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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第三章 ~家族の絆の章~
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異なる記憶

食い違っていたはずのザイールとルシエル、そしてアリシアの記憶。

それが、少しずつ一致しはじめることに戸惑うルシエル。

一方、嵐の中移動するレジスタンス。

体調を崩したラナンを案ずるレナンは……?

 ザァー……ザァー……。


 殴りつけるように激しい雨が壁を、窓を打ち付ける。頑丈な建物だ。揺れることはないが、それでもガタガタと窓の建具が音を立てていた。

 木製のテーブルにシチューをふたつ並べ、私とアリシアは食事をしていた。彼女は、どこか不安そうな表情で、外を気にしている。外で、何かが待っているかのような雰囲気だ。


「何を気にしているんだい? さっきから」

「レジスタンスは今頃どこに居るのかな……と、思って。こんな激しい雨の中、野外に居たら風邪をひいてしまうわ」

「……キミは、レジスタンスの仲間かい?」


 そういうと、不思議そうな顔をして彼女は首を傾けた。


「あら、おかしなことを言うのね。レジスタンスに加担してきたのは、ルシエルじゃない」

「…………そう、かな? そんなことはない」


 アリシアには、レジスタンスのことは一切口にはしていない。「風」を使って、これまでの私の行動などをすべて見てきたというのであれば、知れたことなのは分かるが、事実が分かるまではぼかしておいた方が賢明だと私は判断した。多少、彼女のことを信じかけているが、まだ、疑いの余地も残している。私はそこまで、簡単にこころを許せるほど楽観的な人間ではなかった。もっと、簡単な人間に育っていたら、どこまで楽を出来ただろうかと、私を悩ませる自分の悪い癖でもあった。


「ラナンとレナンのこと。どう思う?」


 ほとんど空になったシチューの皿にスプーンをカチャンと置いてから、彼女はまた唐突に口を開いた。


 彼女は今まで、どこに居たのだろうか。


 それによって、ラナンとレナンの関係性も立場の見解も、変わってくるだろう。


「アリシア。キミは今までどこに居たんだ? どう思うのではなく、キミの見解を知りたい」

「私は聖域に居たわ。それは、あなたも見ていたでしょう?」

「あぁ、見ていたよ。キミが結晶化していく様を、私は見ていることしか出来なかった」


 苦汁を噛み締めるように、事実を告げる。奥歯を噛み締め、苦い過去を思い出す。自然と眉間にしわが寄っていたらしい。彼女は人差し指で、私のそこをぐいっと押してきた。


「良い男が、台無しよ?」

「どこで覚えて来たんだ。そんな言葉」


 思わずふと、笑みがこぼれた。その瞬間、驚いた顔をしたのは私の方だった。彼女の前では、自然体が許される。それを実感したのだった。それを見越していたかのように、彼女はただ、優しく微笑んでいた。


「その先の記憶は、ないの? 結晶化された後の記憶」

「え?」

「聖域は、私を呑み込んで、燃えるアスグレイの村を癒したわ。でも、その後に私は結晶化から解放されたじゃない」

「…………」


 私は目を見開いて、首をゆっくりと横に振った。そんな記憶は、存在していないからだ。つまりは、事実ではないと私の中では位置づけられる……だが、そう認識してからズキっと私の脳に痛みが走った。それは、ただの痛みではない。痛みという刺激と共に、映像も映しだされていた。


「…………ッ!」

「ルシエル?」


 白いワンピースを着た少女。そして、結晶化されていく少女に、必死に手を伸ばす少年……つまりは、私の幼き姿。みるみるうちに、大木化し、クリスタルとなる。淡く白っぽさのある緑の光に輝き、森林と同化していく少女。そして……アスグレイの村が再築される。

 失われた人間、村は無い。ただ、荒れ果てた大地に緑が戻る。枯れたはずの泉にも透明度が戻る。そのとき、泉からすっと姿を現す少女が……居た。


「アリシアが、泉から…………」

「思い出せたの?」

「……アリシアは、無事だったのか?」

「無事じゃなかったら、此処には居ないよ」


 何度、この質問を繰り返しているのだろう。同じことを疑問に思い、同じことを彼女にぶつける。

 だが、確かに存在していないものが、目の前に居るはずはない。それもまた、受け入れなければならない事実。私ほど年老いて見えないのは、私の方が気苦労が絶えなかったからだろうか。彼女の母親の顔を、私は知らない。彼女を生んで直ぐに死んでしまったからだ。私も自身の母を知らないが、彼女もまた、母親の愛情を知らずに生きて来ていた。それでも、彼女は父親からの多大なる恩恵を受けて育てられた為、私のようにひねくれたりはしなかった。


