アリシアの言動
アリシアの導きで、聖域へ来たレナン。
クリスタルから読み取った記録には、エリオス城での惨劇が記されていた。
ルシエルを復活させたいレナン。
しかし、アリシアは……?
聖域。
少しだけ、寂れたように思えた。
主を失くした。
まさに、そんな感じだ。
「アリシア。アンタは一体、何者なんだ。ハースのところに居たんじゃないのか?」
『今、レナンくんが見ている私は、ただの思念体。幽霊だとか、魂だとか。ハッキリと実体のないものなの』
「……死人、なのか?」
『私の身体は、此処。聖域の御神木……クリスタルと共にあるわ』
「このクリスタルの役目は?」
今は、もう深夜の二時や三時あたりだろう。夜もすっかり更け、寒いくらいの風が吹いている。雪こそ降らない地域なのだろうが、それでも朝になれば、霜くらいは下りそうなほど、空気は冷えている。
身体の透けているアリシアは、確かに幽霊などといった、曖昧な存在なんだと思う。それでも、どうしてだろう。此処に存在していると思える。いや、それだけではない。何故だろうか、心の奥底をくすぶるような……あたたかい気持ちが芽生えて来る。ルシエルからも、こんな温もりを感じることがよくあった。
『このクリスタルは、記憶をして、記録をしているの。この世界を、ずっとずっと見守って来た座標とも呼べるもの』
「世界史の正体?」
『私には、世界史のことは分からない。それは、ルシエルの役目だから』
「アリシアは、今。クリスタルと一体となっているんだろう? それなら、アリシアが座標となったんじゃないのか?」
『私も、一応は魔術士だよ。魔力を持ってる。でも、私だけではこのクリスタルを支えることも、代わることも出来ない。役不足なの』
「…………それで? 不完全なクリスタルの記録を、俺は見ることが出来るのか?」
アリシアは、自身とも言えるクリスタルに手を触れた。すると、そこに淡い青の輝きが生まれる。そして、少しずつだがそこに映像が生まれ始めた。真っ暗な世界に、三つの人影がある。
ラナン、ルシエル……ザイール。
「……」
胸が、痛くなる。
消えてしまったルシエルの、動いている姿。
とても、久しぶりに見た。
※
「消えろ」
「…………させない」
・
「キミの痛みは、これ以上続かない。キミはもう、解放されるべきなんだ。世界史も、神も、精霊も、毒草も、レジスタンスも……もう、関係ない。キミは、キミの人生を生きて欲しい」
「念仏か?」
「どうか、キミに…………」
・
「至福のときを」
ぱぁぁぁぁぁん!
※
「…………消えた」
『これが、あのとき。エリオス城の地下で起きた惨劇』
「…………ルシエルは、完全に消え去っている。銃、グレイスで撃ち抜かれて。赤い欠片となって、散っている」
『…………うん』
「だから、ラナンは……赤をやけに怖がるようになったんだな」
『ラナンくんの記憶も痛みも……きっと、ルシエルが持って行ったんだと思う』
「どうやって?」
『ルシエルは、昔から不思議な力を持っていたわ』
「…………(ルシエルは、人間なのか?)」
俺の中で、ひとつの疑問が浮かんだ。
本当に、ルシエルは特別な男だった。あまりにも強く、あまりにも完璧で、あまりにも……優しかった。神仏などよりも、きっと。慈悲深く、そして腰が低くてあたたかい。こんな人間、どうやったら生まれるんだと思うくらいに、ルシエルは他を寄せ付けずに逸脱していた。
ルシエルにだって、青い時期があってもいいはずだ。若かりし頃には、失敗だってしてもいいはずだ。でも、ルシエルのことをまだ、完全には理解していない状況とはいえ、俺の知るルシエル像。そして、この世界で生きる民たちからの、ルシエルへの評価はとても高いものである。信頼だってされている。ルシエルには、「敵国」など無いかの如く……人々は、ルシエルに対して優しかった。
ルシエルが優しいから、まわりも優しくなれる。
プラスの相乗効果が、顕著に表れていた。
俺の魔力は、人間の持つそれよりも、深いものがあるらしい。
ルシエルを超える……かもしれないとも、言われた。
だけど、俺はきっと。
ルシエルを超えることなんて、到底出来ないだろう。
「アリシア」
『なぁに?』
「ルシエルは、人間…………なんだよな?」
『え?』
