表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第三章 ~家族の絆の章~
PR
87/285

ラナン救出

何かに足をとられ、濁流と化した川でおぼれるラナン。

それを救い出そうとしたのは、偶然現れたルシエル。

何かの「力」の波動を感じながらも、ルシエルはラナン救出を試みて……?

 ただ、やみくもに城を飛び出して、ひとりの世界に浸りたかった。それだけだったはずなのに、外の雨は思っていた以上に強く、辺りは暗かった。転移先は、どこかの山のふもと。濁流と化した川が流れていた。濡れた身体からは、体温が奪われていく。病に蝕まれている私の身体には、あまり優しくはない。


 城へ、戻ろ。


 そう、思ったときだった。


「?」


 誰に呼ばれた訳でもない。ただ、危機感を覚えた。はじめは、私に対する警告かとも思ったが、そういう訳でもなさそうだ。私は、ふと川の方へ視線を移した。何かはっきりしないが、「力」の波動を感じる。


「魔術か何かが、働いているのか?」


 そして、その力の発動している場所を特定すると同時、細い腕が見えた気がした。

 いや、見間違えなどではないだろう。私は、急いで救出するべく身体を浮かせる魔術を発動した。風を扱った高難度魔術である。ふわりと身体を地面から浮かせると、そのまま宙を舞う。そして、風に乗ったところで濁流にのみこまれ勢いよく流される「手」を追いかけた。

 もう、死んでいる可能性もある。それでも、救い出さなければ居心地が悪い。


(もう少し……)


 自由の利く左手を思い切り伸ばし、沈みかけている細く白い……おそらくは、少女の腕だと思うその手を掴む。すると、それをはねのけようと手をじたばたとさせてきた。それで、今この者は生きているということ。そして、錯乱しているということに気づいた。


「しっかりしろ。助けてあげるから……」


 水の勢いが強すぎる。宙を舞ったままでは、この子の身体を引き上げられないと計算した私は、自らもこの濁流の中へと飛び込んだ。そして、相手を抱きしめると何とか口元が水面に出るよう、持ち上げようとした。


 そのとき、はじめて相手が誰だか認識することになる。


(ラナン……!?)


 まさか、溺れている相手がラナンだとは、思いもしなかった。どんどん沈んでいく様子を見ると、随分と水を飲み込んでしまっているのではないだろうか。私は、ラナンを抱きかかえたまま、一緒に流れに逆らうこともできず、下流に向かって流されていた。


(何故、此処まで沈んでいくんだ……力の波動は、何処から?)


 ラナンから発せられているものではない。しかし、すぐ近くから感じる。

 落ち着いて現状を見つめてみると、ラナンは左半身を傾けて沈んでいることに、私は気が付いた。もしかすると、そこに要因があるのではないかと、感を働かせた。


(潜ってみるか)


 私は濁流の中に顔を入れた。どんな大木が流れて来るかもしれない。こういう中で顔を入れることは、良い行為とは言えない。しかし、視界が悪い上に「力」の波動を目視できないのであれば、致し方ない。

 顔を入れ、目を開ける。すると、ラナンの左足に何かが渦巻いているのを確認できた。これが「力」の正体であるということを、私はすぐに察知した。渦巻はラナンの足に絡みつき、水底へ、水底へと引っ張り続けている。これでは、浮上させたくとも出来ないことに頷ける。


(魔術……か? 誰が術者だ)


 魔術には、幾つかの法則がある。

 魔術を発動させるためには、空気を振動させる必要があるということ。そして、術の範囲はその振動が伝わる範囲。或いは、術者が目視できる範囲に限るということである。

 そのことを考えれば、水の中で振動させることは難しい。ラナンを何処からか、目視できる場所から術を放っている可能性は高い。しかし、そうだとしたならばラナンを追撃する魔術の「設計図」が私には見えるはずだった。それが、見当たらない。


(魔術ではないのか? 別の、何か大きな力?)


 魔術以上の力と言えば、もはや「神」の領域だろう。或いは、設計図なしで力を扱う生命体としては「精霊」も当てはまる。しかし、精霊は私に従うものとして、これまで関わってきた。ラナンを狙えなど、私は指示した覚えはない。これからも、するつもりはない。


(どこかで、役目の交代が行われているとでもいうのか?)


