囚われの身
回想シーンで、ルシエルはアリシアに出会ったときのことを思い出す。
※
一方、ジンレートをルシエルに指定された牢へ案内をはじめカガリ。
地下牢には「鎖の空気」というものが展開されていた。
温もりとは、どういうものなのか。
きっと、考えたことはあった。
しかし、憧れたことがあったのかと問われると、分からない。
それだけ、あまりにも遠くの世界の光景だった。
※
アリシアと紹介された少女は、キラキラとした瞳で僕を見つめていた。背丈は、僕より若干高い。同い年と言われている。僕の成長期が遅れていることは、分かった。
アスグレイ家の人間は、外を知らない。村の人との交流が、皆無だった。その代わりに、様々な世界の神の化身と触れ合ったり、魔族や魔族と人間のハーフだとか。それを束ねる一族、「ヴァルキリー」だとか。特別な存在との交流はよくあった。
ただし、僕はまともに目を合わせたことが無かった。
父、リヴァーの後継者と謳われ、父に同行する頻度は高かったけど、上の空で真剣には取り組まなかった。
堕落してみせれば、父の信頼を失墜させることが出来れば、後継者問題は白紙となると考えていた。
「アリシア。ルシエルくんが、アリシアの友達になってくれるって」
「ほんと!? パパ!」
「…………」
勝手に話を進めるな。
喉まで出かかる…………しかし、言葉には出来ない。
言葉を発することが、とても怖かったんだ。
※
「本当に、居るんだろうな?」
「…………黙って、ついてこい来い」
「ほう? お前も、随分とでかい態度をとるようになったな? 誰に口を利いている」
「愚問だ、ジンレート。お前の他に誰がいる」
私は、城から少し離れた場所にある、地下牢へ向かって歩いた。荒れた山奥の中に、ツタなどで隠れるように地下への階段が存在している。
湿った感じな土の臭いがする。雨が降ると地面から水が染みているのが感じ取れる。
(本当に、大丈夫なのだろうか)
ジンレートを案内するよう、ルシエル様に言われた通りに動いている。しかし、この地下牢に繋がれることに、何か意味はあるのだろうか。ルシエル様には「転移」の魔術がある。その魔術を使えば、何処に押し込められようとお、いとも簡単に抜け出せてしまう。
(ルシエル様のことだ。きっと、何か手を打っていられるはずだ)
そう、私が師匠であるルシエル様を案ずることこそ、愚問であり愚行だと思えた。私はジンレートには気づかれないよう、ふと口元に笑みを浮かべると、すぐにその笑みを消し取り、無表情を繕い、階段をおりた。
ひとの気配は、確かにある。
ただし、それだけではなかったようだ。
「? ジンレート。どうした? 何故来ない」
「……お前みたいな剣士には、分からないだろうな。この、重々しい鎖の空気は」
「鎖の空気?」
何を言っているのか、さっぱりだった。
とにかく、ジンレートは地下の階段をおりようとはしない。
「この先に行かなければ、ひっとらえているかどうか。見定めはどうするんだ」
「うるせぇよ、指図するな。疫病神」
「その、鎖の空気というものは、私とは無関係だ。何故、今。疫病神と言われなければならない」
どうも、ジンレート……きっと、「魔術士」にとっては重苦しい空間なのだろう。しかし、過去に私が尋問などをされていたのは、この場所だ。そのときには、当然。加害者であるジンレートは中に居た。
(ルシエル様が作ったのか?)
そう考えるのが、自然だった。
しかし、ルシエル様だって魔術士…………術者には、問題ないのだろうか。問題があるならば、こんな術は展開していないはずだが、「あの」ルシエル様も乱心し、殺意剥きだしで魔術を扱ってしまっていた事実がある。今、正しい判断能力と魔術構成が出来ているのか。不安が一切ないと言えば、嘘になる。
(あんなにも取り乱しているルシエル様は、はじめてだった)
カツン、カツン…………ぴしゃ。
靴音鳴らして、最下層まで先にたどり着いた私は、なかなかこちらに踏み入って来ないジンレートを無視し、こちらの方が好都合だと言わんばかりに中へと急いだ。
この地下牢は、左手側に三室のみ造られている。私が閉じ込められていたのは、その中でも一番奥の牢だった。
ひとつ目。
空。
ふたつ目。
またしても、空。
三つ目。
それが近づいて、鉄格子の先端が見えた瞬間、嫌な記憶が蘇える。とっくに完治し、血も何も出るはずがない古傷が、痛む。まるで、失血しているかのように、頭がふわっとする。
それだけの、酷い仕打ちだった。
思い出すだけでも、苦い汁が胃から逆流してくる。
「…………ルシエル様」
私は再び一歩、踏み込んだ。大きく一歩を踏み出すことで、中がしっかり見渡せる位置にまで身体を運べた。
子どもの腕すら、通すことが出来ない程の密接した鉄格子。そして、窓がない湿り気とかび臭い牢獄。
その中には、想定内の人物と、想定外の人物が居た。
