魔法の言葉
ルシエルの暴走により、大きな傷を負った弟子のカガリ。
カガリは、ルシエルを取り戻すべく、立ち上がる。
そこに現れたのは……?
「ハース様」
「何だ。この先には、流石に行かせないぞ。例え、ヴァルキリーのお前であったとしても」
「そこまで出過ぎた真似はしませんよ。私も、まだ罰を受けたくはありませんから」
誰からの罰か。
俺はふと、そんなことを思った。だが、口にはしない。どうせ、口にしたところでこの男は口を開かないだろう。本当に食えない男だ。こういう人間ほど、最後に裏切ることもあり得る。ことはすべて、慎重に進めなければならない。
この部屋の中心部には、ガラス製の大きなフラスコのようなものが天井から吊るされている。ルーヴァの花を中に入れ、適量の聖水と薬草を混ぜ、圧縮をかけている。混ぜ合わさったルーヴァに俺の魔力で乾燥させる。お香として加工するなり、そのまま食材にするために分けたりするのは、俺の仕事ではない。宣教師の役目だ。宣教戦士は、常に警備を任せている為、運営などには関わらせてはいなかった。
「俺たち」が、此処に拠点を置いたのは単に、黒魔術士の楽園をつくるためではない。いつの日か必ずやってくる、審判のとき。「革命者」の支援となるべくよう、結束を固めているのだ。
そこへ、亡きエリオス王国の皇子ふたりがやってきたのもまた、「縁」ではなく「運命」だろう。魔術士ではないにしろ、フロートという共通の「敵」に滅ぼされたもの同士。特に、兄であるリークハルトは、ほとんど失明状態だった。「水」の属性に長けていた俺のもとへ来たことで、今は弱視といえども、顔認識は出来ている状態だ。弟のジンフィールは、戦いのセンスに見込みがある。
俺たちは、信者を「駒」としか思っていないのかもしれない。
その点では、フロートの傲慢さと同じだ。
「水を取ってくる。ソウシ。お前は此処で待機だ」
「分かりました」
「動くなよ」
「そんなに念押ししないでくださいよ」
ソウシは軽く笑ってみせた。真実の主である「ルシエル」が荒れ果てた状況で、よく笑えるものだと、俺は内心で呆れながらもこの男のポーカーフェイスにうんざりした。
※
「…………ッ」
「無理をするべきではない」
「はぁ、はぁ、…………今、やらなければ。後悔する」
少しのことで、息が切れてしまう。右脚には、上手く力が入れられず、壁に身体を預けながら、少しずつ、右半身を引きずりながら、暗い教会の廊下を半歩ずつ、進んでいく。どこかで、私が諦めることを待っているのだろう。私の手当に当たっていたサノイ皇子は、心配する声を掛けてはくるが、手を貸そうとはしなかった。
大体、三時間ほどは眠ったと思う。時計がない。あくまでも、感覚だ。少し眠ると、頭はクリアになった。私が何故、手負いだったのか。どういった攻撃を受けたのかも……誰からの攻撃だったのかも。すべて、思い出せていた。だからこそ、ルシエル様のもとへ行きたいと願った。
右上半身に、感覚は無かった。それでも、存在しているだけありがたい。神経がイカレテしまったのか。他に理由があるのか。分からないが、指を動かすことすら、叶わない。剣士としての人生、兵士としての人生は、此処までだろうと判断した。色々な傷を負って来たが、此処までのものは無かった。この傷が癒えるとは、思えない。
「ルシエル様に、会いたい」
「…………私も、何処の部屋に収容されたのか、知らされていないんだ」
「構わない。風がきっと、教えてくれる」
「風?」
「私の……味方だ」
「…………」
サノイ皇子は、本当に知らないのかもしれない。ルシエル様の居場所を……ただ、敢えて隠している可能性も捨てきれない。それなら、私もすべてを語る必要性はない。此処まで傷を治してもらっておきながら、勝手かもしれないが、私は少し意地悪になっていた。
「…………!」
その、罰でも下ったのか。突然私はバランスを崩した。そのまま前のめりに頭から倒れこむ。庇い手が出来ず、顔面をぶつけそうになった……寸でのところを、サノイ皇子は咄嗟に滑り込み、私の身体を抱き留めた。
「すまない」
「カガリ殿、無謀だ。部屋に戻ろう」
「戻りたければ、サノイ皇子は戻ってくれて構わない」
「私ひとりが戻って、何の意味を成す? 強情なひとだ」
「強情だとも。ルシエル様を放ってはおけない」
「その傷で、何が出来る? その傷を負わせたのは…………」
