策士の勝負
敵である「ラナン」の双子の弟「レナン」を、自らの付き人にしようと国王に直訴しにいくルシエル。
国王と、その部下であるジンレートに対して強気の態度で挑むルシエルの様子に、不安を覚えるカガリ。
ルシエルの交渉は、うまく運ぶのか……。
私は久しぶりに愉快な心地がしているのを自覚していた。年のせいか、年々「わくわく」という感情から遠ざかっていたような気がする。カガリに稽古をつけていた十年前は、日々カガリの可能性に期待するとともに、時代の流れを肌で感じ、よく眠れたというものだ。
「何故、レナンを? レナンは……」
国王は眉を寄せ、奥歯を噛み締めた。その脳裏に浮かんだ人物の名は、容易に想像がつく。
ラナン・ヴァイエル。
レナンの双子の兄であり、フロートに盾突く男。
「えぇ、ラナンの実弟です」
「ならん。付き人が必要なら、レイアスの誰かを使え」
私はちらりと視線をジンレートに向けた。ジンレートも、付き人を持っている。レイアスでの実力者のひとり、レイザという十八歳の少年だ。小さな村の出身で、黒魔術士のライバルがいるというところまで、私の情報網では掴んでいる。
「レイアスには、これといった階級はありません」
「? それがどうした」
「しかし私は、最後尾に位置している魔術士です」
そう口にすると、ジンレートは面白くないという顔をして、私との距離を半歩詰めて来た。
魔術士の間合いは広い。剣士とは違い、飛び道具が武器なのだから、その距離は無限ととらえても間違いではないかもしれない。その距離を縮めるという行動からは、威圧的姿勢をとったと読み取るのが定石というところだろう。
「厭味か? ルシエル。何なら、ここで力の差をハッキリとさせたっていいんだぜ?」
「ジンレート隊長。やめた方がいいですよ。今のあなたは、まだ私には及ばない」
「なんだと……ルシエル!」
「ルシエル様……お言葉が過ぎるのでは」
カガリが不安そうに声を絞り出す。立場的には、国王……そして、ジンレート側につくべき。私を咎めるのは正しい判断だと私は内心でカガリを褒めた。
「恥をかきたくなければ、たまには汗をかくことですよ。日々の鍛錬は、嘘をつかない」
「俺に説教とは、最後尾と言いながらやけに上から目線じゃねぇか」
目を細め、泣く子も黙りそうなぎらりと光る目つきで私をにらむ。こうも挑発に乗られては、逆に滑稽に思えてしまうのが私の悪い性分だと思うのだが、それを抑え込むように平素を貫くことは、会得していた。
「そういうつもりではなかったのですが……すみません、隊長。つまりは、そういうことで、私より身分の低いレイアス兵は居ないのです。それならば、他から指名するより方法がありません」
私はジンレートの怒りをよそに、話をもとに戻すことに成功した。ジンレートには、統率力がある。カリスマ性もある。そして、実力もある。だが、まだ青い。私を出し抜けるほどの策士でもないと、読んでいる。
(だが、決めつけて足元をすくわれないようにしないとな……ジンレート派は多い。安定を望むレイアスに、フロートに依存している民も居る。常に変化には敏感でいないといけないな)
「何も、レナンを選ぶことはなかろう。Sクラスを望むなら、隊長のリザート。副リーダーのゼルヴィスでも派遣してやる」
「それはやめた方がいいでしょう」
「何故だ。リスクを考えれば……」
「リスク?」
私はあえて「分からない」という顔をしてみせた。分からないはずがない場面で、とんちんかんな顔をされれば、相手に一瞬予期せぬ間をつくらせることが出来る。私はそこで、国王の言葉を待たず自分の言葉をねじ込む。
「陛下は、何を恐れているのですか?」
余裕たっぷりの笑みを浮かべ、私は国王を見つめた。実に穏やかで、裏なんて何もないという顔をしてみせている。自分でも、随分と腹黒くなったものだと内心では別の意味の笑みを浮かべる。
「私が……恐れるだと?」
「えぇ。そう見えたのですが……私の気のせいでしょうか?」
