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気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
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妖精とネコ



薄暗い教室に消し残りある黒板、雑に並べられた机や椅子。

窓の向こうの方には赤く染まる夕日がグランドまで色を映している。

美しくて綺麗で、そして見ていられない。

俺は窓から身を乗り出して人影を探したけれどどこにもいない。

胸が締め付けられる思いに誰かいないかと叫ぶ。


返事はない。


それでも声を張り上げて誰かを呼ぶ。

その声は誰かを見つけるためか。自分を見つけてもらうためか。

そのとき空の狭間から何かが見えた。



**********




 夢か。


 天井をぼんやり見ると白髪の彼がいた。部屋はなにもないまま。全部が夢ではなかったようだ。いつの間にか寝てたなとごしごしと目糞をとっていると顔が洗いたくなってきた。


 変な夢……。


 けどあの懐かしさは俺の記憶に関係していると確信する。夢の中で制服も着ていたこと考慮にいれるとおそらく学生だったか過去の記憶だろう。もしかしたら思い出せるかもしれないと希望を持って生きていこう。現状把握と今を生きることが先決だ。

 そう気合を入れるとドアから音がしてペットドアから朝食が出てきた。トレイを持ち上げる前にペットドアを覗いてみるが暗闇が見えるだけだった。考えるだけ無駄か、と昨日と同じようにトレイを手に取ってベットに腰掛ける。メニューはまた初見で奇妙な洋食で和食でないことが残念だった。そしてもそもそと食べながらはたと気が付く。


 食器はどうしたらいいんだ? 

 昨日の食器はいつのまにかベットから消えていたからまた消えていくのだろうか? 


 考えるだけ無駄だと分かっていても考えてしまいながら黙々と食べているとカチャっと扉が開いた。あまりに自然と開いたのでパンを片手に訪問者と対面することになった。


 子ども……? 


 扉を開けて部屋に入り込んだのはおそらく齢一桁の女の子だった。シルバーブロンドの地面に届きそうなほど長い髪をした女の子は俺の目の前に立つとじっと見つめて来た。吸い込まれそうな海の色の瞳はとても大きく。愛らしいというより幻想的な雰囲気を纏った子どもだ。服は透明に輝く宝石をちりばめた薄い桃色のグラデーションワンピースで靴は履いていない。背中には二対のトンボの翅が生えていて彼女が人外であることがわかる。


「私はアイ。今年で22才になる。研究開発部特殊能力課第0部隊に所属している一研究員。妖精族虹丘出身」


 落ち着いた子どもの声が耳障りにいい。とても成人しているように見えないがここが異世界ならそういうこともあるのかもしれない。


「はじめまして」


 聞き取りにくい濁声が出た。しかも自分でも驚いたことに日本語でもない未知の言葉を話せている。自己紹介したくても続ける言葉がない、と困っていると迫る様にアイは顔を近づけて来た。自己紹介を待っていると思い途方に暮れているとアイは離れて行った。そのまま扉の方に向かっていくので俺は機嫌を損ねてしまったのかと思った。


「バレン」


 アイが扉の前で足を止めて放った意味の知らない単語に首を傾げる。するとアイは後ろを振り返って無表情に言った。


「自分の名さえ忘れたあなたが思い出す過去は本当に真実だと確証出来ますか?」


 言葉を失った。アイは知っているのだ。俺に過去がないことを。そしてそれに俺が恋い焦がれていることを。俺はアイの問いに対する解答をまだ持ち合わせていなかった。俺に返答がないのを気にする素振りも見せずにアイは扉を出て行った。


「また会いましょう。バレン」


 扉を閉める前に俺に名前をプレゼントして。




 アイとの出会いの後、しばらくよく考えてみた。確かに思い出すことを全部信じることは良くないかもしれない。けれど真実じゃないからと言って思い出すことを止めることは出来そうにない。俺の記憶に天動説と地動説というのがある。地が動かないと信じていれば地が動いていることに気付かないかもしれない。けれど天動説という説がもともとなければそもそも地動説というのも生まれなかったのではないか。

 つまりシンプルにいうと疑うってことも大事だけどまず前提がなければ考えることも真実に辿りつくことも出来なくなるんじゃないかということだ。ぐだぐだな理論だが本音では考えることをしなくなるのは嫌だ。それでは俺はがらんどうのままいることになる。

 だから俺は思い出す。それが事実じゃないとしても。


トントン


 そろそろ寝ようかと思ったところだったのでノックの音に驚いた。返事をする間もなく現れたのはあの初めてあった二足歩行のネコだった。


 なんか疲れてる? 


