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気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
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記憶の手掛かりと使い魔



 3日が経った。あれから毎晩夢を見る。あの強烈な明晰夢ではなくて俺がひとりぼっちでいる寂しい夢だ。場所は学校のようで初めの教室だけでなく廊下や職員室、グラウンドに場所が変わっていく。いつも夕暮れ時でいつも俺は走ったり叫んだりしているのだが誰もいない。誰もいないことに違和感があるのかもしれない。

 進展しない一方で明晰夢の方の情報が集まる目途がたった。文字がわかるようになったのだ。いきなり3日間で文字が覚えられるわけではないが、あっさりノヴァが俺に魔法を施すことでその日のうちに解決した。正確にはノヴァが持っているコア通信機だが。ダンジョンにいる限り俺はどんな文字でも一様に解することが出来るようになったのである。

 それからは本棚にある本を寝る間を惜しんで読破していっている。この体は万能で一日に100冊は軽く読める。特殊技能付き自立型稼働魔道人形さまさまである。


 そこで『世界地図』を発見して魔法都市テモイテスモスの場所がわかった。以下はその都市の情報を『一度は行ってみたい人間界~レーネン軍事国編~』から抜粋したものだ。



●テモイテスモス

 レーネン国第二の都市である魔法都市。人口約9千7百万人面積約1400平方キロメートル。

 人間界で第二の魔法都市とも呼ばれ魔界一の魔法都市アゴラティスに大きさ、保有軍事力ともにかなり劣るものの防御が充実している。

 都市全体を3重の結界で防御しており空間転移による侵入、脱出は困難である。検問では鑑定の水晶によって一人一人の人相の確認と登録を行っているため人間以外が入ると即魔法で射殺される。モンスターや魔族の皆さんは安易に近づかないこと。レーネン王国中の魔道具が集まるため武器が豊富。魔法学園が存在しており魔法使いの輩出都市となっている。

 レーネン第53代国王ビーラル・レーネンの従妹にあたるグーリア・スババが治め、直属部隊リア魔法騎士団が守護する。リア魔法騎士団は長い歴史の中で6度も魔王軍を退けており実力は高い。



 この都市が見つかったということは俺はこの世界で生きた記憶があると予想できる。今まで読んだ本の中でユウなる人物を見つけることは出来なかったが大きな一歩である。本を読んで考えると記憶が少し蘇るし、街の光景を思い浮かべて行ってみたいと好奇心も沸く。


 けど俺は化け物だ。


 ユウという人物に自分の記憶を思い出すために話を聞いてみたいがそれも叶わないのではないか。


 3日間で自分がいかに人外か嫌というほど思い知り、顔が自然と歪む。訓練室通いはこの3日間休むことなく続いた。この3日間、ドロドロとした透明な飲み物だけで普通に活動が出来た。口が寂しい気持ちには空腹感が伴わず排泄もほとんど必要ない。それだけでなくこの体は睡眠もほとんどいらないし呼吸も1時間は軽く止められる。そして訓練内容も高レベルのものになった。


 特殊技能、命令依存型魔導人形同時多数展開。


 一見なんの変哲もない四角い白紙―魔導人形収納符Ver.バレン―を命令と付与術を行い空中に展開する。そうすると符から人形が飛び出てくる。人形が命令を終える前に次に次に注文を加えると一日中動かし続けることが出来る。

 <影の子>という人形の場合、白い大きな手足の長い人型がモクモクと何かの科学実験のように現れて命令を実行する。それを俺は約3000枚すべて同時に操ることが出来る。


 頭こんがらがりそうだって?

 うん。俺がやろうとしたら9枚で無理だった。


 けど俺の頭の中に響く声―俺は人形部分と呼んでいる―が人形達を指揮するのだ。3000枚くらいなのは人形部分がそれ以上出来ないからじゃなくて俺がそいつらを起動して付与術使うことで魔力が空になるから。ちなみに空になったからといって倒れることはなかったけど魔法や能力は使えなくなった。それもしばらくすれば自然と回復するので上手くできるとほぼ無限に人形を生み出し続けることが出来る。その他の種類の型魔導人形を操作したり付与術とスキルを合わせて高層ビル並の土塊と模擬戦したりして忙しかった。


