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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~ 作者:小田虹里

第二章 ~選ばれし者の章~

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鎮静剤

負傷したルシエル、カガリ。
そして、再び調子を崩したラナン。
ルシエルの監視役にはリオスとレナンが教祖により選ばれ……?
「ルシエルは気を失っている。いつ、目が覚めるか分からない」
「…………」
「ラナンもまた、倒れている」
「…………うん」
「ルシエルの監視役は、レナンとリオスに任せる。ラナンの介抱にはソウシ。カガリの介抱にはサノイを当てている」

 カガリもまた、意識を失ったままでいた。サノイが傷の具合を看たところ、相当酷い火傷だったらしい。完治しないかもしれないとも言っていた。利き腕がもう、使い物にならないかもしれない。カガリの意識が戻ったとしても、そんなことを告げたらショックで立ち直れなくなるかもしれない。
 本当なら、ソウシがフロート兵としてカガリを看るか、ルシエルを看るべきだと思うけど、教祖は何故かラナンにソウシを付ける道を選択した。フロートの傭兵組織「ラバース」の人間に、何故レジスタンスであるラナンを看させるのか、疑問に思った俺は疑問の意を伝えようと挙手した。それを見て、教祖は俺に目配せして発言を許可した。

「何故、ラナンにソウシを当てる? ソウシは、フロートの人間だ。ラナンは天敵のはず」
「お前は、裏ラバースのことを知っているだろう?」
「…………知ってる。ルシエルから聞いた。だけどそれが、どう関係しているのかは分からない」
「今は時ではないということだ。お前が知るべきことでもない」
「だけど……」
「ラナンが何故、体調を崩しているか。お前は知りたくはないか?」
「え?」

 教祖がそういうと、俺はふと考えのベクトルが変わったことを自覚した。ルシエルの不調と暴走にも謎は残るが、ラナンの不調は今まで耳にしたことが無い。それが、ミスト大陸に上陸と共にこんなにも崩れてしまうなんて。何か、カラクリがあると思う方が自然だった。

「教えてやる。だが、まずは立て直すことが先だ。指示した通りに動いて欲しい。此処は、俺の砦だ」
「教祖」

 背後から足音を鳴らさずに近づいてきたのは、俺よりすらっと背丈がある、色白の青年だった。上級の兵士は、足音も消し気配も消すものだが、この青年はより気配を消すのが上手かった。声を発するまで、気付かなかった。それだけ、教祖とのやりとりに集中しすぎていたこともある。

「サノイか。どうだ? カガリの塩梅は」
「まだ、何とも言えない。水を借りたいのだが……何処に行けばある?」

 サノイは、信者の力も借りてカガリを部屋に運んでいた。早く治療がしたいと、迷わず動きをみせていた。サノイだって、ラナンの不調が気になるだろうに、そこに固執せずに自分に課せられたこと。やるべきことを瞬時に判断し、実行できるというところは、俺も見習わないといけないと感じた。
 幾ら、サノイの方が年上だからといって、たったの四つしか違わないんだ。そんなもの、差として考える方が恥ずかしいと思わなければならない。片や皇子、片や孤児。比べると差がありそうだが、それでもそんな風に「差」を求める行為は虚しいものだ。向上心を失くしたら終わりだ。

「水なら俺の得意分野だ。泉の間へ案内する」
「頼む」
「教祖。俺は…………ルシエルのところへ、行く」
「あぁ。リオスひとりでは、荷が重いはずだ。早く行け」
(荷が重い?)

 どこか引っかかる言い草だったが、とりあえず俺ばかりが立ち止まりすぎてもいけないし、一度案内されたルシエルの部屋へと行くことに決めた。
 全体的に暗がりなのは、窓がとても高い位置にあり、そこから光がほのかにしか差し込んでこないからだ。まだ、朝もやが開けてきたくらいの時間。外へ行けば眩しいほどの光が見える。何故、このような暗室にしているのかも、謎。まったくもって、全体的に黒いローブの人間ばかりで不気味だし、建物自体は白いというのに、そこがまた異様でしかない。
 煉瓦を積み立てて造られた教会のように見えたが、煉瓦よりも粒子が細かくなめらかだった。もしかすると、粘土かもしれないと思う。

「はぁ……はぁ…………ぅ、ぅぅ」
「!?」

 ルシエルが収容された部屋に近づくと、廊下にまで苦しそうに呻く声が漏れていた。よほどの痛みがあるのか。それとも、悪夢でも見ているかのように、うなされていた。俺は部屋の様子を確認もノックもせず、扉を勢いよく開けた。そこには、簡易ベッドの上で右肩を押さえ、うなだれ暴れるルシエルの姿と、それを何とか落ち着かせようと必死に声を掛け、冷静さを取り戻させようとするリオスの姿があった。

