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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第一章 ~目覚めの章~
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囚われの身

回想シーンで、ルシエルはアリシアに出会ったときのことを思い出す。

一方、ジンレートをルシエルに指定された牢へ案内をはじめカガリ。

地下牢には「鎖の空気」というものが展開されていた。

 温もりとは、どういうものなのか。


 きっと、考えたことはあった。


 しかし、憧れたことがあったのかと問われると、分からない。


 それだけ、あまりにも遠くの世界の光景だった。



 アリシアと紹介された少女は、キラキラとした瞳で僕を見つめていた。背丈は、僕より若干高い。同い年と言われている。僕の成長期が遅れていることは、分かった。

 アスグレイ家の人間は、外を知らない。村の人との交流が、皆無だった。その代わりに、様々な世界の神の化身と触れ合ったり、魔族や魔族と人間のハーフだとか。それを束ねる一族、「ヴァルキリー」だとか。特別な存在との交流はよくあった。


 ただし、僕はまともに目を合わせたことが無かった。


 父、リヴァーの後継者と謳われ、父に同行する頻度は高かったけど、上の空で真剣には取り組まなかった。

 堕落してみせれば、父の信頼を失墜させることが出来れば、後継者問題は白紙となると考えていた。


「アリシア。ルシエルくんが、アリシアの友達になってくれるって」

「ほんと!? パパ!」

「…………」


 勝手に話を進めるな。


 喉まで出かかる…………しかし、言葉には出来ない。


 言葉を発することが、とても怖かったんだ。



「本当に、居るんだろうな?」

「…………黙って、ついてこい来い」

「ほう? お前も、随分とでかい態度をとるようになったな? 誰に口を利いている」

「愚問だ、ジンレート。お前の他に誰がいる」


 私は、城から少し離れた場所にある、地下牢へ向かって歩いた。荒れた山奥の中に、ツタなどで隠れるように地下への階段が存在している。

湿った感じな土の臭いがする。雨が降ると地面から水が染みているのが感じ取れる。


(本当に、大丈夫なのだろうか)


 ジンレートを案内するよう、ルシエル様に言われた通りに動いている。しかし、この地下牢に繋がれることに、何か意味はあるのだろうか。ルシエル様には「転移」の魔術がある。その魔術を使えば、何処に押し込められようとお、いとも簡単に抜け出せてしまう。


(ルシエル様のことだ。きっと、何か手を打っていられるはずだ)


 そう、私が師匠であるルシエル様を案ずることこそ、愚問であり愚行だと思えた。私はジンレートには気づかれないよう、ふと口元に笑みを浮かべると、すぐにその笑みを消し取り、無表情を繕い、階段をおりた。


 ひとの気配は、確かにある。


 ただし、それだけではなかったようだ。


「? ジンレート。どうした? 何故来ない」

「……お前みたいな剣士には、分からないだろうな。この、重々しい鎖の空気は」

「鎖の空気?」


 何を言っているのか、さっぱりだった。


 とにかく、ジンレートは地下の階段をおりようとはしない。


「この先に行かなければ、ひっとらえているかどうか。見定めはどうするんだ」

「うるせぇよ、指図するな。疫病神」

「その、鎖の空気というものは、私とは無関係だ。何故、今。疫病神と言われなければならない」


 どうも、ジンレート……きっと、「魔術士」にとっては重苦しい空間なのだろう。しかし、過去に私が尋問などをされていたのは、この場所だ。そのときには、当然。加害者であるジンレートは中に居た。


(ルシエル様が作ったのか?)


 そう考えるのが、自然だった。


 しかし、ルシエル様だって魔術士…………術者には、問題ないのだろうか。問題があるならば、こんな術は展開していないはずだが、「あの」ルシエル様も乱心し、殺意剥きだしで魔術を扱ってしまっていた事実がある。今、正しい判断能力と魔術構成が出来ているのか。不安が一切ないと言えば、嘘になる。


(あんなにも取り乱しているルシエル様は、はじめてだった)


 カツン、カツン…………ぴしゃ。


 靴音鳴らして、最下層まで先にたどり着いた私は、なかなかこちらに踏み入って来ないジンレートを無視し、こちらの方が好都合だと言わんばかりに中へと急いだ。

 この地下牢は、左手側に三室のみ造られている。私が閉じ込められていたのは、その中でも一番奥の牢だった。


 ひとつ目。


 空。


 ふたつ目。


 またしても、空。


 三つ目。


 それが近づいて、鉄格子の先端が見えた瞬間、嫌な記憶が蘇える。とっくに完治し、血も何も出るはずがない古傷が、痛む。まるで、失血しているかのように、頭がふわっとする。


 それだけの、酷い仕打ちだった。


 思い出すだけでも、苦い汁が胃から逆流してくる。


「…………ルシエル様」


 私は再び一歩、踏み込んだ。大きく一歩を踏み出すことで、中がしっかり見渡せる位置にまで身体を運べた。

 子どもの腕すら、通すことが出来ない程の密接した鉄格子。そして、窓がない湿り気とかび臭い牢獄。


 その中には、想定内の人物と、想定外の人物が居た。


「ルシエル様に、レナン…………?」

「来たね、カガリ」

「遅かったな」

「…………何故、レナンが?」


 ぽかんと口を開けている私を前に、レナンは「意外」とでもいう顔で、こちらを見ている。

 ルシエル様は、手足を鎖で拘束されている。両腕を天井から吊るされている鎖で巻き付かせ、脚枷をし、その先には鉄球がつけられていた。しかし、身動きが出来ないからといって、「魔術」の封印とはならないだろう。これでは、ジンレートを納得させることは出来ないだろう。

