ルシエルの抵抗
エリオス皇国の生き残りが、サノイと行動を共にしているという情報源は不明。
ルシエルは、ある程度方向性を決めると、閉会前に部屋を後にし……?
エリオス皇国を十年前に攻め落とした人間。それは、他の誰でもない。私のことだった。クライアントとも繋がりを持っていたエリオスは、魔術士の正式部隊を持たなかった分、フロートはもとより、大国クライアントよりは兵力は劣っていたかもしれない。しかし、十四皇子とふたりの皇女という子宝に恵まれた地域は、やはり豊かだった。国民性もウィンダール・エリオス国王の豪快で明るい性格は、少なくとも国民の救いだった。
「エリオスを滅ぼしたのはお前だろう? 城に火を放ち、全王族を絶滅させた……と見せかけて、逃がしたのではないか?」
「何のために?」
問い詰めてきたのはザレスだった。一度コケにしてから、私への当たりもキツくなってきたのは実感していたが、軍師にザイール兄上が絡んでいたのが判明し、それを退けてからは、対応がまた少し、変わってきたように思う。その証拠に、この一ヶ月は平和……いや、平凡に生活できていたと思う。レジスタンスの動きも水面上には出ておらず、ザレスは「泳がせている」などともったいぶっているが、その言葉が本当だとしても、レジスタンスが今、まだ解散せず、無事に存立していることは確かだ。
(ザレスは、誰を釣り上げたいのだろうか……)
「お前は、食えない男だからな」
ふと、ザレスの言葉が気になってから顔を上げると、ザレスの次なる言葉が私を待っていた。顔を上げたと同時に来たため、一瞬間をあけてから言葉を続けた。
「……そうですか?」
「とぼけるのか?」
「エリオスのリークハルト皇子、ジンフィール皇子は今、サノイ・クライアントと共にサフィア大陸で活動しているということは、サフィア大陸での黒魔術士は、サノイのもとへ集結をはじめるかもしれませんね」
「? どういうことだ」
私は、自分に対する面白くない追及をとりあえず払いのけると、ザレスが興味を引きそうな情報を軽く流してみた。すると、簡単に食いついてくるものだから、釣りをするならこれくらいの餌を用意しなければと、内心で皮肉った。
ザレスとジンレートが釣ろうとしている人間。
それが、私であるのだろうことは、気づいている。
「サフィア大陸では、魔術士が生まれやすい傾向にあることは、報告書が届いているはずです。それも、神子魔術士よりは黒魔術士率が高いということも既に報告済み……」
私は先ほど発言したレイザの方向を見た。複雑そうな顔をしている理由を、私は知っている。それを此処にいるレイアス部隊に知らしめる必要はないとも思ったが、隠すことでもないかと判断し、言葉を続けた。
「レイザは、サフィア大陸の村出身だから、事情はよく知っているんじゃないのかな? 報告書をまとめていたのも、キミが主だったしね」
「それで? 俺がエリオスに加担しているとでも言いたいのか?」
「まさか」
思わぬ言葉に、私は手を軽く振って否定した。
レイザは、レジスタンスの新参者であるクレスとセアラの同郷だった。そのことを知っているものは、此処にいるすべてではない。そのため、そこまでをバラすことはやめておいた。どちらの為にもならないことは、しない主義である。そういうことを「無駄」というものだ。
「キミがフロートに忠義を尽くす人間ということは、知っているよ。ジンレート隊長からの信望も厚い」
「……それで?」
「だから、キミが裏切っているなど思ってはいないよ。誰も」
「そうだな。裏切るとしたらお前か、此奴ぐらいだ」
ジンレートが視線で示したのは、私とカガリのことだった。相変わらずこのザレス崇拝者たちは、私とカガリを嫌うものだと、私は軽く息を吐いた。あくまでも、嘆息していないように見せかけるために、咳払いをしてごまかす。それがわざとらしかったのだろうか。普段咳払いなどしないからか、怪訝そうな顔をされたのは、私としては失策だったかと軽く反省した。そこまでの猛省はしない。そこまでの事ではないからだ。
「私は裏切り行為もしたことがあるから、言い逃れはしませんよ。でも、カガリは裏切りなどしたことがないのでは?」