そこまで言って、サノイ皇子は口を閉ざした。私がまだ、記憶がハッキリしていないと思ったのだろう。それを見て、私から口を開いた。
「ルシエル様じゃない。あれは、何かの間違いだ」
「カガリ殿……」
「思い出せたんだ。ルシエル様のことも、この傷のことも。緑がかっていたルシエル様のあの瞳は、とても悲しそうだった。そんなルシエル様の暴走を、私は弟子として止めなければならなかった。それなのに、何ひとつ……まだ、出来ていない」
「…………」
「サノイ皇子には、クライアントの両陛下が居るだろう? まだ、存命だ」
「……それが、一体」
「もし、命の危機にさらされていると知ったら、どうする? レジスタンスに留まり、見殺しにするか?」
「…………」
「私の家族はもう、居ない。今、守りたいものはふたつ。本当の親のように思っているルシエル様と、弟のように思って来たラナンだ」
「…………」
「行かせてくれ。私は、ルシエル様を見捨てたくない。例え、自分の命を削ることになっても、何を失うにしても……このふたりだけは、失えない」
「…………」
サノイ皇子は、沈黙を続けた。私の目をじっと見つめ、何かを考えている。厳しく、どこか錆びついた目の色をしていたが、私の話を聞き終えてから、少しずつそこに「感情」が乗ってきたように思えた。
しばらくして、サノイ皇子は一度目をゆっくりと閉じた。そして、開くと同時に言葉を紡いだ。
「私ならきっと、クライアントの両陛下よりも……今は、レジスタンスを優先する」
「……そうか」
「レジスタンスには、きっと。私が必要だ。単なる自負かもしれないが……」
「…………」
「だが、レジスタンスに関わっていなければやはり、両陛下を助けたいと思う。本当の親ではないが……私の場合も」
「え?」
サノイ皇子は、少し寂しそうな笑みを浮かべた。これ以上先は、私が聞くべきではないと判断し、首を横に振った。制止のつもりだった。それでも、サノイ皇子は後を続けた。
「私は、孤児だ。親の名も……出身も知らない。ただ、赤子の私を拾ったのはエリオスの王だった。後に、クライアントへ養子に迎え入れられた」
「そうだったのか……」
「エリオスの第十三皇子。そして、クライアントの第三皇子として……軍師として戦って来た」
「…………」
「風は、何と言っている?」
「え?」
「ルシエル殿を探そう。きっと、ルシエル殿もカガリ殿を待っているはずだ」
「…………サノイ皇子」
「サノイでよい」
私は、少し口元を緩ませた。それから、意識を集中させ、風を読む。甘い香りの中で、確かに懐かしい香りもするのだ。体力、精神力の低下によって、うまく読み切れないのが、歯がゆい。
(ルシエル様…………何処に)
強く、念じた。
そのとき、ふんわりとした光を見た気がした。
『カガリくん。こっちだよ…………ルシエルを、救って』
「!」
淡い光と共に、ハッキリとした声が聞こえた。脳に直接響いてくる声。この声には、聞き覚えがあった。優しい少女の声。
「アリシアさん…………」
「アリシア?」
サノイ皇子は、不思議そうに顔を向ける。サノイ皇子には、まるで今の声が聞こえていなかったようだが、今のは確かに彼女の「声」だった。
風が運んできたものとも違う、異質な響きの声だが、私は確信した。彼女はきっと、ルシエル様の居場所を知っている。そして、私を導いてくれると。
「教えてくれ。ルシエル様は、何処に!」
『礼拝堂の奥に、地下があるの。その階段を下りたらすぐよ。カガリくんも、深い傷を負っている……行ける?』
「当然だ。教えてくれてありがとう」
『…………ごめんね』
「誰も、悪くない。謝らないでくれ」
『ありがとう』
ありがとう。
その言葉は、私を奮起させてくれた。
まるで、魔法の言葉のようだった。
「サノイ皇子」
「誰と……会話を? 風?」
「まぁ、そんなところだ。それより、ルシエル様の場所が分かった」
「ならば、急ごう。手を貸す」
「…………ありがとう」
私は、サノイ皇子の肩に腕を回すと、そのままサノイ皇子は華奢な身体付きながらも、力はあり、私の腰をしっかりと支え、ゆっくりと立ち上がらせると、そのまま歩きはじめた。
※
「まだ、戻らないではないか。どうなっている」
「陛下。ルシエルの奴をどこへ派遣しているんです? 何なら、俺が代わりに見て来ますよ。結局、アイツは裏切る男だろうから」
「まぁ、まだよい。焦るなジンレート。ルシエルは泳がせておく。ただし最後に笑うのは、我らフロート王家だ」
「御意」