 毎日全力でやってしまった、と後悔するがもう遅い。確実にノヴァは俺を任務に連れて行くだろう。どうにか回避する方法がないか唸っているとノヴァが俺の部屋にやってきた。


「にゃ? にゃにしてるにゃ。行くにゃよ?」


 俺がベットに寝っ転がっているのを見て早く来いと催促するノヴァ。いつもはしっかり戦闘服に着替えて椅子に座って待っているのに今日俺は寝巻のままだ。


「にゃに寝てるにゃ。さっさと準備しろにゃ」


 起きてるよ、とノヴァ命令口調に体が起き上がる。


「……ゴホッ」


 真白なベットが鮮血で染まる。あーあ、汚しちまった。


「……にゃにゃにゃ!!」


 奇声を上げるノヴァを尻目に俺は文字通り血反吐を吐きながらテキパキと着替えていく。


「にゃ!! ストップ! 止まれにゃ!」


 その言葉に俺の体はピタッと止まる。この体が勝手にノヴァの命令に従ってしまうのももういい加減慣れたものだ。


「にゃにが起きてるにゃ?」


 俺は肉球を押し付けてくるノヴァを恨みがましい目で見つめながら状況を説明しようと試みる。が


「胃に、ゴホッゴホッゴホッ」


「喋るにゃ!!」


 今度は口を封じられた。


「……もしかして魔泉卵かにゃ」


 御明察。ノヴァは俺を抱え上げると静かに血で濡れたベットに横たえる。

 この3日前胃に収まった魔泉卵を吐き出そうと洗面台に向かったが一向に吐き出せる気配がなく、そのまま対処のしようがなく放置して今日の朝。なんだか胃がむかつくな、と思えば視界に黒い靄がかかる。なんだこれは、と思えば口や耳、鼻から現実に黒い霧が出てきた。事態を把握する前に霧が収まり首を傾げていると胸部がみるみる膨らんでいった。

 そしてベットで倒れていたというわけである。

 血で染まった服を脱がしにかかったノヴァは膨らんだ胸部に手を当ててしばらく考える。


「まさか体の中で成体するとはにゃ。Ver.4☆は改良されてちゃんと体外で顕在するって書いてにゃったのに」


 つまり改良前は飲み込んだ魔泉卵は体内で生まれてたってことだな。その可能性も無きにしも非ずだったから明言を避けてた訳か。きっとドラゴンの魔泉卵の話は腹を食い破られて出てったのだろう。俺の無駄に高性能な体は内臓破壊まで瞬く間に回復する。おそらくノヴァが飲み込む命令をしたから体から出ようとする魔泉卵を妨害したということだ。


 ちゃんと吐き出す命令もしとけよ!! 


 軋む体から胃に溜まった血が吐き出される。俺の人形部分によると脅威度は10。どういう基準で判別されているのか理解できない。


「……仕方にゃいかにゃ」


 ノヴァは四本指の内唯一真白な一本の指の爪を5cmくらい伸ばして俺の皮膚に当てる。


 なにをする気だ……?


「『斬撃』」


 爪が光を帯びてが俺の胸部を切開する。


「!!!」


 痛みを感じない出血に呆然とする。ノヴァは俺の回復を上回る速さで何度も爪で肉を絶っていく。俺が内臓が素手で抉られる感触を味わっているうちに両手で何かを掴んだノヴァはそれを引っこ抜いた。それに治癒を施したノヴァはそれを転がして肩で息をし、疲れたように椅子にドカッと座った。対する俺も直接体を弄られて精神的に参って体を起こす。俺の体は瞬く間に修復を始め数十分後傷が跡形もなく回復した。


 すると俺のベットによじ登ろうとしている影があった。


「……」


 無言のまま苛立ちに任せて蹴りをいれる。騒動の元凶はそれに屈することなくまたよじ登ろうとする。蹴りを入れる、よじ登る、蹴りを入れる、よじ登るの応酬を繰り返しているとノヴァが疲れたように命令する。


「止めるにゃ。児童虐待にゃよ」


 俺の足は止まり、そいつは俺の身体をよじ登ってこちらを見つめる。

 簡潔にいうとソフトボールほどの大きさをしたずんぐりとした鳥だろうか。赤い目が一つだけ顔の中央にあり鋭い嘴が俺の体液で汚れている。背中には悪魔のような蝙蝠の翼があり、猛禽類の足が一本で体は黒い羊の毛で覆われている。

 未知の生物がそこにいた。


 全然似てない。

 これのどこが自分の分身なのだろうか。


「………名を付けるにゃ」


 そういいながら体中についた血をタオルで拭くノヴァに俺はキッと睨みつける。そしてジェスチャーで口を示して首を横に振る。


 それに気が付いたノヴァは命令を変更する。


「にゃむ、喋っていいにゃ。その子に名前を付けて契約するのにゃ」


「………」


 本当は召喚獣などにしたくないが拒否権は俺にない。溜息を吐きながら思い付きのまま言葉を発しようとした。


「ちゃんと考えて付けるにゃよ」


「………ヤタカ」


 単純に色で付けようとした俺は少し考えて有名な日本妖怪八咫烏から取って名付けてみた。カラスには嘴だけがそっくりだからでそれ以上に理由はない。ヤタカは俺の足の付け根のところでその足を曲げて座る。感情の読み取れないやつだ。

