世界の終焉
オリジンと共に、夢の家に向かっていたカガリ。
オリジンは、小童にみえるのだが、時折、言動が大人びる。
更にオリジンは「世界は終焉に向かっている」とカガリに告げるが……?
小童が、率先的に何かをしたり、言ったりすることはなかった。
それでも、何も考えずに私についてきている様子でもない。
「オリジン。キミはどこの村の子なんだ? 親は?」
「……」
オリジンは、首を横に振って何かを否定した。親のことを否定したのだろうか。それとも、自分の村が分からないという意思表示なのだろうか。それでも、オリジンの表情からは、悲壮感はうかがえない。まだ、世界の黒い部分を知らない無垢な子ども……という表情でもない。私はこの小童に対して、違和感と既視感を覚えていた。
「もう少ししたら、家に着く。そこまで、歩けるか?」
「……」
今度は、首を縦に振る。
私としては、オリジンを抱えて歩いた方が早く進めるし、万一、夜盗や夜犬が襲って来たときに、対処しやすいのではないかと思っている。それでも、オリジンは頑なに抱っこやらおんぶをされたがらないのだ。それならば、無理強いすることもない。歩いてもらえばいい。
ただし、そうは言っても二歳だか三歳だか。それくらいの小さな子どもだ。足取りが遅くて弱いところを見ると、心配にもなるものだ。せめて、手を繋ぐくらいしておきたいのだが、それすらもオリジンは拒んでいた。
そこに、何も意味はないのか。或いは、オリジンの意志がしっかりとあるのか。自身がこれくらい小さかったときのことを、私は振り返ってみた。
日々、村の子どもたちと山を駆け回る。思い切り走って、笑って、食事をして。家族で団らんし、村全体でまつりごとをし。とにかく、楽しかった。オリジンのように、顔に影を落としたりもしていなかったはずだ。
「オリジン。隠し事もいいが…………頼れるひとは、ちゃんと居るのか?」
「……」
オリジンはぱたりと足を止めた。どうしたのだろうかと、私もつられて足を止める。そして、オリジンの顔を見た。
「どうした?」
「いる」
「?」
「いる、とは?」
「たよれるひと、いる」
「…………誰だろう」
オリジンは、右腕をあげると私の方に人差し指を向けた。そのまま、ただじっと私の目を見上げていた。
「私のことを、頼ってくれているのか?」
「うん」
「何故? 私には何の力もない。むしろ、疫病神と呼ばれているものだ」
「……しらない」
オリジンは、首を横に振ってから、私をもう一度しっかりと見つめて来た。もうじき、日が昇りそうだ。まわりが明るくなりつつある。
「ボクは、オリジン」
「うん?」
「諸々の起源となるもの」
「……どういう意味だ?」
「世界を、守る」
「…………」
にこりと笑うその顔からは、幼さなど感じられなかった。こんなにも小さいのに、しっかりと存在意義を持っている。私などとは、比べ物にならないほど。
世界を守る。それは、大きく出たものだと思った。それでも、嘘偽りもなく、それこそが本当にこの小童の役目であると思えてしまった。
きらりと光る青い瞳は、慈悲深い海の色をしている。大きくつぶらなその眼を見ているだけで、なんだか救われる気さえしてきた。実に不思議な小童だ。私なんかよりも、ずっと。この世界に精通してきたようにも見える。
「……(オリジンには、初めて会った気がしない)」
「カガリ」
「ん?」
「いこ」
「……オリジンは、レナンを知っているか?」
「……」
この問いかけに、オリジンは一瞬動きを止めた。この様子をみたところ、「知っている」と捉えるのが定石だろう。しかし、接点が見当たらない。
レナンもオリジンも、魔術士であることは分かっている。けれども、この世界には魔術士同盟なるものも、魔術士の名簿なるものも、存在はしていない。それに、レナンはエリオス城での一件のち、ずっとラナンを連れて隠居生活をしていたんだ。オリジンを知ることも、無かったはずだ。
一方的に、オリジンだけが周りを……世界を把握している。はるか上空から、見物するかのように……これまで見守って来ていたように見えた。