このフロート国王は、自尊心が高くどこまでも貪欲で、どこまでも負けず嫌いの男だということを私は知っている。なんといっても長い付き合いになる。隣に控えているジンレートよりも先に、私はフロートのレイアスに所属しているのだ。当然、私の後ろで口をぽかんとあけているカガリよりも先だ。
「私に恐れるものなどない」
「そうですか。では、レナンを付けてもよろしいですね?」
「…………その人選の理由を言え」
事を運ぶのは、得意な方だ。言葉遊びも、魔術の交戦も、剣などの武器による交戦も、楽しいと思う。失敗することもあるが、たいてい上手くいってきたことも、好きになった理由かもしれない。
ただし、相手になる方はたまったものではないだろう。いつも苦労しているのが、このポジションにいる「カガリ」だ。
「お分かりなんじゃないですか? 陛下」
「何?」
「レナンが今、どういう状況に置かれているか……ご存知ですか? ラナン討伐の任から外されています」
「……」
私のけんせいにより、下手な言葉を漏らせなくなった陛下は、押し黙る。陛下が黙れば、犬みたいなジンレートも黙る。カガリは、口をはさむことは無い。
「ここで確保していた方が、得策だと思いませんか? もし、レナンに自由を与えている隙に、ラナンのもとへ行ったら……今のラバースの兵力など、余計な情報を敵に与えることになりかねませんよ?」
「…………確かに、な」
(傾いたな)
国王の考えが、私の言葉に流され始めている手ごたえを得ると、畳み込むように言葉を続ける。ジンレートは、実に面白くないという顔をしている。カガリには常に大口を叩くが、何だかんだで私には歯向かおうとはしてこない。正直なところ、体調が万全ではなくなってきている私には、ありがたい実状だ。
「レナンの身柄を確保でき、かつ、うまく利用できればラナン側の情報を得ることもできる可能性があります。さらに」
「さらに?」
私は、目を細めて心にもないことを平気で口にする。
「レナンを人質とし、ラナンを吊し上げることも可能かと」
「!?」
その言葉に一番反応を示したのは、こういう面で非情になれない「カガリ」だった。
カガリとは、信頼関係を厚く結んでいる。私がそういうことをする人間ではないと、信じてくれているはずだが、言葉に出されれば誰でも疑ってしまうのも仕方ない。
ラナンは、カガリにとって大切で特別な存在。それもあって、余計に要らない力が入ってしまうのだ。
「ふっ……そこまで考えているとはな、ルシエル。よかろう。即刻ラバースから連れてこい」
「ありがとうございます、陛下」
「……ルシエル」
「……何か?」
ジンレートが声を発したので、私は素直に問い返した。たまには相手に主導権を握らせることも交渉には必要だ。
「お前は、フロートの為に死ねるのか?」
(ほう? 面白い質問をしてきたね。私の言動を怪しんだか、ジンレート)
私は真実を隠して取り繕った顔をしてみせた。従順な部下の顔だ。
「だからこそ、この城に居るのです」
顔は笑顔を絶やさずに、選んだ言葉はジンレートに対して「イエス」とも「ノー」ともとれるものを選んだ。流石に満足しなかったのだろう、ジンレートは追及しようと口を開いたので、私はそれを瞬時に察知し踵を返した。話を打ち切るためだ。
ただし、もう一言を付け加えることを忘れはしない。
「あぁ、そうそう。陛下。聡明なる陛下ならば、賛同していただけると思い、すでにレナンは手中に抑えております。それでは」
私はカガリとすれ違うときに、ふわりと目を細めて国王とジンレートには聞こえないほどの囁きで、「問題ない」と伝えた。それを聞いてカガリは肩の力を抜くのが分かった。ただし、カガリはこれから国王とジンレートと対峙するのだ。気が楽にはならないだろう。だから、余計な心配要素だけは、取り除いておいたというまでだ。
重々しい扉を通れるだけの隙間分開けると、私はすぐに閉じた。そして、レナンをひとり待たせている自室に向かって、真っすぐに歩き出した。




