新たな紙
夢の家に戻ったレナン、ラナン。
家の前には、見覚えのある青年が立っていた。
レジスタンスのリオスである。
リオスは、新たな紙をレナンに提示して……?
繋がっている。
世界の流れは、常に創造主……ライエスと共に。
流れていく。
「ラナン。帰ろう」
「帰る?」
ハースとアリシアとの通信はもう、切れていた。おそらくは、精霊界からの察知を恐れて、敢えてハースが切断したものと考えられる。少しでも、可能性は消しておいた方がいい。長時間、俺とラナンと繋がりを持たせることにより、精霊界が何か「きっかけ」を掴んでしまっては、俺としても都合が悪いし、ハース側にとっても、そうなのだろう。利害が一致している点は、ありがたい。
しかし、ラナンにグレイスを再び授けたという点は、納得しがたいものだった。ラナンにはもう、危ない橋を渡らせないつもりでいた。俺は、もしかしたら戦線復帰することもあるのではないかと、腹をくくっている部分もあったが、それでもラナンだけは、もう二度と、戦いで悲しむことのないよう、今度は俺が守ろうと決めていた。それなのに、ハースはラナンが再び革命者として君臨することを、望んでいる……いや、そういった未来を見ているのだろう。
「風が冷たくなって来た。風邪をひいてしまう」
「うん。わかった」
「……ラナン」
「うん?」
「此処から、何かを感じ取っていたんだろう? 今も、何か感じるか?」
「うーん……わかんない」
「そうか」
一本だけ、何故か大きく育った木。大地から水や栄養分だけではなく、神秘的な力でも吸い取っているような感じがする。幹に触れてみれば、確かに。中は空洞などではなく、ぎっしりと中身が詰まっているような感覚だ。大地の力を感じる。
「さぁ、行こう」
俺は、ラナンの手を引いてゆっくりと立ち上がらせた。筋力の衰えているラナンは、よろめきながら、俺に身体を預けて来た。
やはり、冷えてきている。ラナンの体温が、随分と冷たくなっているのを感じた。食べる量を、俺はラナンに合わせていた。それでも、俺はちゃんと食べた分を熱量に変えることが出来ていたが、ラナンはうまくエネルギー転換が出来ていないように見える。
「ほら」
「?」
俺は、自分の来ていた上着をラナンに掛けた。厚手のジャケットで、重い。それでも、風を通さない生地だし、寒さを凌げると思った。
ゆっくりと、夢の家に向かって歩き出す。そのとき、夢の家の前で人影を見つけた。
「……(今日は随分と訪問者が多いものだ)」
その相手が誰なのか。
すぐに分かった。
「リオス」
「こんにちは、レナ。それに、ラナ」
「…………」
ラナンの目には、もちろんリオスの姿は映っていない。ラナンは、名前を呼ばれることで、若干の警戒心を抱いていた。その様子を見て、不安げな顔をしたのは、リオスの方だった。
「まだ、記憶がないんですね」
「それだけじゃない。視力もないんだ」
俺は、家の扉を開けるとまずはラナンをベッドに寝かせようとした。今日は少し歩かせすぎたかもしれない。
「リオス。少し、待っていてほしい」
「えぇ、構いません」
「助かる」
リオスを外に待たせたまま、ラナンを寝室へ運んだ。ベッドの上にまずは座らせる。すると、ラナンは視線を合わせることはなく、口を開いた。
「誰がきたの?」
「ん? あぁ、…………昔の、仲間だ」
「なかま?」
「そうだ」
「……そっか」
「?」
ラナンは、口元にふと笑みを浮かべていた。記憶がなくとも、感覚で敵、味方を判断しているのかもしれない。そして、リオスは一番の仲間とも呼べる。視覚で感じなくとも、思うものがあるのかもしれない。
「少し、話をしてくるから。寝ていてほしい」
「うん」
「疲れただろ? おやすみ」
「おやすみ、レナン」
横になると、ラナンはすぐに眠りについた。すやすやと、落ち着いた寝息を立てている。その様子をみると、俺も安心して玄関扉の方へと向かうことができた。
「待たせたな」
「いえ、突然すみません。本当はもう、二度と関わるつもりはなかったんですけど……」
「……事情は、変わるものだ」
「え?」
「俺も、話を聞きたかったところだ」
「話を?」
「とりあえず、入ってくれ」
「お邪魔します」
リオスを招き入れると、俺は食卓テーブルへ案内した。椅子に座るよう促せば、軽くお茶を煎れた。
