魔術士の提案
気が付けば、声がする。
優しく、あたたかい女性の声。
その声の持ち主は「アリシア」であり、ルシエルの幼馴染。
ルシエルが、唯一愛した女性。
その容姿に似た姿を持つ「レナン」を前に、ルシエルはある提案をし……。
アリシアは、ブロンドの癖っ毛で、くるくるとしたゆるふわカールの髪は胸辺りまで伸ばし、青い瞳をしていた。大きな瞳で、あたたかい輝きをしたその目はいつも、私のことを隣で見ていた。
私の家の隣に住んでいた彼女は、幼い頃に母親を亡くし、父親とふたり暮らしをしていた。統領の息子だった私と、アリシアは幼馴染で同い年。とても仲が良かった。
私が十五になった年。私は村を出ようとアリシアを誘い、山を下りて自分の村からは遠く離れたところへ行こうとした。だが、その途中。村に火の手が上がっていることに気づいた。私が居たことで、張られていた「結界」が崩れ、「聖域」が露わとなってしまったのだ。
かねてから、「聖域」を狙っていた前フロート王……つまりは、ザレス現国王の父は、これ見よがしにと一気に攻め込んできた。魔術士部隊を送りこまれ、村は壊滅状態。アリシアと共に村に急いで戻ったが、そのときにはもう、私の知る村の姿は無かった。
私の村は、この世界の「はじまりの地」と呼ばれている。
「はじまり」が壊されるとき、「おわり」は訪れる。
フロート軍も、さぞ焦ったことだろう。地形は変動し、突風が吹き荒れ、大嵐が来た。その威力は並大抵のものではなく、多くの命を奪った。村の住民である私の父や兄たち、そして、攻め込んできた兵士たちは次々と消されていった。
その光景を見て、私はこの「崩壊」を止めるには、ひとつの手立てしかないと考えた。「結界」が無くなったからこそ、この「崩壊」を招いたのだ。ならば再び、結界を張ればいい……と。聖域の中心には、大きな木が立っていた。そこに、魔力の結晶を渡せば……。
つまりは、私の「命」を渡せば……。
この世界の崩壊は、ここで食い止められるのでは……と、考えたのだ。
だが、アリシアはその「案」を受け入れなかった。
「ルシエルは世界の希望だから」……と。
『私が、人柱になるわ』
「駄目だ!」
『私にだって、ルシエルと同じこの村の血が流れているんだから……出来るはずよ』
「たとえそうだとしても、駄目だ。死ぬことになるんだぞ!」
『ルシエルを、死なせるわけにはいかないもの!』
「俺だって、アリシアを失う訳にはいかない!」
『愛してる、ルシエル』
「……アリシア!?」
『……愛しているわ、ずっと……ずっと』
「ルシエル?」
「……!」
再び、思考は過去に引きずられていた。私は、目の前に居るレナンにアリシアの顔を重ねてみていた。髪の色もよく似ているし、青い瞳まで、そっくりだ。ただし、レナンはストレートの髪質で、癖っ毛ではない。
「疲れているのなら、ちゃんと寝ろよ。俺は帰るから」
「……ラバースに?」
「そこにしか結局、居場所が無いからな」
私は真っ直ぐにレナンの顔を見た。確かに、今の私ではレナンに体術を教えたりすることは、難しいかもしれない。それよりレナンは、すでに基礎がしっかりと出来ている。出会ったばかりだった、カガリとはまた状況が違う。
だが、まだ残せるものがあるかもしれない。少なくとも、ラバースにこのまま帰すよりは、私のところに居させた方が、彼にとっても新しい発見が出来る可能性が高い。そう考えると、私のこころも決まった。
「レナン」
「なんだ?」
「私の付き人にならないかい?」
「付き人?」
「キミの休養期間中だけでいいんだ。国王とラバースには、私から話をつける」
「……いいのか?」
私はにこりと微笑んだ。「いいのか」はこちらの台詞だ。何の役にも立てないかもしれないが、私の傍に居ることで、彼が「何か」を感じ取ってくれたら……そう、思ったのだ。
(これからの世界を担う、若い世代の子が必要なんだ)
私は今年で三十七。もう、「若い」とは言い難いほどの歳を重ねていた。それに、私に残された時間はもう、短いことは分かっている。
「……なぁ。とりあえず、俺はどうしたらいい?」
「寝床が必要だね」
私が身体を起こそうとすると、レナンは私を手で制した。
「いい。適当に寝るから。床でだって、眠れる」
「一緒に寝るかい?」
私のベッドは、ゆったりとしたダブルベッドだった。レイアスは、大概大きな部屋で優雅に過ごしているものなのだ。私の部屋も、カガリの部屋とは違い、ひとり部屋とは思えないほど広く、ベッドもシングルでいいのに、ダブルベッドがはじめから用意されていた。優遇されているのは目に見えている。
「遠慮する」
「私のこれは、うつる病気じゃないよ?」
「そういう問題じゃ……」
レナンは隊服の上着を脱ぎ、今は黒の長袖姿だった。薄手の生地のため、若干の肌寒さは感じているはずだ。私も、布団を被り、更にはレナンの隊服を上に乗せてもらっているというのに、寒くなってきた。
「キミが、風邪を引くよ。ほら……おいで?」
私が掛け布団を広げて、隣をぽんぽんと叩くと、レナンは少し顔を赤く染めながら、ぼそりと「仕方ない」と言い、隣に転がった。それを見て、にこりと微笑んだ私は、レナンに布団をかけてあげた。
窓から見える月の位置からして、もう明け方だろう。
私たちは、ようやく眠りについた。