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週末婚

 


 小鳥たちの歌で、うっすらと目を開けた真琴は、虚ろな意識の中でいつもと様子が違うことに気が付いた。


 見慣れない調度品と、素肌に擦れるシーツの感覚。

 現実にハッと気が付いて、真琴は起き上った。隣にいるはずの古庄は、すでにそこに姿はなかった。


 昨晩、窓辺で脱いだままになっていた浴衣を手早く身に着けて、キョロキョロと古庄の気配を探す。

 すると、昨日はしなかった水音が外から聞こえてきたので、内風呂から外に出られる戸を開けてみる。



「おはよう。寝ぐせの付いてる真琴も可愛いなぁ」



 露天風呂に入っていた古庄が、真琴を一目見てそう言った。真琴は朝の挨拶どころではなく、赤面して思わず頭に手をやった。



「真琴も一緒に入ろう。気持ちいいよ」



 臆面もなく誘われて、真琴はグッと少しためらった。けれども、昨晩は自分から脱いでおいて、今更恥ずかしがるのも変な話だ。……それに、この体のことは、隅々まで古庄に知られてしまっている。


 真琴は素直に応じて、浴衣を脱ぎ、かけ湯をするとお湯の中に身を沈めた。


 露天風呂の横の竹垣には、夏の名残りの朝顔が花を咲かせている。

 お湯の温かさが体に沁みてきて、心も体も解放され、ホッと和んでいくのが分かる。

 目の前には、真琴のその様子を見守り、微笑んでくれる愛しい人もいる。


 真琴は、今ここにあって感じ取れる幸せの全てを噛みしめた。

 これからどんなに辛いことがあっても、この朝のことを思い出せば乗り越えられると思った。



「これからのこと…、考えとかないといけないな」



 同じことを考えていたのだろうか…。

 そう持ちかけられて、真琴は木々の梢を渡る風から露天風呂に向かい合って座る古庄に目を移した。



「これから、二人でどんな風に生活していくのか、とか」



 確かに、きちんと話し合って決めておかなければいけないことは、たくさんある。真琴は頷いて、少し考えた。



「…やっぱり、二人で一緒に住むのは無理だと思います」



 いきなり持ち出された真琴の結論に、古庄は無言で顔をしかめ、不服の意志表示をした。



「生徒や地域の目がありますから、一緒に住んでいれば、そのうち結婚していることはバレてしまいます」



 隣に誰が住んでいるのか分からないような都会ならともかく、田舎町の教員は目につきやすい。ましてや古庄は、そこだけくっきりと切り取られたように目立つ存在だ。



「……じゃあ、ずっと今のままか?これじゃ、普通のカップルと変わらないじゃないか」



 古庄は憮然として口を尖らせた。

 こんな時、真琴の思慮深さが恨めしくなる。あんなに情熱的な夜を過ごしておいて、別々に暮らす方が不自然だ。


 誰にも邪魔されない愛の巣で、抱きしめて、キスをして、そして…という夜を毎日でも過ごしたい。何よりも、昨夜のような真琴を知ってしまったら、片時も離れていたくなかった。



