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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第五章 ~隠された真実の章~
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動き出すオリジン

倒れたレナン。

医者を呼びに行こうとしたリオス、そしてカガリ。

しかし、それを止めたのはオリジンだった。

オリジンは、意味深な言葉を告げはじめ……?

 やけに、寒かった。

 肌寒いとか、そんなレベルではなく。


 心の奥底から、冷え切ってしまったような感覚だ。


「レナ。いいから黙って……今、医者を呼んできます」

「……医者、なんか。この、あた、りには…………いない」


 息苦しい。ひとつ、ひとつの音を絞り出すようにして、言葉をねじり上げる。それでも、ほとんど声量は出ていない。これ以上、喉を震わせるとまた、血を吐きそうで怖かったんだ。

 腹部をやられたりなんかしたときに、血を吐いたことはあった。戦中の中で、傷やこういったものは、つきものだ。血が怖くて、兵士なんか務まらない。でも、毎日が戦争のようだったラバース時代を経て、今はもう何ヶ月も経っている。最近に至っては、平凡な生活を送っていたんだ。突然、こんな風に身体にガタが来るなんて、思ってもいなかった。

見通しが甘かったのかもしれない。兵士として戦い、俺は、多くのひとを傷つけて来た。相手が武器を持った同じく兵士ならまだしも。武器を持たない町民たちにも、俺は酷いことをしてきた。特別な私怨だってない。いや、あったのは汚いラナンへの嫉妬心。そのツケが今、こうして回って来たのだとしたら、俺はもう、抗うことをやめるべきなんだとすら思えて来た。


「どこまででも、探しに行きます。レナ、僕にもたれかかってください。抱き上げます」

「…………いい」

「問答無用です」

「いい、ってば…………ッ」


 また、血が込み上げて来た。眉を寄せ、咄嗟にリオスとは反対の方に吐き出そうとした……が、そこまで大きく動けず、結局はリオスの服に咳き込んでしまった。


「わ、るい……」

「いいです。その代わり、黙ってください」

「…………」


 そう言われると、弱かった。俺は俯きながら目を少し閉じた。


「……(あぁ、疲れた)」


 このまま、意識を手放せば、深い眠りにでもつけそうな感じだ。そういえば、最近はめっきり睡眠をとっていなかった。それもあって、体調を崩したのかもしれない。

 こんなことで、俺が傷つけて来たものの償いなど、出来るはずがない。もっと、痛いしっぺ返しが待っているような気もしてきた。それならば、俺はまだ死ぬことはないだろう。


「……(死より、もっと怖いことで、償いをしなければならないのか?)」


 それを想像したときに、真っ先に思い浮かんだことは、ラナンのことだった。ラナンを失うということ。それ以上に怖いことなど、なかった。


 俺はずっと、ラナンのことが好きだった。

 兄としても、人としても。


 尊敬だって、していた。


「何事だ?」

「カガリさん……」


 視界には入ってきてない。それでも、すぐに分かった。リオスが名前を呼ばなくとも、声で判別が出来た。少しずつだが、俺は体調の悪さはそのままにしても、冷静さは取り戻してきていた。吐血することで、気が動転し、つい悲観的になってしまったが、別に今だけ特別に体調が悪化しているだけかもしれないんだ。それなら、今を乗り切ればまた元の身体に戻るはずだ。そう簡単に、諦めるものでもないかと、自分自身に言い聞かせる。


「レナン…………血を?」

「ここを頼んでもいいですか?」

「医者を呼びに行くなら、私が行く」

「カガリさんが?」

「私の脚の方が早い。それに、此処に残るのは、私よりもリオスの方がいいはずだ」

「何故、ですか?」

「私はフロートの人間だ。本来なら、ここに居るべきではない」

「…………」


 リオスは、語らなかった。

 リオスだって、二年前まではフロートの……傭兵組織「ラバース」に居た人間だ。兵士として剣を振るい、そして、幾つもの戦争を越えてきている。その数は、俺よりも多かったはずだ。そうして得たお金を、村へ仕送りしていたという話を聞いたことがある。

 仕送りだとしても、自分の為だ。個人の私益の為に人の命だって奪っている。それなのに、今ではフロートをやけに毛嫌いしている節がある。ここまで嫌いながら、何年も兵士なんて務まるものなのだろうか。

