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COMRADE ~最強の魔術士の憂鬱~  作者: 小田虹里
第一章 ~目覚めの章~
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狂乱暴走

発狂した魔術士ルシエル。

その暴走は止まらず、優雅に振る舞っていた「己」を捨て、レジスタンスの前に現れる。

 脅威とは、何のことなのか。


 誰から見て、脅威なのか。


 実に、不明瞭だ。


『ルシエル』

「…………れ」


発狂した人間は、確かに脅威かもしれない。


「黙れ!」


 私の理性のタガが外れ、魔術が発動する。人間世界で生きるには強すぎる為、半分程度に抑え込んでいたリミッターも消える。身体が熱い。病から来る「熱」ではない。「怒り」というより「狂気」に近い感情を剥きだしにした私は、白いローブを身にまとい、ベッドに横たわる少年、レナンに視線を送る。

『ルシエル。制御することを止めるでない。お前の寿命がさらに縮むだけだ』

「黙れと言ったはずだ。私に…………俺に、指図するな」

青い瞳が影る。黒々とした光を灯すその瞳を見た風の精霊の長は、今の俺に何を言っても無駄だと判断したのだろう。この場から姿を消す。俺は、これでいいと言い聞かせ、レナンに向かって右手を突き出した。

「レナン。お前はいずれ、魔術士となるのだろう。レジスタンスの魔術士精鋭部隊のひとりとなり、この国を滅ぼす逸材」

俺は、レナンに自らの吹き上げる魔力の一部を移した。レナンの身体が緑の光に包まれ、その光はレナンの身体に吸収されていくように、消えていく。

「これで、一時的に放っておいても死にはしないはず」

レナンに背を向け扉を開け放つ。レイアスの動きに加担するつもりはない。カガリの身はレジスタンスのもとにあると考えるべきのようだ。それならば、俺はカガリをレジスタンスから切り離す道を選ぶ。

「今はまだ、時ではない」

独り言に近い。だが、聞いているものが居ることを知っている。


 世界史。


 神とはまた、異なる存在。


 だが、確かにある大いなる圧力。


「面倒だ。だから俺は、嫌だったんだ」

すべて、兄上たちが継げばよかったのだ。俺は統領の座も、何もかも望んだ覚えはない。俺が望んだのはただひとつ。アリシアとの自由な生活。その、ひとつ。

「何故、世界はそのひとつの願いすら、叶えてくれない!」

苛立ちしかない。何ひとつ、叶えられない世界のために、俺はどれだけのものを犠牲にし、自分自身の意志を捨てて来たのだろう。

「誰もが身勝手だ。人間界も、精霊界も、世界史も……」

胸の苦しさは増している。息がしづらい。それでも、悲痛なる訴えを止めない。心の中に巣食った闇は、大きい。


俺が向かった先は、決断した場所ではなかった。カガリの待つ場所ではない。重々しい扉の前まで来ると、俺はその扉を魔術で爆破した。

「何奴!?」

中から聞こえるのは、低くかすれ気味な男の声。


 ザレス国王。


「ルシエル……?」

 木造の分厚い扉は木っ端微塵となり、煙が立つ。そこに現れた俺の姿を捉えた国王のお気に入り。レイアスの隊長「ジンレート」は、意外そうな目で俺を見た。

「謀反でも起こす気になったのか?」

「お前に用はない」

俺はジンレートに向かって左手を突き出すと、そのまま左に向かって空を切った。すると、鋭い風が巻き起こり、難なくジンレートの身体を吹き飛ばすことに成功した。側面の壁まで一気に吹き飛んだジンレートは、壁に打ち付けられ態勢を崩す。

「ルシエル! 貴様……ッ!」

ジンレートの詠唱が聞こえた瞬間には、俺はもう次の行動に出ていた。

「黙れ」

ジンレートの体内の水をコントロールする。人間の身体は「水」で出来ていると言っていいほど、水分量が高い。

超高度魔術であり、人間離れしたその技を前に、ジンレートは息が出来なくなり黙る他なくなった。このまま数分魔術を解かなければ、勝手に死ぬだろう。

「ザレス」

「お前……本当に、ルシエルなのか?」

俺は嘲り笑うように口角を上げた。

「あんた達の知るルシエルではないだろうな。だが、これが俺だ」

俺はジンレートの拘束を保ったまま、ザレス国王を睨みつけた。それだけで、ザレスが怯むのが分かる。

「俺を飼いならせると思うな。俺の邪魔は誰にもさせない」

「何のことを言っている。お前の企みはなんだ」

「話す為に来たのではない。これは第一の警告だ。俺は、誰のものにもならない」

「…………」

ザレスは押し黙った。息の出来ないジンレートの怒りに満ちた視線は、俺を捉えても何の効果も及ばない。

「外に出る」

「何のためだ」

ザレスの言葉を背中で聞いた。俺はもう、この部屋から出ていくつもりで歩き出している。同時に、ジンレートも解放してやった。

「レイアス全体に命令が下っているだろう? 従ってやる」

それだけ告げ、自らが壊した扉を歩いて越えると、指をパチンと鳴らした。すると、木屑と化したはずの扉が再び出現し、俺と国王たちを隔てた。それを確認してから、俺は「転移」の魔術でカガリのもとへ向かった。