「ずっとじゃありません。来年の春になって、古庄先生が異動をすれば結婚していることも公表できるし、一緒に暮らせるようになります」



 古庄は苛立っているのを隠すように、目を閉じて考えるふりをした。


 来年の春までには、あと半年もある。

 また待たされるなんて、本当にうんざりだった。何としても、「今のまま」という状況は回避したい。

 でも、用心深い真琴は、住処を一緒にすることには同意してくれないだろう。



「それじゃ、こうしよう。週末だけはどちらかの家で一緒に過ごす。金曜日の夜から日曜日の夕方までだ。それで、月曜日の朝は別々の家から出勤する。どうかな?」



 提案されて、真琴の気色が変わった。少し考え込んで、納得したように頷いた。



「分かりました。週末婚ですね」



 そう言って、ニッコリと笑う。

 真琴が笑顔で了承してくれたのと「週末婚」と言う響きに、古庄の顔は思わずにやけてしまう。



 体がずいぶん温まってきた真琴が、頬をバラ色に染めて、額の汗を手の甲で拭った。その仕草に、古庄の胸がドキリと反応する。



「…月明かりの中の君も綺麗だったけど、明るいところで見る君も……色っぽいなぁ」



「………は?」



 何でも素直に表現する古庄の言葉を聞いて、真琴は古庄の顔を見つめながら、みるみる間に頬をバラからゆでダコへと変化させた。



「からかわないでください」


「からかってないよ。本当のことだ」



 真顔での古庄の受け答えに、真琴はどうしていいのか分からなくなる。



「そういえば昨日から気になってたんだけど、真琴は寝巻きの下は、なんにも着ないで寝るのか?」



「……は?」


「着てなかっただろ?昨日」


「…………!!!」



 真琴は真っ赤な顔を押さえて、居ても立ってもいられなくなった。



「先に出ます!」



 そう言うとお湯から立ち上がり、逃げるように離れの中へと入って行ってしまった。




 真琴が体を拭き、きちんと衣服を身に着けたところで、離れの呼び鈴が鳴らされる。



「朝食の準備に参りました」



 旅館の仲居が2名ほど、玄関口に立っていた。



「どうぞ、お願いします」



 そう言いながら、真琴は仲居を迎え入れる。

 仲居たちは手慣れた感じで、1組はほぼ使われていない2組の布団を片付け、座卓の上に朝食を並べ始める。



「真琴、俺の浴衣そっちにあるかな?」



 その時、そう言いながらいきなり、古庄が座敷へと入ってきた。



 その端正な顔に引けを取らないほど、健康的で均整のとれた完璧な古庄の肉体…。



 辛うじて水滴は拭かれているが、浴衣は手元になかったので、当然ながら何も身に着けていない。


 仲居二人と真琴の視線が、全裸の古庄へと釘付けになる。



「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ❤︎❤︎」



 古庄のとんでもないサービスに、離れには黄色い悲鳴が響き渡った。





 週が変わって、再び金曜日になった。

 取り決めたとおりに、今日の夜から「週末婚」だ。


 あの後古庄は、「週末はどんなことがあっても、どんなに仕事で遅くなろうとも、飲み会があっても、二人で過ごす」という約束を、真琴に取り付けた。

 やっと普通の夫婦のような時間が過ごせる幸せを噛みしめて、古庄は朝から顔が緩んでしょうがない。


 時折真琴と目が合って、ニコ―っと笑いかけると、



「学校で、そんな顔で見るの、やめてください!」



 と、真琴からは見慣れたしかめっ面で返された。

 嘘を吐くことが苦手な真琴は、よそよそしく素っ気ない。それこそ古庄は、邪険にされていると言っていい。


 けれども、あの旅館で過ごした一夜が心の栄養になっていて、古庄はもう動じなかった。



「賀川先生の席はここですか?」



 女子生徒から尋ねられる。



「うん、そうだよ」



 古庄が頷くのを確認して、女子生徒は少し大きな茶封筒を真琴の机に置いた。



「それは?」



 古庄は気になって、思わず訊いてみる。



「これは、体育大会の時に写真部の企画で撮った写真です。『あなたの好きな人の写真撮ります』っていう…」



 そう答えながら、女子生徒はニヤリと意味深な笑みを古庄へと向けた。「あなたの好きな人」という文言に、古庄もピクリと反応する。


 女子生徒がいなくなり、真琴もまだ席には戻ってきていない。

 古庄はそっとその茶封筒を取って、こっそり中の写真を出して見てみた……。



 古庄の口元がほころんで、抑えられず顔がにやける。


 その写真には、秋晴れの空を背景に、爽やかに笑う古庄自身の姿が写し出されていた。









<center>「恋はしょうがない。21/2」</center>

 

<center>― 完 ー</center>












<center>☆ あとがき ☆</center>



「恋はしょうがない。〜初めての夜〜」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。


古庄先生の念願叶って、真琴と結ばれる…というこの部分は、もともと「職員室の秘密」の最後の方に入れようと思っていたところです。


短編の連作として読みやすいように…と思いながら書いていましたので、「職員室の秘密」はあれで終わることにして、こちらの部分はショートストーリーとして書くつもりでした。

…ところが、書いている内にけっこう長くなってしまいまして、このような形として公開するに至りました。


結婚してしまったにも関わらず、なかなか結ばれることのできなかった主人公の二人です。

そんな二人の距離感がいい!と思ってくださっていた方もいるかもしれませんが、二人の不器用さにモヤモヤして下さっていた読者の方々には、とりあえずホッとしていただいたのではないかと思っております(笑)


読み返してみて、二人の甘い様子に、書いた自分でもゾワゾワしてしまいます。

でも、好きな人に心から想われるほどの幸せはありません。

皆様にも、この〝激甘〟を楽しんでいただけましたでしょうか?


ちなみに、この真琴と古庄先生の物語はまだまだ続いておりまして、一応ここで完結設定にいたしますが、別作品として、サイドストーリーを2本ほど更新していく予定です(*^^*)

それはあくまでも〝サイド〟なので、学校を舞台にはしていません。

学校を舞台としている方の続編では、二人が結婚をしていることが明るみに出てきてしまったり、拙作「恋は死なない。」の佳音が登場したりします。


もうしばらく真琴と古庄先生の息吹を、皆様にも感じていただきたいと思っていますので、引き続き、このシリーズを読んでくださったら嬉しいです。



それでは、またご縁がありますことを、楽しみにしております。

本当に、ありがとうございました。



  皆実 景葉 


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