「ルシエルさん! しっかりしてください。ゆっくり、息を吸って……」
「あ、あっ、や、め…………ぅ、うわぁぁぁ!」
「ッ……!」

 魔術ではない。違う何かが働いている様子で、ルシエルが勢いよく手をふるうと、ルシエルよりは肩幅もないが、それでも立派な成人男性の身体をしたリオスは、軽々と壁まで吹き飛ばされてしまった。
 勢いよく壁に激突したリオスは、一瞬呼吸が乱れ、息を詰まらせた。その後、呆然と立ち尽くしていた俺を見て、どこかホッとした顔を見せた。

「レナ……遅いですよ。僕ひとりでは、どうにも」
「悪い。なんか、納得いかないというか……引っかかることがあって。それよりも、大丈夫か? ルシエルも…………リオスも」
「僕はまだ、大丈夫です。それでも、ルシエルさんが……」
「はっ、はぁ、あぅ…………!」
「…………怯えて、るのか?」
「そのようですね」

 俺は部屋に入り、扉を閉めた。此処の信者たちは、ルシエルに対して好意は抱いていないだろう。それなら、出来る限り隠した方がいい。

「ルシエル、俺だ。レナンだ。分かるか?」
「ぅぅ、ぁ、あ、あぁぅ、ぅぅぁ」
「ルシエル、俺だよ。敵じゃない!」
「がっ、ぁ、ぁ、や、ぐぁっ……」
「ルシエル…………なぁ、頼むから。俺の眼を見ろ!」
「……ッ」

 一瞬。

 本当に、目が合った。

 ルシエルの瞳はやや、緑がかった異様な光をしている。

 ただ、そんなことよりも、俺が驚いたのは……。

 ルシエルが、泣いていた。

「ルシエル…………」

 言葉に詰まってしまう。そんな、一瞬の隙を見てか、ルシエルは動けないはずの身体でベッドを蹴り、俺を床に勢いよく押し倒してきた。人知の力を超えている。まるで、獣のような破壊力を持った威圧感で抑え込まれると、俺は身動きが取れなくなってしまった。そのまま、ルシエルは狂乱し、より、瞳を緑に光らせると俺の左肩に犬歯を立て、そのまま肉を食い破るほど噛み締めて来た。
 痛みは当然ある。だけど、肩の痛みよりも俺はルシエルが泣いていることの方が胸を痛く感じさせた。
何に対して、ルシエルは泣いているのだろうか。少しでも、「ルシエル」の人格が残っているのだとしたら、あまりにも制御の利かない身体と精神に傷つき、悔しさからかもしれない。或いは、記憶がどこまであるのか分からないが、カガリの件を悔やんでいるのかもしれない。

「レナ!」
「いい、から……攻撃、するな。これ以上、こいつを刺激するな」
「…………レナ」

 リオスが無理やり俺とルシエルの間に割って入り、ルシエルを引きはがそうと動いた瞬間、ルシエルが俺を噛んでいるその強さが緩んだ。もし、そのままリオスが仲裁に入っていたならば、再びリオスに飛びかかっていただろう。
 今、目の前に居るのは「最強の魔術士」ではなく、「怯えた獣」だと認識せざるを得ないと感じた。それでも、本当の獣ならば涙はしない。魔獣には、そのような感情は無いと聞く。それならば、ルシエルは完全に人格崩壊した訳ではない。諦めたら、終わりなんだと言い聞かせる。

「ルシエル。それで落ち着くなら……痛みが和らぐなら、構わない。お前、震えてるじゃないか」

 声色を変える。落ち着いて話しかけてみることにした。ゆっくり、動かせない左半身ではなく、右腕を上げると、そのままルシエルの背中を上下に擦って、それから、ポンポンと優しく撫でた。白いレイアスのローブは、ボロ雑巾のように破れ千切れ、華奢な身体が覗いていた。こんなにも細くなってしまって、大丈夫なのかと心配になる。
 撫でながら、変異をしていた背中を手触りで確認してみる。ラナンがグレイスで吹き飛ばしていたが、ガタガタな肉片ではなく、きちんとした背中に治りつつある。要するに、まだ完全に変異が治った訳でもなかった。

(妙な馬鹿力は、これのせいか? 目の色も……)
「…………」
(あれ、そういえば…………)

 あれだけ攻撃的だったルシエルが、大人しくなっていることに、俺は気づいた。俺の左肩はまだ、強く噛まれている。それでも、さっきまでの怯え震えている様子が、なくなってきた。

「ルシエル」
「…………」

 静かに、静かに、目を閉じ。

 ルシエルは、涙を流しながら意識を失った。

「ルシエル…………独り、だったんだな」

 俺はしばらく、そのままルシエルの背中を撫で、ゆっくりと抱きしめた。

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