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気が付いたら人形扱いでした  作者: 矢田雅紀
第一章 地下
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目が覚めると



 星が瞬いていた。

 その光に照らされてここが暗闇だと初めて気が付いた。

 弱弱しい光は確かに自分を呼んでいる気がした。

 待って。

 辿り着きそうで離れた星々に手は届かない。

 それどころか闇に飲まれて、光は見えなくなっていった。




**********




 覚醒する意識に合わせて瞼を持ち上げると歪む景色にいくつかの影が見えた。


 誰だ……? 


 影はせわしなく動いており視線を感じる。軽く身じろぎをすると下の方から気泡が肌をなぞっていく。どうやら水の中にいるようだ。不思議と息苦しくない、寒さも暑さも感じない。その異常が不安をあおり水から出ようとした。

 しかし手足が見えない壁にぶつかって跳ね返る。疑問符を頭に浮かべて何度か壁に衝撃をくわえてようやく透明の壁に脱出を阻まれていることが分かった。勢いをつけようとしても四方八方を透明の壁に囲まれていてどうにもならない。大きく息を吸い込み肺を水で満たしてはみたものの途方に暮れる。

 そうしてしばらくするとくぐもった高い音がピーと聞こえ水位が下がっていった。戸惑いながら水が無くなくなっていくのを眺めていると透明な壁越しに見えていた影の正体にぎょっとする。

 ネコだった。

 俺より背の高い二足歩行の灰色のネコだ。そいつはギラギラとした青い目で俺を見つめている。思わず後ずさり壁に張り付く。するとシュコーと音を立てつつ壁が床に収納されていくではないか。慌てて壁から離れると四方の壁が取り払われてしまった。するとネコはしなやかに移動しながら舐めるように全身を見る。俺は局部を隠しながら追い詰められたネズミのように身を縮めることしか出来ない。


 なんでネコが立って俺は裸を見られてるんだ!? 


 さらにネコはその両手の肉球でピタピタと全身を触って来た。触ってくる瞬間に逃げようとも思ったが出口はなく、周りは大きな試験管のようなものが乱立していた。


「にゃむ。異常は感じないかにゃ?」


 しゃべった!?


 思わず声を出したつもりがただ口をあけて言葉にならない。ネコはタオルで手をふきながら首を傾げる。


「にゃむ。口を大きく開けて声を出すにゃ」


 ネコは俺の口をのぞいてきた。俺が呆然としていると視線で急かして来たので言われるがままに口を開けた。だが戸惑うばかりで言葉は出て来ない。


「『照明』。特に腫れたりはしてにゃいね。……これで体を拭けにゃ」


 いきなり明るくなった? っておわっ!


 ネコは近くの台の上に置いてあったまっさらなタオルを投げてよこして来た。俺は反射的に受け取ると自分が濡れ鼠のような有様なのにはたと気が付いた。慌てて全身を拭きながらネコを見ると何やら手にボードのようなものを持って操作している。俺はその様子を視界に入れながらさっと辺りを確認する。大きな試験管が乱立し涼しさを感じる部屋には目の前のネコの他にもちらちらと何かが動いている。それは眼鏡をかけたブタであったり、子どものような角の生えた異形であったり、床を這いずる液状生物だったりした。


 なんだこれは? 夢? 


 ごしごしと目を擦るが夢ではなさそうだった。ネコの脇には無骨な机と椅子そして山のようなタオルが置いてあった。服も置かれており、ネコがボードを操作しながらそれも投げて来た。


「少しぐらいの異常は仕方がにゃいね。それも着ろにゃ」


 俺はそういわれて服を見る。簡素なVネックのシャツにズボンとパンツ、そしてくつも追加で差し出された。俺は一瞬で水気を吸い取るすこぶる吸水性の高かったタオルを白いタイルの床に置き、ぎこちない動きで着始める。


 少しの異常ってこの髪のことか? 


 シャツを着た時にいきよいよく舞った髪は真っ白でタオルで拭いた時に気が付いた。ちなみに床のタオルは小人のようなものが横からかっさらっていった。


 俺の髪は確か……そう、黒髪だったはず。


 くつを履きつま先をトントンと地面に打ち付けるとじっと見ていたネコが身を翻し「ついてくるにゃ」とのたまった。ひらひらと揺れる長い尾の後について行く。


 ここはどこなんだろう? 確か……あれ? 俺は……?


 頭が真っ白になった。もちろん髪の話ではない。なにも思い出せないのだ。自分のこと、他人のこと、思い出、経歴、好きなもの、好きな人、座右の銘、アイデンティティ。呆然として周りの音が遠ざかっていく。


 俺は……俺は……


 息があがっていく。呼吸もままならなくなっていく。


 若年性アルツハイマー? 記憶喪失? 痴呆症? 

 なんなんだこれは? どうなっている? なにもわからなくなった? 