「ねぇ、ルシエル。部屋を明るくしているのは、今もまだ、暗闇が怖いんでしょう?」

「…………」


 それも、事実。


「今夜は月も出そうにないし……こんな雨の酷い日は、頭痛がするんじゃない?」


 それも、事実。


「そろそろ、休む? ねぇ、ルシエル。私、もうどこにも行かないから。今まではね、私にも役目があったから、ルシエルの傍に居られなかったの」

「役目?」


 此処で初めて、彼女から記憶の相違の決め手になりそうな単語が飛び出した。


「私は、名もなき草を枯らさなければいけない」

「……あれは、アスグレイでもトップシークレットのはずだった毒草だ」

「分かってる。世界が、闇に覆われるとき……すべてを無に帰すために極秘に栽培されていたのよね」

「それは、アスグレイの統領にしか、場所も知らされていなかったはずだ」

「ルシエルは、その立場を返したじゃない」

「……アリシアが、継いだとでもいうのか?」

「…………」


 彼女は、首を横に振った。


「私と…………」


 時が、止まった。


「私と……ザイール様の子が、継いだの」


 目の前が揺らぐ。視界がぐにゃりとまがり、変形したと思ったら今度は真っ暗になっていく。言葉が出ない。


「ルシエル…………ごめん」


 何故、謝る?


 そう、言ってあげたいのに……言葉を紡げない。それどころか、思考回路が停止しはじめる。だが、それならすべてのつじつまが合ってくる。ザイールの言葉が「本物」だと、立証されはじめた瞬間だった。


「私を、軽蔑する?」

「…………何故、兄上と」

「この世界を、清浄化するには仕方が無かったの」

「兄上は、私を殺そうと……」

「それは…………」

「私も、邪魔ものか?」

「違う! お願い、ルシエル……聞いて!」


 私は、大人げないと思いながらもカタンと音を鳴らして椅子を引くと、そのまま立ち上がって皿を片付けはじめた。まだ、すべて飲んだ訳ではなかったけど、これ以上ものが喉を通りそうにもない。洗うことはやめ、気が向いたらまた後で食べようと、キッチンに置いておいた。この世界には、冷凍庫もなければ冷蔵庫もない。


「少し、出かけてくる」

「こんな夜に、こんな嵐の中!? どこへ行くの?」

「…………」


 私は何も告げず、指を鳴らした。


 それによって空気が僅かにでも振動し、「転移」の魔術が発動した。


 次の瞬間、私は部屋から姿を消していた。



「いきなり降ってくるんだからなぁ!」

「文句言わずに、走ってください」

「リオスだっけ? お前、母親臭いな」

「放っておいてください」


 遅い夕飯を食べかけていたとき、突然の嵐に見舞われた。これだけの雨だ。上流で先に降っていたことを考えると、それに近い此処の水もすぐに増水してしまう。鉄砲水なんて喰らったら、一発で終わりだ。それを恐れ、俺たちは食べ物を持って山の上へと非難していた。

 意外と疲れていたのは双子の兄……ラナンが遅れを取っている。確かに、ミスト大陸ではルーヴァの香りでぐったりとしていたし、ろくに食べ物も食べられていなかった。体力が落ちていても仕方がない。

リオスとレンジとかいう銀髪コンビが食べ物を持ち、キリアという盗賊頭首が先陣を切って、リオスとレンジが歩きやすいようにとダガーで小枝を伐採して、進んでいく。俺は、ラナンがずり落ちないようにと右腕を掴みながら、山道を歩いて行った。山道といっても、完全なる獣道だ。足場がかなり悪い。


「お、道までもう少しだ……ぜ!」

「お頭。気を付けてくださいよ。この辺は、どこもかしこもフロートの領土なんだ」

「だから何だよ。俺たちは別に、お尋ね者じゃない」

「僕たちが、お尋ね者なんですよ? 一緒に居たら、仲間だと思われるかもしれませんね?」

「はぁ!? 冗談やめろよな!」


 こんな真っ暗で足場の悪い中。冷たい雨で体温もそがれていくというのに、元気な奴らだと俺は呆れていた。それより、疲労度の高いラナンが心配で、俺はラナンの顔を何度も確認しながら、ゆっくり山を上がっていく。だから、先を行く盗賊とリオスの姿は、結構小さくなっていた。


「ラナン、大丈夫か? 少し休むか?」

「…………いや、平気」

「平気じゃないだろ? 此処までくれば、水攻めからは逃れられるだろう?」


 そう言って、俺はラナンを休ませる道を選択した。


「レナ……」

「なんだ?」

「…………ごめ、ん」


 態勢を崩しかけたところで、俺は素早くラナンを抱き留めた。身体が冷え切っていて、顔色は青ざめている。どう見たって、具合が悪いのはひと目でわかる。あまりにもあたりが暗くて、顔色まで分からなかった。


「リ……」

「……」


 リオスを呼ぼうと口を開くと同時、ラナンは俺の服の裾をぐっと引っ張ってきた。呼ぶなということだろう。そして、首を横に二、三回振った。


「レナも、先に行ってくれ」

「! そんなの、出来るかよ」

「いいから。遅れを取ったらダメだ」


 何をそんなに焦っているのか。


 今の俺にはまだ、分からなかった。


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