「剣を振るうしか能のない、バカ犬だからな?」
「…………」
カガリは、大人な対応をした。スルーというのは、なかなかに良い手だと思う。その対応をみてから、私もカガリを見習って、もう少し大人な対応をしなければと心改めた。
「話を戻しますが、エリオスの生き残りが居たとしたならば、サフィア大陸で新たな勢力が発足するのも時間の問題……あるいは、すでに出来たからこそ、動きがこちら側に伝わってきたのかもしれませんね」
「お前は、何が言いたい? ルシエル」
「手を打つべきです」
「お前を派遣しろとでも言うのか?」
「人選については、私が口を挟むことではありませんから」
それだけ告げると私は、自分の他に控えていたレイアスの兵士に軽く頭を下げ、この場を先に後にしようとした。例会が終わる前である。場を仕切るジンレートが眉をぴりっと上げ怒声をかけてきた。
「まだ、話は終わっていないぞ」
「すみません。所用です」
「お前は非番だろう? 何の用があると言うんだ」
「あぁ、トイレです」
にこりとそう告げると、私は足早に……この場から逃げるように扉を開け、廊下に出た。そして、数歩いったところで強い咳き込みをする。咄嗟に口元を押さえ、咳の声が響かないように気を付けたところだけは、自分を褒めたい。ただ、手元についた真っ赤な血を見ては、それ以上の楽観的にはなれなかった。
ギリギリまで例会に居ることは、無かったかもしれない。あそこまで攻撃的に首を突っ込むこともなかったかもしれない。自分の体調管理もまともにできていないのかと、嘆くしかなかった。
世界史が私を見捨てるのも、無理ない話かもしれない。
「ゴホ、ゴホ、……は、ぁ…………まったく」
精霊たちは、相変わらず私に姿を見せなくなった。あちらから監視をしている可能性はあるが、私から関与は出来ない。この弱り果てた姿を、精霊界が把握しているとしたならば、後継者としてザイールを選んだならば、この状況をおいしいと判断しているに違いない。手を下さなくとも、勝手に朽ち果てていくのであれば、それに越したことはないだろう。それが悔しいから、きっと私は最後のあがきを見せてやろうと、模索しているのだと思う。
(負けず嫌いも、ほどほどにしなければ命を縮めるものだな)
何度か咳き込んだのちに、ゆっくりと息を吸い込んでみた。胸の締め付けや痛みは、和らいだ。今のうちに自室へ戻り、次なる手を打たなければならないと、急いだ。
ほどなくして自室に到着すると、私はすぐに懐にしまっていた「世界の終わり」という書物を取り出した。世界史がこの書物のつづられていた世界から存在していたとするならば、「先導者」とはやはり、命尽きるごとに代わってきたことになる。私の前。つまりは先代が誰だったのかという話は、知る由もないが、もしかするとこの書物の著者は、何かしら歴史にかかわってきた人物なのかもしれないという思考に至った。
精霊界は、ザイールたちについた。しかし、世界史が次なる駒として動かそうとしているのは、そうではなかった。レナンだ。あの子に、使命を課そうとしている。私としては、兄上に課されることは賛成できなかったが、それをレナンに回すということも、できることなら避けてあげたいと願っていた。私自身が、先導者としてこれまでふるまってきた人生を、ひどく後悔しているからだ。「自由」という概念。「ひと」としての概念が、大きく変わってしまう。そして、何より「世界」と「人生」との関わり方、とらえ方が変わってしまうのだ。
せっかく、今まで離れ離れだった双子の兄弟が、同じ目的のもと。同じ釜の飯を共にすることが出来るようになったのだ。その幸せを奪うという道を、どうして押し付けられようか。
これは、私のエゴかもしれない。世界史や世界にとっては、幸せな結論かもしれない。選択かもしれない。だが、それでも……未来ある少年に、私と同じ道を歩ませたいとは思えなかった。
「抗ってみせるよ。たとえ、世界が私を見捨てたとしても……私は最期まで、その瞬間まで、抗ってみせる」
声に敢えて出したのは、聞いているやも知れぬ精霊たちに、その意志を伝えるためであった。




