運命的出会い
失ったはずの女性、「アリシア」だという女性を前に、動揺するルシエル。
そこで、ルシエルは彼女が本物かどうかを、確かめることにする。
一方、レジスタンスリーダー「ラナン」の首を狙う盗賊が現れ……?
死んだものは、その姿を消し次なる姿へと変える。つまりは、新たな命を授かるといわれている。その命が、次にどこへ転生するのか。時代も場所も、告げられない。知ることができるのは、この星の行く末をすべて記録し、操っているとされている「世界史」のみだ。精霊たちも、命の運びについてまでは把握など許されていない。
無論、先導者としての使命を授かった私も、その権利はない。
「…………」
「なぁに? ルシエル。怖い顔して」
「…………」
目の前に居る女性、アリシア……と名乗る彼女は、私の知る「アリシア」にとてもよく似ている。だが、「本物」として認めていいものか、私は結論を出せずにいた。
とりあえず、敵意は無いらしい。それでも、いつ豹変するか分からない。私は、彼女との間に一定の距離を置いていた。手は触れない、魔術ならば一瞬で相手を攻撃できるという絶妙な間合いを保つ。
彼女は、にこやかな表情を崩さずに、私が引いた椅子に座ったまま、不思議そうにこちらを見ている。若干、年を感じさせる目元からは、優しさしか感じ取れない。嘘の温もりとは、思えない。それでも、「アリシア」とは死んだ人間なのだ。
(私の記憶が、捻じ曲げられているのか? 此処に居る彼女は、生きた人間だ)
私は、動揺を隠しきれないまま、なんとか口元に笑みだけ浮かべる。作り笑いというものだ。それでも、いつも以上にぎこちないと自分でもわかる。彼女に、私の現状を与えすぎてしまっていると後悔し、私は左手で顔を覆った。
「ルシエル。信じ切れない?」
「…………」
「私は、生きている。アスグレイの村で、共に過ごした幼馴染だよ?」
「…………キミは、死んだんだ」
「生きている」
そういうと、彼女は立ち上がろうと身体を前に乗り出した。その仕草をみて、私は手で制する。警告の意味をこめて、ハッキリとした攻撃魔術の構成もみせる。いつでも、彼女を攻撃できるという脅しだ。
私は、彼女の生存を信じたいという気持ちと、自らの記憶を信じたいという気持ちの間で、揺れていた。
アリシアの「死」を、望んでいるはずがない。誰よりも、アリシアを愛しているのは私だと自負している。しかし、そんなアリシアを死に追いやったのもまた、私なのだ。その記憶がもし、間違っているとしたならば……それほど、望むことはない。
彼女、アリシアには生きていて欲しかった。
「キミの魔術を、見せて欲しい」
「いいよ? 私の得意な水の魔術で、ルシエルの苦しみ……少しは癒せるかな」
(アリシアは、確かに水の魔力に長けていた)
私は、壁にもたれかかった状態で、腕を組んだ。彼女の設計する魔術の構成が、アリシアの特徴を持っているか。それを見定めたかった。
同じ魔術でも、設計図が異なっていたり、術者の個性が現れるものだ。特に、アリシアは水の魔術に至っては、実にシンプルに見えて、私でも一瞬で編むことが難しいほど、緻密なものを好んで使っていた。その設計図に近しいものでさえ、私はこれまで見たことがなかった。
言葉や記憶をたどって確かめるよりも、魔術士ならば、それにて確かめるのが最も早いと、ようやく思考が落ち着いた。
「ルシエルの苦しみが、和らぎますように」
「!」
慈愛にみちたその言葉が、魔術を発動させるための詠唱となっていた。その際に見えた設計図は、アリシアが当時扱っていたものよりも莫大なものであったが、アリシアが大切としていた基盤は確かに見受けられた。
「本当に、本物…………」
思わず、声が漏れてしまった。
アリシアとの思い出がよみがえり、私は目頭が熱くなった。泣くまいと、咄嗟に手で押さえる。泣くことが情けないからではない。これ以上、混乱したくなかったからだ。
「ルシエル、大丈夫。これからは、私があなたを守るから」
「アリシア」
「なぁに?」
歩み寄る彼女を、今度は制することをしなかった。左手で目を覆いながら、右手は広げ、彼女を受け入れる態勢を作った。
「…………会いたかった」
「私も」
警戒心を解いた私の胸の中に、小柄な彼女はすっぽりと包まれた。右手で、優しく抱きしめる。ふわりと彼女から甘い香りがする。ルーヴァよりは癖が無い、それでもアリシアが好んでいた香りに近い。
彼女が私と同じように年を重ねていたとしたら、このような香りを今頃は好んでいただろうと、想像できる。それだけ、自然なものだった。
「どう?」
「? 何がだ?」
「私の魔術で、ルシエルを少しは癒せた?」
「…………あぁ、癒されたよ」
私は、身体に残っていた気怠さと、病による胸の痛み、そして、ザイールに盛られた毒により、変異が続いていた右肩の疼きも、落ち着いていた。