 ノヴァはバスルームに血を流すために勝手に入って行ってしばらくすると戻って来た。


「にゃー、こんにゃに大変にゃら断って動物召喚にしとけばよかったにゃ」


「断る? どういうこと?」


 ノヴァはしまったという顔をして視線を泳がすが俺の無言の追及に負けたようだ。


「研究開発課からのうちの隊への自動人形に治験してほしいっていう要望と先輩の圧力があってにゃ。無料でサンプルを貰ったから簡単な動物召喚の案を取りやめたのにゃよ」


 ノヴァはそういっていつの間にかコア通信機で注文した紅茶を飲む。


「タダより高い物はないだな」


 俺もあんな思いをするなら動物の方が断然よかった。


「確かにそうだにゃ~」


 紅茶をすすりながらノヴァは老け込んだようにいう。そうしながら爪を伸ばして渋面を作っている。


「大丈夫か?」


「にゃ? 大丈夫にゃよ。これで魔力と疲労を回復してるにゃ」


 軽くコップを持ち上げて追加の紅茶を入れるノヴァ。その片手にカップケーキのような茶菓子を手に取って味わうことなく丸呑みにした。


「その……、ありがとう」


 俺は複雑な心境でありながら一応助けてくれたお礼を言う。ノヴァはへ? というように間抜けな表情で首をひねる。


「にゃにゃにゃ? にゃー、礼は不要にゃ。お互い恨みっこなしにゃよ」


 しかし空気を読んでそう飄々と返事をする。けれどもいつもより「にゃ」の言い方が強いことに動揺が滲み出ていて少し笑ってしまう。


 紅茶を3杯飲み終わる頃にはノヴァの疲労も大分とれたようで目に輝きが戻っていた。


「今日は予想外のこともあったから訓練はやめにゃ。にゃけれどこれっぽっちも似てにゃいにゃね」


 ノヴァは俺の足に座るヤタカを見てこぼす。ヤタカは何度か俺の肩によじ登ろうとしたがすぐに傍にいるに留まった。ヤタカはノヴァの言葉に反応をしめすことはない。


「それに見たことがにゃいモンスターにゃ。にゃ……、新種かにゃ?」


 ノヴァはヤタカを見下ろしながらそう呟く。


「鑑定?」


「そうにゃ。種族名と名前がわかるにゃ」


「俺には使えない?」


 鑑定は記憶が戻りやすくなるだろうから是非とも持っておきたい。俺は無意識に手を固く握る。


「鑑定はギフトでしか得られにゃいから無理にゃ。魔道具にゃらあるにゃけど下っ端が持ってていいものじゃないにゃ」


 おそらくものすごく貴重か高価かそのどちらもか。人形部分が動き出せば種族名くらいはわかるのだがいつもわかるわけではないので残念だ。ノヴァがコア通信機を操作するとペットドアから小さなスライムが入って来て血痕を除去する。部屋の空気は紅茶の臭いが血の臭いと混じって絶妙なハーモニーを実現している。


「窓を開けるにゃ」


 スライムを凝視していた俺は指示通りに窓を開け放つ。幻のはずなのに風が吹いてきて真白な髪を揺らす。外には蝶が舞い、太陽がさんさんと降り注いでいる。ノヴァがコア通信機を弄るのを窓を背後にとって見る。窓枠には俺が立ち上がったときに転がって行ったはずのヤタカがとまって外の光景を眺めている。

 ちらっとこちらに視線をやってノヴァはまた操作を再開する。黙っているのも窮屈に感じてぽつぽつと会話する。ヤタカは目を閉じて丸まっているしノヴァは俺の一方的な質問の数々に爪を見ながら律儀に答える。


 とても静かな時間が流れていて心地よかった。


 けど俺がノヴァに直接テモイテスモスやユウという単語について尋ねることは無い。ノヴァは俺を人形として扱っている。今でも俺が予想外なことや常識外のことを言うたびに語尾が強くなるのだ。記憶に関することをいうとまずいと勘が告げている。それに俺がそのことを告げた後、否定され命令で忘れろ考えるなといわれるのが恐ろしい。ノヴァがいいやつなのは分かっているが今はまだ本心をさらす気にはなれない。


 俺はそんな事を考えながらヤタカの餌を与える。注射器にある禍々しい色の液体を雛鳥のように俺の手から飲んでいる。3本分きっちり飲んだヤタカは「グルー」と満足そうに鳴いた。初めて出た気味の悪い鳴き声に戦きながらヤタカ専用のケージに入れて俺はベッドで仰向けになる。


『明日、任務に行くことににゃったからいつもより早くくるにゃ』


 そういったノヴァの帰りのセリフに不安を抱くが月は変わらず部屋を照らしていた。



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