魔術士の異変
目が覚めたラナン。
ラナンはオリジンに会ってみたいと願う。
一方、ラナンを献身的に支えていたレナン。
突如として、その身体に痛みが走り……!?
夜が明けた。
これは、新たなる時代の幕開けとも呼べる……かもしれない。
「…………ん」
「起きたか」
「……レナン?」
「あぁ、そうだ。おはよう、ラナン」
オリジンとカガリ。そしてリオスには、二階を使わせた。ラナンが階段を上れるほど体力も筋力もないため、俺たちは一階にある部屋を使っていた。夢の家は、二階建てで寝室が一階に一部屋。二階に二部屋あった。ルシエルがひとりで山籠もりするために造ったならば、それにしては部屋数が多すぎる気がする。ルシエルは、何を夢見ていたのだろう。いつか、聞けばいいのかもしれない。生きていることになったのだから。焦らなくともきっと、また、再会できるのだろう。人間、信じておけば何でも大概のことは叶うものだと思う。
「レナン」
「ん?」
「……ううん、なんでもない」
「なんだよ。気になる。教えてくれよ」
「……寒いんだ」
「布団、もっと被るか? まだ、朝だしな。冷えていることは、冷えている。それとも、部屋を暖めるか?」
「力を使うの?」
「魔術のことか? 大丈夫。そんな難しい魔術じゃない」
「……だめ」
ラナンは、首を軽く横に動かした。身体が寝ている状態のため、大きくは動けない。呼吸も、弱弱しくなりつつある気がする。
ラナンは、記憶と視力が戻れば、すべてを取り戻せるのだろうか。衰ええた筋力も、知力も、すべて……もとに戻れるのだろうか。
たとえ戻ったとしても、レジスタンスに戻すつもりはない。ずっと、ラナンは世界のために生きて来たんだ。もう、解放されたっていいはずだ。もし、まだ世界を動かすのに駒が必要だと「世界史」が言うのであれば、俺が代わりになってやると思っている。世界史の方が嫌だと言うのであれば、ラナンのことだけは見逃してくれと直接訴えたい。その術が分からないし、そもそも出来るのかもわからない。それでも、ここまで苦しんだラナンを、みすみすまた、戦線へ送り込むなど弟の俺には出来ない。させたくないことだ。
「レナン、疲れてる」
「疲れてる? 顔、見えるのか?」
「ううん。ただ、光が弱まってみえる。いつも、もっと綺麗な青できらきらしているのに」
「……青が、きらきら?」
「今は……揺らいでる」
「気のせいだよ」
俺はラナンの髪を、優しく撫でた。それから、席を立ち上がれば隣のベッドから布団を持ち上げ、そっとラナンの上にかけてあげた。フカフカとした柔らかい羽毛布団だ。此処にある寝具なども、すべてルシエルが用意してあったものだ。準備がよすぎる。まるで、今、このときに、俺たちが夢の家を拠点にすることを、見越していたようにも思えてきてしまった。ルシエルに聞くよりも早く、真実が見えてきそうな気もすると思えて来た。
「誰か、来たの?」
「あぁ、仲間だよ」
「仲間?」
「そう…………オリジンも」
「オリジン」
「ラナンは、オリジンを知っているんだろう?」
「…………夢の中で、見た。キラキラしている。いろんな色が、まじった……不思議な光」
「光、か」
「レナン」
ラナンは、戻らない視力の瞳で俺を見た。焦点はまるであっていない。それが分かるくらいの輝きのない目だ。それでも、こっちを見ているのは確かだ。
「オリジンを、渡しちゃだめ」
「誰に?」
「……わるいひと」
「悪いひと?」
具体的な名前を、言いそうになってしまった。
「フロート」、そして「精霊界」。
俺は、咄嗟に口をつぐんだ。
「オリジンは、大切」
「ラナンにとって?」
「ううん。世界」
「…………ラナンは、それを誰から聞いたんだ?」
ラナンは、もしかしたら眠っている間に、意識がどこかへ飛んでいるのだろうか。精神体というか、魂というのか。それとも、霊体とでも呼ぶべきなのか。それが、「世界史」とコンタクトでも取っているような気さえしてきた。
ラナンはやっぱり、普通の星のもとに生まれた人間ではないのだろうか。神がかった何かを、秘めているのだろうか。
魔術士ではないのに、それに代わる何かを持っている気がする。魔力じゃないから、それを読み取ることは出来ないけど、分かる人には分かるものかもしれない。たとえば、今のラナンが人間や物を「ひかり」でとらえているように。
