表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
8/68

故郷


 また夢だ。


 今度は水の抜けたプールの底に居る。俺はその場で蹲った。足を抱えて顔を埋めて目を閉じる。

 蘇るのは獣人の男性の瞳と血の味。

 なにも感じない。

 理不尽に対する憤りを感じない。命を奪ったことに対する悲しみを感じない。罪の意識も後悔もない。

 あるのは何も感じないことへの絶望と犠牲になった人々の気持ちを客観的に捉える小賢しさだけ。


 自分のことがよくわかった。自己中心的なエゴの塊で出来た歪な傀儡。それが俺。


 さみしい夢の中でその考えが頭の中を揺らす。


 もうなにもいらない。

 望んだ記憶も見極めようとした真実も自分の意思で動く自由も失うことを恐れた命さえもいらない。

 風が戦いで髪を揺らした。


「……腹でもいたいんスか」


 この夢には誰もいないはずなのに頭上から声がする。いつもは呼んでも誰も出てこなかったのになんでこんな時に話しかけてくるのか。


「変なモノでも食べたのかなぁ。いつもの元気はどうしたんスか。最近はもっとピーピー五月蠅かったじゃないスか」


 腹の底から出たような声とともに風が俺に当たる。


「そう言えばここでは食べ物もなかったッス。どないしたもんか。おーい、大丈夫スか」


「……大丈夫な訳ない」


「うおぉ。ビックリした。なんだ。しゃべれるんスか」


 俺の力ない一言に風がひときわ大きく吹いた。顔を上げるとそこには人がいなかった。


 ドラゴン。


 伝説上最強の生き物として名高い生き物がそこにいた。漆黒の鱗を持つドラゴンはプール際からこちらを黄金色の瞳で覗き込んでいた。俺など丸呑みにできそうなほど大きな咢を開けて真っ赤な口内が良く見える。ドラゴンはすでにアゴラティスの地下施設見たことがあったがここまで巨大な個体を見たことは無い。空を覆いつくすほどの黒い翼が風をきる。


「なんスか」


 相手の正体とその外面を裏切る性格にがっかりした。崇高な見た目に反して口調は若くひょうきんな近所のお兄さんのようである。


「別に」


 俺はまた蹲る。


「絶対なんかあるッス。なんなんッスか。気になるッス。言わないとわからないッス」


 バサバサと羽ばたくから風が舞ってうっとうしいことこの上ない。それから何度も話しかけてくるので渋々対応する。


「ほっといてくれ」


「面白そうだから嫌ッス」


「面白そうって……。人が悲しんでるのに」


「悲しいんスか。お腹がいたいのかと思ったッス」


 羽をバタつかせるのをやめてこちらに顔を近づけて来た。喰われるならそれもいいかもしれない。丸呑みされれば腕がちぎれてもくっつくこの体でも意味は無いだろう。


「乳離れ出来てない子どもみたいにビービー喚いてたと思ったら今度は悲しくなったんスか。ママが死んだんスか」


「……なぜそうなる」


「ハズレッスか。オラのママは生まれてすぐ死んだッス。そのときオラも悲しかったッス」


 いきなり自分語りを始めたドラゴン。喰うなら早く喰ってほしいがなんとなくコイツにそんな意思がないことがわかる。あるのは子どものような純粋な興味だけな感じだ。


「そのときオラは飛んで飛んで飛んで飛んだッス。そうすると嫌な事はスパーっと忘れるッス。オラはその時から空を飛ぶことだけが生きがいッス。悲しいならとにかく飛べばいいッス」


「無理だ」


「そんなことないッス。やれば出来るッス」


「羽もないのに飛べるか」


「そういえばそうッス。失念してたッス」


 馬鹿なのだろうか。ドラゴンが喉を鳴らすと地面も揺れる。しばらく唸っていたドラゴンは口を大きく開ける。


「そうッス。飛べないなら一緒に飛べばいいッスよ。名案ッス」


「は?」


 ドラゴンは俺の声を無視して顔を離すと緩慢な動きで後ろを向いた。


「面白味もない空ッスけど空は空ッス。背中に乗るといいッス」


「いい」


 グルルルルと空気を揺らす鳴き声が聞こえてきて長い尻尾が振りかぶられた。思わず目を瞑ると体に冷たい物が巻き付いてそのまま空中に投げ出される。


「誰かを乗せるのは初めてッス」


 着地したのは鱗の絨毯。夢なのに痛い。そんな気も知る由もなくドラゴンは嬉し気な声をあげて徐々に羽を上下させる。


「いくッス」


 流されるがままにドラゴンと飛び立つ。風が強くて目が開けていられない。飛び立ってすぐにすさまじいスピードで昇っているのがわかる。飛ばされないように固い鱗の間に腕を入れるとくすぐったそうな声が聞こえた。


