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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第一章 ~目覚めの章~
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戸惑うレナン

ルシエルの部屋に招かれたレナン。


ふたりは何を語り出すのか……。

「ここに来たら……分かると思ったんだ」

「理由かい?」

レナンは、もう驚かなかった。私が日曜大工で作った木の椅子に座り、同じく手作りのテーブルに置いてある木製カップにミルクを入れてあげると、それをおいしそうに飲んでいた。色白で、華奢。一見、女の子のように見えるその容姿だが、どこかで影を帯びているところがカガリに似ていると思った。あの子の影は、最近では昔よりは薄くなってきたが、レナンの影は今がまさに一番「迷い」を生んでいるときのようであった。

 ミルクを一口、また一口飲むと、あっという間に飲み干してしまった。そういえば、ここまでは馬ではなく、歩いてきたのだろうか。喉も渇いていたのだろう。そして、ミルクというものは、なかなかの高級品。ラバースに居ては、そう簡単には飲めるものではない。それは、最高位クラスの兵士であったとしても……だ。

「美味しいかい?」

「……うまい」

ぼそりと、小さく呟いたのが聞こえた私は、満足げに笑みを浮かべると、おかわりを注いであげた。

「ラナンがレジスタンスになった理由を、探しているんだろう?」

「……」

今度は答えなかった。ただじっと、コップの中のミルクを見つめている。また、影が入ったと感じた。

「ラナン討伐の第一人者が、キミだということは周知のこと。ただ、最近。キミはその任を降りたと聞いているよ」

「違う」

私は視線をはずさず、じっとレナンを見つめながら、答えを待った。

「降りたんじゃない。おろされたんだ」

「……そうかい」

私もミルクを一口飲んだ。なかなかに濃厚な味わいのミルクだ。城下町で、カガリがよく買ってきてくれるのだ。別に、私の健康を気遣ってのことではなく、あの子なりの感謝の証なのだと思う。私は、あの子に剣を買い与えてあげたりしている。珍しい本があれば、私が目を通してからだが、書物も与えている。見返りを求めてのことではないのだが、あの子なりに、何かをしたいらしく、カガリは私にミルクや、パンなどを買ってきてくれるのだ。食に困っているのは、どちらかといえば、カガリの方なのだが……。レイアスである私には、ちゃんとした食事の支給がされているが、虐め抜かれているカガリには、それほどよい食事は与えられていない。

「任を外されて、ほっとしたかい?」

「……分からない」

(そうか……)

外されてから、もう幾月か経っている。こころの整理も出来ているだろうし、新しい任務でも任されている頃かと思っていたが、逆に、その時間でこの少年に、「迷い」を生んでしまったのかと、私は覚った。

(ラナンのことを、心底憎んでいた訳ではないんだな……)

レナンは、本気でラナンのことを殺そうとしていた……はずだった。「アクアリーム」という街では、「銃剣」というものを用いて、ラナンに致命傷にもなりかねない、大きな傷を負わせたこともあったと報告を受けている。レナンは、いつでも本気でラナンに向かっていた。それは、「ラバース」を……いや、「フロート」を裏切ったラナンを、弟として見逃すわけにはいかなかったという見解、そして、弟である自分を「ラバース」に置き去りにしたということに関しての「復讐心」からという見解も、飛び交っているが、実際のところはどうやら、「目標」だったラナンを失い、そのやり切れない気持ちと力を、どこへぶつけていいのか分からず、「ラナン」を目の仇とし、追いかけることによって、自分を保とうとしていたようだ。

 それが、「ラナン」から距離を置く位置に飛ばされることによって、目標物を再び見失い、今、どうしていいのか分からず、彷徨っているのだ。ラバースという砦を飛び出して、このような「城」なんていう、物騒なところにまで足を運ぶほど、レナンは道を見失っている。

「レナン。今のキミは危険だ」

「……危険?」

「ラナンを、目標を見失って……彷徨っているんだろう? こんな、城にまで足を運ぶなんて、よほどだよ。もし、あそこに居合わせたのが私ではなく、ジンレートたち他レイアスだったら、大問題になっていたよ」

「……俺はあんたに、迷惑をかけているのか?」

「いい子だね、レナン」

私は思わず笑みを浮かべた。

「馬鹿にしているのか?」

「違うよ。すまない……私は、迷惑だなんて思っていないし、キミを国王に突き出したりもしないから、安心して欲しい」

「保障もないがな」

その言葉とは裏腹に、レナンは顔を少し赤く染めていた。照れているのだ。きっと、自分のことを気にかけてくれていることを、嬉しく思っているのだ。素直で、可愛い子じゃないか。ラナンほど、感情表現が豊かではないが……いや、実際は、感情表現が素直なのは、レナンの方なのかもしれない。ラナンは、笑っているようで笑っていない。そんな印象を与える子だった。

 ツクリモノの笑い方とはまた違う。だが、ラナンは笑いながらも、もっと先を見据えている。そんな深い表情をしてみせるのだ。たった、齢二十歳にして……。

「レイアスの選ばれし兵士には、分からないことだろう。俺の気持ちなんて……」

「ひとは、皆違う道を歩いているから。全てを分かることなんか、出来ない。だが、分かろうとすることは、歩み寄ろうとすることは、出来るよ」

「あんたなんかに……」

「私は、世界最強と謳われる前に、ただの魔術士であり、ただのひとりの男という人間だよ。キミだって、地位や剣士という肩書きを捨てれば、ただの男だ。私と何も変わらない」

レナンは顔をあげた。そして、困惑しながらも何かに期待するかのような顔つきで、私を見た。ブロンドの色素の薄い髪は肩を越すほど伸ばし、深い青色の瞳は、カガリのものとはまた違った輝きを灯している。二十歳にしては、幼く、そして「孤独」の色が強い光を持っていた。

(この子は、これまでこうして話をする機会も、無かったんだろうな……)

哀れんでいる訳ではない。ひとそれぞれに、人生があるのだ。歩み方がある。目の前に、良い手本となる人材がいたって、興味を持たなければそれまでだし、縁が無ければそれもまた同じ。ただ、この子の場合は後者だったのではないかと思う。

「俺のことを……どこまで知っているんだ」

レナンは、じっと私の顔を見てきた。私は目を細めて、少し考えた。「どこまで」本当のことを言ってもいいものかと、悩んだのだ。

「先導者」としての役割は重く、先のことを知っていても、言えない立場であったり、敢えて大切なひとを、突き放さなければならないときもある。

 好き好んでこの「道」を選んだ訳ではない。それでも私は、もう後戻りは出来ないところまで来ているし、今更この「道」を捨てることも、出来ないことは分かっていた。


 あの日、「彼女」を失ったときから……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] レナンさん、真っすぐですね。器用に気持ちを曲げられないから苦しいのだろうけれど、読んでいて清々しさを感じます。 前回のルシエルさんも自分の持つ「力」に罪悪感さえ抱いていた様ですし、繊細な心…
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