訪問者
「……今夜は、夜風が冷たいな」
白のローブを身にまといながら、ゆっくりと廊下を歩いていく。城内とは、松明で照らされるものが一般的だが、用心深いフロート現国王、「ザレス」は、放火を恐れ、廊下から松明を取り払ってしまった。そのため、明かりは小さな窓からの月明かりのみとなっている。今日は満月だから、それなりの光量だが、新月のときなど、とても暗くて慣れない兵士は歩くことを拒む。
もっとも、城生活の長い私は身体が城の構造を覚えているし、何より、夜目も利くのだ。暗くても、文字は読めなくとも歩くことは何の困難でもない。
「……」
私は中庭に出る為の扉を開けて、立ち止まった。先客が居るのだ。それも、とても珍しい客人だった。
ここを心地よいと思っているものは、城の中にはふたりだけ。私とカガリだ。そのため、はじめは人影が木のもとで揺らいだときに、「カガリがいる」と思った。だが、それにしては背丈が低いし、月明かりに照らされる髪の毛の色も、黄金色で違っているのだ。
その少年は、城のものではなかった。フロートの人間ではあるが、城に席を置くレイアスや門番などの兵士ではない。
「どうしたんだい? こんなところで……こんな時間に」
声をかけられるとは、思っていなかったのだろう。少年は驚いた顔をして、私を見た。
「……あんたは?」
少年の声は、まだ声変わりをしていない。耳には、青色の石のピアスをしていて、服装はラバースで支給される、隊服を着ている。紺色の正装だ。瞳は青。
「私は、ルシエル」
「……!?」
少年は、さらに驚いた顔をしてみせた。私の名は、自分で言うのもおかしいが、世界で知らないものは居ないと自負出来るほど、知れ渡っていた。
「世界……最強の魔術士」
「そう、呼ばれているね……一応」
もっとも、世界大会などがあるわけではないのだから、私以上の使い手が居るのかもしれない。手合わせをしたことがない、それこそ「サノイ」皇子なんて、もしかすると私の上をいく切れ者かもしれない。何より彼はまだ若いし、有望だと思っている。
「あんたが、何故ここに」
「ここはフロート城だよ? レイアスの人間である私がここに居るのは、至極当然のことだと思う。それよりも私は、ラバースの兵士であるキミが、ここに居ることの方が不思議に思うよ」
「……確かにな」
少年は、大きな瞳をかげらせた。何かを隠しているのは、すぐに見て分かった。
それにしても、この木には何か、「力」が宿っているのだろうか。訳ありの人物が、集まってくる。
「話くらい、私でよければ聞くよ? レナン」
「俺の名前を知っているのか?」
「キミのお兄さんが、あまりにも有名だからね」
「……ラナンのおまけか、やはり」
私は、失言をしたと内心で反省した。彼にとって、そのことはコンプレックスのようだった。
レナン。
彼は、ラナンの双子の弟だった。
だが、一卵性の双子だというのに、瞳の色がラナンは緑を……レナンは青い光を宿していた。一卵性の双子というものは、胚の第二分裂期に分裂するため、遺伝子情報は同じものを持っているはずなのだ。瞳の色が変わることなど、有り得ないこと。そのため幼き頃、ラナンは虐めにあっていたと聞く。可愛がられていたのはむしろ、レナンの方であった。
ただし、それがラナンにとっては結果的に幸いしたようだ。孤児院に居たラナンとレナンだが、可愛がられていたレナンとは対称的に、独りで居たラナンには独学する時間が与えられたのだ。その時間を有効的に使い、運よく出会った当時少年だった私の教え子「カガリ」から、生きる術を更に受け継ぎ、ひとり、黙々と鍛錬を積んだのだ。その為、ラナンとレナンが十五歳になり、孤児院にラバースの使いが「兵士候補生」選びに行ったときに、ラナンはラバースの養成組織を経ずに最下位クラスではあったが、いきなり兵士としての素質を買われた。しかし、それまで剣など持ったことの無かったレナンは、当然経験値が無いため、養成組織へと振り分けられたのだ。
「ラナン」への対応がイレギュラーなのだ。本当の順序を辿っているのは、「レナン」の方……。しかし、レナンは非常に強く、劣等感を抱いてしまっているようであった。双子であり、ずっと隣に居たと思っていた兄は、気づけば先を、先を……歩いているのだ。頼もしいと思う一方、妬みというものも生まれてくるのが世の常というものか。
ラナンがラバースを抜けた後も、レナンはラバースに席を置き続けた。いや、過去形ではない。今もなお、ラバースに居る。それは、ラナンが在籍していた「最下位クラス隊長」の座を塗り替えるかのごとく、レナンは昇級していき、今では最高位クラスの一般兵として、活動をしていると聞く。
ラナンには、「カガリ」という師匠が居た。だが、レナンには「師匠」と呼べる者はいない。それで、ここまで来たのだ。持っている素質は、確かなものだと評価したい。
「非礼を詫びる。レナン。私は、キミをラナンのおまけとしては見ていないよ」
「別に構わない。慣れている」
(信じてはくれないか……)
そう思われても仕方が無い。私の発言が招いたことだ。
冷たい風が吹く。夜風は身体に良くないと、医者にも言われているし、最近は自覚するほど体調が思わしくない。だが、このままレナンを放って部屋に帰る訳にもいかず、私はしばし考えた。
「私の部屋に来るかい?」
「は?」
出した答えはこれだ。外がまずいのならば、部屋に入ればいい。それも、自室ならば私の都合のいいように魔術で加工を施している。炎の魔術の応用編で、室内温度も上げているし、この時代には「電気」というものが無いため、これもまた炎の魔術で光の球をつくりあげ、古代で言う「電球」まがいのものを作り出し、夜でも昼間のような空間を部屋に広げることが出来るのだ。
(魔術もあまり使うなと言われているが……これくらいの魔術なら、疲れも感じないし大丈夫だろう)
私は、レナンの手を掴んだ。とても冷えている。長い時間、外に居たことがうかがい知れる。何をそう、長いこと考えこんでいたのだろうかと、私の興味はそちらに移っていた。