日中と朝晩で、気温に寒暖差が出て来た。鍛えているといっても、寒くないわけはない。リオスは、温かいお茶をすすった。
「どうやって、此処へ?」
「コンパスが、動き出したんです」
「コンパス?」
「えぇ」
リオスが取り出したものは、また、紙だった。若干黄ばみを怯えている……けれども、カガリが持っていたものとは、少し違う。紙の中心部には、光が見えた。
「これは、以前ルシエルさんから頂いたものなんです」
「ルシエルから……か」
「ラナの場所を、示しているんです」
「ラナンの?」
「この、輝きがラナの居場所となっています」
「何故、ラナンの場所をルシエルは把握しようとしていたんだ?」
「それは、分かりません」
コンパスに手をかざすと、確かに微弱だが魔力を感じ取ることが出来た。水の要素が多く含まれている……アイツらしさの残る魔術。これは、確かにルシエルの魔力が宿った、いわば小道具みたいなものだった。
しかし、どうしてこの数日でこうも次々とルシエルの足跡が見えはじめて来たのだろうか。少しずつではあるが、ルシエルの力がもとに戻ろうとしている証拠なのだろうか。
最強の魔術士の復活。
それが、現実のものとなる日は近いのかもしれない。
「ラナンを探して、リオスはどうしたかったんだ?」
「そうですね。正直なところ、ラナの様子が気がかりだった。ただ、それだけなのかもしれません」
「ラナンは、今の状態ではとても戦えない」
「先ほど、少しですがラナの姿が見えました。痩せ細っていますし……とても、旅どころか。敵と戦えるほどの体力はありませんね」
「それなら、勧誘はしないでほしい」
「しませんよ」
リオスは、再びお茶をすすった。そして、湯呑の中に映る自身の姿に目を向けていた。
「ラナは、僕らにとっては弟みたいな存在です。リーダーではありましたが、その前に、家族だと思っていたんです」
「…………それで?」
「だから、ラナの無事を確認したかったんだと思います」
「満足したか?」
「不安にもなりました」
「……」
そう告げてから、リオスはコンパスとはまた別の紙を取り出した。それは、特別なんの細工もないように見受けられる紙だった。だが、それを見ればその紙がどこの出のものなのか、判別はできる。
「フロートの……?」
「ビラがまかれていました」
「お尋ね者でもしているのか?」
「概ね、そんなところです」
俺はリオスから紙を受け取った。上質な紙。消耗品であるこんなビラに、折り込みの繊細な高価なものを使うなんて、金が有り余っているフロートくらいだ。こんなにも無駄遣いが出来るのであれば、もっと貧しい民に食料の一つや二つ、まわすべきものだと思えた。
もっとも、ついこの数ヶ月前までは、俺だってそのフロート側にいたものだ。そこに居ると、自分が裕福に映るものだから、他者への配慮を怠ってしまうのかもしれない。一歩外へ出てみることで、自分の立ち位置や、他者の立ち位置。そして、何が必要とされているのかを、判断することが出来るのかもしれない。
「誰を探しているんだ…………!」
「そう。ラナを探しているんです」
「どうして。ラナンの無力化の成功は、精霊界側……つまりは、軍師にばれているんだろう? 改めて、ラナンを探すことは無いじゃないか!」
「理由は分かりません。刻々と、事情は変わっている可能性はあります。今のラナにしか、把握できていない情報という物も、あるのかもしれません」
「……たとえ、そうだとしても」
「?」
俺は、手の中にある紙を、ぐしゃりと潰した。
こんなもの、持っていたってイライラする。
「俺は、フロートにラナンを渡したりはしない」
「当然です」
「危険を、知らせに来てくれたのか?」
「えぇ。知っておいて、損はない情報でしょう?」
「そうだな」
俺はカタンと椅子の音を立てながら、立ち上がった。
そして、キッチンの方へ向かう。
「今日は泊まっていけ。もう、暗くなる」
「いいんですか?」
「あぁ。危険を知らせてくれた礼だ」
「それでは、お言葉に甘えます」
頷けば、俺は夕食の支度をはじめていた。
世界史は、止まってくれない。
選ばれし人材を、手放しなどしないんだ。
その人材が、どこまで壊れていようとも…………。