水の要素だけを比較すれば、アリシアは私よりも上回っていたように思える。それが、今もまた続いている。
私はふと、ザイールの言葉を再び思い出した。「実の子」というキーワード。これを、アリシアと確かめることが出来る。そう判断したのだ。
私の記憶が正しいのか。それとも、ザイールの記憶が正しいのか。ハッキリさせることが出来る。
「アリシアに、聞きたいことがある」
「なんだろう。私にわかること?」
「確かめたいんだ」
「うん。なぁに?」
「私と……キミとの間に、子は居たか?」
「えっ?」
彼女は、目を見開いて驚いた顔をしてみせた。動揺しているものではない。単純に、驚いたという顔をしているため、答えがどちらに転ぶのかは、まだ、分からない。
「忘れちゃったの?」
「……私は、キミが死んでしまったと思っていた」
「一度は、結晶化したの」
「それなら、私の記憶も正しいのか?」
「もちろん。ルシエルは、ルシエルを信じて。あなたのままで居れば、きっと、世界は導かれるはず」
「…………そう、だといいんだが」
「子どものこと……」
「すまない。やはり、聞かないことにする」
「どうして?」
私は、ふっと息を吐いた。そして、ゆっくり一度目を閉じた。呼吸と心音が落ち着いてから、再び目を開けると、目の前に居る成長したアリシアの姿をしっかりと脳に焼き付け、今度は自然と笑みを浮かべた。
「自分で、思い出したい」
「そう…………うん。それが、きっと一番だね」
彼女もまた、微笑んでくれた。そして、私の背中に腕を回す。それを受け、私もまた、彼女を再び抱き寄せた。
「アリシアに、色々と聞きたいことがあった」
「うん」
「でも。もう、どうでもよくなった」
「そっか」
そのまま私たちは、しばらく抱きしめあって時の流れを忘れていた。
会えなかった二十年間という長い時間軸が、再びまじわり動き出した瞬間だった。
※
「あれが、お尋ね者?」
「そうみたいだ」
「よっしゃ。いっちょ、狩ってやるか!」
「お頭。本気で言っているのか? 相手は、あのラバースの元傭兵だぞ?」
「それがどうした? 昔話じゃないか」
「僕たちみたいな、名もなき盗賊が勝てる相手かどうか……」
「じゃあ、レンジは待ってろよ」
そう言って、金髪ボブの小柄なお頭は、山を勢いよく降りていく。僕たちはもう、観念する他なかった。お頭には逆らえないし、行くと決めたら言うことを聞かないことは、今更のことであった。
それならば、着いていくしかない。そして、守るしかない。僕もまた、遅れを取らないようにすぐ後ろにつき、足元の悪い山を下った。
「レジスタンスリーダー、ラナン! その首、名もなき盗賊団頭首、キリアがもらい受ける!」
「うぃ?」
正々堂々と戦いを挑むスタイルを、非難するつもりはない。しかし、お頭は確かにすぐれた剣術を持っているが、それでも一流の訓練を受けてきたと思われる、フロートの傭兵組織ラバースの、最下位クラスであったとしても「隊長」を務めていたラナンに、力で勝てるとは、仲間としては酷いかもしれないが、到底思えなかった。過信してはいけない。
お頭は、迷わず金髪の少年……に見えるが、成人しているらしいレジスタンスのリーダーに向かって、短剣の切っ先を向けて突っ込んでいった。素早さだけならば、相手を上回れるかもしれない。それならば、運動量で勝負するのが定石だろう。
しかも、相手はまるでこちらの気配に気づいていなかったようだ。剣に手をかけることさえ、していない。
(いける!)
内心で、そう思う。お頭もまた、そう確信しただろう。取り巻きであるはずの仲間の姿も、何故か無かった。今なら、僕も加われば二対一。数でも勝てる……その楽観的思考は、次の瞬間打ちのめされることになる。
「誰だ? お前」
色素の薄いブロンドの髪をゆらりとなびかせると、お尋ね者ラナンは右足を一歩下げるというたったそれだけの動作で、軽くお頭の一刺しをかわしてしまった。そのまま、流れるような仕草で、お頭の利き腕である右手を掴み、次の手を封じる。
「ほっそい腕だなぁ。そんなんで、俺の首は取れないぞ?」
「うっ……さい! うるさい、うるさい! お前も、似たようなものだろう!?」
お頭を救おうと剣を抜いた僕は、思い切ってラナンの首元を目がけて突きに出た。お頭の姿を借りて、相手の死角になるところからの攻撃となった。しかし、どこに目があるのか。ラナンは動じなかった。パッとお頭の手を離せば、トンっと地面を蹴って後ろへ遠のいた。それだけの間合いを取られては、僕の剣も届かない。どれだけの跳躍力なのかと、目を疑うほどだ。
ラナン。
噂以上の実力者だということを、示された。
本当に名もない盗賊である僕たちが狙うには、あまりにも大きすぎた首だった。




