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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第一章 ~目覚めの章~
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男たちの不安

眠りについたレナンは、夢を見ていた。

幼かった頃……まだ、自分と兄「ラナン」が孤児院に居た頃の夢。


レナンは、ラナンの傍に居たかったのだと、自分を見つめる。



 夢を見ている。


 大人の俺が、子どもだった頃の自分の姿を見ているのだから、これは「夢」としか言いようが無い。目の前には、まだ孤児院に居た頃の俺と……ラナンが居た。

「やーい、やーい、チビ!」

「ひっく、ひっく……」

小さい頃の俺は、双子だというのにラナンよりも遥かに身体が小さく、泣き虫だった。何をしても出来はラナンの方が良かったし、本当に双子なのだろうかと、疑ってしまうほどだった。

「バカにすんな! お前だって、チビだろ!」

「緑の化け物が来たぞ! 逃げろー!」

「……ったく。レナ、大丈夫か?」

「……っ、ラナン」

ラナンの目は、優しかったけど……いつもどこか、寂しそうな色をしていた。思えば、「化け物」なんて言われて、嬉しがるものなんていない。ラナンは、いつも俺を庇いながらも、傷ついていたのかもしれない。そのことに気づいていなかった俺は、ただ、ラナンのその優しさに甘えていた。いや、ラナンの寂しさに、背を向けていただけかもしれない。気づかないフリを、していたんだ……きっと。

「ねぇ、ラナン……」

「どうした? レナ」

「僕たちの本当のお父さんとお母さんは、どこに行っちゃったのかな」

「シスターも知らないって言うんだ。知る術がないかな」

ふたりでちょこんと、孤児院の扉の前に座って、外を見ていた。山の中にある孤児院だ。緑が揺れている。ラナンと同じ瞳の色だ。

 俺たちはずっと、「いつかは本当の父親、母親が迎えに来てくれる」と信じて、ふたりで協力して励ましあい、生きていた。しかし、幾ら緑の季節を迎えても、雪の降る日を迎えても、花の咲き誇る時期を迎えても、両親が現れることなどなかった。来たのは、フロートからの……正確に言えば、その傭兵組織である「ラバース」からのスカウトの使者。

 

 孤児院だ。


里親にもらわれていく子どもも居た。俺を欲するものも、居た。だが、俺はラナンと離れ離れになるなんて、当時は考えられなくて、「ラナンが一緒でなければ嫌だ」と条件をつけたのだ。すると、「緑目の化物は要らない」と、こぞって断られ、十五になる年まで、結局は孤児院に在籍した。

 ただの孤児院ならば、そのまま孤児として人生を終えていたことだろう。だが、運良くと言えるのだろうか……フロートが運営するところだった為、十五の年からは傭兵組織へと身を移すことになったのだ。

 だが、思えばそこからがすべてのはじまりだったのかもしれない。ラナンと、離れ離れになってしまった。


 ラナンは、いつの間にか力をつけていた。ありとあらゆる武器を駆使し、身のこなしも体術も会得していた。方や俺は、何も出来ない。ただ、ラナンの「双子の弟」ということで、未来を買われてクラスには入れなかったが、「傭兵育成組織」に入れてもらうことができた。

 ただしラナンは、すでに最下位とはいえども、「Dクラス」にて実戦に駆り出されることとなっていた。即戦力と落ちこぼれ。俺は、内心でラナンに対し、どういう感情を持てばいいのか、わからなくなっていた。


「妬み」


 それもある。


「孤独」


 それもある。


「不安」


 それもあった。


 ラナンが遠くへ行ってしまうという、不安。


 これから、ひとりでどう生きていけばいいのかという、不安。


 ずっと、ふたりでひとつだと思ってきたものが、崩れたのだ。簡単な言葉では、言い表せないほどの不安が、押し寄せていた。育成組織では、それまでの人生で、手にしたことのなかった剣を渡され、素振りからはじまり、実戦へと駆り出されていく……とはいえ、クラスについているものとは違い、極々遠いところで、下処理をする程度の仕事からはじまった。それとは違い、ラナンはいきなり前線で戦っていたと思うと、どういう心境だったのかと興味を覚える。