「もうちょっと頭の方にいってほしいッス」


「無茶言うな」


「じゃあそのままでいいッス」


 少しスピードが遅くなったので薄く目を開けると夕焼け色に照らされた美しい光景がそこにあった。


 故郷だ。


 俺が生まれ育った町だと直感でわかってしまった。

 丘の頂上にある古い校舎、グラウンド。見覚えのある煙突、歩道橋、住宅地。何百年前からある寺や新しく改築された神社、大きなスーパー、シャッターが閉まる商店街。

 枯れていたと思った涙が風で飛んでいく。こんな涙を流す資格なんてないのに。

 ぐらっと視界が揺れてまた目が開けていられないほどの暴風が吹き荒れる。


「辛いなら飛べばいいッス。傷ついてるなら泣けばいいッス。ママがそう教えてくれたッス。なんで悲しんでるのか話してくれないとわからないッス。別に話せないなら話さなくてもいいッス。オラは気になるッスけど空を飛んでればどうせ忘れるッス」

 

 しばらくドラゴンは無言で飛んだ。時に遅く、時に速く。涙を流す俺の存在を忘れて宙返りすることや咆哮をあげることも何度もあった。そうしてプールに戻ってくると思い出したかのように尻尾で器用に下ろしてくれた。そのままドラゴンは隣の体育館の屋根の上に体を横たえる。


「飛ぶのもいいッスけどこうやって地面の冷たさを感じるのも最高ッス」


 機嫌のよさそうに喉を鳴らすドラゴンは家猫のようだ。建物が壊れないかも心配になるが夢だから大丈夫だろう。俺は涙を拭いてからプールのフェンスにしがみつく。


「……一緒に飛んでくれてありがとう」


「こちらこそ初めて背中に乗ってくれてありがとうッス。それで悲しくなくなったッスか」


「……どうだろう。けどすごく故郷に帰りたくなった」


「帰ればいいッス」


「無理だ。帰り方がわからないんだ」


「じゃあ探せばいいッス」


「……見つかるかな」


「そんなの知らないッス。もしかしたら無くなってるかもしれないッス。どんな場所なんスか」


「ここのような場所だ」


「そうなんスか。オラが生きてる間に見たことがない場所だけど世界は広いからどこかにあるかもしれないッスよ?」


「……? ドラゴンは死んでいるのか?」


「何を言ってるッスか。ここにオラ達を閉じ込めているのはアンタじゃないッスか」


「え?」


「面白いことをいうッスね。やっぱり勇気を出して話しかけてよかったッス」


 言及する前に景色が歪む。目が覚めてしまう。


「忘れてるかもしれないッスけど覚えていたらまた話そうッス」


 俺の声を出す暇なく歪みはひどくなっていき夢は消えてしまった。




**********




 魔導人形とは何か。


 生き物と違い意図して作られたモノであり道具であり使用者が必要だ。人形であるため通常生理現象も感情もない。魔除け、人避けの結界は効果がなく気配も薄い。命令主との間に繋がりがないため命令主が倒れたとしても任務を全うする。死霊術師や召喚術師とこの部分が大きく違う。


 また命令依存型魔導人形と自立稼働型魔導人形の違いはいくつかある。

 まず命令依存型は自由行動は無い、行動には必ず命令が必要となる。俺が良く使用する<影の子>は一度命令をするとその命令が遂行されるか壊されるまで動き続ける。展開や命令には魔力がいるがそれ以降エネルギーを必要としなくてもいい。魔力や霊力をもたないので見つかる可能性が少ないという特徴もある。俺が扱う命令依存型は符に収納されているので持ち運びも便利だ。

 一方自立稼働型は命令は逐一必要ではなく組み込まれたプログラムに基づいて自立している。手持ちの中で一例を上げるなら<熱肌>。見た目は人間と言ってもおかしくない。顔が綻んだり眉を顰めたりも出来るが感情は伴わない。会話もできるが定型文しか話せないので人間味がない。潜入に特化した<海華>もあるが動きはぎこちないし<熱肌>と違って攻撃力が全くない。ちなみに俺は<熱肌><海華>を扱うのは苦手だ。まるで傀儡として扱われる自分を見ているようで虚しくなってくる。


 以上より俺は魔導人形の中で異質だ。俺の手持ちの中で魔法や武器を操れるモノもあるがどれも一種類ぐらいが関の山だ。さらに魔導人形は壊れやすく脆い。俺は足がちぎれてもくっ付けることが出来るし学習力もある。表情が豊かで流暢に会話が可能。ベストパフォーマンスを出すには食事も必要で人間だと間違われるのも無理はないと思う。



