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気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
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指を指される



 青い景色が広がる場所で俺は直立していた。つい先ほど来たような気もするしずっと前からこうしているような気もする。第一命令権所有者が現れたので顔を向ける。


「外に出る前に渡しておくものがあります」


 そういって金色の丸い物を手渡してくる。それを両手で受け取って相手を見つめる。見下げてくる存在の名前をもう忘れてしまった。


「それで貴方の存在が消えます。私の人形として新しく生を受けるのです。食べなさい」


 一切の躊躇なく両手に持ったそれに噛り付く。シャリッ、シャリッ、シャリッという咀嚼音が響く。特に味は無い。けれど一口、また一口と続けるうちにその間隔が長くなる。嚥下するのも億劫になり口にため込んでから一気に飲み込むを繰り返す。苦労して芯の部分まで飲み込むと辺りから光が無くなった。まともに受け身も取れず倒れ、目を開けることさえ叶わない。黒く塗りつぶされた世界で自分の存在が曖昧になった。


 すると耳元で声がする。


「新しい名前を授けましょう。貴方の名前はバレンです」


 バレン、バレン、バレン。その言葉だけが反響して暗い世界の一筋の光となる。ずっと付きまとわれていたものから解放されたような気がした。目を開けて名付け親を見る。


「ではお行き」


「了解しました」


 こうして俺は彼女の人形として世界に生まれた。




**********




 魔眼を扱い始めて3日目の晩、やっと使い慣れて来た。体を激しく動かしながらだとキツイが最初の頃よりスムーズに発動できる。魔力がブルー、霊力がイエロー、竜脈がレッドのオーラで視界に現れる。ちなみに霊力は魔力と違って魂から引き出す力である。霊力を扱うタイプは少なく魔力と出来ることは似ているとのこと。魔力は大半のスキルやギフトの能力を使うときに消費され、霊力は身体強化したり魔力の消費を減らすことが出来る。竜脈は天災が起こるときに大きく脈動しダンジョンの運動エネルギーになる。


 詳しくは本を読めばわかるそうだが最近は夢の方が気になって読めてない。あの剽軽なドラゴンに会いたいのだが会えない。代わりに昨夜も記憶を夢見た。どうやら俺はアネルミアと知り合いであったらしい。バレンという名前も彼女が名付けたようだ。お弁当箱の中にあるしきりのような名前である。あの誰もどこにあるのか知らないという海の謁見部屋も行ったことがあったのだ。今度あそこに行ったときに魔眼を試したらきっと全方向にオーラが見えるだろう。


「十四将の一人に名付けてもらうっていうのは光栄なことにゃ」


「そうなのか?」


「にゃむ。やっぱり個人を識別するものにゃから大事にゃ。家族に付けてもらう者が多いにゃから有名人に名付けてもらったら結構羨ましがられるにゃ。名前は大事にするにゃよ」


「了解。ちなみにノヴァは?」


「あたいは家族に付けてもらったにゃ」


「いい名前だよな」


「にゃむ。自慢の名前にゃ。結婚しても改名はしたくないにゃ」


「恋人がいるのか」


「もちろんいるにゃ。けど最近忙しすぎて会えてないにゃ」


 俺達は昇降機で降りながら会話をする。今日も夜12時くらいまで訓練していたため俺はともかくノヴァはお疲れ気味だ。訓練準備室で仮眠はとっているが疲労の色が濃い。そんなノヴァに質問するのは気が引けるのだが最近なぜかノヴァは俺が何か聞きたそうにしてるとわかってしまうので今では遠慮しない。


「改名は結婚のときぐらいなのか?」


「にゃむ。そうともいえにゃいにゃ。犯罪者が名前を捨てるために命名者に金を払って改名することもあるにゃ。あとストーカーされてる人も命名者に変えてもらうことがあるにゃ。名前を知られてるとどこにいるのか知る方法がたくさんあるにゃからね」


「命名者?」


「新しい発明品に名前をつけたり改名を専門職とする人にゃ。それ用のスキルと免許を持ってるにゃ。ちにゃみに名前は真名と偽名と愛称に分かれるにゃけど真名は鑑定で表示される名前でこれを無免許の命名者が変えると犯罪になるにゃ」


 整備士には勿体ないくらいにノヴァは博識だ。その後、ノヴァと一緒に住んでいる恋人の話を聞きながらいつも通り赤紫色の階層に到着する。廊下を歩いて行くとこの時間帯には珍しくモンスターがいた。