 俺は別に、フロートにそこまで何かを感じている訳じゃなかった。だからこそ、レジスタンスなんて抜けられるものなら、抜けたいとすら思い、今はこうしてラナンと隠居生活へと踏み込んでいられたんだ。これだって、自分のためといえばそれは否定できない。それでも、この生活をすることで、困る人間は居ないと思っている。ラナンだって、本当は武器なんて持ちたくなかったはずだ。

 裏ラバースだったソウシに、武器を与えられてレールを敷かれていたラナンは、乗りかかったときには、この世界のノウハウも何も、知らなかった状態だ。年上の言うことを、ただ言われるがままに、聞いてしまった……いわば、被害者だったのではないだろうか。今のラナンはまた、記憶を失くし、視力も失くし、子どもに戻ってしまったかのような状況だ。何も自分では決定などできない。そんなラナンを、守るように俺はゆったりとした生活を、送りたかった。それが、俺の望んでいた世界でもあったからだ。


「行って来る」

「お願いします」

「まって」


 カガリが行こうとしたそれを、遮るように言葉が発せられた。姿は見えないが、声がしてきた位置からして、二階の方からだ。


「オリジン……?」


 カガリが、不思議そうに名前を呼んだ。やはり、二階に居たオリジンの声だったらしい。オリジンは、ゆっくりゆっくりと、階段を下りて来る。小さく見えて、実際はもう少し年もいっていそうだし、背丈もあったのかと不思議に思えて来た。いや、この少しの時間で、成長しているようにも感じられる。


「ボクが、みる」

「オリジンが?」


 カガリの問いかけに対して、オリジンはただゆっくりと頷いた。俺の近くまでやってくると、俺は静かに目を開けた。距離感は、空気でなんとなく感じ取れていた。


「オリジン、……?」

「レナンは、だまって」

「…………(俺の名前を、把握している?)」

「…………」


 オリジンに、俺は名乗りなどしていなかったはずだ。いや、そうだとしても、どこかの時点でカガリから名前くらい聞いていたのかもしれない。それほど驚くべき案件ではないかと、頭を切り替える。少しのことで動揺するほど、今の俺には余裕がないのだろうか。

オリジンは、俺の胸に小さな手を当てた。何をするのかと思えば、そのまま、魔力をこちらに流し込んできているのが感じ取れた。

 詠唱も、何もなく。他者へ魔力を与える行為など、誰にでも出来ることではない。俺だって、そんな方法知らなかった。


「ボクのチカラで、すこし、おさえる」

「……(なにを?)」

「レナンの魔力は、おおきすぎる」

「…………」


 今度は、心でも読まれたかのような感覚に陥った。単純に、言葉を区切って発しただけのような気もするが、それでも、タイミングがいい。オリジンは、やはり特殊な存在なんだと思えて仕方がなかった。


「つかいこなすには、まだ、はやい」

「…………」


 オリジンの言葉が正しいのであれば、やはり、大きすぎる力がこの吐血を生み出していたのだろうか。世界の秩序を守っていくためには、強大な力は遅かれ早かれ自然淘汰されていくものだろうか。かつて、この星が「地球」と呼ばれていた頃に、そうであったように……。大きすぎる力、すなわち「化学兵器」と呼ばれているものは、星から一度姿を消すことになっている。一掃されたからこそ、今、新たな名を持ち、星には独自の歴史と文化が構築されたのだ。

 それを考えると、力あるもの、世界の脅威は必ず一掃されるべきなのかもしれないとさえ、俺には思えて来た。そのために、世界の隠れた支配者「精霊界」は、それを実行するべくために「名もなき草」などという、恐ろしい毒草を管理し続けているのだろうか。


 世界をゼロへと戻す。

 そこからまた、新たな星と時代……歴史が生まれる。


「…………オリジン」

「せかいは……」


 俺が口を開けば、オリジンはすぐさまそれに被せて言葉を告げた。


「はめつへと、向かっている」

「……」

「でも」

「?」


 オリジンは、何かを諭すように俺の額に人差し指を当てて来た。

 その刹那……一瞬脳裏に映像が浮かび、そして消え去った。


 残念ながら鮮明な映像ではなかった。

 ふたりの人間が、こちらを見ている……読み取った情報はそこまで。

 それが誰だったのか……そこまでは、把握できなかった。


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