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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第六章 ~起源の章~
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歩兵は、コロス

ラナンらレジスタンスの宿に、敵が襲来。

敵は、魔術を扱う『獣』だとサノイは踏んでいた。

敵は、謎の言葉を発している。

それの意味を探している中、リオスは血相を変えた。

 ガタガタ…………ガコン!!


 それは、静寂した月のない日を、突然に騒々しいものへと変えた。

 私はすぐに宿主を庇うように背を向け、右手を扉へと突き出す。


 いつでも、魔術を放てるように臨戦態勢をとる。

 戦いの中に、常に身を置いてきた私の癖でもある。


 だが、それが正しい。


「…………」


 言葉は発しない。敢えて、こちらからこの場所に居ることを教えることはないからだ。目を細め、暗がりからでも相手の動きを察知しようと試みる。元々、暗闇に居たのだ。私の目は十分に夜目が利いている。軽く空気を吸えば、土臭い匂いが鼻を刺激した。

月が出ていないのは、天気の所為ではない。月の満ち欠けによるものだ。

雨ではないし、この近辺の大地は渇いている。日中は気温も高く、肌をジリジリと刺すような日照りがある。それなのに、此処まで湿った土の臭いがするのは、とても不自然なことだった。私は自身の中で、ある仮定を立てた。


 扉を強引に開け入って来たものは、他の大地から来たもの。

 即ち、魔術の『転移』によって突然、此処に現れたもの。


「こ、殺さないでくれ……ッ!!」

「…………」


 宿主は、この緊迫した空気に耐え切れず、遂に声を挙げた。私は舌打ちするのを堪えると、仕方なく防御も魔術の構成を編み、完成させたところで声を発した。


「フロートの人間か?」

「…………コロス」

「!?」


 女の声ではない。

 かといえ、男…………とも呼べない。


 獣に近い、しゃがれた声だった。


「伏せろ!」


 それは、『敵』に対しての言葉ではなかった。宿主を、直ぐに此処から逃がす必要性があると判断したのだ。相手の言葉が放たれると、その刹那に炎が見えた。相手はやはり魔術士、か。それも、面倒なことになっていそうだ。獣臭いところを見ると、以前、ミスト大陸で見たルシエルの暴走。更には、毒草に当てられた魔獣に噛まれることで感染した、ラナの『獣化』に近い症状を持っていると考えられた。やや、難を抱えた敵だと断定するには十分過ぎる材料が並べられた。

 宿主に逃げるよう指示すると、私の魔術も発動していた。相手からの炎の爆発的な攻撃は、それによって完全に無効化させることに成功。シュワ…………という音とともに、水煙となり闇夜に溶ける。その隙を見て、宿主は裏口から逃げようとしたのだろう。私に背を向け、慌てて別の扉に向かって走り出した。気配を察したところ、他にも敵が潜んでいる可能性は低そうだ。ひとり行かせても問題ない。むしろ、安全だろうと踏んだ。


「サノ!!」


 魔術の攻防があれば、当然、木造建てのこの小さな宿だ。この騒々しい物音を、二階に居る仲間に聞かれることは必至。部屋に残して来たリオの声が、階段を下りて来る音と共に一階に響いた。

 正直、リオには二階に待機していて欲しかった。今日は新月。ラナがいつものように具合を悪くしている。そうでなくとも、ラナは最近ずっと食が細い。睡眠もまともに取れていない状態だった。ラナは、身体を満足に動かせずに居る。もしもこの隙に、ラナが狙われでもしたら…………それこそ、取り返しのつかないことになる可能性がある。それは、避けなければならない。

 リオがラナを置いて、こちらに来たということは、現段階では二階に敵の姿はないのだろう。気配があったとすれば、リオがラナを置いてくるはずがない。


「コロス、コロス…………歩兵はコロス」

(歩兵は殺す? どういうことだ?)


 相手の言葉の意味が、直ぐには解読できなかった。きっと、そこには意味がある。だが、とりあえずは相手が魔術を扱える『獣』であると認識した方がいい。言葉を発せられた瞬間に、敵からの魔術による攻撃があると考えた方が賢いだろう。


「リオ、相手は魔術を使う。気を付けろ」

「やっぱり敵なんですか!?」

「おそらく…………」


 右手は未だ、敵の方に向けて突き出している態勢だ。少しでも空気の変化を読み取った際には、瞬時に防御、或いは攻撃の魔術を構成し、発動するための準備をしておく。

 階段からは、リオが剣を片手に構えながら下りてきている。扉には敵。背後からはバタンという音がし、宿主の姿が消えた。宿が獣で囲われていなければ、このまま逃げ出せたはずだ。最後まで責任をもって守り切れなかったことは、自分の弱さだと奥歯を噛んだ。今の優先順位は、とにもかくにも『ラナ』だった。人が好いラナであれば、自分の身よりも宿主を完全に守り切ることを選択したであろう。だが、私は違う。そして、リオもまた私寄りの人間だった。冷徹になれる性格だ。


