体育大会 Ⅰ
この作品は、「恋はしょうがない。〜職員室の秘密〜」の続編です。
前作からお読みくださると、より楽しめると思います。
9月の爽やかな、抜けるような青空のもと。
そこではもうもうと砂煙をあげ、騒然とした戦いが繰り広げられていた。
その中で、一つの存在が見え隠れし、まるでそこだけ輝いているかのように際立ってくる。
その存在に、真琴はただじっと切ない胸の鼓動を伴いながら、視線と心のすべてを投げかける。
寝ても覚めても、真琴を捉えて離さない人――。
何にも代えがたく、この上なく大切な人――。
それは、真琴の伴侶、愛しい古庄だ。
「こら!もう勝負はついてるぞ!!もう、やめろ!……うわっ!!」
過剰に戦いを続けようとしていた騎馬に走り寄って、止めようとした古庄の上に、裸の男子の集団が崩れ落ちてきた。
テントの下から事の次第を凝視していた真琴が、思わず立ち上がる。
男子たちの下敷きになった古庄は、終了の合図がなってしばらくして、ようやく立ち上がった。
砂まみれにはなっているが、無事みたいなので、真琴はひとまずホッとして腰を下ろす。
体育大会の騎馬戦には、男性教員の全員が審判に駆り出される。
古庄は他の男性教員と共に、やれやれといった感じで勝敗の判定をする場に整列した。
その古庄を狙って、写真部員たちが大きな望遠レンズのカメラを向ける。
しきりにシャッターを切ってはいるが、個人的に古庄のファンなのだろうか?
「…やっぱり、古庄先生を撮ってるの?」
話しかけられて、写真部員の女の子はカメラから顔を離した。
「はい。たくさん頼まれているんです」
「頼まれてる?」
「写真部の企画なんですよ。『あなたの好きな人の写真撮ります』って」
「へえぇ~…」
恋を応援するような面白い企画に、真琴は素直に感心した。
でも、誰が古庄の写真を依頼しているのか、少し気になるところだ…。
「古庄先生…、やっぱり人気があるんだね」
「そうですねぇ。古庄先生は別格ですから、ダントツ人気です」
30代も半ばに差し掛かろうかというのに、古庄の相変わらずのこの人気に、真琴は閉口した。
これで、古庄が実は自分と結婚していることが明るみになったならば、恨みやヤキモチを一身に受けることになるのだろうか…と、真琴の鳩尾に冷たいものが落ちていく。
「それにしても、随分たくさん撮ってるけど、全校生徒に1枚ずつ配布できそうなくらい…」
「アハハ…!古庄先生は、どんな角度からでも本当に絵になりますから、撮り甲斐があるんです!」
と、真琴の指摘に対して、写真部員は笑った。
「でも、他に生徒も撮ってますよ。男子が女子の写真を頼んでたりもするし。賀川先生も1枚どうですか?材料費の100円で綺麗にプリントして差し上げますよ」
そう写真部員に売り込まれて、真琴は肩をすくめた。
頼むとしたら古庄の写真を頼むことになるのだが、会話の流れからして、「じゃあ、私も…」なんて、到底言い出せなかった。
そうしている内に、写真部員の被写体である古庄が、職員テントへと戻ってきた。真琴を見つけて優しい笑顔を作った瞬間にも、パシャリ!と、フラッシュが光る。
「…大変でしたね。」
砂まみれになっている古庄の姿を見て、真琴が声をかける。
「うん、まあ。大したことないよ。久々にラックの下敷きになった時のことを思い出したけど…」
それを聞いて、真琴の表情に影が差す。
「古庄先生、ラックの下敷きになったことがあるんですか?大丈夫でした?骨折とかしなかったですか?」
真琴の過剰な心配に、古庄は逆に目を丸くする。そして、「ああ…!」と、いっそう優しげに微笑んだ。
「ラックって、『棚』だと思ったんだな。そうじゃなくて、ラグビーのラックのことだよ。地面にボールがあって、その周りにプレーヤーが密集してボールを奪い合う状態を、ラックって言うんだ。」
「…あ、そうなんですか…」
真琴は、自分の勘違いを恥ずかしく思いながら、ラグビーのことについて自分が何も知らないことに気が付いた。
かつての古庄は、このラグビーに夢中になった時代もある。もっと古庄を知るために、真琴はラグビーのことももっと知りたいと思った。
古庄について知らないことが、まだまだたくさんある。知らないことを知っていく過程は、新たな一面を見つけることと同じで、真琴の胸はドキドキするのと同時にワクワクした。
その時、次の競技の「クラス対抗リレー」の招集がかかったので、写真部員たちはいそいそと撮影場所を変える。真琴も、溜息を吐いて立ち上がった。
クラス対抗リレーは学年別に行われるのだが、これにはクラスの俊足の精鋭8人とクラス担任が出場することになっている。
2年3組の担任である真琴も当然、スターターとして走らねばならなかった。
運動においても、可もなく不可もない凡庸な真琴は、これが少し気重だった。
担任の8人のうち、女性は真琴を入れて2人しかいない。女性教師はハンデとして10mほど前から出発できるのだが、自分が生徒たちの足を引っ張るのは目に見えていた。
あっという間に1年生のリレーが終わり、次は2年生…。
真琴はドキドキと激しい鼓動を伴いながら、スタートラインに立った。