 私が、世界史からの先導者としての任を解かれているとしたら……精霊たちも、私にはもう従う義理はないのかもしれない。アスグレイの統領の座も捨てている。私はいわば、単なるはぐれ「魔術士」に過ぎないのだ。


(考えるのは後だ。ラナンが溺れ死ぬ…………この渦を、消さなければ)


 消失させるには、幾つかの方法があった。しかし、水中ということもあり、私も動きがとり辛い。


(…………水の精霊よ。我に従え。この者を、解放せよ)


 魔術を発動させるイレギュラーの方法。それは、精霊に訴えかけるというものだ。これならば、水を振動させる必要もなければ、視界が悪くとも関係なしに、精霊と意思疎通ができれば、自らが思い描いた魔術を発動させることが出来る。


「…………」


 反応が見られない。精霊の存在は感じても、私に従ってはいない。やはり、他のものに権限が移ったとでも言うのだろうか。私はそれでも、諦めずに念じた。


(精霊よ! この者を殺す気か!? この者は、世界史により選ばれしもの。死なせて慌てるのは、私たち人間だけではない。精霊、神界、すべての層に影響を及ぼす! そんなことも、分からないのか!?)


 ラナンの足が解放されたとき、すぐに上昇出来るように、私は彼の身体を抱きしめたまま、水中にもぐり続けていた。流石に、息が続かなくなってくる。一度、息をするために浮上しようかとも思ったが、わずかにでもこの拘束が緩んだならば、その隙も見逃したくはない。私は限界まで息を止め、堪えた。


(先導者としての任を解くのは勝手だ。だが、世界史に記されたラナンの名を消すことなど、誰にもできない。これは、宿命だ。これが、変えられぬ現実!)


 術者が誰であれ、「世界史」に逆らえるものなど存在しえない。それは、相手も分かっていることだろう。そんなことも分からぬ虚けだったのならば、私は負けるつもりもなかった……と、そのときだ。遂にラナンの足に絡まりついていた渦が弱まりを見せた。それを見逃さなかった私は、ラナンの足と渦との間に右手をねじ込んだ。そして、そのまま同様に「水」の魔術を発動させる。水の回転を渦とは逆にかけ、消し去った。

 新たな渦が発生する前にと、私はラナンを抱えて水面より上へと上昇する。ラナンはぐったりとし、ピクリとも動かなくなっていた。


「ラナン、しっかりしろ! ラナン!」


 ラナンを抱きかかえたまま、もう一度宙に浮かぶ魔術を発動させる。そうすることで、ラナンの身体と共に川から逃れる。そして、川岸へとラナンを運ぶと、すぐに脈と呼吸を確認した。

 どちらも、停止している。多量の水を飲んでしまっているのだろう。私は、人工呼吸と心臓マッサージを試みた。肋骨より指三本分下がった場所を十二回、垂直に圧力をかける。そして、口元を重ねて二度、息を吹きかける。それを五セット繰り返す。


(ダメか……遅すぎたのか!?)


 ラナンの顔は、色白を通り越して青ざめている。血の気が全くなく、身体も冷たい。唇は紫色だ。チアノーゼを起こしている。


「ラナン、戻ってくるんだ……こんなところで、死んではいけない!」


 何度も、何度も繰り返す。心臓マッサージは、多少力をこめてしまい、骨が折れても肺に刺さることはない。しないよりは、マシだということを文献で読んでいた。


「ラナン…………!」


 私は、魔術士だ。


 魔術を織り交ぜて、心臓マッサージをし続けた。そして。


「ッ、ケホ、ゲホ、ゴホ…………ッハ!」

「ラナン……!」


 ラナンの口から、多量の水が吐き出された。気管支を埋め尽くしていた水は、これで流れ去っただろう。手首を取り、脈を確認する。しっかりと触れるほどにまで、回復していた。


「身体が冷えてしまっているな。温めようね……そうだな。私の家に連れて行こう」

「ぅ…………」


 まだ、意識はぼんやりとしている様子だ。うっすらと開かれた瞳は、涙に濡れている。それでも、緑色の輝きは失っていない。


「私が此処へ転移したのは、偶然ではないのだろう。きっと。さぁ、行くよ」


 私は、濡れた身体を温めるようにラナンの身体を抱き上げた。私自身もびしょ濡れの為、あまり暖は取れないだろう。それでも、体温を通して安心感を与えられればと考えたのだ。ひとの温もりほど、落ち着くものはない。


「さぁ、もう大丈夫だから」


 私は、疲れた身体でもう一度転移魔術を扱った。


 転移先に、今度は狂いはなかった。


 木造二階建ての一軒家。


 私の家だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