首を傾げる。無垢な少女らしく、実に愛らしい首の傾け方で。


「叔父さま……?」

「―――アキラ。昨夜のことを、もう一度よく思い出してみなさい。夜空を見上げて星を見た後、君は何を見たんだい?」


 数秒の間を置き、ボブは少女の顔を見ないまま、暗く籠る様な声で少女に助言する。

 何故、叔父がこんなにも暗い表情をするのか、少女は理解できないままだったが、とりあえず言われた通り昨夜のことをもう一度よく思い出そうとしてみた。


「えっと……お星さまを見ていたら、とても眩しいお星さまがあったのです。そのお星さまは初めはとっても小さくて、それがどんどん大きくなっていって。それがなんだか不思議で、だからわたくし、お父さまにそのお星さまを見てもらいたくなって。それから―――そのあと―――」


 ―――いかん!伏せろ!


 突然、少女の脳にけたたましい声を上げる父親の声が再生された。

 そして同時に、大きな爆発音、揺らめく炎、兵士の悲鳴、鳴り響く剣の音、全力で走る自分、流れ出る血の匂い、最期に腹部に感じた強い痛み。あらゆる悲惨な光景がフラッシュバックした。


「それら―――それから―――それから―――それから―――!」


 幻覚か、一瞬だけ少女の目の前の景色がタイムスリップした。無意識に心の奥底に仕舞い掛けた感情が爆発し、頭を抱え、髪を掻き乱し、呼吸が荒くなってゆく。意識は錯乱し、思い出したも無い記憶がぐるぐると回った。


「落ち着きなさい」


 ボブの冷静な呼び掛けに、アキラははたと我に返った。

 ゆっくりと呼吸を整え、少しだけ落ち着くと、震える声のまま叔父にこう尋ねた。


「あの、叔父様。お父さまと、お母さま、は……?」

「―――死んだよ」


 少し間を置いてボブは簡潔に答えた。何一つ繕うこともなく、ただただ事実のみをはっきりと伝えたのである。


 ―――死んだ―――


 その一言が、齢三つの少女にどう聞こえただろうか。

 知りたくもない事実。知らないままが良かった真実。あるいは、どうしようもないぐらいに認知してしまっていた現実だろうか。


「―――え―――?」


 言葉を聞いた刹那、思考が停止し、必死になって絞り出した声がこれである。いや、それ以外に発する言葉もないのだろう。

 親の死。幼い者にとってこれ以上の不幸はないのだから。

 

「君を運んできた執事の話を元に、兵に捜索させた所、二人の死体発見した。尤も、その執事もここに着く頃には既に瀕死で、君をここに届けた後は間もなく息を引き取ったがね」


 少女は絶望する。夢なら覚めて欲しいと、幻ならやめて欲しいと願い、祈った。

 しかし、それがやはりどうしようもない現実であることは、叔父の顔が雄弁に語っている。 

 真っ白なシーツの上に、ぽつり。一滴の雫が零れ落ちた。やがて雫はぽたぽたと溢れ出し、汚れ一つ無かったベッドを濡らしてゆく。

 そうして、耐えきれなくなった少女の嘆きが部屋中に響き渡った。

 どうも、おそらく始めまして。仮ノ一樹ともうします。この度は、本作品を読んで頂き、誠にありがとうございます。

 本作品は、不定期の投稿・及び現在作品全体の度重なる再編集を繰り返しております。今後も作者の都合により編集し直す可能性がありますので、ご注意ください。また、そのときには追って活動報告でお知らせします。

 もし、これを読む前に《ペット&ライフ》という作品をご覧になった方、まずはありがとうございます。読んで頂いてお気付きかとは思いますが、二つの作品でほぼ同じキャラ構成、ほぼ同じストーリー、世界観のみを変えたつもりで制作しました。是非、作品を読み比べて違いを楽しんでいただければと思います。


 とまあ、堅苦しいのはここまでにして。改めて仮ノです。

 ご説明した通り、この作品は二つで一つと言って良いようにつくりました。一応、作品順で番号を振るなら《ペット&ライフ》が一作品目で、《モンスター&ライフ》が二作品目のつもりです。どちらから読んで頂いても構いませんし、どちらか片方だけ読んで頂いても構いません。でも、作者的には両方交互に読んで欲しいですね。


 さてと。あとがきで長々と喋っても仕方ないので、このくらいにしておきます。もし、本作品を気に入ってくださったのであれば、是非ブックマークやお気に入りに登録を!面白いと思ってくださった方も、そうでない方も、感想や評価もしてくれると、モチベ上がります。それでは。

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