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会ってほしい人 Ⅱ

 

 真琴が電話で確認した場所に赴くと、その人はテラスの向こうに広がる景色から目を移した。

 スラリとしたスタイルの洗練された美人は、相変わらずの優美さで真琴に微笑みをくれる。



「……静香さん」


「真琴ちゃん、久しぶりね。元気だった?」


「うん、お陰様で。今日はわざわざここまで来てもらって、ごめんなさい」



 真琴は落ち着かなげに早口でそう言うと、静香の向かいに腰を下ろした。



「ううん。何も予定はなかったし、ここまでドライブできたし。真琴ちゃんにも会えたし。呼び出されても、いいことばかりよ」



 静香はニッコリと笑って、気の利いたことを言ってくれる。


 何と言って言葉を返そうかと、真琴が言葉を詰まらせると、店員が注文を取りにやって来て、とりあえずカフェラテを注文する。



「一緒に働いてた時、よくこのカフェに来たわね」



 久しぶりのぎこちなさをほぐそうと、静香の方から話題を振ってくれる。

 こんな風に気配りをしてくれるのも、かつて真琴が知っている静香と変わらない。にこやかな表情の奥にも、古庄との結婚が破談になった哀しみなど微塵も感じられない。


 ティーカップを口に運ぶ細い指には、ほのかにグラデーションを効かせたネイルが施されている。休日のこなれたファッションも、上品な物腰が加味されて、見事に着こなしている。


 細部まで気を抜いていないのは平沢と同じだけれど、静香には嫌味がなく、見る者に心地よささえ感じさせる。

 女の真琴でさえ、見とれてしまうほどだ。



 近況報告などし合い、他愛のない雑談をしばらくした後、真琴のカフェラテが届けられる。

 それを一口含んで、真琴がホッと一息ついたのを確認して、静香は真琴の目を見つめた。



「それで?今日はどうしたの?何か、相談事でもある?」



 と、とうとう本題に入るように促される。



 真琴は思わず、グッと言葉を呑み込んだ。これからの展開を想像すると、なかなか勇気が出てこなかった。



 でも、古庄をずっと車で待たせておくわけにもいかない。きちんと話をしないと、わざわざ静香を呼び出した意味もない。


 真琴は深く息を吸い込むと、意を決した。



「…私、結婚したの」



 まずは短く事実のみを告げると、途端に静香は目を丸くした。



「え…!結婚?!真琴ちゃんが?」


「……うん」


「え~!!ホントに?おめでとう!」


「…あ、ありがとう」


「彼氏がいることも知らなかったから、びっくりよ!!相手は誰?いつ結婚したの?」


「…あ、あの、実は、相手は今日一緒に来てるの。…会ってもらえるかな?」



 話をしながら真琴は、あまりに自分の胸の鼓動が大きくて、自分の声さえ聞こえないような気がした。



「うん!なんだ一緒に来てるの?紹介してくれるのね?嬉しい!!」



 静香はほっそりとした指を唇に当てて、真琴の幸せを自分のことのように喜んでくれた。


 古庄に会わせると、静香は辛い過去を否が応でも思い出してしまうだろう。その喜びで輝いている表情を曇らせることになるかと思うと、真琴は胸が締め付けられて息苦しくなった。


 けれども、もう後戻りはできない。おもむろにバッグからスマホを取り出すと、手早くタップする。



 待たされること10分ちょっとで、古庄の携帯電話が鳴った。



『待たせてしまって、ごめんなさい。2階のテラス席にいるので、来てください』



 真琴は手短にそう言うと、すぐに電話を切った。依然として、声色には緊張感が漂っている。


 一抹の不安を抱えながら、古庄もカフェへと向かう。

 ドアを開けて中に入った瞬間、一身に注目を浴びるのを感じるが、それはいつものことなので気にもかけず、階段を探して2階に上がる。


 階段を中ほどまで上った時に、会話が聞こえてきた。



「え~、そうなんだ~。じゃあ、結婚したって言っても、籍だけ入れたの?」


「うん、2週間くらい前だったかな…?」


「うわ~、どんな人なんだろう?真琴ちゃんの相手って…」



 真琴の向かいで、そんなことを話していた女性が、古庄の気配に気が付いて目を向けた。


 その瞬間、その女性は言葉を潰えさせた。


 古庄も息を呑んで、自分の中の全てのものが止まってしまった。



「……芳本さん……」



 意識せずして古庄がつぶやくと、静香も思わず立ち上がっていた。



 突然の再会に驚いて、二人の視線が複雑に絡み合う間、真琴の中に切ない痛みがせりあがってくる。


 かつては、結婚することを約束して指輪も買い、式を挙げるばかりだった二人だ。真琴には立ち入れない、二人だけにしか分からない世界が、そこにはある。


 非の打ちどころのない完璧な容姿の古庄の横に立つと、静香の洗練された美しさが一層引き立つ。

 釣り合いがとれているお似合いの二人の間に立つと、まるで自分は闖入(ちんにゅう)してきた部外者みたいだと、真琴は思った。

 自分はここにいてはいけないような気さえしてきて、真琴の胸は切ない痛みと苦しさで、張り裂けそうだった。



「……真琴ちゃんのお相手って…、古庄さん?」



 驚きを呆然とした表情に変えて、静香はつぶやくように声を出した。真琴は座ったまま静香を見上げて、こくんと一つ頷いた。


 その事実を確認して、静香はもう一度古庄を見つめる。

 古庄はまだ驚きが尾を引いて、何も発することは出来なかったが、ただ静香を見つめ返して、目で肯定した。



「お二人とも、座って下さい」



 真琴の胸は、緊張のあまり激しい動悸で騒いでいたが、努めて冷静に二人に促した。

 丸いテーブルを囲んで三人が向かい合っても、ぎこちない空気は拭い去れない。



「…驚かせてしまって、ごめんなさい。だけど、やっぱり静香さんにはきちんと報告しておかないといけないと思って……」



 そう言うと、真琴は唇を噛んだ。

 こうなることを策したのは誰でもない自分だけれども、これからどうやって話を進めていったらいいのか…。それが分からずに、言葉が続かない。



 三人の間に漂う沈黙を破って、店員が古庄の分の注文を取りにやって来た。

 店員は、古庄がコーヒーを頼む短い間にも、チラチラと何度も古庄の顔を見ずにはいられないようだ。



 唇を噛んだまま張り詰めている真琴の表情を見て、古庄は胸が突き上げられた。

 真琴はずっとこのことを思って、重苦しい気持ちを抱えていたのだ。


 静香に配慮して1年間を待つ間、その長さのあまり、古庄はすっかり静香のことを忘れてしまっていた。

 古庄にとって静香は、破談になったと同時に関わり合いも終わった相手だけれど、真琴にとっては変わることのない友情を注ぐ相手だった。

 律儀で義理堅い真琴は、親友のことをずっと胸に留めたまま常に思いやって、心を痛めていた。


 今はまだ秘密にしているこの結婚だが、いずれは職場にも公表する日が来る。そうして、他人の口からこの事実を知らされる静香のショックは如何ばかりだろう。

 だからこそ真琴は、何をさておいても、自分たちの両親よりも先に、静香に報告することを考えたのだ。





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