 ネコは覇気の無くなった瞳でこちらを睨むと扉を閉めてそのまま扉を背後に陣取って俺を見下ろした。俺はベットに腰掛けたままネコを見上げる。髭が揺れて鼻がひくついている.しばらく見つめ合いが続いたがネコがぷいっと目をそらすとまたいつの間にか板のようなものを取り出して操作し始めた。


「動くにゃよ」


 ネコの警告の意味は直ぐにわかった。

 俺が浮いたのだ。


「なっ!?」


 壁が、床が、天井が一気に伸びて歪み、一瞬で部屋の様相が変化する。天井は黒曜石のようできらきらと輝いている。部屋は前の倍ほどになり金欠病院クラスからビジネスホテルクラスにランクアップしたベッドに、簡素な深い茶色の机、セットの椅子が二つある。本がぎっしり詰まった大きな本棚に靴が沈み込みそうなほどふかふかな黒いマットが床に敷かれている。そしてなんといっても驚いたのは窓だ。ここは地下だったはず。なのにガラス越しに夜月に照らされた緑豊かな庭園が見える。重力が戻ってマットに足を付けた俺は絶句した。


 俺が2日間住んだ部屋はなんだったんだ!? 


 変わらなかったのは扉くらいでチャリンと音がなるとまたペットドアからトレーに置かれたティーセットが湯気を立てながら現れた。それをすかさず拾い上げたネコは片手で椅子を移動させて「座るにゃ」と移動させた椅子を指示した。俺はベットからそちらの方に移動するとネコは紅茶を入れると品よく飲んでいく。

 すげー、とあほみたいな感想しか浮かばないほど出鱈目なことばかりである。


 これはやっぱりここ地球じゃないんじゃないのか? 

 というかこのネコ何しに来たんだ? 


 疑問が湧き上がる中紅茶を飲む音が部屋に響く。俺は話しかけるべきか否か迷っているとネコがカップを置いた。


「あたいはノレルヴァ・ニース。生産部整備課第9部隊所属の整備士にゃ。見ての通り猫人族にゃ」


 ネコが自己紹介する様子に少し感動してから俺も自己紹介する。


「俺はバレンっていうらしい」


 また声が外れてしまった。どうにも久々に話すせいか上手く言葉が話せない。


「いきなり部屋を模様替えしたことは謝らないにゃ。ここが長く居座りたくなくなるくらいひどすぎるのにゃ。出世払いってことでちゃらにしてやるにゃ」


 ネコは紅茶に付いて来た茶菓子を口に入れながらまた紅茶を入れる。俺が払わなきゃいけないのか。


「幾らくらい?」


「部屋のグレードはそんにゃに高くにゃいから半年もうちで働けばきっちり返せるにゃよ。まあお前に給料が支払われるかはわからにゃいけどにゃ。出世払いにゃんて冗談に決まってるにゃ」


 冗談かよ。ネコのジョークを見破るスキルなどあるはずもない。


「そもそもお前お金の価値にゃんてわからにゃいんじゃにゃいのか? あたいは生まれたてのゴーストのようにゃもんだと思えばいいって言われたけど実際お前どこまでわかってるにゃ?」


 どこまでと言われて椅子の上で正直な不安を話してみる。


「ここがよくわからない場所で、いろんな生き物がいて、俺には記憶がないってことぐらい」


「にゃむ。にゃるほどね」


 ネコは机に肘をついて気だるげにする。そしてため息をついた。なんだか俺が悪いみたいでカチンときた。


「ため息なんてつくなよ」


「にゃむ。仕方がにゃいにゃろ。あたしはお前の教育係として来たけど、ものを教えることにゃんて片手で数えられるくらいしかにゃいにゃ。にゃにから教えればいいにゃ……」


 研究課の奴らめ呪ってやるとか人材は適材適所にするべきだとかそんなことを呪詛の様に唱えてまた紅茶をすする。どうやらネコは俺の世話係という貧乏くじを引かされたようだ。そんなあからさまな不機嫌な様子にこちらもげんなりとしつつも提案してみる。


