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気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
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領主



 薄暗い廊下に人気は無く足音が一人分だけ反響している。

 俺の両腕には山になった紙束があり何度か抱え直しながら足を進める。


「泣いてるのか」


「……」


 不意に発せられた聞きなれた男の声に俺は部屋の前で足を止めた。


「不安なのか」


「……あなたは平気なの?」


 頭垂れる少女は肯定も否定もなくそう少年に尋ねる。


「まさか。僕もみんなと同じさ。不安で不安で仕方がない」


 そういった少年は声は軽い調子だったが言葉に重みがあった。その返答にかすかに聞こえていたすすり声は大きくなっていく。


「みんな同じなんだよ」


 どこか遠くの方をみた少年に少女がまくし立てるように慟哭する。


「私っ。みんなに当たってっ。きついことも言ってっ」


 そういう少女と肩を並べて少女の背中をさする少年。


「大丈夫だよ。みんな分かってる。君の気持ち」


「私っ!!」


 優しく少年は少女を寄り添い肩を抱いて密着した。それに声をあげて本格的に少女は泣き出す。


「大丈夫。大丈夫」


「ごめんなさいっ。ごめんなさいっ」


「一杯泣いたらいい。不満もいってもいい。頼りないけど僕もいる」


「ごめんなさい」


 その後も謝罪が何度も何度も繰り返されてしばらく少年が少女を慰める。俺はむくむくといたずら心を刺激されて半端に開いたドアを蹴破った。


「「!!」」


「よお。色男、今度はちゃんさんたぁ。やるなぁ」


 俺はにやにやと場の空気を壊すように二人を茶化す。自分たちが何をしているのか思い出し慌てて離れる二人にヒューと口笛を鳴らす。少女は耳まで真っ赤にして、少年は立ち上がって闖入者に対面する。


「なっ。なっ。なっ」


「っぷ。ぷぷぷぷぷ」


 少年のあまりの慌てように俺は吹き出した。腹を抱えて笑う様子に少年は顔を茹蛸のようにして睨みつけて来た。


「ぷぷっ。いやあ~笑った笑った。傑作だぁ」


 袖で紙束の一番上に飛んだ唾を拭きながら俺はにやにやと二人を眺める。


「い、色男違うしっ!!」


 少年はそういってズビッとツッコミのポーズをとる。


「いやぁ。みんな気持ちは同じだぞ? お前は女好きってさ」


 みんな同じというセリフを引用して先ほどの二人のやり取りを思い出しまた吹き出しそうになる。


「なっ。ちがうっ。これは彼女を」


「まぁまぁ。みなまでいうな、みなまでいうな。二人の男女が仲睦まじく部屋で寄り添う。明日の朝一番のスクープですなぁ。おっとっとっと」


 落としそうになった紙束をぐらつきながら抱え直して開け放たれた部屋から一歩足を踏み出す。


「まって! 私は彼とそんな関係じゃあ……」


 もじもじと顔を赤らめていう姿は男心をくすぐる。けどチョロイよなこの人も、とちらっと少年を見た少女に手を振った。


「わかってるって。じゃあなお二人さん。また明日~」


 そういって笑って扉を行儀悪く足で閉める。中では少年がじと目でこちらを見ていたが引き留めることはしなかった。俺が言いふらすことがないと信用していると考えるのは傲慢だろうか。バタンと扉を閉めると廊下の沈黙がやけに鼓膜をなでる。


 ふと風が優しく走り抜けていった。窓の外には大きな真ん丸のお月様が雲から姿を現した。


「たくっ」


 敵わないなぁ。そう小さくつぶやいて俺はしばらくその幻想的な光景に目を奪われていた。




**********



 パチッと覚めた目の前に真っ赤な玉が。


「……そいっ!」


 平手打ちを喰らったそれは天井にぶつかってベットを転がり落ちた。ごしごしと目をこすって床に降りる。ふらふらと近付いて来たヤタカに脚蹴りを喰らわせて朝の準備に取り掛かる。

