危険信号
エリオスの皇子の説得にあたるサノイ。
一方、謎の地に送り込まれたレナンは、精霊長と再会。
そこで、「シード」という、右眼のみが緑の青年と出会う。
シードは、「草」の在処までレナンを案内し……?
「兄様」
神妙な面持ちで、ジンフィールは立ち尽くしていた。ジンフィールは眉間にしわを寄せ、オレンジという不思議な瞳の色をギラつかせている。
ジンフィールと私は、同い年。数ヶ月、私の方が先に生まれているだけであり、ほとんど人生の経験値は同じと言える。
ジンフィールは、エリオスの第十四皇子。リークこと、リークハルトは第十二皇子である。私が第十三皇子ということで、此処に居る三人はエリオスの末っ子集団だった。
「サノイ。兄様はもう、昔のようには戦えない」
「視力のことを言っているのか?」
「そうだ。兄様はサノイのように、魔術士でもないんだ。剣でどう立ち向かえっていうんだ」
「ジンフィール。私は……」
「それとも、何か? サノイは兄様を死なせたいのか!?」
「…………ジンフィール」
私は言葉を止め、首をゆっくりと横へ振った。それでも、ジンフィールは納得しないであろう。
ジンフィールは、二十四という年にしては、小柄だった。落城の影響があると考える方が、自然だろう。ストレスのせいで、成長ホルモンが出なかったのかもしれない。ただ、ラナやレナよりは、背丈がある。ラナとレナの双子は、おなごのように小さく、華奢だったが、ジンフィールは筋肉はほどよくつき、女性には見えなかった。
「仇討ちを、したくはないか?」
「興味ない」
「では、世界を変えたいとは思わないか?」
「俺は、此処で兄様と一緒に住めればそれでいい」
その瞳には、覚悟の色が浮かんでいる。本当に、戦うつもりはないらしい。正直、「勿体ない」と思った。
ふたりとも、エリートとして育てられた軍人でもあるからだ。一般市民よりも、剣の扱いには長けているし、敵兵と戦う心得があるはず。こんな偏狭の大陸で埋もれさせているには、惜しい人材だと、率直に思った。
だが、視力をほとんど失くした「兄」を、危険にさらしたくはないという弟の気持ちが、分からない私でもなかった。正直、迷いが生じている。
私は、ふと息を吐くと再びリークの方に視線を移した。変わらずに、優しい笑みを浮かべている。
「サノイ。僕は、戦っても構わないよ」
「! 何を言うのですか、兄様!」
それに最も驚いたのは、弟のジンフィールだった。慌てて止めに入るように、こちらに足を向け、駆け出す。そして、私とリークの間に割って入って来た。そんなジンフィールの頭を優しく撫でるリークは、自分の中でケジメはもうつけているように見えた。
「ジンフィールが何と言おうと、僕はサノイに力を貸すよ。こんな身体で、何ができるかは分からないけど……出来ることを、全力でしたいと思う」
「此処……ミスト大陸から出るということですか?」
「そうなるのかもしれないね。それは、サノイたちの判断によると思うよ。どうなんだい? サノイ」
「作戦を練っているのは、リーダーのラナこと、ラナンだ。ラナからまだ、詳しい話は聞いていない。ただ、エリオスの血を引くふたりを、仲間として迎え入れたいということだけは、明白な方針なんだ」
「何で…………何でだよ! 俺たちはもう、血を見たくない。あんな、恐ろしい光景……もう、見たくない!」
「誰かがやらなければ、多くの犠牲は続く。このミスト大陸も、安全ではないんだ」
私は、敢えてジンフィールを不安がらせたかった訳ではなかった。それでも、覚悟を決めて欲しいとは思っていた。ジンフィールの剣の腕はまだ、計り知れない。ただ、炎の中。攻め落とされたエリオスから、失明した兄を連れ、逃げ延びた実績がある。それなりの「運」は、持ち合わせているとみていい。
人生、最終的には「運」で決まることも少なくない。
「この手で、犠牲者を減らせるなら……助かる命を増やせるなら、尽力を注ぎたいとは思わないのか? エリオスの皇子は」
私はゆっくりとジンフィールのオレンジに染まる瞳を見つめた。
「クライアント第三皇子の私は、戦う。クライアントの名に、恥じぬ生き様を民に見せたい。志半ばで亡くなった、兄上の分まで、戦う…………そう、決めた」
「…………サノイ」
ジンフィールは、しばらく黙った。
まだ、リオもラナも来ていない。時間ならある。少しくらい、考える時間があってもよいと考え、私はふたりの答えを待った。
※
「片目が……緑って、何で」
シードと言われた少年、或いは青年は、無表情のまま再び前髪で隠れた右眼に手を当て、俺の顔を見た。
その容貌、誰かに似ていると思ったが、すぐには結びつかなかった。
「俺は、半端な人間。生まれ落ちたその日から、風に育てられた」
「風って…………なんだよ。名前?」
「風は、風」
そのとき、ぶわっと砂埃を巻き起こし、俺の目の前に耳が尖って、瞳が色素のかなり薄い青、というより水色に近い色の少年が現れた。ひと目で、「人間」ではないということは分かった。
「もしかして…………風?」
「そうだよ。僕は、風。風の精霊のひとり、ウィル」
「ウィル…………精霊なのに、姿が透けていない。なんでだ?」
「僕たちは実体化することだって、出来るんだよ。まぁ、限られた人間にしか、その姿は見せないけれども? 見せたって、驚くだけでしょう? 力の無駄遣い」
「風。この人間は、敵じゃないということか?」
シードの瞳は、どこか冷めていた。鋭い光を放っている訳でもなく、「意思」がこめられている訳でもない。ただ単に、冷めている。操られていたルシエルの瞳の輝きに、似ているところがあった。
(まさか、精霊に操られているのか……?)