 森の中を、戸惑うことなく少年は素早く突っ切る。その少年の後ろをぴったりとついて走る私は、周りに人気が無くなったことを感じていた。

「少年。どこまで行くんだ?」

「もう少し」

事前に集合場所を決めていたにしても、このような森の中。特別目印もないところを目指して走るのは難しい。

「止まれ」

「!?」

少年は突然目の前に現れた男を見て、慌てて足を止めた。少年の背丈よりも頭ひとつ分高く、茶系の柔らかな髪を長く伸ばし、音もなく現れた。

 額に刀傷を持つその男は、白のローブを身にまとい、厳しい青い眼差しでこちらを見ていた。

「誰だ!」

少年には、見覚えがないようだ。これほどまでにも有名な魔術士の名を知らないのも珍しい。おそらくは、名を聞けばわかるはず。

「ルシエル様」

私がそう、男の名を呼ぶと、少年は青ざめた表情で私の顔を振り返ってみた。やはり、「世界最強の魔術士」という二つ名を知らない者はこの世界……特に、魔術士の中にはいないようだ。

「何故分かったんだ……この場所は、安全だと」

少年が右手に拳を作り、ルシエル様に向かって戦闘を仕掛けた。魔術では勝てないと判断し、体術での交戦を選択した。それを見て私は、すぐに少年を止めようとその背中を追いかけた。

「少年、ルシエル様は敵ではない!」

「はぁー……っ!」

聴こえていない。少年の全神経は、ルシエル様に向けられていた。

「レジスタンス」

ルシエル様が、いつもの柔らかい声質ではなく、どこか尖った声で言葉を発した。それが魔術の詠唱だったということに気づいたときには、ルシエル様の立っている場所のみ残し、数メートルもの土地が抉られ木々が吹き飛んだ。

 あまりにも荒々しい攻撃的な魔術を前に、私は自分の身を守ると共に、寸でのところで掴んだ少年の服を握りしめ、大地を蹴り、風の力を借りて大きく後方に跳んだ。

「ルシエル様!? 何を考えているのですか!」

「返せ」

ギラりとルシエル様の青い瞳が光った。その刹那、大きな竜巻が私たちに向かって発動される。

「確固たる盾を!」

少年が詠唱する。土壁が瞬時に目の前に現れるが、ルシエル様の容赦ない魔術はその壁をまるで存在していなかったかのように消し去ってしまった。

 あまりにも次元が違う魔術を前に、少年は戦意喪失寸前だった。私は少年を押しのけ前に出ると、ルシエル様と対峙した。

「何を……やっているのですか、ルシエル様」

「退け」

それは、魔術の詠唱ではなかったらしい。私を攻撃対象にはしていない。しかし、様子がおかしい。言葉の意味も、理解できない。

「退けとは、誰への言葉ですか。この少年は、私を助けてくれただけです。敵ではない」

「邪魔を…………ッ!」

ルシエル様は言葉を途中で切ると、私とは真逆の方角に向かって両手を突き出した。そこには見えない壁が出現していた。空中に弾丸が止まって浮いている。ルシエル様を狙って、発砲したものが居たのだ。

 この時代、銃は殆ど生産されていない。拳銃なるものは、特に希少で数個しか存在していないという、いわば都市伝説的存在である。しかし、この銃弾は「拳銃」の弾だ。

「死角から狙っても感づかれるとはな。さっすが、最強」

「……ラナン」

拳銃の保持者は、緑のつぶらな瞳を鋭く光らせた少年。レジスタンス「アース」のリーダーだった。

「クレ。大丈夫か?」

「うん」

ラナンは、仲間を二文字で呼ぶことを好んでいる。この少年の名前は「クレ」なんとかという名なのだろう。黒魔術士の少年は、ラナンの方へ行きたがっている。それは読み取れるが、ルシエル様の威圧感を前に動けずにいた。

「…………」

ルシエル様をまとう空気が、明らかにいつもと違うことに、私は疑念を抱き、不安になった。そもそも、レナンはどうしたのだろうか。目を覚ましたのかどうかも、定かではない。

「…………」

「?」

私は、他の異変に気付いた。ルシエル様の呼吸が乱れている。息切れとも、呼吸困難とも、少し、ニュアンスが違う気がする。不規則な呼吸に、ルシエル様自身ついていくのがやっとのように私の目には映った。

「ルシエル様……」

今、一番危険な状態にあるのはこの少年でも、発砲したラナンでもなく、最強と謳われている男なのではないかと、私の考えは行きついた。

「ラナン!」

このような大きな爆発が起これば、レイアス兵もこちらに向かっているはず。早くこの場から逃げなければいけない。私はラナンの名を呼び、指示を出そうと試みた。

「今のルシエル様は様子がおかしい。関わるな! 逃げろ!」

「…………そう、してぇんだけどさ」

ラナンは、銃口をルシエル様に向けたまま、動かない。意識をルシエル様からそらさず、少しでも動こうものなら、また発砲できるように引き金に指をかけていた。

「ルシを止める必要があるみてぇだ」

ルシエル様は今、私に背中を向けている。表情を見ることは出来ない。ただ、そのルシエル様の顔を見据えるラナンは、スタリーで見せた明るい表情とは違い、私の知らないレジスタンスのリーダーの顔をしていた。明るく前向きで、輝きを失わないラナンの目が、緊張している。ラナンが本気でルシエル様と闘おうとしていることが、伝わった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか、こんな形でラナンとルシエルが対峙するとは思いませんでした。 自分自身である事に疲れ切ってしまうのは或る程度理解できるけれど、ルシエルさん、過去の心の傷にも拘らず耐えていただけに哀し…
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