弟子の弟子
ルシエルのメモを頼りに、薬草をとりに行くカガリ。
カガリはスタリーの街で、予想外の人物に出会い……。
「どこへ行くんだ、カガリ」
門兵に止められ、私は槍を持ち門を閉ざす兵士ふたりの顔を交互に見てから口を開いた。
「街に出かける」
「何の用だ」
「遣いを頼まれている」
私は、そのまま答える。ただし、誰が「主」なのかは誤魔化す。ルシエル様からのメモ用紙は、ズボンの右ポケットの中に畳んでしまってある。
「どいてくれ。私は急いでいるんだ」
「……早く戻れよ」
運よく、今日の門兵はしつこくなかった。内心で「しめた」と思いながらも、なるべく顔には出さないようにし、フロート城の敷地から一歩、また一歩と外へ踏み出す。
(街には出られた。あとは、六つは薬屋で買える。残りを山で探し出せばいい)
薬草の知識は、ルシエル様ほどではないが、自信が持てるほどあった。名前を見ただけで、形状や味、効果がすべてわかる。
(早くルシエル様のもとへ戻らないと)
私は、城下町の薬屋は避けた。隣町のスタリー2までためらわずに向かう。城下町での行動は、城に筒抜けになっていると考えて、ほぼ間違えがない。私が薬草を買うことは、珍しいことではない。しかし、量が多い。薬草は、なかなかの高級品。私の手持ちだけでは足りない為、ルシエル様から資金を得ている。そこを突かれると、私はなんと答えればいいのか、分からない。
真っすぐにこの城下町の出口に向かう。そして、次の街まではそう遠くはない。風の力も借りて、駆け出した。
※
(上手く抜け出たか……カガリ)
私は窓から外の様子を見ていた。視力はかなり良い。それに加えて、風の精霊とは仲がよかった。視界で見えない情報を、風の囁きで知ることが出来る。
「私は私に出来ることをしなければいけない」
窓から離れ、ベッドに横たわり眠ったままの少年、レナンを見つめる。今にも呼吸が止まってしまいそうで、不安がよぎる。
「こんな身体では、ラバースの兵役は務まらないだろう。それで任務を外されていたとしたら、クランツェという指揮官は、なかなか出来た人間じゃないか」
ラバースの司令塔は、クランツェという中年の男が担っている。ラバースが出来た当初からの人材で、噂ではザレス国王の弟という話だ。私は会ったことがないが、ラバース兵の経験があるカガリの話だと、見た目は似ていないという。
ラバースとレイアスを繋いでいる人間が居ることは、知っている。ラバースSクラスリーダーのリザートと、レイアス隊長ジンレートは、兄弟である。ふたりとも、レジスタンス「アース」のリーダー「ラナン」を目の敵にしている。
(レナンのことも、面白い存在だとは、思っていないだろうな)
守らなければならない。
この、小さな兵士を。
「…………っ」
目の前が揺らぐ。ベッドをレナンに譲り、まともに眠っていないこと。そして、食事もまともに出来ていないのは、私もだった。病に取りつかれたこの身体で、四六時中魔術を発動し、室内温度調整をし、神経尖らせて上の動きやレジスタンスの動きに注意を傾けているのは、厳しい。
「はぁ、はぁ…………くっ」
頭を押さえて、無理やり身体を起こすと椅子にガタンと倒れこむように座った。脚にうまく力が伝わらない。立っているのもやっとの状態。少し、眠らなければならないと諦める。
(弟子を走らせ、師である私は眠って待つとは……どんな身分だ、まったく)
私は自らを恥じた。しかし、弱った身体のままでは何も出来ない。私は背もたれに深くもたれかかると、そのまま腕をだらんと垂らし、俯きしばし意識を手放した。
※
「え、売り切れ?」
スタリーには薬局が二件あった。一件目でも売り切れていたので、あまり知られていない少し古ぼけた薬局に足を運んだのだが、そこでも目当ての薬草どころか、ほとんどの薬草が売り切れていた。
季節的に、確かに今は薬草は手に入りにくい。しかし、ここまで空振りとは運がない。
「つい今しがた、仕入れに来た子が居るんだよ」
「今? その者の特徴を教えてくれないか? スタリーの者だったか?」
店の者の情報から、購入者を特定して何とか交渉しようと思ったのだ。
「スタリーの者じゃないね。旅の者だったよ」
「旅人か……」
「あ、あの子だよ」
「?」
私は指さされた方向に目を向ける。するとそこには、こんな場所をうろちょろしている訳がない者を見つけてしまう。
「…………冗談だろ」
「うぃ?」
ラナンだった。
「カガ! カガじゃねぇか。どうしたんだ? こんなところで」
