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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第一章 ~目覚めの章~
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目覚めのとき

眠りから覚めなかったレナンの意識が戻る。

ルシエルの部屋にひとり残されたレナンは、自分の本音と兄への想いを振り返る。


一方、レジスタンスに助けられた最強の魔術士ルシエルも、目覚める。

 誰も、居なかった。


 物心がついた時には、フロートが運営する孤児院に居た。


 父親も、母親も、知らない。


 顔も名前も、知らない。


 居るのは、赤の他人の教育者シスターと、孤児。


(いや……ひとりだけ、居た)


 唯一の、家族。


 兄、ラナン。


「…………なんでだよ」


 ずっと、隣で笑っていた兄。


 身体が小さく、よく虐められていた俺を、庇ってくれた兄。


「なんで、俺を置いて行ったんだ」


 ラバースからの使者からのスカウトで、傭兵になった俺たち兄弟。即戦力として、ラバースSクラスの推薦があり、別宿舎に移ったラナン。どこでそんな力をつけていたのか。ラバース領主の「クランツェ」と、最高位クラスの立ち合いの場で、ラナンはありとあらゆる武器を、操って見せたらしい。その評価が高く、そのまま最下位クラスに配属された。

 ラナンとは対照的に、何の知識も実力もない俺が、即戦力になれるはずがない。俺はラナンとは別の宿舎。「傭兵育成組織」へと案内された。

 そのとき、俺がどれだけ心細かったか……ラナンは、想像したことがあるだろうか。俺が必死にラナンを信じ、ラナンの助けを待っていたことを、知っていたのだろうか。


「ずっと、ずっと…………待っていたのに」


 ラナンは、ひとり先へ行った。


 気づいたときには、Dクラスの隊長に。


 やっと、Dクラスに入隊出来たと思ったら、ラナンはラバースを去った。


 俺のことなんて、眼中になかった。


「…………寒い」


 目を開けると、見慣れない天井があった。冷たいシーツの質感は、つるっとしていて肌に優しい。ラバースに与えられている布団は、縫い目が荒い。つまりは、俺は今。ラバースに居ないということになる。


「…………どこだ、此処」


 ゆっくりと、身体を起こそうとする。しかし、上手く力が入らない。そして、身体に違和感を覚える。いつもと、何かが違う。

 もう一度、視線だけ動かして室内を確認する。不思議な絵画がある。木造の椅子にテーブル。なんだか、とても広い部屋だ。灯りが無くて、外からのわずかな光だけが頼り。それでも、夜目が利いているのか。割と把握できた。


(そうだ。俺は、フロート城に居るんだ)


 この部屋が、「世界最強の魔術士」ルシエルの部屋ということも、思い出した。しかし、肝心の部屋の主の姿がない。ルシエルは、俺を「付き人」にしてくれると言って、国王に交渉しに行った。部屋に戻ってきてからは、俺を寝かせて食事の準備をしていたはずだ。


「結局、独りになるんだ…………俺は」


 寒い。


 こころが、凍り付いていく。


『目覚めたか』

「!?」


 敵が来たのだと思い、俺は、無理やり腕に力を入れ、腹筋を使って起き上がる。しかし、声は確かに聞こえて来たのに、誰の姿もない。ただ、気配はある。


「誰だ! 居るんだろ……姿を見せろ!」

『姿ならば、見せている』

「?」


 目を細め、目を凝らす。それでも、声の主を特定できない。どうみたって、ただ、テーブルや椅子、本棚など、家具があるだけだ。


(本当にそうか?)