「歩兵はジャクシャ。歩兵はコロス」


 次に発せられた言葉は、魔術の詠唱を兼ねていた。私はそれを直ぐに察知すると、相手が『炎』を得意とした魔術士だと判断し、水の魔術構成をもって続けて攻撃をすることを選択した。五本の火柱が、私たちを囲むようにして突如現れる。魔術による炎だ。赤々とはしていない。燃やしているものが酸素ではないのだろうか。仕組みは定かではない。青白い火で一面は埋め尽くされた。

いや、正確には『突如』ではなかった。相手が魔術の構成を練っていたことには気づいている。私はすぐ、火を消すための行動に移った。右手を一度左側に引いてから、瞬時に空を切るように動かし、一言。『ウォール』とだけ、声を発した。水を形成する分子を取り込み、消火にあたる。火と言うものは、天井まで燃え上がると厄介なものだ。しかし魔術があれば、なるべく早くの消火活動は試みることが出来る。ただ、やはり時間もそれなりに要するものだ。さらに、今この現状を見てみよう。階段の上……二階の部屋にはラナが身を隠している。万一、炎が一階の天井を燃やしたとするならば、その余波は必ず二階にも伝わる。直ぐに逃げ出せる状況ならば、まだしも。今のラナは、残念ながら身軽ではない。


 私は、こちらから攻撃を仕掛けることにした。


「ウォーター」


 声と共に水の渦が発生した。空気中の酸素と水素を取り込み、多量の水で炎を覆い囲む。一気に呑みこみ蒸発させることを狙った。火と水。相性だけで見れば、水のエネルギーの方に分がある。更に、それを決定的にするためには、術者の魔力が比例する。私の魔力と集中力が高ければ高いほど、優位に立てる状況下だ。

 あれだけ轟いていた火だが、程なくして水煙の中に姿を消した。だが、それを見ても敵は、慌てる様子は無かった。そこに若干の違和感を抱くものの、それ以上に得られる情報は無い。


(何かのタイミングを狙っているのか…………?)


 シュウウウ…………という、煙の音だけが静まり返ったこの屋敷に響いていた。リオも私も、そして敵も、気配を鎮めている。周りで虫が鳴く気配も無い。不気味なほどの静けさだった。

 そんな中。リオは、ちらりと視線をこちらに向けた。それには気づいたが、私は敵の視線に集中する。次に何か言葉を発する時、再び魔術が放たれるだろうと予想していたからだ。

 こちらから動かないようにしたのは、敢えて相手に手の内を見せることもないと考えたからだ。それに、相手の言葉も未だ解けず、気にはなっている。


 歩兵はコロセ。

 それならば、誰ならば守るとでも言うのだろうか。


「………………サノ」


 沈黙に耐え切れないという訳でもないだろうが、リオが珍しく言葉を発した。場の空気を読めないとか、そういったことは無い。リオもまた、ずっと戦いの中に身を置いていた兵士だった。フロートの傭兵組織の最下位とはいえ、クラスの隊長を長く務めていただけのことはあり、数々の戦場を経験していた。私よりも年下だ。更に、皇子であった自分よりは、そこまでの修羅場をくぐっていないかもしれない。だが、それでも優秀な兵士だ。彼の行動には必ず意味がある。私はリオを、仲間として信頼していた。目の前で、沈黙を保つ敵から一瞬視線を外し、私はリオの目を見た。その瞬間…………嫌な予感が走った。


「リオ…………まさか!」

「!!」


 リオの目にはハッキリと、『恐怖』が焼き付いているように見えた。自分自身に何かが起きた程度では、あんな顔を見せたりしない。リオの視線は私に向けられていたのだ。目視したのではないだろう。それでも、確かに察知したのだ。


 厄介なことに、敵は独りではなかったらしい。


「ラナ!」


 私がラナの名を叫ぶとほぼ同時だった。轟音と共に、この宿全体が揺れた。地震かとも思ったが、そうではなさそうだ。私は目の前の敵に背を向け、階段を駆け上がろうと走った。それよりも先に、リオの方が二階の部屋にたどり着いている。私もその背中の後に続いた。


「ラナ………………無事、か?」

「…………」

「ラナ……?」


 敵の気配もある。

 宿の不穏なる揺れも、続いている。


 しかし、敵の姿がない。


「ラナ。敵は、一体…………」


 ラナに異常は無かったようだが、私はどうにも落ち着けずにいた。何か、違和感がある。ゆっくりと足を進め、私もラナがしっかりと見える位置まで距離を詰めた。ラナはぼんやりと、窓の外を見ていた。


(………………窓の外?)


 いや、それよりも異常を示しているのは『リオ』の方だ。まるで、亡霊でも見ているかのように、未だその場に佇み、顔を青ざめさせていた。


「リオ」

「囲まれています」

「誰に」


 間を、置かなかった。

 リオには、何かが見えている。


「…………亡霊です」


 リオの口から出たそれは、普通ではない。

 だが、リオには見えている様だった。


 歩兵はコロス。

 その答えが、そこにはあるのかもしれない。


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