魔術士ルシエル
『私が、支えるから』
「ダメだ、下がるんだ!」
『あなたはダメ……あなたは、世界を救うの、その力で』
「俺には、そんな力はない!」
『お願い、みんなを守って……』
「……っ!」
長らく、夢など見ていなかった。汗をかき、シーツを濡らしながら目を覚ます私の胸は、バクバクと鳴り止まない。こんな夢を見るなんて、何かの予兆だろうか。
月の位置から察すると、まだ、真夜中だ。誰も起きてはいないだろうと思い、私は中庭へ出かけることにした。シャツに白のローブだけをまとう。
中庭には、一本の大きな木が生えている。私はそこで、読書をして過ごすことが好きだった。ただし、このような綺麗な月が出ているときであるとはいえ、この光量では読書はさすがに難しいだろう。私は、散歩をする程度にとどめるつもりで、部屋を後にした。
ここは、世界を支配する天下の「フロート」王国の城内。私は、このフロートの誇る魔術士部隊で出来ている「レイアス」に属する兵士のひとりだった。この世界には、三つの種類の魔術士が存在している。「天使」とうたわれる、治癒の専門家である白魔術士。「悪魔」と忌み嫌われる、攻撃重視の黒魔術士。そして、「神の子」と呼ばれる、白魔術、黒魔術を駆使する「神子魔術士」である。「レイアス」は、神子魔術士のみで構成される、特別な存在であった。
どの魔術士よりも、その力は強く、他の国にはそもそも魔術士部隊というものが、存在していること自体珍しいことであった為、「フロート」は他国を侵略し、今では世界の殆どを配下としてしまうほど、大きな権力を手にしている。そこまで膨大な力を得た大国に、反旗を翻すのは、並大抵の決意では出来まい。現に、ゼロではないが、殆ど存在していないのが実状だ。
ただし、その中で目を見張るものがあるほど、力をつけているレジスタンスが存在していた。
レジスタンス「アース」。
元、「ラバース」の傭兵であった「ラナン」という少年がリーダーとして、活動しているチームである。「ラバース」というのは、このフロートのもう一つの戦力。ただし、魔術士部隊ではなく、一般人からなる剣を主とした傭兵組織である。ラナンもまた、魔術士ではなく、剣の使い手だった。ラナンの片腕を担うのが「リオス」と「サノイ」という青年。リオスは、ラナンと同じくラバースの兵士だった男だ。私も、何度か顔を合わせたことはあった。彼の剣の腕は、確かなものだ。
そして、「サノイ」。彼は、フロートの大敵国であった「クライアント」の第三皇子であった男。その地位は、今となってはもうフロートによって国は滅ぼされている。皇子ではないのだが、何よりも厄介なのは、彼は幼き頃から軍師として戦線に出向いていたということ。そして、彼は剣士ではなく「魔術士」であった。
ラナンの仲間は彼らだけではない。別働隊として、医師でもあり白魔術士でもある青年や、黒魔術士など、着実と仲間を増やしている。
レジスタンスになるには、それ相応の覚悟と決意がいる。それでもラナンにつくということは、それだけ「フロート」に反意があるということか、或いは、ラナンに魅力があるのか……。
或いは、その両方……か。
「まったく。面白い子が出てきたものだ」
私の敵でもあるその少年に、私自身も出会ったことはあった。「カガリ」を追って行ったところで出会ったのだが、確かに、少年からは強い「光」を感じる、「正しき力」という名の輝きで溢れていた。あの少年なら、このフロート国の旗を、焼き尽くすことも出来るかもしれない。逆を言えば、彼に出来ないのであれば、もう誰にも出来ないであろう。
カガリ。
私はずっと、「独り」身であった。ある者は敬い、ある者は恐れ、ある者は私を妬む。それほどの力を持って生まれた、「魔術士」である。そして、魔術に依存することはなく、剣などの武芸にも励んできたし、武芸馬鹿にならないようにするために、文学の研究にも手を抜かなかった。特に私は古代史が好きで、旧書庫を第二の部屋とするほどの本の虫となり、古文書を読みあさる日々を送っている。
しかし、あるとき。今から二十年ほど前。中庭の木で眠る、小さな少年を見つけたのだ。少年はボロボロに傷つき、いつも、憔悴しきっていた。そんな少年は、髪の毛は優しい茶色、瞳は空を思わせるような青い色。赤いリボンで髪を結んだ女の子のような容姿をしていた。とても背丈が小さいその少年の名を、この城で生きるもので知らないひとは居なかった。その少年の名前が「カガリ」。カガリは、傷ついていた。こころも、身体も。誰にやられたかなんて、問題ではなかったが、国王とそのお気に入り、レイアスの隊長である「ジンレート」にやられたものであることは、噂で知っていた。
そんなカガリを見て、「いつか」は声を掛けようと思っていた。そして、いつかは私の持てる力を、受け継がせようと思い、時期を見計らっていた。そしてそのときは来た。私はカガリに接触すると、少しずつカガリの懐の中へと入り込み、「師弟」の関係を無事に築いた。
国王が何故カガリに執着し、虐め抜いているのか……。
その「裏側」も「真実」も、私は知っていた。
本当の「咎人」とは、私のことなのかもしれない。
いや、きっとそうなのだろう。
「……これは、罰か」
私は、胸を押さえた。息苦しさがこみ上げてくる。もう、何年もこの身体と付き合っている。
先が、そう長くないことも……分かっていた。