 昼夜問わずさまざまなモンスターがアゴラティスの地下施設には徘徊しているが、お掃除スライムではないモンスターはこの階層にはあまりいない。赤紫色のこの階層は人間の奴隷が主にいる階層なのだ。階層ごとにトラブル回避を理由に住み分けを行っているため別種のモンスターが訪れることは基本的にない。またこの階層にノヴァが俺を送り迎えにくるようにモンスターが奴隷を迎えにくることは無い。奴隷はいつの間にか出て行って帰ってきたり帰ってこなかったりする。何度かあったことはあるが自由に話せないので会話したことは無い。別に奴隷だからといって暗い雰囲気もなく普通に生活できているように見えた。

 俺がこの階層に居ついているのはノヴァの采配だったりする。要らぬトラブルを招かないようにと出会って初日に探してくれた空き部屋だ。だというのに珍しいものだ。

 しかもモンスターはこちらを見つめて近づいてくる。いや、俺に近付いて来てる?


「やっと見つけたぞ! 決闘しろ!」


「?」


 いきなり指を指してきてなんなんだろうか。横に並んでいたノヴァがすかさず俺とそのモンスターの間に割り込む。


「お断りだにゃ」


「なんだてめぇ。ひっこんどけ」


「生産部整備課第9部隊所属の整備士ノレルヴァ・ニースにゃ。自導人形バレンの仮専属整備士でもあるにゃ。この意味わかるかにゃ? レキス・パッピ」


「はっ。ただの整備士かよ。邪魔すんじゃねー。レキス様はそいつに用があんだ」


 レキス・パッピ? なんか聞いたことのある名前だな。どこで聞いたっけ。


「あんたがいうそいつの管理権はあたいにあるっていってるのがわからないのかにゃ」


「管理権? 奴隷は所有権だろうが。頭悪いなお前」


「その言葉そっくりそのまま返すにゃ。バレンは奴隷じゃないにゃ。人形だっていってるのにゃ」


「冗談は大概にしておけよ。この階層にいる時点でそいつは人間の奴隷じゃねーか」


「バレンは特別にここにいるだけにゃ。そんじょそこらの玩具と一緒にするにゃにゃ」


「うるせーな。とにかくひっこんどけよ」


 苛々としたレキスがノヴァの肩を掴んで退けようとするがノヴァは引かずにその手を払おうとする。レキスは俺を見下げて顔を赤くする。


「お前、メスの後ろに隠れて恥ずかしくねーのか!」


 そんなことを言われても、と俺は首を小さく傾げる。


「ああっ。気に食わねえ! 決闘しやがれ!!」


「そういうあんたも人形と決闘なんて恥ずかしくにゃいのか!」


「やかましい!! そいつにやられてからどれだけ大恥かいたかっ。このままでいられっか!!」


 俺にやられた? 思い出せそうで思い出せない。もうすぐ解けそうなのに解けなくてじれったい。そうしてる中にノヴァが廊下の壁まで振り払われてしまった。掴まれた肩に手をやって痛そうに顔を歪めているノヴァを見て急激に頭が冷めた。


「……」


「なんだその眼は? やるかぁああ?」


「!! バレン!! 手を出すにゃ!!」


 ノヴァの命令に舌打ちが出そうになる。かわりに目の前の肥え太った豚が舌打ちをする。睨みあげるとノヴァが痛がっている様子に豚は見下すように口を開く。


「……本当に猫人族は弱っちいよなぁ。そんなんだから人間に滅ぼされそうになんだ」


「!!」


 目を見開いた俺に口角を吊り上げて目を細める豚。


「人間なんかに媚び売って生活してたのがなんだぁ? 騙されて搾取されて挙句の果てに村を潰されたってきいたぜ?」


「……昔の話にゃ。あたいはここ生まれのここ育ちにゃ」


 そういうノヴァは耳を下げてひどくしおらしい。俺は豚を睨むが意に帰さずに吐き捨てるように言う。


「そういう人間に媚び売ってた種族なんか魔界にいらねぇよ。さっさと村に帰れよ。ああ、もうねえのか」


 ぎゃはははと汚く笑う豚よりノヴァの様子が気になった。


「……あたいの居場所はここにゃ。にゃにを言われようとここで生きるにゃ」


 凛とした態度で言い切ると俺と豚の間にまた立とうとする。俺はまた暴行を受けるかもしれないと守るようにノヴァの前に立つ。視線をこちらにおくって来たノヴァの片手のコア通信機からメロディーが流れる。ねこふんじゃっただ。


「通信許可」


『こちらアゴラティス地下施設総合仲介受付です。ご用件をどうぞ』


「お前っ!」


 豚が大声をあげる様子にノヴァはニヤリと笑う。


「トラブルが起こったから仲介者を送ってほしいにゃ」


『了解しました。3秒後にそちらに転移します』


 豚がノヴァに詰め寄ろうとしたのでそれを遮る。地団駄を踏んで喚き散らそうとした豚の背後の空間が歪んだ。ぽんっと現れたのは廊下にぎりぎり収まるくらいの大きな一つ目と骸骨だった。