 俺は、意識を集中させ神経を研ぎ澄ました。すると、ぼやっとしているが、なんだか空間が歪んでいるような錯覚を覚える。


「そこに、居るのか?」


 ベッドから降りて、立つほどの力はない。何故、こんなにも脱力しているのかが分からないが、身体を起こして、ベッドに座った態勢をとるので精一杯だ。


『ふたつの命を宿すもの』

「?」

『人間としてのお前の命は、尽きたのだ』

「…………何だって?」

『お前は死んだ』

「…………」


 何を言っているのか、理解が及ばない。俺は、自分の右手を広げ、視界に入れた。確かに、血色は悪い。だが、俺の意識で動くし、心臓だって動いている。


「何を言いたいんだ。俺は、ちゃんと生きている」

『精霊の卵。お前の器は、貴重なるものだ』

「精霊?」

『水の精霊主だったお前が、こうして目覚めたものは運命』

「…………バカバカしい」


 普通に会話をしているうちに、ただ、ぼやっとしていた景色から、「人間」のような姿を視界にとらえていることに、俺は気づいた。その姿は、耳が尖っている。エルフというのだろうか。「色」というものは、無いように感じる。


 風。


 そうだ、風のような存在。


「俺は人間だ」

『人間としての一生は終わったのだ』

「勝手に決めるな」


 面白くない。


 化け物と呼ばれていた、兄、ラナン。


(ラナンは、こういう気持ちでずっと居たのか?)


 緑目の生命は、この世界で存在していない。


 だからこそ、異端とされている。


(孤独だったのは、ラナン…………お前もなのか?)


 精霊だとか、死んでいるだとか、俺のことはどうだってよかった。別に、終わったならそれで、どうにかしたいとも思わない。この世界に、何の爪痕も残せなかったと、ただ思うだけ。

 それよりも、この謎めいた存在に、訳の分からないことを突き付けられて、俺は率直に不快感を覚えた。勝手に決めつけられて、勝手に何かを押し付けようとしているのが分かる。


 俺に、選択の余地がないように。


(ラナンは、何を抱えているんだ)


 いつの日か、ラナンがすごく「大人」に見えたときがあったことを思い出した。


 最近の話ではない。


 まだ、幼い子どもだった時代。


 孤児院に居た、遠い過去。


(何か、あったのか? ラナン)



「キミは、感情を隠すのが上手いね」

「…………」


 日が傾いてきていた。雲行きがよくないこともあり、辺りは暗い。私は、どれだけ眠っていたのだろうか。訊ねても、誰も答えようとしないのだ。

 ここが、レジスタンスのキャンプ地のひとつであることは、教えられた。同時に、暴走した私が犯した、罪を思い出す。私は、簡単には取り返せないほどの失態を犯していた。

 それに対して、どうしようもない怒りを覚えた。城にひとり置いてきてしまった、レナンのことも、気がかりだ。そして、此処に居るカガリを不自然に思わせないように帰還させるには、どうしたらいいものかと、思考を働かせる。自己嫌悪は程ほどにし、まずはカガリを城に戻し、自分自身も城に戻らなければいけない。

 城を出てくる前のことも、分かっている。ジンレートに手を出したこと。国王に向かって、警告を放ったこと。


(どうして、自制が出来なかったんだ……私は)


 病に侵され、睡眠不足と体力消耗。それに伴い、思考力の低下が進み、最悪なことに私は自我を失った。

 自我の無い私は、魔力の制御も外してしまった。生まれながらにして、「脅威」と恐れられ、その力の解放を、戒められてきた「魔力」は、封じていなければいけなかったのだ。

 魔力の暴走は、精神崩壊を加速させてしまった。攻撃的になった私は、その言葉の通りにたくさんのものを傷つけた。


「キミたちのリーダーの精神を、傷つけてしまったね」

「……ラナは、そこまで弱い人間ではない」

「強がっているだけだよ」

「いや」

「違わない」


 私は、キャンプの中心から少し離れたところに立つ、黒髪黒目の青年を前に、言葉をかける。

 彼の名は、「サノイ」だ。彼が居ることで、レジスタンスアースは、上手く回っているともとれる。それだけ、彼には力もあり、思考力もあった。


「強がっているのは、キミだ」

「…………私が?」

「そう。動揺させまいと、こうして私をラナンから遠ざけている」

「…………」


 ラナンは今、眠っていた。私と交戦し、相当に疲労していたようだ。リオスの話によると、ここまで深い眠りに入ったのは、記憶にないそうだ。治療されていたとはいえ、私の魔術による攻撃を、幾つもその小さな身体に受けていた。失血も酷かった。それでも、私が目を覚ますまで、ずっと私を見守り続けていた。