「じゃあ。俺が聞きたいことを聞くから。それに答えてくれよ」


「にゃむ。それは良い案にゃね」


 許可が取れた。よし。最初は……。


「トイレはどこにある?」




 部屋の扉を開けたらトイレがあった。いや、ガチで目の前にあった。3点ユニットバスで適度な大きさの白い浴槽があった。確かに長い廊下だったはずなのになぜか浴室に直通しているのかというとこれも魔法らしい。

 もともとこの部屋は外につながっていない。けれども鍵を持ったものが指定の扉の前に立つと別空間に存在するこの部屋の扉が開かれるらしい。最初に渡された魔法の鍵がこれだ。で、中から外に出るときにこの鍵は使えない。入室専用の鍵らしい。だから俺が外に出たいと思っても出れない仕掛けとなっている。窓から外に出れるのではと思ったがあれは幻覚らしい。試しに窓を全開にして出ようとしても壁にぶつかった。


「まるで囚人みたいだ」


 自由に外出もできないし食べ物もお風呂もあるが他者とも触れ合えない。自分の扱いは犯罪者か捕虜、いずれにせよ要観察対象ではないだろうか。


「囚人よりずっとましにゃ。囚人は地方への強制労働に治験対象、前線への強制投入なんてのもざらにゃ。部屋だって個人部屋にゃけどお前の前の部屋より狭いし暗いしベットさえにゃい。赦免されれば誰もがにゃいて喜ぶにゃ」


 最初の質問に対し冷たい視線を送っていたネコは床に尻尾を叩きつけながら淡々と話す。


「それにお前は名前があるから囚人じゃないにゃ。あいつら番号で呼ばれるにゃよ」


「でも名前しかない。俺は他人にどう自己紹介すればいいんだ? 」


 アイに出会った時の気まずい感情を思い出して俺はネコの方に身を乗り出す。それをかまわれるのを嫌がる地球の猫の様にネコは紅茶を入れたカップを持ち上げて俺から遠ざかった。


「滅多にお前の発言が外で許されるにゃんて思わないにゃ。けど一応教えておくと魔導人形No。A―800バレンとにゃるにゃね」


「人形? えっ?」


 衝撃の事実。俺、人間扱いでさえなかった。


「正確には特殊技能付き自立稼働型魔導人形にゃ。兵器にゃから当然にゃ」


 想定外。異世界に召喚されたとか誘拐とかそういう問題じゃなかった。


「兵器って……。冗談か?」


 俺はネコの初めの冗談を見抜けなかった前科があるからと尋ねた問いに対する答えは無常だった。


「冗談じゃないにゃ。お前が使えるとわかったらすぐに任務に持って行くにゃよ。そういえば明日訓練部屋で実力を把握するためにテストするにゃ。手を抜いたらただじゃおかにゃいにゃ」