そんな仮説が頭をよぎる。俺は、このシードという青年から距離を取ろうと、左足を半歩下げた。そして、低姿勢になる。臨戦態勢だ。しかし、今持ち合わせているのは、ラバースの支給品である剣ではない。粗末なナイフしかなかった。護身用に持っていた、小型ナイフだ。切れ味もよくない。
俺の様子を見て、精霊長は再び俺の脳を揺さぶってきた。実体化できるのならば、そうして話して欲しいものだと、悪態をつきたくなる。
『シードもウィルも、お主の敵ではない』
「それは、俺が決めることだ。アンタの指図は受けない」
そのとき、ザワザワと幾つもの生命体を感じた。それらは、実体化していない「精霊」だということに、直ぐ気づいた。
「脅してくるのか? アンタたちのやり方にはもう、うんざりだ。ひとを勝手に、水の長の生まれ変わりだと決めつけたり。何でもかんでも、推しつけ過ぎなんだよ!」
そこまで一気に吐き出しても、まだ、俺は満足しなかったらしい。次から次へと沸き起こる不満を、ぶちまけた。
空気は綺麗だ。あの、あまったるい香りで支配されていた、ミスト大陸なんかよりも、ずっと居心地はいい。けれども、長居したいとは、思えなかった。
きっと、俺はナチュラルな人間なんだろうと、確信できた。
「俺は、ルシエルに悪影響を与えた草……何かの薬物について、知りたい。それだけだ! アンタらは、ルシエルを使って何をしようとしている!? アイツを、これ以上苦しめるな。これ以上、アイツを壊すな!」
『お主は、ルシエルの加担をするのか?』
「アイツは、人間だ。魔術士の前に、ひとりの人間だ」
『アイツは、契約者だ。ただの人間とは異なる』
「? 契約者?」
また、俺の知らないアイツの顔があるのかと、俺は嘆息した。謎が多すぎる。それでも、俺はアイツを嫌いにはなれなかった。
孤独と戦っていると、知ってしまったから……。
独りで、何でもかんでも背負わせるのは、嫌だと思った。
「契約の話は後から聞く。何なら、別に教えてもらわなくても結構だ。俺が知りたいのは、薬物について。それの正体、成分を知っているのなら教えろ!」
「精霊長に対する礼儀が、まるでなっていない坊やだなぁ」
「部外者は黙ってろ」
俺は、「風」という存在に厳しい目つきでけん制した。ただの人間の睨みで、動けなくなるような精霊は居ないと思ったけれども、案外効果はあったらしい。風や、ざわつきは静かになった。
『シード。案内してやれ』
「…………」
左の青い目を薄く光らせると、そのままシードは木々の中へと入っていく。ついて来い、ということなのだろう。風もシードの後ろにぴったりつけて、歩いている。白いタンクトップのような、ゆるい服を身にまとった、人間には到底思えない美貌をもった実体だった。
俺は、ふたりの後ろ……五メートルほど開けたところをマークし、森の中に入った。
一キロくらい真っすぐに歩くと、その先には湿原があった。そして、一面に赤色の葉を広げた植物が生えている。野生というよりは、此処で育成されているように見えた。
「名もなき草」
「?」
「それが、毒草の正体」
シードは短く告げると、毒草に背を向けて俺の方を見た。
「この草で、世界を終わらせる」
俺はそのとき、自分の身ではなく、世界に危険信号が灯っていることを察した。