「俺は、水の精霊長。レイディアンの生まれ変わりだと言われた。はじめは、そんな未知の世界の話を言われたところで、ピンとは来なかった。でも、今はそうだと思っている」
『ルシエルは……人間だよ』
「それなら、どうしてこんなにも……すべてにおいて、抜きんでた力を持ち、複雑な運命の星に居るんだよ」
『それは……』
アリシアは、困って眉をひそめた。辺りが真っ暗だというのに、不思議とアリシアの顔の表情は、手に取るように読み取れた。アリシア自身が、軽く発光でもしているかのような感覚だ。実体がないということで、透けてはいる。しかし、光っても見えるとは……不思議なことばかりが、ルシエルの周りでは起きるものだと、内心で思った。
『ルシエルは、選ばれた人間種族。アスグレイの後継者だよ』
「俺みたいに、過去が精霊だとか……そういう類の話は?」
『…………私は、聞いたことがないよ。でも』
「でも?」
『ルシエルは、きっと。誰よりも人間だと思うの』
誰よりも人間。
その言葉の意味を、俺は後に知ることになる。
「オリジンのことを、ハースは何か掴んでいたか?」
『ううん、まだ。謎の多い子どもみたい』
「子ども、なのか?」
『うん。カガリくんが、接触している』
「それは、さっき家で聞いた。今頃、もうカガリは夢の家にたどり着いているだろうか」
『夢の家…………か』
「?」
アリシアは、どことなく寂しげな顔をしていた。遠くを見つめ、何かを懐かしむかのように。そして、噛みしめるかのように、口をきゅっと結んでいた。
それを見て、俺は何か言葉をかけようとした。けれども、言葉が出てこない。何を言葉がけしてみたところで、アリシアには届かない。慰めにはならない。そんな気がしたんだ。
アリシアとルシエルは、繋がっている。
アリシアにとってのルシエル。
ルシエルにとってのアリシア。
ふたりは、強い絆で結ばれ……そして、契りを交わしている。
それは、聞かなくとも手に取るように分かる。
「アリシア。俺は、ラナンを取り戻したい」
『ラナンくんに、もし、記憶が戻ったとしたならば……新たなる災い。災厄が訪れるかもしれない』
「誰にとっての、災厄なんだ?」
『ラナンくん自身。そして、世界にとって……』
「それじゃあ、ラナンはこのままが良いってことなのか?」
『ルシエルは、それが一番の選択だと考え、こうして散ったのだと思う』
バン!
俺は、クリスタルを手で叩きつけた。右手で思い切り叩くと、手が擦りむけて軽く血が出た。唐突の俺のその行動に、アリシアは驚き目を見開いていた。パチパチと目を閉じたり開けたりし、俺を見ている。
「俺は、そうは思わない」
『…………レナンくん』
「ルシエルは、まだ生きなきゃダメだ。これは、このときに取らざるを得なかった苦肉の策。そうとしか、考えられない」
『ルシエルを、買いかぶりすぎじゃないかな』
「アリシアは、信じてあげないのか?」
アリシアの言動に、俺は違和感を覚えていた。
アリシアは、ルシエルに絶対的な信頼を置いているものだと思っていた。そして、ルシエルの味方である……と。ルシエルが生きる意味を、一番に理解しているとも、思っていた。それなのに、どうだろう。アリシアは、ルシエルがこのまま散った状態であることを、望んでいるように見える。
もし、そうだとしたならば……どうして俺は、アリシアに此処、聖域へ来るよう言われたのだろう。真実を知る必要性など、ないのではないか。
「アリシア。アンタは、ルシエルに死んでいて欲しいのか?」
『まさか…………でも、ね』
「?」
アリシアは、ふっと息を吐いた。
その重い息を、俺はなんとなく受け止めた。
『ルシエルは、無理をし過ぎていた。だから、もう……ゆっくりして欲しいとも、思えてしまうの』
「あぁ、そうか…………」
これも、ひとつの愛し方なのかもしれない。
走りすぎていた大切なひとを、休ませたい。
それは、俺も同じだ。
ラナン。
もう、レジスタンスになんか戻したくない。
ゆっくりと、ふたりで夢の家で暮らしていたい。
でも。
記憶は、取り戻したい。
ラナンが、ラナンらしくあるように……それを願いたい。
相反する考えだけれども、どちらもそのひとを想ってのこと。
そのことに、俺は気づくことが出来た。




