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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第一章 ~目覚めの章~
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孤児

ルシエルの部屋で温もりを得るレナン。


しかし、どこか陰を落とすレナンをみて、魔術士ルシエルは、温かく招き入れ……。

 あの日、「あの瞬間」を迎えるまで、私は自分の宿命から逃れようと生きていた。生まれながらにして、強大な力を持っていた私は、五人兄弟の末っ子ながら、村の統領である父の後を継ぐことが、決め付けられてしまっていた。それを、兄四人はよく思っていなかったのだが、特に次男である「ザイール」という男は、私のことを憎むほど嫌っていた。


「どうした? 顔色が悪いぞ」

「ん? いや、なんでもないよ」

私は昔のことを思い出すことをやめた。中庭に行く前、寝付いたと思ったら久しぶりに夢を見たものだから、どうも思考がそちらに引きずられてしまう。私は目の前のことに集中しようと、ミルクを一口飲んだ。甘い独特な香りが口いっぱいに広がり、鼻から抜けていく。

「キミのことは、大方知っているつもりだよ。孤児院に居たことも、知っている」

「あぁ……苗字が無いからな」

「軍人には、苗字を持つことが許されているだろう?」

孤児には、苗字が与えられなかった。その地位も扱いも低く酷く、まともな職に就くことも困難な世の中だった。ただし、軍人にだけは孤児にもなれる機会はあったし、その役に就くと自分で好きな苗字を名乗れるのだ。大概は、所属にちなんだ苗字をつけるものだが、ラナンは師匠である「カガリ」の苗字を好んで受けついでいた。


 ラナン=ヴァイエル。


 それが、今のラナンの本名だ。つまり、「カガリ=ヴァイエル」というのがカガリの本名である。

「そういえば……あんたのファミリーネームを知るものは、居ないと聞いた」

「……あぁ、そうだね」

嫌なところを突いてきたな……と、私は内心苦笑した。

「もしかして、孤児なのか?」

「……今はもう、家族は居ないよ」

「……あんたにも、家族というものが居たのか?」

「居たよ」

こんな話、「息子」として接している愛弟子「カガリ」とも深くしたことがないのに……。レナンは、思っていた以上に切り返しが鋭く、そして、知識も幅広いと見た。私のファミリーネームのことなど、触れるものなんてそうそう居なかったものだから、油断した。


 私は、ファミリーネーム……苗字を隠している。


「……」

レナンは、じっと私の顔を見つめていた。その視線の先には、私の額の傷に集中していることはすぐに分かった。次なる質問は、この傷についてだろう。

「古傷だな」

「うん」

「いつの傷だ? 戦場で?」

カガリも、傷についてはよく聞きたがっていた。最強の魔術士である私が、刀傷を……それも、額に受けるなんて、考えもつかないようだ。だが、深く刻まれたその傷は、現実であることを主張している。

「……すべての地が、戦場だよ」

「……?」

私の言葉の意味は伝わらなかった。だが、それでいい。今は、これ以上の情報を少年に与えてはいけない。

「それより、私の話を聞きにここへ来たのではないだろう? レナン。キミは、これからどうしたいんだい?」

私は話をすり替えた。これ以上、自分のことについて深く踏み込まれる前に、回避したのだ。


 フロートとは、倒されるべき存在。


 倒すべくその役者は、既に決まっている。


 その役者の面々を、私は知っている。


「どう……と、言われても」

レナンは困った顔をして、俯いた。自分の話になると、レナンは決まって影を落とした。観察力はあっても、自分を見つめる力は養われていないようだ。だからきっと、ここまで困ってしまい、「あの木」のところへ引き寄せられたのだろう。あそこは本当に、不思議な風が吹く。そして、運命的とも呼べるほどの「出会い」を与えてくれる。

「まず、大きな選択肢がキミにはあるよ」

「選択肢?」

私はゆっくり頷いた。

「ラバースを辞めるか否か……」

「……」

レナンは目を見開き、一瞬驚きはしたが、直ぐに目を落とし考え込んでいた。私はこの部屋に入るなり、ローブを脱いでくつろぎのシャツ一枚になったが、レナンは隊服を脱いではいない。きちんとした性格のようで、ラバースの最高位Sクラスの者ともなれば、隊服を着ないで好んだ私服を着たり、隊服であっても改造してしまう者も少なくはないのだが、レナンは支給された状態のまま、着ていた。分厚い生地のジャケットは長袖。首元もフックをかけている。黒のベルトでズボンを穿いている。ちなみに、ズボンも支給品のものを使っているようで、白色だ。ブーツは流石に、個人によって足の形も違うため、支給はされていない。レナンは黒色の膝下ブーツを履いていた。

「ラバースを辞めたところで、行くあてもない」

「そうかな」

「……ラナンのところにでも、行けと言うのか?」

「そんなこと、一言もいっていないよ」

「……っ」

狙って言っているつもりじゃない。ただ、私は深層心理に近づこうとしているだけだ。どちらに転ぼうと、私の生活が変わるものでもないのだから、何も謀ることはない。

「キミの、今のSクラスでの任務は?」

「何も課せられてはいない」

「休暇中?」

「……俺なんか、役不足でどこにも使い道がないんだろう」

「そう卑屈になることはないよ。私だって非番のときはある。誰にでも、休養は必要だよ」

私の声が聞こえていないはずは無いのだが、レナンは聞こえないフリをした。だから私は、軽く頷いてから後を続けた。

「これまで、ラナン討伐の第一人者として前線で戦ってきたんだろう? 少々の長い休養命令が出ても、何ら不思議ではないよ」

「一度も勝てなかった俺に、休養命令なんて必要ないだろ」

「アクアリームでは、勝ったんじゃないのかい?」

レナンはまた、驚いた顔をして見せた。私は、「しまった」と内心で舌打ちした。此処まで詳しく知っていると、手の内を見せることは無かったのに、つい言葉が出てしまった。



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