 すっと頭が冷えた。瞬きをするとそこには先ほどのネコが俺の頭にトポトポと液体をかけていた。ネコは空になった瓶を下すと腕を組んでその鋭い目で唖然とする俺を睨んできた。茫然自失でどうやらいつの間にか足を止めていたらしい。


「……お前の足はいつの間にでくのぼうににゃったにゃ? それともうすのろトロールにでもなっちまったかにゃ?」


 あからさまな怒気にけおとされてしまう。周りの者達もこそこそと避けていく。


「……ついてこにゃいと次はにゃいにゃ」


 背を向けて歩くその後ろ姿を俺は見失うことがないように追っていった。




***********




 俺はネコに連れていかれた部屋で待機していた。とても固いベットだけで後はなにもない殺風景すぎる部屋だ。扉はあるが窓はなく、ただ扉に動く絵が描かれている。円形の上部にある小さな丸が少しずつ右回りしていき、下部に至ると黒い丸となった。たぶん時計のかわりだ。


 ここではどうやら魔法が当たり前にあるらしい。最初に目を覚ました部屋を出るときも床に描かれた模様……おそらく魔法陣に乗り、一瞬で外に出た。外というのは語弊があるか。そう、ここは地下にあるようなのだ。


 そこは天井が暗くて見えないほど巨大な広場だった。吹き抜けとなったその広場の宙には様々な者、物が飛び交い合い騒音に満ち溢れていた。階層の上から下までうようよといるはいるは異形の数々。人種の坩堝とはよく言ったものだが地獄の窯を開けてもこんな光景はみれないだろう。


 俺はあんぐりと口をあけ、傍から見ればたいそうおかしかっただろう。ネコが昇降機のようなものに乗り込むのをみて慌てて後を追ったのだ。

 それからネコは様々な色で塗られた階層の中の赤紫の階層に到着すると壁に描かれた地図で部屋を指示し鍵をなげてよこした。どうやらこの鍵は持っているだけで部屋に案内、入室出来るらしく、そのまま部屋で待機というわけである。


 驚きすぎて疲れた体をベットに預けて天井をなんとなく眺めながら自分のことについて考える。天井は何かの天然石が原料なのかミラーのように部屋の様子を映していて、そこには一対の紅の瞳を持った白髪の青年が自分を見つめていた。


 これ俺なのか……? 


 鼻や瞼に触れてみたり、頬をつねったり、口を開閉したりすると天井の彼も同じように動く。十代半ばくらいの右目の泣きぼくろがある黄色人種にしては白い肌色をもつ青年。なにか壮大なびっくりに引っかかった可能性も考えてみたが、先ほどの異形や魔法が夢みたいな現実だと強烈に主張している。

 髪を弄りながらぐちゃぐちゃの頭の中を紐解いてみる。


 俺の容姿は黒髪、茶眼の顔の平たい男性……10人に3人振り返ればましな日本人顔だったはず。日本は島国で温暖な豊かな科学の盛んな国でそれで……。


 芋づる式に解いてみると意外とわかっていることも多い。日本の国の歴史、地理、文化その他算数、文字、科学の定義なども覚えていた。けれど自分に関する知識は容姿以外紐がぷっつり切れたように思い出せない。そしてここがどこで何の場所なのかも思い出せなかった。だが記憶喪失なのは間違いないだろうと見当をつけて荒唐無稽な現実の可能性を推理する。



1.ここは地球のどこかで自分は何らかの機関に保護、もしくは誘拐されている。

2.異世界転生。突然前世を思い出した。そのとき今世の記憶を失った。

3.タイムスリープ。自分が生きていた時代から何千年後。

4.異世界の人に憑依している。魔法で俺の意識を呼び出した。

5.ここは高度に発達した仮想現実世界で本体は眠っている。



 非現実的すぎて笑えないとお手上げの状態になっているとドアの方から音がした。ベットの上で身を起こすといつの間にかドアの前に何かが置かれていた。見るとどうやら食べ物のようでペットドアの方から一方的に入れられたようである。食べ物を凝視しながらトレーを持ち上げてベットに腰掛ける。まるで給食のように一汁三菜がアルミ製の皿に盛りつけられていた。

 お箸はないがスプーンとフォークが置かれていて内容はパン、黄色いスープ、野菜の盛り合わせと肉の丸焼きだった。野菜は胡瓜に似た紫陽花色のサラダで骨付き肉は焦げ目のついた灰色の塊、どちらも馴染みのない食べ物だ。腹は減っていないが手を付けないのもはばかられてスプーンでスープに口を付ける。少し味が薄いじゃがいもとかぼちゃの中間のような味のスープを飲んだ後、少しずつ食べていく。胃に染み渡らせるように味わって食べた。最後の方になるとしょっぱさが混じってきたがすべて完食した。ベットの上で三角座りになって顔と足をくっつけて声を殺しながら塩っぽい水を飲んだ。





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