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気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
3/68

戦闘

途中で視点が変わります



 俺は本をしまって椅子に座って心を鎮めてか細い声を出す。


「……『照明』」


 試みは成功して指先から優しい光が生まれた。始めてみた魔法があっけなく成功して詠唱するのが恥ずかしかったことを忘れて感動する。


「やっ、やった。けどどうやって消す? っあ」


 消すイメージをするとすぐに明かりが消えた。もう一度詠唱するとやはり光が現れる。その後、詠唱せずに出せたり、光をあちこちに飛ばしてみたり光を大きくすることが出来た。


「他に何が出来るんだろ。例えば……!」


 思い浮かべた瞬間に詠唱がするっと頭に浮かぶ。浮かんだ詠唱はそのまま口から飛び出した。


「『点火』」


 指先から今度は火が出る今度は浮いていた光と違い指が燃えているように見えるのに熱くなかった。触れても熱くなかったので椅子に近付けると煙が出た。慌てて火を消すとまだ煙がくすぶっていたので手で払うと熱を感じた。煙が消えたことに安心して椅子に火を近づけたことが不用心だったと反省する。

 その後試してみると頭に詠唱が浮かんできてすんなり出来た。寝ている間に思い出した記憶と違い気味が悪かったがそういうものかと無理に納得した。生活に役が立ちそうな水を少し出したり、風を起こすことも出来たがどれも小規模だ。大きな魔法では詠唱が浮かんでこないのだ。出来ないというよりか出来るんだけどしたくないように感じてしまう。この部屋では大きな魔法が使えないのかもしれない。

 出来たのは『照明』『点火』『放水』『旋風』『土砂』『落雷』『冷氷』『暗闇』。色々とイメージしてみて詠唱が浮かんでこないか探っていく。

 そうしていくうちに窓から朝日が。いつの間にか椅子で寝てしまっていた体は固まっていたのでラジオ体操をしてみる。

 

 いっち。にっ。さんっ。しっ。


 体がほぐれたところで顔を洗って部屋に戻ると食事が置かれていた。むしゃむしゃとパンを飲み込んで机に置かれた着ていたのと似たような服に着替える。けれど最初の服とは違い丈夫さを感じさせる服でその滑らかで何からできているのかわからない素材の感触を調べているとネコがやって来た。


「ついてくるにゃ」


 挨拶も無しに一方的に言い放ったネコの後をつける。長い廊下を抜けると巨大な吹き抜けには多くの異形が飛び交い合っている。飛ぶことのできる者達は自由に飛び交い、飛べない者達はこの昇降機を使うようだ。上昇専用と下降専用の別々になった大型の昇降機で異形たちがすし詰めにならない程度の快適さがある。


「なぜ転移を使わない?」


 空間転移があるなら用事がある階層にひとっとびすればいいのにと思い昇降機を使うネコに聞いてみる。まだ聞きたいことがあるのかとうんざりとした様子で嫌味を言ってからネコは答える。


「ダンジョンのエネルギー総量の問題で空間転移のような高度な術を使いすぎると竜脈から引き出すエネルギー許容量を超えるからにゃよ。竜脈のエネルギーを過分に使うと外に影響が出て最悪天変地異がおこるにゃ。そうするといろんなところから苦情がくるにゃから一部しか空間転移は導入されてにゃいにゃ」


 それを聞いて空間転移が使われる場所はそれが必要な重要な場所ということではないかと予想する。かなり速い速度で上がっていく昇降機でパッションピンクの階層に到着する。ずんずんと進むネコに付いて行くといくつかの部屋の前を通り過ぎる。それらの部屋はかなり広いようで中を覗くと竜人が一対一の取っ組み合いとしていたり、巨大なトロールが自身の体格より大きな岩を持ち下げしていたり、小鬼の軍団が土人形の軍団とまさに入り乱れて争っていたり壮観だった。

 そんな風に人一人見当たらない中、見学していると一つの部屋にネコが入っていく。その部屋は小学校の体育館ぐらいの広さで奥が透明なガラスで区切られており、そこに様々な武器が並んでいる。