(夢の中で、アリシアに会った気がしたな……)


 目を開けたとき、視界に入ってきたのは緑の瞳だった。


 アリシアに似た、輝く瞳。


 でも、放つ色が違う。


 その瞳に、意識を取り戻した私が映ると、その瞳は閉じられた。


 そのまま、今に至る。


「この傷は…………致命傷だった」

「…………」

「気にすることはないのにな。自分が蒔いた種だ。すべて、私の責任だ」

「…………ラナは、繊細なんだ」

「知っているよ」


 ラナンに貫かれた腹部の傷は、あまりにも深かった。意識を取り戻したと同時に、どうしようもなく痺れるような痛みが腹部を襲った。何とか顔には出さないように努め、何故、このような痛みがあるのかを思い出そうとした。意識が戻った瞬間は、記憶が曖昧になっていたからだ。

 しかし、痛みを通してその記憶はすぐにハッキリとした。自分の愚かさを呪い、弟子であるカガリを巻き込んだこと。そして、城に独り残してしまったレナンの身を案じた。


「この傷のことを、カガリにも隠してくれたんだね」

「あなたは、最強の魔術士だから…………そんな傷で、世界を動揺させたくはない」

「最強なんて、名ばかりだ。私はただの、最低な人間だ」

「…………人間だから、ミスを犯す。完璧な人間など、存在しえない」

「キミにも、欠点があるのかい?」

「…………」


 サノイは、何も答えなかった。


 彼の年は、二十四。まだまだ、若い。カガリよりも若い。しかし、カガリよりも、落ち着き払った精神を持ち、適格な判断を下すのが、実に早い青年だった。大国「クライアント」を支え続けた、皇子であり、軍師であったことには頷ける。


「カガリと、城へ帰還する」

「いつ?」

「今すぐにでも、発ちたい」

「転移の魔術を使うのか?」

「そうだね」


 腹部の痛みは治まる気配がなく、息をすればやはり胸が苦しい。それでも、魔術が扱えない訳ではない。それだけの集中力は、取り戻せていた。

 カガリを早く、城へ戻したい。そして私は、まずは部屋に戻ってレナンに薬を与える。それから、国王とジンレートのもとへ行くつもりだ。形だけでも、謝罪を入れるしかない。

 だからといって、絶対的忠誠心を誓えるものでもない。もし、何らかの罰がくだるのならば、甘んじて受けようと覚悟は決めた。牢獄に入れられるかもしれない。「転移」の魔術がある限り、その行為はまったくもって無意味ではあるが、おとなしく従おうと思う。ただし、レナンの命の安全と、私の拘束時の保障はしなければいけない。


(カガリに任せられたら、一番安心なんだが…………国王から、その許可を得るのは無理だな)


 それだけカガリの存在を、国王は重要視していた。


 カガリは、「疫病神」としてフロートに置かれているのではない。


 真実は、別にある。


 神への信仰心が篤いフロート現国王「ザレス」が、「疫病神」を傍に置いておくはずがないのだ。


 カガリを側近として置いているのは、カガリから「力」を得たい為。


 そのことに、カガリ自身は気づいていない。


 ザレスの一番のお気に入りだと自負している、ジンレートも気づいていない。


「サノイ」

「…………何だ」

「キミの秘密を、私は知っている」

「?」

「いつか、話すときが来る。そのとき、キミはきっと…………私を超える」

「…………」


 何を意味しているかなど、悟れないだろう。


 しかし、これもまた事実。


 世界史にはそう、書かれている。


 私は、サノイに背を向けて、キャンプの中央に向かって静かに歩き出した。


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