「お待たせしました。仲介者です」


 骸骨が見た目に反して美しいソプラノの声を出すと豚が急に大人しくなる。しかし目は血走っていて必死に内心の激昂を制御しているようだ。


「こんな夜遅くに申し訳ないにゃ」


「いえいえ構いませんよ。それでどういったトラブルでしょうか」


「どうもこうもねーよ。決闘を申し込んでいただけだ」


 骸骨の窪んで何もない眼球の部分から見える水色の炎がゆらゆらとしていてとても不気味だ。けれどより一層後ろで無言で見下げている一つ目が不気味である。お化け屋敷に居れば間違いなく失神する人が出てくるだろう。


「決闘を拒否したのにしつこくこちらに言い寄ってくるのにゃ。あたいは肩を強く握られて暴言を吐かれたにゃ」


「……そいつは間違いないが俺はそっちの白い奴に用があるのに邪魔してくるんだ。イラついても仕方がないだろう」


「管理下の人形に決闘を申し込まれて黙って見てる訳にゃいにゃ」


 それから言い合いが続き時に一つ目がノヴァから詰め寄る豚を大きな手で遠ざけ、骸骨が相槌や疑問を投げていく。


「なるほど。まとめますとレキス・パッピさんがノレルヴァ・ニースさんの管理下にある自導人形バレンに傷害を負わされて謹慎を受けた。しかしレキスさんは謹慎後、不当な扱いを受けた。状況を改善するためにレキスさんはバレンに決闘を申し込むことにしたが生産部整備課から拒否。諦めきれず自ら探し出すことにし、今日ようやく発見したバレンに話しかけた。仮専属整備士であるノレルヴァさんは上司から予めレキスさんへの注意喚起を受けていたため冷静にそれを拒否。言い争う中でノレルヴァさんが仲介者に連絡したということでよろしかったですか?」


 豚とレキスは睨みあいながら頷く。骸骨はカタカタと顎を揺らしながら豚を見る。


「レキスさんはノレルヴァさんに手荒な真似をしたことと暴言を謝りましょう。戦闘部と生産部が喧嘩した場合は力の使い方に責任を負う戦闘部が基本的に生産部に謝罪すべきです。さらに種族に関する暴言はいただけません」


「……悪かった」


 豚がしぶしぶといった様子で謝罪をする。骸骨の視線を受けてノヴァが謝罪を受け止める意思を伝える。そして骸骨が初めて俺を見た。


「バレンは決闘を受けたいですか?」


「……決闘って?」


「決闘とはここアゴラティスで行われる正式な喧嘩です。殴り合いやゲームなどでお互いを競い合い勝敗を決めます。決闘参加者がお互いに契約し終了すれば取り決めに基づいて必ず履行されます」


「レキスは真剣勝負で一対一の命をかけた決闘をお前に申し込んでいたにゃ。受ける必要はないにゃ」


「ノレルヴァさんは口を挟まないでください。あなたには管理権はありますが管理下の人形を自由に扱う権利はありません。奴隷が決闘する場合でも所有者はなるべく奴隷の意思を尊重することが決められています。特別な人形であるならバレンの意思も聞いてみるべきです」


 途端に口をつぐむノヴァ。俺はそんな様子を見てよく考えずに答える。


「受けない」


「てめー!!」


 途端に殴りかかってこようとするレキスを一つ目が奈良の大仏より大きな手の平で止める。聞くに堪えない罵詈荘厳が飛ぶ中で骸骨が俺を見つめる。俺の身長は170cmくらいだが人型の骸骨は150cmもないぐらい背が低い。 


「決闘はなんど拒否されても申し込むことが可能です。レキスさんがこれから何度も申し込んでくることに不快感を感じるなら受けてしまう方をお勧めします」


「……ノヴァが受ける必要はないといった。それに俺は無暗に命を奪いたくない」


「なら決闘方法を変えれば問題ないのでは?」


「?」


「両者の命ではなく別のものを賭けるのです。決闘方法も命を落とす可能性のないものに変更する。そして両者の遺恨が残らないように契約する。これでいかがでしょうか」


 ノヴァに視線を送ると無言で腕を組んでいた。


「……考えたい」


「……わかりました。今回のトラブル解決のために私達仲介者が全力でサポートさせていただきます。今日の所はお互いに頭を冷やしましょう」


 それからいくつか話し合って解散した。ノヴァは俺を部屋に入れると疲れた様子で帰って行った。やるせない気持ちのまま俺は部屋の扉を閉めた。



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