「にゃむ。ここで待機してろにゃ」


 そう言うとガラスの扉を開けて中にネコは入って行った。俺は直立不動のまま部屋を眺めていると見知った顔が入って来た。


「おはよう」


 妖精アイはその二対の翅を羽ばたかせながら眠そうに挨拶をした。今日は白いワンピースに深い赤のエプロンを被せたような服を着ている。家事を手伝う幼子のようにも見えて微笑ましい。


「おはよう」


 俺は朝の挨拶に嬉しくなって顔をほころばせながらそう返した。そうするとアイはいきなり抱えるほど巨大な水晶を両手に出現させた。


「触れて」


 俺がそれに触れるととてもさらさらとしていて思わず撫でてしまう。アイは一瞬硬直したが頭を振って言う。


「水晶に触れて」


 語彙が強まったのは気のせいか? 名残惜しくも彼女のシルバーブロンドの綺麗な髪から手をどけて水晶に触れる。無数の文字列が絡み合いながら水晶に浮かぶ。俺は勿論読むことは出来ない。それでも情報を読み取るようにアイは水晶を凝視している。


「なあ」


 声をかけるとしばらく無視されたままだったがふっと俺の眼とその深海の瞳を合わせた。


「俺、思い出したいんだ」


「そう」


 アイは感情無くそっけない態度で言う。


「あなたがそうしたいならそうすればいい」


 突き放すような言葉なのにどこか優しさと少しの悲しみを感じた。そのままアイは抱えるほど大きな水晶をまた一瞬で消すとネコと何やら話してから部屋を出て行った。そうすると目の前にいきなり土の人形が現れる。俺はぎょっとして後ろに下がる。ネコが驚くことなく向こう側から西洋風の長剣をもって出てくる。片手にはボードをもって眉間にしわを寄せたネコは長剣を床に突き立てた。


「にゃむ。今日は武術系統のスキルの実力を図るにゃ。こいつをもつにゃ」


 そういわれて俺はためらいながらも剣を引き抜く。


思った以上に軽い剣は無数の傷が付いており年月を感じさせる。


「一番レベルの高かった長剣術を試すにゃ。とりあえず目の前の土塊とやってみるにゃ。終了というまでやり続けるにゃよ」


 そういうとゆったりとした足取りで透明の壁の向こう側に戻って行くと透明の壁があっと言う間に白の無機質の壁に変わった。俺は手の平で長剣を弄びながら土塊と向かい合う。

 心の準備は整……わない。


 マジでか。マジでやるのか。


 平静を装いながらも逃げ腰の俺。そうすると土塊の右手がどんどん伸びていきそれが剣の形をとった。開始の合図もなく土塊は動き出す。


「――っ」


 胸のあたりを突いてきた剣を後方に下がることでかわす。土塊はその見た目に反してかなり速いスピードで次は剣を薙いで来た。俺は何とか紙一重でそれを避ける。


 やばいっ


 何度も土塊の攻撃を必死になって躱す。攻勢に出ることも出来ず片手に持った剣は邪魔な荷物でしかなかった。土塊は攻撃の手を休めることは無い。何度も何度も避けて躱してときには転がり、時には剣で下手に攻撃を流したりする。


 無理無理無理。


 剣で撃ち合うことも叶わず何度か攻撃を受けて肌にかすり傷を付ける。致命傷にはならないが俺は内心で悲鳴をあげる。


 ガチで無理っ! 


 的確に人間の急所を狙ってくるかと思えばフェイントまで混ぜてきたりする。何度も剣を投げて逃げようとも思ったが確実に背後を狙われるだろう。


「逃げてばかりじゃ終わらないにゃよ」


 呆れたような声が近くで聞こえるその声の方向を見てもネコの姿はない。それどころかその隙をついて土塊が右腕を切りつけて来た。


「――――っ!!」


 浅くない傷をつけられた右腕から血がしたたり落ちる。本能的に距離を取ろうとしても土塊は間合いを逃さない。俺はとっさに左手に持ち替えて剣を投げた。


 カキンっ


 甲高い音が響いて剣が床を滑っていく。また下がろうとしたが土塊はそれを許すことなく剣を横に薙ぐ。


「っ」


 首の薄皮一枚で止まった剣に言葉が出ない。その時荒々しく扉を開ける音がしてネコが出てきた。ものすごく怒っている。


「確かに攻撃はしたにゃ。けどどこに戦場で武器を捨てる馬鹿がいるにゃ。にゃんのために相手を同じ剣術を使うよう設定したと思ってるにゃ。お前の脳みそはコボルト並に空っぽかにゃ。頭使えにゃ。使えにゃいにゃつめ!」