 ケージ開いてたか? と思いつつ朝食を食べていると懲りずにヤタカが寄ってくる。羽毛を俺の体に密着させながら鳴く姿は媚びているよう見える。トレーに見覚えのある針のない注射器をみっつ見つけて行動理由を知りヤタカを取り押さえる。手触りは見た目に反してフワフワとしていてつい潰れるくらい握ってしまう。

 苦しそうにまずそうな餌を食べる姿をぼーと視界に入れながら今日の夢を思う。複数の登場人物がいたようだがぼやけてよく覚えていない。ただとても愉快で月に心動かされた印象だけが強く残っている。


 食後、俺はいつものシンプルな訓練服の上に壁に吊り下げられた白のローブを纏う。膝の長さまであるフード付きの白のローブは様々な銀の装飾がじゃらじゃらと施されているのにとても軽い。任務の時はこれを着用しなければいけないらしい。そしてもう一つ装備が俺の親指に嵌っている。


「……」


 意識すると白の指輪は身長を越えるほど大きな杖に変化する。白と黒のマーブル色に大きな灰色の宝玉が乗せられた杖は不思議と手によくなじむ。


「……チェンジ」


 ワードを唱えると一振りのロングソードに杖は変化。重みはかなりあるが振れなくはなく俺は握り手の感触を確かめる。


「……」


 意識すると元の指輪―トランスフォームリングVer.バレン―に戻る。なるべく長い呪文を唱えなくても変化するように昨日、本を読む間を惜しんで練習したのだ。


 だってっ!『時空の狭間より我が所有する手足よ来たれ』って! 絶対やだ! 


 呪文詠唱を回避でき深くガッツポーズをしているとノヴァが来た。いつものようについて行こうとするとヤタカがちょこちょこ後を付ける。

 俺はそれを一瞥して部屋に押し込み扉に手をかける。ヤハタの表情は変わらなかったがどうしてだろう。寂しそうに見えた。


「……じゃあな」


 そういって俺は扉を閉めた。ノヴァはその様子に気付くことなく先へ先へ進んでいく。俺は昨日もらったリング状のイヤリングを手で触りながらその後に続いた。


 昇降機に乗って上へ上へ上がっていく。そして数々のモンスターが描かれた天井に差し掛かったとき思わず首を縮めたがそのまま天井を通過して外に出た。

 初めて出た外はひどく煩雑な大きな町だった。眼下の街に呆けていると上に登っていく昇降機から落ちそうになって慌てて下がる。俺達が昇降機で上っている透明な壁に囲まれた塔を中心に円形に町が広がっていて家屋が所狭しと並んでいる。どんどん虫のように小さくなって見えるさまざまなモンスターが徘徊しており絶景としか言えない。空中遊泳しているモンスターも多数いて町のいたるところに着地したり物を売ったりしている。


 和洋折衷。今までで見たことのないような景色が目の前に広がっていた。そのうち視界を遮る透明な壁もなくなって雲が足元に漂う。空中にモンスターがいない層で昇降機が止まってまるで自分たちが青空に浮いているようである。恐怖はなくむしろ高揚していて遙か眼下に広がる景色を目に焼き付けるように眺める。


「時間にゃ」


 堅い声でノヴァがつぶやくと搭乗していた昇降機が消えて浮遊感が生まれる。空中に投げ出された。

 悲鳴を上げる間もなく歪む景色。そして足がゆっくりと地面に着く。


「いらっしゃい。どうぞ座って」


 その場所は見渡す限りの海だった。

 太陽によって輝く海は雲一つない青空より深い青で染まっていて静かに波を立てている。偽物のように感じてしまうほど穏やかな海だ。今立っている四畳半の白い床は揺れることはない。そして机を挟んで目の前には女性が座っていた。綺麗な銀色の髪をたなびかせた色白の人間の女性だ。ここ最近モンスターばかり見ていたので思わずまじまじと観察しながら俺とノヴァは静かにソファーに腰を下ろす。