「オリジンは、起源といったな」
「うん」
「何の起源なんだ? 何を知っている?」
「世界は、終焉へとむかってる」
「終焉?」
「立ち上がるなら、今」
時折、子どもっぽくなる。
時折、誰下りも大人びる。
オリジンが、ただの人間種族の子どもだと認識するのは、難しい。
「今なら、止められるのか? その、世界の終焉を……」
「うん」
「……それは、やっぱり、フロートが関係しているのか?」
「フロートは、あくまでもきっかけ」
「もっと、力を持ったものが背後に居る…………と?」
「うん」
そう呟いてから、オリジンはふらっと揺れた。そして、額を押さえながらその場に膝をつく。私は慌てて駆け寄ると、オリジンの背中に振れた。
「大丈夫か? 貧血か?」
「…………」
お世辞にも、健康状態がいいとは見えないオリジンは、身体がかなり痩せ衰えていた。これ以上歩いていくには、無理があるかもしれない。
「レナンのところで、何かしたいのであれば、私が負ぶっていく」
「いい」
「フラフラじゃないか。そもそも、こんな山道をオリジンみたいな子どもが歩くには、無理があったんだ」
「大丈夫」
「いいから、頼ってほしい」
「…………」
私は、オリジンに背中を向けてしゃがんだ。そして、乗るように目で合図を送る。それでも、オリジンはしばらくためらって動こうともしなかった。
しかし、根負けしたのはオリジンだった。私がそのままの姿勢で待っていると、ゆっくりと私の方に向かって歩きはじめ、ちょこんと背中に体重を預けてくれた。
それを確認してから、私はオリジンを背中に感じながら、ゆっくりと立ち上がった。
「眠かったら、眠ってくれていい。家の場所なら、把握しているから」
「…………大丈夫」
「遠慮をすることはない。疲れているんだろう? 顔色もよくない」
「……」
「子どもは、大人に甘えるものだと思う」
「僕は…………」
オリジンは、何かを言いかけて言葉を閉ざした。
何を言いかけたのだろうか。
「オリジン?」
「…………」
次の瞬間には、オリジンはもう眠りについていた。
寝息が聞こえないほど、ゆっくりとした呼吸で目を閉じている。
背負ってみると、やはり子どもなのだろう。服ごしに伝わって来るオリジンの体温は、温かかった。寒い朝のはずだが、背中がぽかぽかとしてくる。
オリジンの寝顔は角度的に見ることが出来ないが、一応は私を敵としては見ていないようだ。安心してくれている。
「……(ルシエル様は、どこで生きているのだろう。オリジンと、どこまでの関係があるのだろうか)」
「…………」
「……(オリジンが、ルシエル様の生まれ変わりだとしたら? いや、そんなはずはないか。人間の子どもは、十ヶ月も母親のお腹の中で育つものだ。ルシエル様が消えてしまってから、まだ二ヶ月。生まれているはずがない)」
私はただ、期待したいだけなんだ。
ルシエル様が、生きているということを。
ルシエル様が、もしも世界から消えたとしたならば……この世界に与える影響は、どれほどのものがあったのだろうか。ルシエル様がみていた「世界史」という大いなる流れ、巨大な組織とも呼べるだろうか。それを見据える後継者が、現れていないとおかしいと考える。そして、その後継者が精霊界側……軍師たちの方に居たとすれば、世界は崩壊などせず、力あるものを変えながら、存在し続けるもののはずだ。しかし、オリジンが言うには世界は終焉へと向かっているらしい。
どこまで、こんな小童の言葉を信じてもいいのか悩めるところでもある。だが、オリジンが嘘偽りを告げる利点など、どこにもない。もし、軍師や精霊界側が私に助言をしてきたとするならば、私は彼らの言葉よりも、つい先ほど出会ったばかりのオリジンの言葉を信じるだろう。
何を信じ、何のために働くのか。
それを決めるのは、世界じゃない。
自分自身である。
取捨選択し、自分が正しいと思う道を歩まなければならない。
そのためにはまだ、情報が足りていない。
レナンに会う。
そこできっと、何かを掴めるはずだと私はひとり内心で呟いた。