 それに、レナンのことをどう位置付けし、説明するのか。私には分からない。いや、ルシエル様はレナンを「付き人」にすると国王じ直談判していた。そうなると、ルシエル様が何らかの罰を受けることになった今、連帯責任としてレナンが此処に居るのは、当然なことなのだろうか。


 少し、混乱してきた。


 二の句が出てこない私を見て、ルシエル様はふと口元に笑みを浮かべた。暗がりの中だから、ルシエル様の血色がよくないように見えるが、陰の為なのか。実際に具合が悪いのか……まだ、ラナンから受けた傷が、よくないのかと、心配になる。


「ジンレートは、此処まで来られるかな?」

「鎖の空気……ジンレートは、そう言っていました。魔術士対策の何か術でも放っているのですか?」

「そういうところだね」

「それなら、ルシエル様にだって、悪影響があるのではないのですか?」


 動揺して、つい声の音量が上がる。ルシエル様は、手足がガチガチに拘束されている為、首を横に振って私の行為を止めに入る。


「ジンレートに聞かれてしまう。会話は程ほどにしてくれないかな? カガリ」

「す、すみません」


 そう言われては、声量を落とすどころか、口にチャックをするように、黙り込んでしまった。それを見て、ひそひそ話程度にレナンが口を開いた。レナンは、一緒に牢獄には居るが、鎖が繋がれている訳ではない。もしかすると、ルシエル様に鎖を付けたのは、レナンかもしれない。

 もちろん、本気で捕まえる為ではないだろう。カモフラージュだと考えられる。ここまで転移でやって来て、レナンがルシエル様を拘束する。どうやら、施錠はきちんとされている。大きな南京錠が扉にはかかっていた。

 私がその鍵を此処で預かれば、私がルシエル様を拘束し、レナンも「付き人」として同罪とし、ここへ閉じ込めたという筋書きは出来る。


「その通り」

「…………こころを読むの、やめてくださいよ」


 ルシエル様は、返事をしなかった。ただ、再び笑みを浮かべて少し顔を俯かせた。その行為が何を意味しているのかは、私にもすぐわかった。


 ジンレートだ。


「どうやら、本当のことだったようだな」

「……当然だ」


 ジンレートは、滲み汗をかきながら、気怠そうに目を細めてようやくここまで来た。「鎖の空気」が未だ理解できない私だが、相当ダメージを受けていることは、明白だ。

 それと比べると、ルシエル様は特別何かが変わっている雰囲気は無い。異常なしということだ。


 少し、安心した。


「レナンを付き人にしたのは、本当だったようだな? ルシエル」

「…………」

「だんまりか? そりゃあそうだよな。レイアスの隊長である俺に歯向かい、あろうことか。陛下にまで脅しをかけたんだ。ぐうの音も出ないだろう」

「ジンレート隊長。ルシエルを、どうするつもりなんだ?」


 口をつぐんだままのルシエル様をよそに、ジンレートとやり取りをはじめたのは、レナンだった。

 たいていの人間が、「ジンレート」という名を聞いただけで、恐れをなすほど、ジンレートの悪行、鬼のような性格は、知れ渡っているはずだった。実際、ジンレートはいつだって傲慢で、ピリっとした空気を持っていた。ほんの少しでも隙を見せようものなら、そこへ付け入って、支配されそうになる。

 だが、レナンは違った。臆することなく、ジンレートと向き合っている。そんなレナンの姿を見て、私はこの風景に妙な感覚を得た。


 レナンが、いつもの「レナン」に見えなかった。


 何が違うのかは、分からない。


 ただ、此処に居るレナンは、昨日までのレナンではない。


 その勘はきっと、外れていない。


「ルシエルは、本来なら死罪に値する」

「殺すのか?」

「…………いや」


 ジンレートは、嫌な笑みを浮かべて応えた。何か、含みを帯びたその顔の裏側に、何が隠されているのかは分からないが、この男のことだ。ろくな考えはないだろう。


「死ぬまで、酷使するまでだ。幾ら最強といえども、このフロート……レイアス部隊の隊長はあくまでも俺だ。ルシエルじゃない」


 ジンレートは、鋭く光る目を吊り上げ、俯いたままのルシエル様に視線を送る。そして、この場に居るすべての者に言い聞かせるように、低く静かに言葉を発した。


「所詮。使い捨ての駒に、変わりない」


 私の脳裏には、ジンレートと国王の卑劣さがよぎる。


 牢獄の中のふたりに、どんな仕打ちが待っているのか…………。


 私の方が、恐ろしさを覚えていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ルシエルとアリエスの出会いが描かれる部分は微笑ましくて新鮮でした。 そしてグリエスの存在感がとても大きく、魅力的に描かれていますね。 凄く大人なのに、何処となく少年っぽいムードが感じられ…
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