「私の名前はアネルミア。グーテンベルク王国十四将の一人です」


 アネルミアはすっと席を立つとエメラルドグリーンのスカートを掴んでお辞儀をする。ノヴァが席をたったので俺も同調する。今回の任務はアネルミアに謁見することだ。


「生産部整備課第9部隊所属ノレルヴァ・ニースですにゃ」


「特殊技能付き自立稼働型魔導人形No.A―800バレンです」


「うふふふ。さあ座りましょ」


 全員が席に着くと緊張するこちらを他所にニコニコとアネルミアは笑う。とても地球の人間の平均寿命の3倍以上は生きているように見えない。しかしどこか笑顔が作り物めいているのは彼女が施政者だからだろうか。


「ノレルヴァのことは存じ上げているわ。 もともと情報部の猫人族の隊に所属だったのが8ヶ月前に今の隊に移ったのでしょ? 今の隊にはもう慣れたかしら」


「はいですにゃ」


 ノヴァの表情が堅く尻尾も立ちっぱなしだ。対して俺はアネルミアの優し気な雰囲気あってかそれほど緊張していなかった。


「うふふふ。そうなの。

 あなたは情報部の隊に思い入れがあったと聞いたからいくら適性があるからといって本人の意思を尊重せずに異動するのはどうかと思って。しかも今回バレンの専属整備士に研究開発部との会議で突然任命された訳でしょ? やはり元の隊に戻りたいかしら」


「……元の隊への思い入れは強いですにゃ。にゃけど今の仕事の重要性も認識してるつもりですにゃ。いきなり仮とはいえ専属整備士を任された時は驚いたにゃけどもう慣れたですにゃ」 


「まあまあ。適応力があるのね。それでどうかしらバレンは?」


「たった数日で自導人形最高傑作と呼ばれる理由がよくわかりましたにゃ。特殊能力もすごいにゃけどその他の能力も高い。人間の感情を持っていて恐らく人間界へ潜入しても他の人形と違って気取られないにゃ」


 予想外にノヴァの俺への評価が高い。


「うふふふ。そうでしょう。けれど私がみたところまだまだ調節の必要がありそうね。そういえば最近魔泉卵を使用したとか。成果を見せてくれないかしら」


 手に汗握っているノヴァが視線を送って来たのでイヤリングに手を当てる。


「……ヤタカ」


 呼ぶと頭の上に重みを感じた。召喚獣召喚用のイヤリングを媒介にこうして魔力を消費せずともヤタカをいつでも呼び出すことが出来る。


「まあまあ。本当に新種ね。精霊もどきをベースに悪魔とそれとさまざまなモンスターの色が混じってキメラみたいです。けどキメラのように不完全じゃないわ。赤い目は魔眼ではないようだけどバレンの目に似ています。おいで」


 アネルミアが手を差し出すがヤタカは俺の頭の上から動かない。それどころか頭にしがみつく力が強まって唸り声をあげている。俺は片手でヤタカを取ろうとするけれど離れない。


「まあまあ。なるほどね」


 アネルミアはニコニコしながら手を下げる。


「いい召喚獣をもったわね」


「……はい」


 そうは思わないが小さく返事をする。


「ノレルヴァはあとどれくらい調節が必要だと思うかしら?」


「にゃむ。1ヶ月あれば十分ですにゃ」


「わかったわ。どのようなスケジュールで調節するのか報告書をまとめて提出して頂戴」


「承りますにゃ」


「じゃあ。今日はノレルヴァは帰っていいです。報告書が出来たら形見の爪を綺麗にしてもらいに行くといいわ」


「にゃ! ご存知でしたかにゃ」


「猫人族の一部に受け継がれるの防御力無視の『絶対硬度の白扇』は有名です。 ノレルヴァのはとても短いから戦闘には向いていないのがとても残念だわ。バレンは私が責任をもって送り届けます。いってらっしゃい」


「ありがとうございますにゃ」


 ヤタカを腹から出すときに使って昨日会話中眺めていた白い爪のことだろう。俺の肌を切り裂くほどだから相当攻撃力があると思っていたら防御力無視する代物だったとは。ノヴァが頷くと視界から消えた。転移したらしい。そしてアネルミアと向き合うことになる。



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