違和感と警鐘
城へ転移してしまったレナン。
カガリと共に、ルシエルの部屋で大人の姿となった「アリシア」と対峙する。
アリシアと思われる女を前に、レナンは危険信号を感じとり……?
違和感。
それしかない。
俺は、どうしたらいい。早く、ラナンを探し出したい。ラナンのところへ戻りたい。そのためには、どうしたらいいのかを、必死に考えたいのに、思考しようとすれば、目の前の女がタイミングを計ったかのように、言葉を発してくる。それを無視すればいいのかもしれないが、何かの魔法にでもかかったみたいに、何故か注意がそちらへとそれてしまうのだった。
単に、女の声質が居心地がいい周波数なだけかもしれないが……今は、そんなものにつかまっている場合ではない。
「ねぇ? そんなに警戒しないでよ。カガリくん、レナンくん。私、傷つくじゃない」
「本当にアリシア殿だとして。何故、此処に。アリシア殿は、夢の世界にしか居ないはずだ」
「どうして?」
「どうして……って。死んだ人間なのではないのか?」
カガリの方も、目の前の女に違和感を覚えているようだ。やはり、年を召している様子の女は、どこかが可笑しいのだろう。死んだ人間。そうだとしたら、俺が見た「アリシア」という女……いや、少女には、納得がいく。実在していないようで、少し透けた感じの身体だったからだ。
ただ、他人の空似というには、似すぎているといえばそれもそうだと頷けてしまう。何か、関連のある「女」であることは、確かなのだろう。イコールで結ばれなくとも、近しい存在なのかもしれない。
「ルシエルの中でも、記憶の混濁が見られたわ。だから、私にはふたつの姿がある」
「少女と、大人……か?」
「うん。そうだよ」
偽りの無い、澄んだ瞳。
その瞳に、違和感はない。
「ルシエル様は、何処に……」
「ルシエルなら、ちょっと外へ出ているわ。呼ばれたの」
「誰にだ」
俺が厳しい目つきで女を睨む。まだ、俺はこの女を疑っている。そして、ラナンのことで神経質になっているため、自然と厳しくなってしまうのだ。
「ラナンくんが…………大変だったみたい」
「!?」
驚いたのは、やはり俺だけではなかった。カガリも、隣でびくっと身体を反応させていた。
すぐさま、問い返そうとした。しかしもう一度、女の言葉を頭の中で反芻させてみる。
(だったみたい…………過去形?)
確かに、女は過去形で話した。つまりは、今は難を逃れているということになる。
女に、ルシエルから報告が入ったのか。それとも、女はそれを覚れるほどの力を持っているのか。どちらにせよ、ルシエルがラナンのところに居るのであれば、多少は安心してもいいのかもしれないと、俺は考えた。
いや、そう思わなければ、俺の動悸が治まらなかったのかもしれない。
「ラナンは、無事なのか?」
「今回のところは、無事だったみたいだよ」
「今回のところ……とは、どういう意味だ?」
俺が話さなくとも、カガリが女を問い詰める。それは、楽でよかった。俺は、自分の考えや力を、このふたりに覚られないようにするために、努めることにした。
カガリは、フロートの人間だ。女は、まだ、アリシアとは認めていないが、どちらにしてもルシエル側の人間だとするならば、やはりフロートの手先ということになる。俺が変に「力」を持ったことは、隠し通す必要性があると、考えた。
ふっと息を吐く。携えている剣は、ラバースで支給されている銅製の剣。粗末なものだ。フロートでは、鉄の精製もされているのだが、まだ、それほどの生産率が無いため、ラバースでも全員が鉄製の剣を持っている訳ではなかった。Sクラスのものと、各隊の隊長、副長。そこまでしか、鉄製は支給されていない。それでも、他の国や村などでは、鉄はまずなかった為、力負けすることは無かったのだ。
カガリの剣は、見たところ鉄製だった。しかし、ただの鉄製の剣ではないように見受けられる。柄の部分に石がはめ込まれていた。緑に輝く石。魔石だろうと推測する。つまりは、魔法剣と言われる「魔術」に対抗できる特別な剣だった。
そんな良い品物が、支給されているとは思えない。カガリの私物だろう。
「レナンくんは、知っているんじゃないの?」
「…………何を」
唐突に話題を振られ、俺はワンテンポ遅れて言葉を発した。これでは、動揺しているようにしか見えないではないかと、内心で舌打ちする。
「ミスト大陸から離れた地で、何を見てきたの?」
「…………」