「ルシエル様に、レナン…………?」
「来たね、カガリ」
「遅かったな」
「…………何故、レナンが?」
ぽかんと口を開けている私を前に、レナンは「意外」とでもいう顔で、こちらを見ている。
ルシエル様は、手足を鎖で拘束されている。両腕を天井から吊るされている鎖で巻き付かせ、脚枷をし、その先には鉄球がつけられていた。しかし、身動きが出来ないからといって、「魔術」の封印とはならないだろう。これでは、ジンレートを納得させることは出来ないだろう。
それに、レナンのことをどう位置付けし、説明するのか。私には分からない。いや、ルシエル様はレナンを「付き人」にすると国王じ直談判していた。そうなると、ルシエル様が何らかの罰を受けることになった今、連帯責任としてレナンが此処に居るのは、当然なことなのだろうか。
少し、混乱してきた。
二の句が出てこない私を見て、ルシエル様はふと口元に笑みを浮かべた。暗がりの中だから、ルシエル様の血色がよくないように見えるが、陰の為なのか。実際に具合が悪いのか……まだ、ラナンから受けた傷が、よくないのかと、心配になる。
「ジンレートは、此処まで来られるかな?」
「鎖の空気……ジンレートは、そう言っていました。魔術士対策の何か術でも放っているのですか?」
「そういうところだね」
「それなら、ルシエル様にだって、悪影響があるのではないのですか?」
動揺して、つい声の音量が上がる。ルシエル様は、手足がガチガチに拘束されている為、首を横に振って私の行為を止めに入る。
「ジンレートに聞かれてしまう。会話は程ほどにしてくれないかな? カガリ」
「す、すみません」
そう言われては、声量を落とすどころか、口にチャックをするように、黙り込んでしまった。それを見て、ひそひそ話程度にレナンが口を開いた。レナンは、一緒に牢獄には居るが、鎖が繋がれている訳ではない。もしかすると、ルシエル様に鎖を付けたのは、レナンかもしれない。
もちろん、本気で捕まえる為ではないだろう。カモフラージュだと考えられる。ここまで転移でやって来て、レナンがルシエル様を拘束する。どうやら、施錠はきちんとされている。大きな南京錠が扉にはかかっていた。
私がその鍵を此処で預かれば、私がルシエル様を拘束し、レナンも「付き人」として同罪とし、ここへ閉じ込めたという筋書きは出来る。
「その通り」
「…………こころを読むの、やめてくださいよ」
ルシエル様は、返事をしなかった。ただ、再び笑みを浮かべて少し顔を俯かせた。その行為が何を意味しているのかは、私にもすぐわかった。
ジンレートだ。
「どうやら、本当のことだったようだな」
「……当然だ」
ジンレートは、滲み汗をかきながら、気怠そうに目を細めてようやくここまで来た。「鎖の空気」が未だ理解できない私だが、相当ダメージを受けていることは、明白だ。
それと比べると、ルシエル様は特別何かが変わっている雰囲気は無い。異常なしということだ。
少し、安心した。
「レナンを付き人にしたのは、本当だったようだな? ルシエル」
「…………」
「だんまりか? そりゃあそうだよな。レイアスの隊長である俺に歯向かい、あろうことか。陛下にまで脅しをかけたんだ。ぐうの音も出ないだろう」
「ジンレート隊長。ルシエルを、どうするつもりなんだ?」
口をつぐんだままのルシエル様をよそに、ジンレートとやり取りをはじめたのは、レナンだった。
たいていの人間が、「ジンレート」という名を聞いただけで、恐れをなすほど、ジンレートの悪行、鬼のような性格は、知れ渡っているはずだった。実際、ジンレートはいつだって傲慢で、ピリっとした空気を持っていた。ほんの少しでも隙を見せようものなら、そこへ付け入って、支配されそうになる。
だが、レナンは違った。臆することなく、ジンレートと向き合っている。そんなレナンの姿を見て、私はこの風景に妙な感覚を得た。
レナンが、いつもの「レナン」に見えなかった。
何が違うのかは、分からない。
ただ、此処に居るレナンは、昨日までのレナンではない。
その勘はきっと、外れていない。
「ルシエルは、本来なら死罪に値する」
「殺すのか?」
「…………いや」
ジンレートは、嫌な笑みを浮かべて応えた。何か、含みを帯びたその顔の裏側に、何が隠されているのかは分からないが、この男のことだ。ろくな考えはないだろう。
「死ぬまで、酷使するまでだ。幾ら最強といえども、このフロート……レイアス部隊の隊長はあくまでも俺だ。ルシエルじゃない」
ジンレートは、鋭く光る目を吊り上げ、俯いたままのルシエル様に視線を送る。そして、この場に居るすべての者に言い聞かせるように、低く静かに言葉を発した。
「所詮。使い捨ての駒に、変わりない」
私の脳裏には、ジンレートと国王の卑劣さがよぎる。
牢獄の中のふたりに、どんな仕打ちが待っているのか…………。
私の方が、恐ろしさを覚えていた。