 土塊はその剣を下げてまた最初の間合いに戻る。俺はネコの言葉を聞き流していた。


「期待してなかった以上にダメダメにゃ。これが自導人形の中の最高傑作? 笑わせるにゃにゃ! これが最高にゃら他はゴミ屑いかにゃ!! ゴミ屑の使用用途にゃんかうちの部隊ににゃいにゃ! 真面目にやらにゃきゃスライムに喰わせるにゃよ!?」


「……」


 申し訳ない気持ちも激情も沸かなかった。ただ一つの事実に打ちのめされていた。


 ……痛みがない。


 痛くないのだ。何度も切られて血が滴ってても痛みを感じない。そういう傷も既に血が止まり、軽い傷は傷跡さえなくなっている。


 本当に俺は人間じゃないのか……。


 絶望に浸る間もなく頬をぶたれる。ネコがその長い尻尾を使ったのだ。


「……もういいにゃ。一通りやって報告書作って今日は終いにゃ」


 尻尾に汚れがついたとでもいうようにネコは手で優しく払ってゴキブリでも見るかのような目で見下げてから部屋に戻って行った。あとは作業だった。武器を変えて逃げて、また武器を変えて逃げる。その繰り返しだった。休憩時間もなくぶっ続けでやっているのに疲れることはなくその事実にまた絶望した。やる気も時間を経るごとに下がっていってぼろぼろになっていつの間にか訓練部屋の外に出ていた。気持ちはどうしようもなく沈んでいてなにも考えることなく自室に戻る道を行く。

 記憶を思い出して受け止めてみせると決意したはずだった。けれど俺の根幹が揺らいでしまった。この搾りかすのような曖昧な記憶が取るに足りないものだと割り切れればどんなによかっただろう。人形だと言われたことも全く信じていなかった。けどこれはもう……


 化け物


 そう言い表すしかない。俺もここに数多に存在する異形の1つでしかなかったのだと。俺はその事実を持て余した。

 最初から本当になにも覚えていなければよかった。そうであればこんなにも寂寥感を味わうこともなかったのだ。

 前を見て歩いていなかったので目の前の壁にぶつかってたたらを踏む。迂回しようとしたら周りを囲まれた。


「おい、見つけたぜ」


「本当に勝手に動き回るなんてな」


 見上げると大きな豚が2匹、いや2人というべきか。それが俺を見下げている。


「たく。兄弟に知らせないとな」


「まったくだ」


 たぶんオークという種族だろう。俺の背中を押してどこかに連れて行こうとする。俺に用事があるようだ。


「……あの、どこに?」


「あぁ? 訓練部屋に決まってるだろ」


「こいつ話せるのか」


 一方のベビーピンクのオークがガンを飛ばしながらいい、もう一方の黄色味のあるオークが驚いたようにいう。そのまま俺の背中を押してひとつの部屋に入った。俺がいた訓練部屋と同じくらいでその中には赤い斑のオークがいた。


「ん? 帰ったんじゃなかったのか」


 赤い斑のオークがこちらに気が付いて寄って来た。


「あぁ、いなくなってた奴隷を見つけたからそれを伝えに来た」


「疑って悪かったな」


「えっ? あっ、いやいや。いいってことよ」


 赤の斑のオークがどしどしと近づいてくる。血の匂いがするがかなり激しい訓練でもしたんだろうか。というか何か勘違いしてないか? 