「だれから…………だれ、だろう」
「覚えていないのか? もしかして、夢の中で会ったのか?」
「夢……夢、うん。そうかな」
「よく覚えている? 誰に言われたとか。どんな色だった?」
「……白、だった」
「白い光……」
白い光は、回復系の白魔術士が持つ特徴の色だ。つまりは、世界史というものの色ではないような気がする。世界史と人間界との中継点に居る白魔術士がいる、ということだろうか。ルシエルの後任、あるいは何人もそういう「柱」がいるものなのか。
世界は、深いところにある。俺たちが知っている表の世界の仕組みだけではなく、裏でもなく。中枢部分には、多くの世界とからくりが眠っているようだ。
「オリジンに、会ってみたい」
「上に居るよ」
「行く」
「無理だろ。あっちも、疲れているらしい。静かな気配からして、まだ寝ていると思う。起きてきたら、こっちに来てもらおう?」
「……赤かった?」
「…………どちらかといえば、青だった」
「青……レナンと同じ?」
「うん、きっと」
適当な返答になったことを、後で内心「しまった」と思った。ただ、「赤」という単語が出た瞬間に、それはまだ回避しておくべきだと感じ、打ち消すように「青」と言ってしまった。ラナンはきっと、誤解をしたと思う。俺にはそんな、ひとが「赤」やら「青」やら「白」やら……光の色では見ることが出来ない。単純に瞳の色が「青」だったと思い、そう伝えただけだ。でも、ラナンは光の色のことを気にしていたんだと思ったから、それなら誤った言葉選びだったと反省した。
「もう少し横になって休んでいるか?」
「……うん」
「起きたら、パンでも食べるか? 夕飯を食べずに眠ってしまっていたから。お腹、減っているんじゃないか?」
「お腹……ちょっとだけ」
「ちょっとか。でも、パンくらい食べてくれ。用意しておくから」
「うん」
「良い子だね」
頭を撫でてあげると、ラナンはにこりと笑って目を閉じた。呼吸音は、安定している。落ち着いてきた証拠だろうか。それとも、オリジンと同じ空間に居るということで、何かしらの影響を受けているのだろうか。
「おやすみ、ラナン」
「…………」
すでに、すやすやと寝息を立てていた。良いことだと判断し、俺は静かにこの部屋を出た。……次の瞬間だった。
「……ッ」
ガタ、ガタガタ……ン!
一瞬、何がどうなったのか分からなかった。
目の前が真っ暗になると同時、力が抜け前のめりに崩れ落ちた。
そのまま、俺は椅子をひっくり返しながら頭から床にぶつかった。
「…………ぅ」
身体に力が入らない。
それだけではなかった。
体中が痛い。
爪の先までピリピリとした電流が走っている感覚もある。
「……(どうしたんだ、俺の身体)」
「レナ!?」
物音を聞きつけて、二階から駆けつけて来たのはリオスだった。姿は見えていない。目を開けているつもりだけど、景色が見えてこない。もしかしたら、目は明かなくて閉じているのかもしれない。神経が上手く働いていないのか。あまりの痛みでどうかなってしまっているのか。
生きて来た中で、こんなにも酷い痛みを感じたことがない。それとも、痛みがあるだけ、まだマシだろうか。神経がどうかなってしまっているとしても、まだ、消えてはいないのであれば、痛みが治まった後に動けるはずだ。
そうでも思わなければ、苦しくて仕方がなかった。
「レナ、あなた…………血が」
「…………(血?)」
声も出ない。
なんとか声帯を震わせ言葉を発しようとしたのだが、代わりにもっと熱いものが、喉奥から沸き起こった。不快感から、それを咄嗟に外へ吐き出した。
「ごほ、ごほっ…………はっ」
まだ、見えてはいない。
ただ、それが血痰だということは察しがついた。
「レナ…………」
大きな力を得た、代償だろうか。
魔術士は、長生きをしないもの。
ルシエルが、以前そんな話をしていた。
大きすぎる力は、世界に脅威を与えてしまうからだと。
だから自分も、早々に消えるものだと。
「……(ルシエル、アンタは……本当にまだ、生きているのか?)」
誰よりも大きな力を持っていた、最強の魔術士。
身体を壊していた理由は、そこにあったのだろうか……。




