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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第五章 ~隠された真実の章~
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世界の終焉

オリジンと共に、夢の家に向かっていたカガリ。

オリジンは、小童にみえるのだが、時折、言動が大人びる。

更にオリジンは「世界は終焉に向かっている」とカガリに告げるが……?

 小童が、率先的に何かをしたり、言ったりすることはなかった。

 それでも、何も考えずに私についてきている様子でもない。


「オリジン。キミはどこの村の子なんだ? 親は?」

「……」


 オリジンは、首を横に振って何かを否定した。親のことを否定したのだろうか。それとも、自分の村が分からないという意思表示なのだろうか。それでも、オリジンの表情からは、悲壮感はうかがえない。まだ、世界の黒い部分を知らない無垢な子ども……という表情でもない。私はこの小童に対して、違和感と既視感を覚えていた。


「もう少ししたら、家に着く。そこまで、歩けるか?」

「……」


 今度は、首を縦に振る。

 私としては、オリジンを抱えて歩いた方が早く進めるし、万一、夜盗や夜犬が襲って来たときに、対処しやすいのではないかと思っている。それでも、オリジンは頑なに抱っこやらおんぶをされたがらないのだ。それならば、無理強いすることもない。歩いてもらえばいい。

ただし、そうは言っても二歳だか三歳だか。それくらいの小さな子どもだ。足取りが遅くて弱いところを見ると、心配にもなるものだ。せめて、手を繋ぐくらいしておきたいのだが、それすらもオリジンは拒んでいた。

そこに、何も意味はないのか。或いは、オリジンの意志がしっかりとあるのか。自身がこれくらい小さかったときのことを、私は振り返ってみた。

日々、村の子どもたちと山を駆け回る。思い切り走って、笑って、食事をして。家族で団らんし、村全体でまつりごとをし。とにかく、楽しかった。オリジンのように、顔に影を落としたりもしていなかったはずだ。


「オリジン。隠し事もいいが…………頼れるひとは、ちゃんと居るのか?」

「……」


 オリジンはぱたりと足を止めた。どうしたのだろうかと、私もつられて足を止める。そして、オリジンの顔を見た。


「どうした?」

「いる」

「?」

「いる、とは?」

「たよれるひと、いる」

「…………誰だろう」


 オリジンは、右腕をあげると私の方に人差し指を向けた。そのまま、ただじっと私の目を見上げていた。


「私のことを、頼ってくれているのか?」

「うん」

「何故? 私には何の力もない。むしろ、疫病神と呼ばれているものだ」

「……しらない」


 オリジンは、首を横に振ってから、私をもう一度しっかりと見つめて来た。もうじき、日が昇りそうだ。まわりが明るくなりつつある。


「ボクは、オリジン」

「うん?」

「諸々の起源となるもの」

「……どういう意味だ?」

「世界を、守る」

「…………」


 にこりと笑うその顔からは、幼さなど感じられなかった。こんなにも小さいのに、しっかりと存在意義を持っている。私などとは、比べ物にならないほど。

 世界を守る。それは、大きく出たものだと思った。それでも、嘘偽りもなく、それこそが本当にこの小童の役目であると思えてしまった。

 きらりと光る青い瞳は、慈悲深い海の色をしている。大きくつぶらなその眼を見ているだけで、なんだか救われる気さえしてきた。実に不思議な小童だ。私なんかよりも、ずっと。この世界に精通してきたようにも見える。


「……(オリジンには、初めて会った気がしない)」

「カガリ」

「ん?」

「いこ」

「……オリジンは、レナンを知っているか?」

「……」


 この問いかけに、オリジンは一瞬動きを止めた。この様子をみたところ、「知っている」と捉えるのが定石だろう。しかし、接点が見当たらない。

 レナンもオリジンも、魔術士であることは分かっている。けれども、この世界には魔術士同盟なるものも、魔術士の名簿なるものも、存在はしていない。それに、レナンはエリオス城での一件のち、ずっとラナンを連れて隠居生活をしていたんだ。オリジンを知ることも、無かったはずだ。