「それじゃあ。戻るか」


「そうだな」


 俺を連れて来たオークが口々にいう。俺は口がはさめないでいた。


「俺はもう少しやっていくぜ」


「おいおい、さっきまで腹が減った腹が減ったって五月蠅かったじゃねえか」


「熱心なことだな」


「まあな」


 俺をここに連れて来たオークたちが帰ろうとしたので俺は勘違いを教えてあげなければと声をかけた。


「まっ」


「それとコレは俺が部屋に戻しとく」


 赤の斑のオークが俺の口を塞いでその太い腕で抱き寄せた。俺は息が出来なくてその腕を手の平で叩く。


「じゃあ頼むぜ」


「後でな〜」


 オークたちが部屋を出て行く。途端に寒気がして視線を挙げると赤の斑のオークが口先を吊り上げて笑っていた。


「運がいいぜ」


 刹那、拘束が緩んだと思ったら即座に首をその太い腕で絞めにかかって来た。


「んっ」


 足が宙を浮いた。俺はそいつの腕を叩く。


「なんせ新鮮な人肉なんてそうそうありつけないからな」


 この部屋に入った時から感じていた違和感の正体が分かった。こいつの赤の斑は元からでも厳しい鍛練のせいでもない。

 返り血だ。


「どこの奴隷かわかんねえが奴隷なんて戦争でいくらでも補給できるしな」


 床の色が黒でわからなかったが血だまりも出来ているのだろう。オークは赤い舌で唇をぬぐう。汚いよだれがだらだらと出ていて捕食者の顔になっていた。


「なかなか丈夫なやつだな」


 なかなか絞め殺せないことに我慢できなくなったのか両手で首を握りつぶす勢いで絞める。


「おいおい。汚いな」


 自然と出た涙を汚いと言って嬉しそうに笑うオーク。残虐な思想を持つモンスターがそこにいた。


 ここで終わるのか。

 死んだらもう悩まないで済む。

 もしかしたら全部が夢落ちで、死んだら元の世界に戻っているかもしれない。


 それは嬉しいな。


 目を瞑って力を抜いた。

 けれど涙が止まらなかった。


 恐い。


 目の前に広がる闇は優しいものではなかった。安らぎを与えてくれるものでもなかった。


 恐いよ。


 思考が恐怖で塗りつぶされる直前に誰かに助けを請うた気がした。




”――――――――――――――緊急事態発生。コードを検索”

”身体の危機的状況確認、敵性確認。鑑定”

”ジェネラルオークを一体確認。状況の確認。脅威度7級。命令権所有者第1位、第2位、第3位に報告。”

”第3位のみ報告完了。命令がありません”

”敵の無力化が設定されています”

”――――――――――――――行動開始”




「ん?」


 そろそろかと思ったところで奴隷は俺の手首の辺りを掴んできた。


「しぶとい。っな! ぐわああああああああああ」


 手首の骨が砕かれそのまま緩まった手から逃れた奴隷は地面に着地し俺の下あごを蹴り上げる。空中に投げ出され舌を噛んだ俺は悶絶する。


「なぁに。しゃがる」


 どこにそんな力があったのかもう命が風前の灯火だったはずがこちらを油断なく観察している。

その目は無機質でまるで血のようだが生きていることを証明していない。戦闘態勢に入った俺は起き上がって闘志をみなぎらせる。奴隷の分際で俺様に傷をつけたことが許せない。


「うぉおおおおおおおお」


 スキル威圧を使用するが怯えさえしない。信じられないがこいつは同格もしくは格上だ。俺は腕を振り上げてそいつに肉薄する。


「……」


 そいつは無言で構えるのみ。振りかぶったが手ごたえがない。その時後頭部に衝撃が。


「っっ!!」


 脳を揺らされた俺はふらつくき、足払いにあってすっころぶ。今度は俯せの状態で床に伸ばされる。そのまま背中に重みを感じ、肩を押さえつけられた。


「っうおぉおおおおおおお」


 立ち上がろうとしても立ち上がれない。そして背中を何回も踏みつけられ全身を殴られる。


「……殺ス。ぶっ殺してヤル」


 何度もひっくり返されて襟を持って立ち上がらせられる。闘志は衰えることなく殺気を飛ばすがそいつは無表情に俺を壁近くまで引きずって何度も壁に打ち付ける。訓練室の丈夫な壁が血で染まりへこむほど顔面を打ち付けてられて記憶が途切れた。



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