私は慌てて店から離れると、ラナンの口を手で封じた。まるで身分を隠そうともしないラナンは、緑の双眸にきらきらと輝く金色の髪を風になびかせ手には薬草をたっぷり詰め込んだ袋を持っていた。私はその袋に自然と目がいく。
「ラナン」
「なんだ?」
「その薬草、私に買い取らせてくれないか?」
「え?」
ラナンに事情を説明しようとしたとき、背後から殺気を感じ取り、私は咄嗟に剣を抜いた。鞘から抜刀すると、そのまま私に向けられて放たれた「魔術」を切り払う。
「サノイ皇子か……?」
次は、右方向より気配を感じ取る。私はいったん、ラナンとの間に距離をおいて、剣の切っ先をラナンに向け、立ち止まった。
「リオスも一緒なんだな。私はここで争うつもりはない。臨戦態勢を解いて欲しい」
姿を現さないラナンの仲間に声をかける。
「リオ、サノ。姿は見せなくていい。先に行ってくれ」
一瞬、木々がざわめいた。しかし、次の瞬間にはもう鎮まりかえり、気配が消えていた。
ラナンを残し、仲間たちはどこかへ身を隠したのか……或いは、すでに指示が出ており、動いたのか。
「で? 薬草が欲しいのか?」
ラナンは、元の話題に戻して歩き出す。私はその後に続いて、少し距離を置いたまま歩き出す。
「あぁ。まだ、これでも足りないんだ。今から、山へ行く」
「山に? カガは、何を探してるんだ? 薬草管理は俺が担当している。持ってる分は、渡せるぞ?」
「本当か?」
「あぁ」
ラナンは、広場に設置してある椅子に誘導した。そこに座ると、小分けして整理してある薬草を並べて見せた。その薬草の種類の豊富さに、私は驚いた。初めて見る薬草まであった。
「ラナン。どうやってこんなに収集しているんだ?」
「世界中を歩いて回ってるんだ。希少な薬草もあるだろ? ほら、これなんかこの大陸には生えてない。こっちは、野生はないんだ。クライアントで開発され、栽培されてる薬草。結構、どんな症状にも効くんだぜ? フロートに滅ぼされた世界を舐めてたら、足元すくわれっぞ?」
「……そうだな」
その通りだと思いつつも、フロート王側近である私に、何の警戒心も持たずに接しているラナンは、大丈夫なのかと心配になる。
(私に心配されることはない、か)
お門違いなのは、自分自身もそうなのだと気づくと、私はルシエル様からのお使いを遂行することに徹底することにした。
ラナンをここに、長居させることは危険だ。スタリーとフロートは目と鼻の先。出来るだけ早く、ラナンをどこかへ逃がさなければいけない。
それだけではない。私がこうして、ラナンと接点を持っている姿をフロートの人間の誰かに見られるのもまずい。私はすぐに交渉を終えようとはじめた。
「ラナン。私が探しているのは十二の薬草だ」
「メモある?」
「ある。だが、ラナンは読めないだろう?」
「カガ、読んでくれよ。たぶん、あるぞ? 順に出すから」
今広げているのがすべてではないようだ。私は右ポケットにしまってある、ルシエル様からのメモ用紙を広げると、上から順に読み上げた。
見た目はただの葉っぱだ。しかし、ラナンは私以上に薬草に詳しくなっている。私が述べる薬草を、順番に袋から取りだし、私が言う数量を小分け袋に移していく。
「あ、ベーガだけ無いな」
「そうだな」
十一番目に書かれていた薬草が無かった。しかし、ラナンは困った顔なんてひとつもしない。紅色の薬草と、やや紫がかった薬草。やけに鼻を刺激する黒ずんだ薬草を取り出すと、私に渡してきた。
「二対一対一で、すり潰してくれ。そうしたら、ベーガと同じ効力になる」
「そうなのか?」
「うぃ。クライアント印の極秘草も、カガには渡しとく。ルシにでも渡してくれよ」
「…………何故、ルシエル様に?」
ラナンは、きょとんとした顔をしてみせた。
「え? だって、これはルシのお使いなんじゃねぇの?」
「……どこで分かったんだ?」
「メモの字。カガの字じゃなかった」
「そうか……」
鋭いと思いながら、私はラナンから薬草を受け取る。そうして、袋にしまうと対価を払おうと、硬貨の入った袋を取り出した。
「幾らになる?」
「金か? 別にいらねぇよ。困ったときは、お互い様……だろ?」
「ラナン……私は、お前の敵だぞ」
「敵味方って区分で、俺はひとを判断しねぇの。はい!」
ラナンは硬貨の入った袋を私に押しつけはねのけると、椅子から立ち上がり、フロートには背を向ける形で走り出した。
「カガも、早くずらかった方がいいぞ? フロートの兵士が来る」
「? 分かった。ありがとう、ラナン」
ラナンは、にっと笑みを浮かべると、そのまま躊躇うことなく駆け出して行った。私もまた、城に早く戻ろうとラナンとは反対側の出入り口に向かって、歩き出した。




