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月光の中で Ⅱ



 すると、古庄は一つ息を呑みこんで口を開いた。



「……君に、触れてもいいか……?」



 これまで真琴が聴いたことのない、少しかすれた声だった。真琴はまだ言葉で返すことが出来ず、ただ一つ頷いた。


 古庄は一歩真琴に歩み寄り、腕を伸ばす。その手のひらが触れたのは、真琴の頬だった。


 触れられた瞬間、電流が走るような感覚とともに、真琴は古庄を見上げた。真琴の中には安堵が満ちてきて、自分もこうやって古庄に触れられたかったのだと、改めて悟る。


 古庄は手をゆっくりと動かし、頬から首筋、鎖骨へと丁寧にたどった。そして、胸の丸みの外側を通って、腰へと腕が回される。


 真琴の視界の月の光が遮られて、唇が重ねられた。目を閉じた暗闇の中で、優しいキスは何度も繰り返された。



 フワリと浮遊感の後に、ひんやりとした布団のシーツを背中に感じ、真琴は目を薄く開いた。月の光が差し込む部屋の中で、古庄が帯を解き浴衣を脱ぎ捨てている。


 スラリとした外見からは想像もできない、均整のとれた筋肉に覆われた美しい古庄の姿。青白い月明かりの中で浮かび上がったその姿は、そっと真琴の隣に身を横たえた。


 頭の横に肘をつき、再びキスをしようと寄せられた古庄の表情を見て、真琴は硬直した。


 いつも真琴に向けてくれる、微笑みをたたえているような柔和な表情はそこにはなく、真剣を通り越して、険しく心の底まで射抜くような眼差し。


 初めて目にするこの表情を見た瞬間、真琴は急に怖くなった。全身に震えが走り、隠しきれず、重ねられている唇にもそれが伝わってくる。


 この震えに気が付いた古庄が、頭をもたげた。



「……怖い?」



 密やかな声を聞いて、真琴は目を開けた。心の中を言い当てられて、真琴の胸の鼓動がいっそう激しく打ち始める。


 けれども、ここで「怖い」と言ってしまったら、古庄は真琴のために止めてしまうだろう。

 今、古庄が求めているのは真琴自身で、古庄のためにそれを捧げることは、真琴にとって喜び以外何ものでもないはずだ。



「……怖くはありません。ちょっと、緊張して……」



 古庄の顔を見上げながら、真琴は敢えて笑顔を作った。

 その笑顔を見て古庄は少し表情を緩めたが、唇を噛んでまだ険しさを漂わせる。



「……俺は、怖いよ。こんなに心の底から好きになった人を抱くのは、初めてだから……」



 この言葉で、真琴の中の〝怖い〟という気持ちは消え去った。胸が切なく絞られて、目の前の古庄が愛しくてたまらなくなった。



 真琴は腕を伸ばして、古庄の顔を両手で包み込むと、そっと引き寄せてキスをする。



「大丈夫……」



 キスの合間に、真琴が囁く。



「うん……」



 キスを繰り返しながら、古庄もつぶやいた。



 それから真琴は鼻先から足の指まで、古庄のキスで体中を埋め尽くされた。

 古庄の愛撫がもたらす圧倒的な感覚の中に身を置いて、気が遠くなる。このまま古庄の腕に抱かれて、死んでしまってもいいとさえ思った。



 けれども、真琴はもっと知りたかった。古庄の全てを。指を絡める時の優しさも、一つになった時の激しさも。

 行為の一つ一つから溢れてくる古庄の想いの全てを、感じ取りたいと思った。それら全てを心と体に閉じ込めて、愛しい人を自分の一部にしたかった。




 古庄はうっすらと汗の浮かぶ硬い胸に、真琴を抱き寄せて、乱れた呼吸が落ち着くのを待つ。真琴は大きく上下する古庄の胸に耳を付けて、その奥の激しい鼓動を聞いた。



「真琴……」



 沈黙を破って、古庄が名前を呼ぶ。



「はい…」



 真琴の返事を聞いて、古庄は体の向きを変え、真琴を懐深くに抱き込んだ。抱きしめる腕に力が込められて、真琴は心地よい息苦しさを感じる。



「……愛してるよ」



 真琴は息苦しさどころか、息をするのさえ忘れた。

 古庄の言葉の響きが胸に刺さり、何も考えられなくなった。


 先ほど告げられなかった大事な言葉を、今こそ伝えるときかもしれない。自分も同じ気持ち…いや、きっとそれ以上に想っていると、言いたかった。



 けれども真琴は、今古庄がくれた究極の言葉を飲み下すのに精いっぱいで、胸が詰まって何も応えられなかった。


 ただ、体が震えて涙が込み上げてくる。古庄の腕の中で、真琴は両手で顔を覆って泣いた。


 それを察した古庄は、そのまま強く真琴を抱きしめ額にキスをし、優しく真琴の手を外して、頬を伝う涙を唇で拭った。



 唇を重ねると二人の想いはまた高まって、再び恍惚の海へと落ちていく。

 二人はそれから夜明け近くまで、何度も何度も溶け合って一つになった。




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