「ノヴァは俺が美味しそうに見えるか?」


「にゃに馬鹿なこと言ってるにゃ」


 アネルミアとの会談の次の日からまた訓練で魔眼を上手く扱えずに終わった俺はノヴァに尋ねる。この三流の魔眼も他の人形にはない特徴だ。三流は芸能人やホテルの接頭語ではない。この赤い目は魔力、霊力、竜脈の流れを見ることが出来るのだ。それによって魔法の発動前を察知出来たり幻覚の類を見破ることなどが出来る。

 使い方は気合。別に「うおおおおお」と叫んだり、ポーズを取りながら決め台詞を吐く必要はなかった。やって自己嫌悪した。コツがやっとわかったところで今日の訓練は終了した。

 今朝、支給された懐中時計を見ると夜11時でかなり遅い。


「アネルミアが人間を食べることは普通だと言っていた」


「あたいのことは呼び捨てで構わないにゃけどアネルミア様は様付けしろにゃ」


「了解。それで?」


「猫人族は人間なんて食べないにゃ。そんにゃの魔族でも一部の富裕層だけにゃ」


「食べれないことはないのか?」


「こだわるにゃね。あたいは上司に強要でもされない限り絶対口にしないにゃ。飢えて死にそうにゃら我慢するにゃけどそんなものを糧にしたくないにゃ。ここで住んでる限り飢え死になんて起きないにゃけどね」


 人間でも極限状態になれば死体さえ食べるから好みだと言われるよりましか。そう自分を納得させて自室の扉を開けると顔に向かって何か飛んできたので叩くと廊下に転がった。


「にゃ! にゃにするにゃ! 召喚獣は大切にしないとダメにゃ!」


 床に潰れたヤタカを慌てて抱えたノヴァがポーションをかける。何を馬鹿なことを、と俺は軽く憤慨する。


「加減するくらい大切にしている」


「おまえっ、自分の攻撃力甘く見過ぎにゃ! 今の一撃で並のモンスターなら即死にゃ!」


「ヤタカは丈夫だ」


「にゃに感心してるにゃ! 児童虐待はダメにゃ! 禁止にゃ!!」


 しぶしぶ返事をするとノヴァが直したヤタカを手渡して来たので受け取る。思わず潰したくなったが虐待という言葉が頭をかすめてぐっとおしとどめる。その様子を見ていたヤタカはノヴァの方を見てしきりに鳴く。


「にゃむ。お礼かにゃ?」


 ふるふると首を振って鳴き続けるヤタカにノヴァは首を掲げる。うーん。これは……


「……たぶん命令を取り消してほしいのだと思う」


「にゃ? 本当かにゃ?」


 ヤタカは激しく首を縦に振る。ノヴァは残念なものを見る目をした。そしてしばらくノヴァは悩んでいたがあまりにヤタカが鳴くので悟った顔をした。


「わかったにゃよ。さっきの命令は取り消すにゃ。けど死んだら生き返らないんにゃから絶対に殺さにゃいこと」


「了解」


 嬉しそうに羽をバタつかせるヤタカにノヴァが溜息を吐いてからそっと部屋を後にした。この世界でも死んだら蘇ることは基本的にない。ゾンビになることもあるがそれはモンスターとして生前の生き物と別物だ。ただし不死のギフトを持つ吸血鬼などは首が刎ねられても蘇ることが出来る。死んだ記憶を持つ俺も不死のギフトを持っているのかと思ったが俺はそのギフトを持っていないから蘇ることは出来ない。ただし、人形なので修理することは可能だそうだ。

 ノヴァから少しづつ聞き出した情報によると俺は長い間整備されていたそうだ。なぜ長い間整備されていたのか整備士として新人であるノヴァは把握していなかった。予想ではテモイテスモスで大破した俺はそれがきっかけで修理に出されたのだと思う。そして大破がきっかけかその整備の間かに前世が蘇ったのではないかと思う。


 しばらくヤタカで遊んでから食事をとって1日ぶりの風呂に入る。最初のころと違い自らの血で血みどろになることもないので早く洗える。ちなみにヤタカには俺がいない間に勝手に風呂に入るように言っている。出会って初日に俺の血を落とすために綺麗にした時に気に入ったらしい。食事も自分で取ればいいと思うがヤタカは俺の手からでないと食べないので仕方がなくやっている。面倒だが飼い主の責任だと思おう。

 今夜は夢を見たい気分なので読書をせずにベットの上で横になる。いつもより早めの2時くらいなので目が冴える。朝の6時には目が覚めるから4時間も眠れる。目を閉じると月の光も消えて行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