不吉な音
嵐の中、不調なラナンとはぐれたレナンとリオス。
レナンは転移でラナンのもとへ行こうとするが、着いた先はフロート城。
一方リオスの前には、青年が近づいて来て……?
冷たい雨が、心地よかった。あれやこれやと考え過ぎた頭を、冷静にさせてくれる。私は、城の中庭にある木を見つめながら、雨に打たれていた。
レイアスの人間は、身体が汚れることを嫌うものが多い。白のローブを身にまとっているため、汚れも目立つ。そのため、こういった雨の日のマークは緩くなるということを、私は知っていた。
誰の気配もない。
そのはずだった。
「!?」
突然、空から「人間」が降ってきた。
「…………一体」
「痛っ…………悪い、着地点失敗した」
私の真上に落ちて来た人間は、色素の薄い金髪の髪に、青い瞳。そして、色白の肌をした少年だった。とても華奢で、つぶらな瞳から「少女」に見えるが、私はその者を知っていた為、相手が「男」であると直ぐに認識した。
「レナン。何故、此処に……いや、どうやって此処に?」
「カガリ? 待て、じゃあ此処は……フロート?」
レナンから、焦りの色が見える。何かあったということは、直ぐに察しがついた。そもそも、此処に居るはずのない人間が、突如現れたのだ。普通ではない。
「上から、召集でもされたのか?」
「え?」
「……そういえば、ラバースの隊服ではないな」
「あ、いや、その…………」
歯切れの悪いレナンの受け答えを見て、「変」だと思った。レナンは、普段それほどグレーな人間ではない。イエスかノーか、しっかりした人間だと認識していた。今、こうして直ぐに受け答え出来ないところを見ると、この場にそぐわしくないということなのだろうと、私は考えなければならないと悟った。
(ルシエル様のところへ、案内するか……)
レナンは、ルシエル様の付き人となっていたはずだ。それなら、ルシエル様のもとへ案内するのが筋だろう。しかし、ルシエル様の部屋への行き方は、知っているのだろうか。ルシエル様が呼んだのならば、ルシエル様の部屋に直接移動しているはずだった。
(空から落ちてくる…………どういう意味なんだ)
理屈もカラクリも、私には分からない。それなら、考えていても仕方がない。私は尻餅をついた態勢からゆっくり立ち上がると、同じく地面に手をついていたレナンに手を差し伸べた。
「ルシエル様の部屋へ、案内する。隊服を着ていないレナンは、此処に居てはまずいだろう?」
「あぁ。隊服は、脱いだんだ」
「?」
「俺は、ラバースを辞めた」
「…………」
少なからずそれに、私は驚いた。けれどもそれなら今、隊服を着ていない理由も、ミスト大陸でレナンが、レジスタンスの兄と共に行動していたことも、頷けた。しかし、問題は多々ある。
「レナン。正式な離隊届は?」
「それが……出していないんだ。辞めるつもりで、此処に来たんじゃないし」
「どういうことだ?」
「話は後でするから。今は、ルシエルのところへ連れて行って欲しい」
もっともだった。レナンはどこか焦りを見せながら、辺りをキョロキョロと見渡していた。誰かに見られることを、恐れているようだ。ラバースを辞め、おそらくはレジスタンスに加わったのだろう。レジスタンスに加わったのならば、ラナンの次に狙われる首は、レナンかもしれない。ザレス国王もラバースのクランツェ軍師も、異様にラナンに執着しているところがあった。
そのため、ラナンの双子の片割れであるレナンの首もまた、大きな標的となることは目に見えていた。
「そうだな。急ごう」
「頼む」
私はレナンの腕をひっぱり身体を起こしてあげると、そのまま城内へと戻った。そのすぐ後を、レナンがついてくる。
迷路のように、入り組んだ廊下を迷わず進む。ルシエル様の部屋は、さらに魔術で見えない鍵によって施錠されている、特別な部屋だった。ルシエル様から許可を得ているものしか、入ることが許されない場所である。
(本当は、距離を置いていたかったんだけど……仕方ない、よな)
もう、誰かと関わることはやめようと思っていた。
それなのに、人生の歯車はそれを許してはくれなかった。
※
身体が熱い。
身体が痛い。
月の無い日は、こんな症状によく陥っている。
それは、今にはじまったことじゃない。
(レナは、別に何ともなさそうだった)
双子の弟、レナもきっと。こうして苦しい日があると思っていた。もしかしたら、月の無い日に俺。逆に満月のときにレナがこういった症状になっている可能性もある。そう思って、観察していたけれども、やっぱりどんなときでも、レナの調子が崩れることはなかった。