 一方的に、オリジンだけが周りを……世界を把握している。はるか上空から、見物するかのように……これまで見守って来ていたように見えた。


「オリジンは、起源といったな」

「うん」

「何の起源なんだ? 何を知っている?」

「世界は、終焉へとむかってる」

「終焉?」

「立ち上がるなら、今」


 時折、子どもっぽくなる。

 時折、誰下りも大人びる。


 オリジンが、ただの人間種族の子どもだと認識するのは、難しい。


「今なら、止められるのか? その、世界の終焉を……」

「うん」

「……それは、やっぱり、フロートが関係しているのか?」

「フロートは、あくまでもきっかけ」

「もっと、力を持ったものが背後に居る…………と?」

「うん」


 そう呟いてから、オリジンはふらっと揺れた。そして、額を押さえながらその場に膝をつく。私は慌てて駆け寄ると、オリジンの背中に振れた。


「大丈夫か? 貧血か?」

「…………」


 お世辞にも、健康状態がいいとは見えないオリジンは、身体がかなり痩せ衰えていた。これ以上歩いていくには、無理があるかもしれない。


「レナンのところで、何かしたいのであれば、私が負ぶっていく」

「いい」

「フラフラじゃないか。そもそも、こんな山道をオリジンみたいな子どもが歩くには、無理があったんだ」

「大丈夫」

「いいから、頼ってほしい」

「…………」


 私は、オリジンに背中を向けてしゃがんだ。そして、乗るように目で合図を送る。それでも、オリジンはしばらくためらって動こうともしなかった。

 しかし、根負けしたのはオリジンだった。私がそのままの姿勢で待っていると、ゆっくりと私の方に向かって歩きはじめ、ちょこんと背中に体重を預けてくれた。

 それを確認してから、私はオリジンを背中に感じながら、ゆっくりと立ち上がった。


「眠かったら、眠ってくれていい。家の場所なら、把握しているから」

「…………大丈夫」

「遠慮をすることはない。疲れているんだろう? 顔色もよくない」

「……」

「子どもは、大人に甘えるものだと思う」

「僕は…………」


 オリジンは、何かを言いかけて言葉を閉ざした。

 何を言いかけたのだろうか。


「オリジン?」

「…………」


 次の瞬間には、オリジンはもう眠りについていた。

 寝息が聞こえないほど、ゆっくりとした呼吸で目を閉じている。


 背負ってみると、やはり子どもなのだろう。服ごしに伝わって来るオリジンの体温は、温かかった。寒い朝のはずだが、背中がぽかぽかとしてくる。

 オリジンの寝顔は角度的に見ることが出来ないが、一応は私を敵としては見ていないようだ。安心してくれている。


「……(ルシエル様は、どこで生きているのだろう。オリジンと、どこまでの関係があるのだろうか)」

「…………」

「……(オリジンが、ルシエル様の生まれ変わりだとしたら? いや、そんなはずはないか。人間の子どもは、十ヶ月も母親のお腹の中で育つものだ。ルシエル様が消えてしまってから、まだ二ヶ月。生まれているはずがない)」


 私はただ、期待したいだけなんだ。

 ルシエル様が、生きているということを。


 ルシエル様が、もしも世界から消えたとしたならば……この世界に与える影響は、どれほどのものがあったのだろうか。ルシエル様がみていた「世界史」という大いなる流れ、巨大な組織とも呼べるだろうか。それを見据える後継者が、現れていないとおかしいと考える。そして、その後継者が精霊界側……軍師たちの方に居たとすれば、世界は崩壊などせず、力あるものを変えながら、存在し続けるもののはずだ。しかし、オリジンが言うには世界は終焉へと向かっているらしい。

 どこまで、こんな小童の言葉を信じてもいいのか悩めるところでもある。だが、オリジンが嘘偽りを告げる利点など、どこにもない。もし、軍師や精霊界側が私に助言をしてきたとするならば、私は彼らの言葉よりも、つい先ほど出会ったばかりのオリジンの言葉を信じるだろう。


 何を信じ、何のために働くのか。

 それを決めるのは、世界じゃない。


 自分自身である。


 取捨選択し、自分が正しいと思う道を歩まなければならない。

 そのためにはまだ、情報が足りていない。


 レナンに会う。

 そこできっと、何かを掴めるはずだと私はひとり内心で呟いた。


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