 ラナンに依存している。


 そう、言われても仕方がないかもしれない。俺は確かに、ラナンに依存していたのだ。しかし、それはラナンも一緒のこと……だと、勝手に思っていた。




 ラナンが裏切るまでは……。


 ラナンが、俺を置いてレジスタンスなんて立ち上げるまでは……まだ、信じていた。



「……」

「やぁ、おはよう」

私はレナンよりも、一足早く起きて服を着替えると……といっても、代わり映えのしない、白いシャツに着替えただけなのだが、朝食の準備をしていた。

「ん……」

まだ、寝ぼけているようだ。馬の気配は無かったから、どうやらレナンは、ラバースから城までは、歩いて来たようだ。距離は、早馬を飛ばして二時間程というところ。そこまで遠い訳ではないが、近い距離でもない。疲れているのならば、寝かせておいてあげるべきだと、私は思った。

(昨晩は、この子のおかげでよく眠れたしね)

ここのところ、私はあまり眠れてはいなかった。忙しくて寝る暇がない訳ではない。咳こむのが夜になると、どうしても酷くなってきてしまい、なかなか寝付けないのだ。

 咳こみすぎて、血痰まで吐いたりもするようになってきてしまった……その始末でもするかと、私は汚れた服を取り出し、ゴシゴシと、広い部屋の片隅にある洗面所でこすっていた。まだレナンが起きる気配は、ない。

(このような姿を、レナンに見せることになるとは……ね)

もし、見られるとしたら、この部屋への出入りを基本的には自由としている、愛弟子かつ「息子」同然である「カガリ」だと思っていた。


 いや、息子同然だからこそ、警戒し、隠し通してきていたのかもしれない。


「何をしている……大人しく寝ていなくていいのか?」

「……」

この部屋には私を含めてふたりしか居ないのだ。声の主は当然のことながら、レナンであることは知れていた。重要なことは、声の主が誰なのか……ということではない。私が簡単に、背後を相手に許したことだった。私は少なからず、内心で驚きを隠せずに居た。

 油断もしていた。だが、確かに先ほどまではレナンはすやすやと夢の中に居たのだ。いつの間に起き、いつのまに私の背後に来ていたのだろうか。私はこの不覚を悟られまいようにと、平静を装った。

「洗濯なら、俺がしてやる。代われ」

「もう、終わるよ」

私は、うっすらと血の染みがついたシャツに向かって、パチンと指を鳴らした。すると、それが声を発する変わりとなり、風の要素が巻き起こり、シャツを瞬時に乾かしてくれた。

「便利なものだな、魔術というのは……だが、あまり感心しない」

「そうだね。魔術に頼りすぎであることは、よくない」

「違う。そうじゃない」

「違う?」

私は乾いたシャツをタンスにしまうと、レナンの方に向き直った。するとレナンは、黒い長袖シャツ姿で、私が手にしていたシャツをグッと握り締めた。すぐさま、「取られる」と察知した私は、シャツを取られないよう握り直してから、一歩右足を引き、レナンとの間に距離を置いた。

「……血を、吐いていただろう?」

「さぁ?」

「とぼける気か? 俺、目は悪くない」

「……カガリよりも、鋭いよ」

私はお手上げという感じで、ため息を漏らした。レナンを付き人にしたのは、失敗だったかもしれないと、後悔すら覚えるほどだ。レナンは色々と、鋭い。これまでカガリとはまた違った「孤独」な中で、生きてきた結晶なのか。或いは、持って生まれた素質なのか……。

「国王に、話を通してくるよ。キミを付き人にしてもいいかと……ね。まぁ、ダメだとは言わせないけれども」

「……本当に、俺を付き人にしてもいいのか?」

「どうして? 何か、問題でも?」

私がここまで後手に回ることは珍しい。レナンのこころが読めない訳ではないのに、何故かとふと頭で考えてみた。

(思考能力までもが、低下しているのか……?)

その可能性はあった。このままでは、「世界最強」の名が遠のくのも早い。いや、すでにレイアスの誰か、もしくはレジスタンス「アース」の「サノイ」皇子あたりにでも、明け渡している可能性もある。私はそこに、喜びを感じているのか。それとも、失墜を悲しく思っているのか。それすら、判断がつかなくなっている。

(こんな状態で、私はこの子に何かできるだろうか……?)

不安になるのは簡単。前を向かなければならない。まだ、終わっていないからだ……戦争は。

「レナン」

「ん?」

「朝食の支度は、後でもいいかな?」

「は?」

「行ってくるよ」

私はレナンにまだ眠るよう促すと、自室を後にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] レナン、カガリ、それぞれとの距離感の違いに戸惑うルシエルの心情がリアルですね。 大人が「大人」を演じるのは楽ではないし、それを理解できず、理解しようともしないのが若者の特権だと思うんですが…
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