「どんな?」


 強調されたテストという言葉が気になった。握力テストとか反復横とびとかだろうか。俺は長座体前屈が得意だ。また一つどうでもいいことを思い出した。


「普通のテストにゃ。鑑定後にそれぞれのスキルとギフトに合わせた検査。あと特殊能力がどれくらい使えるのかもはかるにゃ」


 普通のところで安心した俺を返せ。


「スキル? ギフト? 特殊能力?」


「スキルは培ってきた経験から得られる能力にゃ。例えば剣術などの武道系や火魔法などの魔道系があるにゃし生産系もあるにゃ。

 ギフトは種族で受け継がれたものや神様からもらったもの鍛練で得られないものにゃ。身体能力強化や魔力自動回復にゃんかあるにゃ。

 特殊能力は鑑定で判断できない能力にゃ。頭の回転が速いとか特定の魚だけ綺麗にさばけるにゃんてのもあるにゃ。これは自己申告か他薦で付けられるにゃ」


「俺の特殊能力って?」


 神様とか色々聞きたいことが山より高く積み重なっていくけどまずこれについて聞きたい。おそらく他薦で付けられたもので間違いない。


「命令依存型魔導人形同時多数展開にゃ。出来にゃければ研究開発部に回すかにゃ」


 ……明日になればわかるだろうからやけに長い名前の特殊能力にはツッコマないでおこう。


「研究開発部?」


「脈絡のない質問ばかりにゃね。ここアゴラティスの地下施設には主に4つの部署があるにゃ。戦闘部署、研究開発部署、生産部署、情報部署にゃ。それぞれにいくつも課や隊があって仕事が割り振られているにゃ。ここにいる連中はほとんどがどこかに属しているにゃね」


 その後、俺の疑問に嫌味を混ぜながら説明をしてもらったことによるとこの世界はやはり異世界らしく、名はない。太陽系の惑星、地球や日本という言葉は伝わらなかった。ただこの場所はグーテンベルク王国の十四将の一人、大魔女アネルミアが統治する領地の中の都市アゴラティスである。

 アゴラティスは地上、地下合わせてには約一億の魑魅魍魎が住む大都市である。地下施設にはその多くの人口を支えるための穀物の生産場所や最先端の研究所が設備されている。兵士の育成設備やその他重要な施設が集中するここはなんとダンジョンで出来ているらしい。

 ダンジョンとは自然に発生する迷宮のことで多くのモンスターの巣窟である。けれどここは大魔女アネルミアが開発したダンジョンコアによって人工的に生み出した100年以上も続く都市らしい。なのでネコが持っていた板のようなものでコアに申告すると部屋の模様替えなんてアッという間にできてしまう。

 俺が最初にいた試験管だらけの部屋から移動した空間転移という方法もここがダンジョンだから出来るということだ。俺は信じられない話だがそこの研究者によって生み出された人形であるらしい。


 ただの人形なら俺の中にあるこの記憶はなんだってんだ……?


 まだまだ聞きたいことが沢山あったのにネコが時間だとか言って帰った後、久し振りにお風呂に浸かりながら考える。トロリとしたにごりのない温かい水は分かりやすい絵が描かれたボタンを押すとすぐにたまった。そして置かれていた固形石鹸で体を洗ってさっぱりした後、自室に戻って椅子に腰をかける。

 晩ごはんの置かれたトレーはネコが言った通り、自動で食堂に転移したようだ。


 兵器として戦うってのも嫌だけどとにもかくにもここから逃げ出すのは無理だな。

 巨大都市の地下施設で転移を主にしているなら脱出は困難。喧嘩の仕方も思い出せないのに戦場に送られれば確実に詰んでしまう。俺は本棚の方に向かいひとつ百科事典ぐらい太い本を取り出してみた。


 ……読めない。


 見たこともない文字の羅列を眺めてネコにまず文字を教えてもらおうと聞き出す内容を頭にとめておく。とりあえず情報を集める。逃げ出せそうなら逃げる。だが逃亡先さえ世界のどこにあるのかわからない。万里の長城より長い道のりになりそうだが生きるために頑張らねば。

 本棚の右の一番上段にあったこれならなんとなくわかりそうな薄い本.それはほとんどが絵でまるで映画のパンフレットのようだ。ペラペラと内容を見てみる。この世界の成り立ち、いや神話かな?


 黒い雫が周りの大きな雫から離れてそれが集まってこの世界の元となった。それから様々な色で描かれた神々が黒の雫に色を付け始める。赤、青、黄、緑、紫とにかくいろんな色で色づいた雫に命が宿り蠢きはじめる。そこに神々が剣や弓矢、トンカチやよくわからない道具を落としてそれによって命は力を得てやがて争い始める。それはやがて二つの陣営となりそれが睨みあう中で一方の陣営から大きな存在、たぶん王様が現れる。そんな絵本だった。

 文字が分かればもっとわかるかもしれない。部屋はいつの間にか暗くなって窓の外には明るい赤い月が浮かんでいた。



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