ミスト大陸が近づくにつれて、甘ったるいルーヴァの香りで不調になったときも、レナは何ともない顔をして、俺を介抱してくれていた。それを見て、俺だけがやはり異質なのかと、少しだけ……辛くなった。
勿論。双子だからって「同一」ではない。それは分かっている。体質だってまったく同じじゃないだろうし、性格にだって差は出て来るはず。けれども、「遺伝子」で決まるとされてきた「魔力」の引継ぎまで、レナと俺とでは違っていた。こんなことは、世界各国で他に例はあるのだろうか。
(レナの姿も、もっと先を行くリオの姿も、見えなくなっちまったな)
ひとりでいることを、心細いとは普段思わないけれども、この日だけは違った。自分の力がすべて出し切れない今。今度こそ賊に襲われたら、命が危ない。それくらい、不調だった。
身体中の骨が軋み、肉や内臓は痙攣を起こしている感覚。視界も悪く、よく見えない。奥底から、何かが燃えるように熱く感じ、その異様さに冷や汗が滲む。
(俺が、俺でなくなりそうだ……)
こんなこと、誰にも言えやしない。俺は、利き腕である左手の痙攣が一番酷いと実感しながら、ずるずると足を引きずって、開けない視界の中を適当に歩いた。レナが、もしかしたら魔術で迎えに来るかもしれないし、時間が経ってもリオのところに合流できなければ、リオが探しに来るとは確信していた。だから俺は、この雨を凌げる場所を自分なりに探すことにした。今の身体では、それほど体力が続かない。まだ、かろうじて動ける今、身体を休められる場所を探さなければならなかった。
(運よく洞穴なんか、ないだろうな……参った)
頭がズキズキする。川の水はきっと、かなり増しているはず。あまりふもとまでは下りられない。木々が重なり合い、雨が少しでも防げる場所があればいいのだけれども、それも無さそうで挫けそうだった。
※
「よし、登り切ったぞ!」
「レンジ。お疲れさまです」
「俺への労いは、無いのかよ!」
キリアという、盗賊の頭首……といっても、レンジとペアなだけのようですが、少年はまるで、ラナと被るほど性格が似ているように一見思われました。ただし、ラナは楽観的に見えて実際は、色々と考え込むところがあるのです。それを知ったからこそ、僕はラナの力になりたいと思ったところもありました。
ラバースにラナが入隊してすぐのときは、まるでラナの考えには、ついていけませんでした。それで、当時最下位クラスの隊長をしていた僕は、ラナに酷く当たってしまっていました。そのことを、ラナは決して責めたりはしてきません。それでも、僕は未だに何故あんなにも酷いことをしたのかと、気に病んでいました。
自分でしたことなので、ラナに罪はありません。自分で蹴りをつけなければならないことくらい、いい加減僕も大人なので、理解はしています。それでも、まだまだ青いと思うところが多々ありました。
「リオス。後ろの双子がついてこないけど、いいのか?」
レンジとは、同郷で幼馴染でした。彼の方がひとつ年上ではありましたので、僕より先に出稼ぎに出ていました。そのため、僕がフロートへ旅立っていたことを、知らなかったようです。この広い世界。銀髪銀目の人種はまだ、僕たち「リムル村」のものしか出会っていません。それだけ、特殊な容姿のようです。そのために、一目で知らない顔でも「同郷」と判断できることは、利点かもしれません。
「足場が悪いところも、ラナは得意ですけど……今日は、何だか調子が悪そうでしたからね」
「はぁ!? 調子が悪い相手を前にしても、俺は勝てなかったのか!?」
「そういうことです」
「どうなってんだよ! アイツ、滅茶苦茶な強さだな」
「そう、ですかね?」
確かに、ラナにはカリスマ性もあり、武器の扱いも誰よりもうまいところがあります。それでも、まだまだ幼い子どもに見えることもありました。「強さ」がないとは言いません。でも、「滅茶苦茶」なレベルではないように感じていました。
(…………あれ?)
ふと、今日は月が出るはずの日だったかと、僕は思考を巡らせました。ラナは隠しているようでしたが、新月の日にラナは、必ず具合を悪くしているのです。もし、その日がこのような嵐と重なりでもしたら……よほど、身体に負荷がかかっているのではないかと、不安になりました。
「レンジ! 今日って、新月でしたか!?」
「え? どうだったかな」
「新月ですよ」
そのとき、前方からひとりの青年が歩いて此方に近づいてきていることに気づいた。此処まで気配に気が付かなかったのは、青年の気配の消し方が上手だったのか。僕が乱心していたのか。
その青年が誰なのかを理解したとき。
組み立てていたものが、バラバラになっていく。
そんな、不吉な音がした。