今度は、出遅れた訳ではなく、ラナンやリオス……誰にも伝えていない、いや、ハースにしか伝えていないことを、女は見抜いているように言葉を発してきた為、俺は警戒心を強め口を閉ざした。
どこまで知っていて、どこまで推測で話しているのかが、知れない。俺は、どうしても後手にまわらざるを得ないこの状況を、打開できないかと頭の中に浮かぶカードを見てみる。
しかし、そんな切り札になり得るものが、一切見当たらない現実に、表情を曇らせることしか結局は出来ないということが見えるだけだった。
「ねぇ?」
「アンタは、何を知っている? 何を見て来た」
仕方なく、こちらから聞くことにした。聞かれたものを、黙っていてはこちらが何かを隠していることしか、露呈しない。こちらから攻めることは、防御になるのではないかと、薄い可能性に賭けてみる。
それでも女には、余裕しかなかった。ふわりとした優しい笑みを浮かべ、右手を唇にふれさせ、くすくすと笑う。別に、そこに厭味はなかったが、あまりにもゆとりを持たれ、攻めているつもりなのに、すでに負けた気がしてならなかった。
「カガリくんは、きっと……何も知らない」
「? 何も?」
「そう。だから、此処では何も言えない。下手に、カガリくんに心配も負担をかけたくないもの」
「私が知らないことを、レナンは知っていると? そういうことなのか?」
カガリは、女に質問すると同時に、俺にも確認するかのように、ちらりと視線を俺にも向けた。俺は、「そうだ」とは言えず、だんまりを決め込むしかなかった。それがすでに、「肯定」を示してしまっていることに、気付いていない訳ではない。
「レナン……」
カガリは、表情を陰らせた。そのまま、眉を寄せて不安げに俺の名を呼んだ。
「ルシエル様とラナンは、一緒に居るのか?」
「俺に聞くなよ。俺は、知らない」
それは本当だ。
そこは、俺がハッキリさせたいところだった。
俺の中での、不確定要素のひとつ。
「だが、アリシア殿は……」
「だから、俺は知らない! あの女に聞けよ!」
つい、余裕がなくなり声を荒げてしまう。また、抑えていたつもりの動悸が押し寄せてくる。不安だ。早く、この城から出たい……そう思うのに、カガリとこの女の前で、「転移」の魔術なんか使えやしなかった。
ひとりになれる場所を、探さなければいけない。そうして、すぐさま「転移」を使う。俺は、そのチャンスを探すことに専念することにした。そのためには、とりあえずこの場をやり過ごさなければいけない。ルシエルの部屋から出るか……女をカガリごと、外へ出すか。何か、行動を起こさなければいけない。
「ねぇ、レナンくん」
「……」
「あの子に、会って来たんでしょう?」
「…………誰のことだよ」
「口に出してもいいの?」
あの子。
自分より、年下を示している言い草だ。
(シードのことを、言っているのか?)
片目が、緑だった青年。
俺の中で浮かんだ人物は、彼だった。
「座って? お茶でも、飲んでいってよ。外は寒かったでしょう?」
「毒を盛られる気がするね」
俺は、厭味たっぷりに、情報を織り交ぜて応えた。それに対して女は、涼しい顔をして、難なくそれに応えた。
「私はそんなこと、しないわ。この部屋には、毒草なんて無いもの」
「……ルシエルは、アンタに毒を盛られたんじゃないのか?」
それは無いと、俺自身なんとなく思っている。ただ、こうして引っかけてみたら、何かボロを出すのではないかと、一か八かの賭けだった。別に、大きな勝負をしたい訳じゃない。すべて後手に回っていた為、ひとつくらい情報を、俺としても得たいと思っただけだ。
「私じゃないわ」
「じゃあ、誰だよ」
「ルシエル自身、自覚しているわ」
「犯人とやりあっているのか? 決着はついたのか?」
「出し抜けないよ」
「?」
誰が、誰を出し抜くというのだろうか。
俺は一瞬、疑問符を浮かべた。
「あのひとには、勝てない」
その一瞬の隙間を埋めるかのように、女は後を続けた。
「あのひと?」
「それは…………軍師、とでもいうのか?」
しばらく黙っていたカガリが、ハッと気づいたかのように、口を開いた。軍師とは、誰のことだろう。
ただ、女は微かにまた口元に笑みを浮かべた。これはきっと、肯定の意味を示しているのだろう。カガリもそう受け取ったようで、厳しい顔つきに戻った。
軍師。
俺たちレジスタンスが一番の敵とすべき相手。
それはルシエルではなく、軍師なのかもしれない。
そう、何かが警鐘を鳴らしている。




